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3「十三歳の恋」
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Schokoladen=fab………。まだ続く、なんとも長い正式名称の、通称Sabというクスリ。
男性を妊娠可能な身体にする(といっても女性の子宮内妊娠とは原理からして違うが………)人類の歴史を根本から引っくり返すと言われた世紀の大発明であるその医薬品が正式に認可されたのが先か、それとも、国境を越える規模で同性同士の婚姻が法的に認められたのが先か、実は、関はあまりよく覚えていなかった。
当時、どちらも人類の一大イノベーションと大騒ぎになったが(もちろんその前から注目されていたが)、関自身は全く興味がなかった。
それから数年が経ち、知り合いの中には同性婚をした人間も出てきたが、それでも自分には無縁の話で、特に気にしたことはなかった。
葎から再び会社に電話がかかってきたのは三日後の終業間際のことだった。女の子が最初に出───関は、また会社に来られては困ると今度は電話に出た。
「葎………」
煮え切らない口調でしか話せない自分。───我ながら嫌になる。
反対に電話の向こうの葎の口調は平坦で、まるで感情を読み取らせなかった。
声変わり前の声を知っているため、今は見知らぬ他人のような声。
『手帳』
「え?」
『返さなくていーの?』
「………返してくれ」
『取りに来て』
「!」
『場所は───』
「嫌だ」
素早くきっぱり断ってしまってから、関は自身の語調の強さに思わず辺りを見回したが、隣接したデスクはなく、彼に注意を払っているような人間もいなかった。
『いーの? 手帳』
「………」
『いろんな人の名刺とか入ってるじゃん。電話しちゃおっかな』
「………馬鹿な………」
『来て』
「どこへ………」
『今、言うよ。今、一人暮らししてんだ。モデル事務所の、まあ寮みたいなとこだけど、ちゃんとしたマンションだよ』
「………」
『場所は───』
関は仕方なくメモを取った。
約束は午後十時。
教えられたマンションと思しき建物の前で関は車を止めた。
もうずいぶん前に。
十分、十五分………。時間は容赦なく過ぎていく。
迷ったけれど、結局、どうしても行く気にはなれなかった。
約束を破れば葎がどんな態度に出るか、想像するのも恐ろしかったが、それでもやはり閉ざされた空間で葎と二人きりで会う気にはなれなかった。
どうしても………。優柔不断で要領が悪いと自認している自分でもどうしても譲れないものがある。
自分自身で決めた、達成した、目的とか夢とか希望とかではないのが自分らしいと自嘲できるけれど───。
誰も愛さないと決めた、あの時からずっと。
Rrrrr───!
不意にブリーフケースの中のモバイルフォンが鳴り、思わずビクッとしてから素早く取り上げた。
「はい」
『関くん?』
「! ど………っ」
『そんくらい調べられるって』
くすくすと笑う柔らかい音。想像がつく、愛らしい笑顔。しかし、その裏側では何を考えているのか………。出会った最初からずっと変わらず、関には予想もつかなかった。
『今どこ? 来ないっもり?』
「………」
『来てよ………。来てくれたら二度と会わない、って言ったら、来てくれる?』
「………葎………」
『なに?』
「………」
『なにか言ってよ、関くんから、なにかしゃべって』
「………手帳は捨ててくれ」
『どうしても───会いたくないって………?』
「会って───どうするってんだよ?」
それは関の正直な気持ちだった。
『どうもしないよ。ただ会いたいだけ』
「オレは………」
『会いたくない?』
「………」
『分かってるよ。でもさ、だったらおまえなんか嫌いだ、視界に入れたくもないから近づくな───とかなんとか言つてよ。なにか………感情出してよ。嫌な空気みたいに無視されるの、一番辛い』
「………」
『それとも、わざとそうしてんの? それならまだマシだけど』
「おまえには………会わないよ」
関はやっと吐き出した。
しかし。
『なんとも思ってないなら………それ、オレに思い知らせんならオレに会ってよ』
「だから会いたくないって───!」
繰り返される会話に関が思わず語調を荒げかけた時───。
コンコン!
