迷宮

百瀬圭井子

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1「空港」

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関(せき)一久(かずひさ)
北川(きたがわ)葎(りつ)


  *   *       *   *


 人混みで賑わう国際空港。
 突然───すぎる再会。
 想像したこと、夢見たことは数え切れないくらいあっても、まさかそんな偶然、現実に起こるわけないとシリアスに割り切って───また五年という年月がそんな甘い期待さえ擦り切れさせた───思い出の中の面影。
 に、バッタリと出会ってしまって、その信じられなさに硬直したところまでは双方一緒。
 しかしりつは、濃紺のシャツに七分袖のカーディガンを羽織ったビジネスマン風の若い男が、こちらが驚くくらい顔色を失くし、腰辺りに掴まる小さな女の子をまるで抱きかかえるように回れ右して逃げ出したのをきっかけに我に返った。
 逃げ出したのだ───彼は───自分から。
 自分という存在を意識し、覚えていたから。現実は何一つ色槌せていないと彼自身が態度で示したから………。
 そのまま素知らぬ振りで通り過ぎていたら、自分はただ白昼夢を───似た人を見たのだろうと、うかうかとその姿を見逃してしまっていただろうに………。
「おいっ、葎?」
 モデル仲間やスタッフの不審そうな声を無視して、葎は肩にかけたボストンバッグを床に投げ出すと、素早く駆け出した───。


 時は五月。
 春から夏へと移りゆく、日本の一番いい季節。
 空調設備が完璧な国際空港にあっても、ガラスの窓から降り注ぐ午前の明るい日差しは新たな予感を感じさせ………。


 「───せきくん!」
 人通りの少ない通路で追いついた。
 伸ばした手がその肩に届く、一瞬前に声をかけると、その背は異常なくらい反応し、関は女の子を己の背後に回しながら振り返った。
「───」
「………」
 まるで自分からその子を隠そうとでもするかのような行動に、葎はわざと素早く関の後ろに回り込むと、子どもの目の前にしゃがみ込んで、にっこりと笑って見せた。
 長身の部類ではないが、グレーの半袖Tシャツの胸はそれなりに厚く、ネイビーのチノパンがいかにもな細身で均整のとれた体つき。
 明るい栗色の髪、少し日に焼けた甘い顔立ちは、女の子なら誰しもがハッと目を奪われる美貌ではあったが、この場合、女の子は女の子でも相手は本物の子どもだった。
 ショートボブで二重の目の可愛らしい幼女は、どこかぼんやりとした───フライト直後で疲れていたのか───表情から一転、目線を合わせてくる葎に対してはにかんだ様子を見せた。
「お嬢ちゃん、いくつか聞いていい?」
「………よ、よっつ………」
「───」
 五年前。
 おそらく、あの頃関にはすでにそんな相手がいたのだ───と、葎はショックより先に皮肉な気分に陥り、精悍な頬を歪ませた。
 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか慌てた声が頭上から降ってきた。
「あっ、あかねっ。そこのトイレに行ってなさい。モバイル鳴らすまで出てくるんじゃない。いいな?」
「うん」
 頷いて関の手を離し、少しためらいがちに歩いていく後ろ姿。
 袖口に白いレースをあしらった、シンプルなシルエットの水色のワンピース。
 一緒に見送った後、
「………いーじゃん。んな隠さないでも」
 関に向けられた声音は、少年っぽさの残る───でも確実に青年のもの。
 葎は過剰なまでに自分を警戒する相手の態度にクスクスと笑いながら呆れてみせた。
「奥さんどこにいんの?」
「………」
 関は強張った表情のまま、あくまで葎と視線を合わせない。
「ちょっと───!」
 葎はさすがに鼻白んで関に詰め寄るが、露骨に顔を背けられ咄嗟にカッとした。
「なんか言ったら? しゃべんのもヤだって?」
「………」
「関くん!」
 思わず上着の襟に手を伸ばすと、関は硬い表情のまま強い動作で振り払った。
「!」
 その際、関の手からブリーフケースが滑り落ち、白いリノリウムの床に中の物が散らばった。
 慌ててしゃがみ込み、拾い集める関の姿を葎は冷ややかに眺めていたが、ふと、自分の足元にある手帳に気がついた。
 黒い革のカバーがかかった分厚い紙の手帳。
 今の時代、かなり珍しい品だ。
「葎!」
 拾い上げると気づいた関が葎の名を呼んだ。彼の声で、五年振りに───は、しかし、必要に迫られた、咄嵯のものにすぎない。
 返してくれと言っても素直に渡すはずがないと思ったのか、関はそれ以上言葉を重ねず絶句した。
 葎はそんな彼から視線を移すとペラペラと手帳をめくり、書き込みがあったり名刺が挟まっていたりすることを確認した。
 顔を上げると戸惑った表情が目に入り、彼はわざとらしく手にした手帳をヒラヒラと振ってみせた。
「もう行かなきゃ。また連絡するよ───って、素直に住所や電話番号、教えてくれる?」
「………」
「───連絡するよ」
 そう言って葎は踵を返した。
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