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暗雲

第24話 以外の贄

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 魔王城に勤めて魔王に直接仕えることは、魔族たちにとって一番のステータスだ。
 そんな大切な働き場所に人間を加えるなど、魔族にとっては青天の霹靂であったらしい。

 当然大反発を受けたが、俺もこればかりは頷けなかった。
 ほぼ死ぬと分かっていて、人の世界に返すわけにも俺の目が届かないところへ追いやるわけにもいかない。
 絶対一生気に病むことになると分かっているのに、反対されたからといって頷くことはできなかった。

 何か良い案があるなら考えてみようとは思ったが、根本的に人間を嫌っている魔族たちは処分一本だった。
 最大限に譲歩して、送り返す。
 到底他の案は出てこない。

 結局、俺が魔王の贄から『魔王城の贄』として毎回定義し直し、贄が送られてくる度に新たな城の働き手としていた。

 城に仕える者皆が、『魔王城の贄』の主だ。
 それは大臣などの地位が高い者だけではなく、下働きの魔族たちにも適応される。
 無用に虐げたり命を脅かすのは禁止だとルールを作ろうとしたが、そんなものは不要だった。
 城で仕えていることを誇りに思っている魔族たちは、驚くほど城の贄に寛容だった。

 誇りある魔王城の備品を、誰が好き好んで壊しますか。
 呆れ顔でそう言ったのは、当時ツンケンしている筆頭だったサンドロだ。
 あまりの言い様に顔を顰めながらも、迷うことがない断言に納得した。

 そのうち、特定の贄と仲を深める魔族も出てきた。
 優秀な働き手と主として。
 似た趣味を持つ同好の士として。
 そして――特別な間柄として。

 一人、功を立てた者が褒美として、とある贄の身柄を望んだ。
 それを機に、特に気に入っている贄を自分のものにと望む魔族が幾人か出てきた。
 贄たちも一様に頷いたため、俺も彼らの従属先を魔王城から個々の魔族に変えた。
 魔王から下賜された贄ということで、引き取られた先でも人間たちは大切にされているらしい。

 問題は、二人が特別な仲であった場合だ。
 表向きでも贄として扱っていれば良いのだが、首輪を外して完全に情人や恋人として扱ってしまった魔族は、周囲からかなり遠巻きにされてしまう。

 何度も改善しようと試みたが、魔族の人間嫌いの頑なさに悉く失敗した。
 魔族同士だけだと以前と変わらなく接するが、引き取った人間が関わると途端に皆が冷たくなる。
 今もそれは変わっていない。

 贄と恋仲の魔族は、自分のことならともかく贄のことになれば誰も頼れない。
 どうしても自分で対応できない時には、ひっそりと俺に頼ってくるのが定番になっていた。
 俺も、見捨てるのは心が痛むからすぐに対応するようにしている。


「この世界の人間どもは、随分と弱っちいんだなァ」

 俺と並んで執務室に歩を進める旭陽が、興味が薄い声でぼやいた。
 いや、あっちでも大抵の人間は元々お前より弱いよ……

 二ヶ月俺に注がれ続けた今は、完全に人間の領域を超えてる。
 むしろ通常の魔族の域も危うい。
 でもそれがなくても、元から旭陽はとんでもなく頑丈だった。

「贄様は、我々よりも強靭ですものね」

 うっとりした声で、サンドロが吐息交じりに言った。
 俺が城の贄なんてものを新設した所為で、魔王の唯一の贄として選ばれた旭陽は別格として敬称付きで呼ばれている。

 それにしたって、様!? と最初驚いたが、魔族たちも旭陽自身も違和感を覚えていない様子だったので突っ込めなかった。
 俺がおかしいんだろうか……魔族の人間嫌い、何処行った……?

「放っときゃいいのによォ。自分の手に負えねえ玩具を持って何すんだか」

 面倒そうな顔で、やっぱりどうでも良さそうにぼやいている。
 むっとして、他人事ながら反論してしまった。

「玩具じゃないだろ。ベアヒェン――騎士団長は、番として引き取ったんだから」

 青髪の贄を引き取ったのは、魔王国の騎士団団長だ。
 人望も実力も高い彼だからこそ、贄を番という生涯のパートナーとして望めた。
 ベアヒェンが先陣を切ったお陰で、他の贄と恋仲だった魔族も声を上げられた。
 俺にとっても、生まれ故郷から引き離された人間たちが笑える大きなきっかけの一つを作ってくれた彼はありがたい存在だ。

 憤慨している俺を横目で見た旭陽が、よく分かっていない顔でふうんと首を傾げた。
 あ、分かってないなこれ。
 ついでに、目を見てやっと気付いたがあんまり機嫌が良くない。
 出迎えてくれた時はそうでもなかったのに、何でだ。

「王に手間かけさせるやつを、後生大事に取っておく必要あんのか?」

 不機嫌ながら、本当に不思議がっている目で旭陽が尋ねてくる。
 それ、贄以前にベアヒェンを全否定してるよな!?
 この最ッ低な物言い、旭陽だなあって感じ……

 情とか良心とか、見事に欠落してるからな。
 直前まで楽しそうに話してた相手を、突然気紛れに壊す対象に墜とすような男だ。
 よく俺は飽きられなかったもんだよ。

「次の団長を決める時間分、旭陽を放っておくことになるけど良いのか?」

 色々言いたいことはあったが、一番に浮かんだ不満と疑問が口を突いた。
 旭陽が瞬いて、瞳から不機嫌の色を消し去る。

「そりゃあ……よくねえなぁ」
「だろ」

 素直な反応におかしくなって、くつくつと喉が鳴った。
 仲裁すべきかと背後でおろおろしていた気配も、ほっとした様子で静かになった。


 肩に旭陽の腕が回される。
 俺からも後頭部に手を伸ばせば、旭陽は大人しく顔を引き寄せられた。
 降ってきた男の相貌を心地良い気分で眺め、唇を重ねる。

 誰か一人でも贄に死者が出ていたら、旭陽に手を伸ばす度に罪悪感を感じる羽目になっていただろう。
 こうして気兼ねなく触れられる。
 旭陽だけに集中できる。
 それだけで、人間とその周囲に気遣う理由は十分だ。
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