車の窓を叩く音。
ハッと顔を上げると葎がモバイルフォン片手に立っていた。
「!───」
変わんないね、関くん。
葎の口が確かにそう動いた。
案外ちゃちいマンションだから、大声出せば隣りに聞こえるから大丈夫。───そう言って、葎は関を酒落た外装のマンションに招き入れた。
六階の角部屋。
あまり使ってなさそうなきれいなキッチン。機能的なリビングダイニングには、ソファとテーブル、その上のパソコン、壁際のディスプレイなど、今時の若者に必要なものだけがコンパクトに揃っていた。
「なにか飲む?」
「………」
関は黙って首を振った。
葎は一瞬、いっそう無口になっている相手を悲しげな眼差しで見つめた。
それには顔を背ける。
「ねえ………殴りたいなら殴りなよ。ベランダから飛び降りろって言うならそうする。ちゃんとあんたが帰ったあとに」
「葎」
「だから………なんであんたがそんな悲しそうな顔してんだよ」
「───」
玄関の横、キッチンの前に立ったままの関の脇をすり抜け、葎はローテーブルの上から黒革の手帳を取り上げた。
「はい」
「………ああ」
伸ばされた手を、葎は反対側の手で握って引き留めた。
予想に反して関はその身を震わせたりはせず、ただじっと葎を見下ろした。
五年前より、視線の高低差はずいぶんと緩やかになった。
だがまだ関の方が背が高い。
「………」
他にどうしようもなく、葎はその先を引き寄せた。
息が触れ合うほど近づく。
葎は手帳をラグの上に落とし、両手を相手の背に回した。
その瞬間、関が息を詰めたのが───潜めたようだが───伝わった。
自分よりも背の高い、でもそれを感じさせない薄い体を抱きしめたのは五年振り───。
たった一度の───それも卑怯すぎる手段を使っての、相手の意思や人格さえ無視して無理に肌を合わせた夜………。
きっと関にとっては二度と思い出したくない最低の出来事。
葎にとっては、忘れようとしても忘れられない恋の思い出。
あれ以来、どんなに遊びの恋をしようと、楽しい───時には苦い───経験を重ねようと、心の奥底まで動かされることはなかった。
早すぎた───十三歳の恋。
叶うものなら五年前のあの過ちをなかったことにして、もう一度最初からやり直したい───。けれど、この、笑いかけるどころか声一つかけてくれなくなった男を見ていると、それも虫のいい願いだと思い知らされる。
なのになぜ、彼は今、自分の腕の中にいるのだろう………。
自分が認識しているはずの現実とはあまりにかけ離れていて、にわかには信じがたい。
もしかしたら、これは夢なのかもしれない………。
夢であるなら───。
背中に回した手を相手の細い項まで持ち上げる。
引き寄せはせず、自分の方から顔を寄せた。
ほんの少し背伸びをしただけで届く距離。
あの頃とは違う。
唇が触れ合う直前───。
「───もういいだろ」
関が顔を背けた。
「!───」
彼は自分の首の後ろに回された葎の手を外した。
葎は呆然と言いなりになった。
「いったい───なんに拘ってんだよ? もう………終わったことだろ? おまえだって………新しい生活してんだし………」
冷たい言葉は、一人暮らしには十分快適であろう居住スペースを見渡しながら。
「関くん………」
「───帰る」
彼は手帳を拾い、踵を返した。
「相変わらずだね」
ナイフのように人の心を刺す、無情な態度に負けないくらいの冷たい声。
「相変わらず………オレの言うこと、全然聞いてない。本気に取ってない」
「葎」
「あの時………あの頃、オレの言うこと、本気で聞いてくれていたら、オレ、あんなことしなかったよ」
「!………」
もう反応しないと決めていたのに、関はつい振り返ってしまった。
すると、きつい眼差しと出会った。
基本的に整った顔立ちをしているのだ。こんな時でもまるでドラマのように様になっていた。
「───」
関は思わず目を逸らしたが、それでも言葉は追ってくる。
「自分の罪を正当化するつもりなんてさらさらないけど………。関くんには殺されたって仕方ないことしたって本気で思ってるけど、それとこれとはべつだよ。関くんが悪いんだ」
「やめろ、葎」
「もういいって? なにがいいんだよ、ざけんじゃねー。新しい生活? 当たり前じゃん。あん時、関くん、なんも言わず姿消して。追いたくたって追えやしねー。オレ中学生だったんだぜ? 関くんのこと思って頭ぐちゃぐちゃになったって、なんもできねー。ただ今日の次は明日って、訳わかんねーまま生きてくしかなかった」
「葎」
「それでも親父の顔見たくなくって、母さんだってうざいし、せめて一人暮らししようと思って、そのためにモデルの仕事やってんだよ。あんたには遊び専門の甘やかされた高校生に見えんだろうけど」
「………葎」
「終わっちゃいない。オレは今でも───」
「やめろ!」
関が声を上げ、葎は口を噤んだ。
でも何倍にも雄弁なきつい瞳が関を睨みつけてくる。
目線はわずかに緩い斜線を描くだけ。
大人っぽくなった。男っぽく。
再会以来、初めて間近でまともに相手を見て、関はそう実感した。
逆に自分は変わっていない。成長してない。
たった一つだけ、大きく変わってしまったことがあって、それだけがこんなにも自分たちの間を隔てる───
「───なんで別れたの? 奥さんと」
「!」
唐突な言葉に、関は一瞬虚を突かれた。
葎は険悪な雰囲気を一変させ、どこか好奇心さえその顔に浮かべて言った。
「結婚、今はしてないんでしょ? でも子どもはいる。ずいぶん可愛い女の子だったじゃん。奥さん美人?」
「───」
顔色を変えて視線を落とす関に、葎はこの話題が彼の急所であることを実感した。
「会いたいな、あの子。今度会わせてよ」
「………」
「今度、家遊びに行っちゃおっかな」
冗談じゃない、という表情からだんだんきつく、睨むようになった視線を葎は鼻先でせせら笑った。
「なんて言って追い出すつもり? 子どもの前で、オレのこと」
「あの子にはちょっかい出すな」
「───」
関の本気の低い声に葎は内心傷ついた。それでも表情は変えず、
「には? じゃああんたにはちょっかい出していいんだ」
と言ってのけた。
「───」
「約束するよ。関くんちには近づかない」
そう言って一歩踏み出しても、相手は身じろぎ一つしなかった。
ただ冷めた目で見返すだけ………。
「だから───オレの言うことも聞いてよ………ね?」
「………」
自分に触れようと伸びてくる手。それを目で追う関の表情に一瞬絶望の色がよぎった。
男性を妊娠可能な身体にする(といっても女性の子宮内妊娠とは原理からして違うが………)人類の歴史を根本から引っくり返すと言われた世紀の大発明であるその医薬品が正式に認可されたのが先か、それとも、国境を越える規模で同性同士の婚姻が法的に認められたのが先か、実は、関はあまりよく覚えていなかった。
当時、どちらも人類の一大イノベーションと大騒ぎになったが(もちろんその前から注目されていたが)、関自身は全く興味がなかった。
それから数年が経ち、知り合いの中には同性婚をした人間も出てきたが、それでも自分には無縁の話で、特に気にしたことはなかった。
葎から再び会社に電話がかかってきたのは三日後の終業間際のことだった。女の子が最初に出───関は、また会社に来られては困ると今度は電話に出た。
「葎………」
煮え切らない口調でしか話せない自分。───我ながら嫌になる。
反対に電話の向こうの葎の口調は平坦で、まるで感情を読み取らせなかった。
声変わり前の声を知っているため、今は見知らぬ他人のような声。
『手帳』
「え?」
『返さなくていーの?』
「………返してくれ」
『取りに来て』
「!」
『場所は───』
「嫌だ」
素早くきっぱり断ってしまってから、関は自身の語調の強さに思わず辺りを見回したが、隣接したデスクはなく、彼に注意を払っているような人間もいなかった。
『いーの? 手帳』
「………」
『いろんな人の名刺とか入ってるじゃん。電話しちゃおっかな』
「………馬鹿な………」
『来て』
「どこへ………」
『今、言うよ。今、一人暮らししてんだ。モデル事務所の、まあ寮みたいなとこだけど、ちゃんとしたマンションだよ』
「………」
『場所は───』
関は仕方なくメモを取った。
約束は午後十時。
教えられたマンションと思しき建物の前で関は車を止めた。
もうずいぶん前に。
十分、十五分………。時間は容赦なく過ぎていく。
迷ったけれど、結局、どうしても行く気にはなれなかった。
約束を破れば葎がどんな態度に出るか、想像するのも恐ろしかったが、それでもやはり閉ざされた空間で葎と二人きりで会う気にはなれなかった。
どうしても………。優柔不断で要領が悪いと自認している自分でもどうしても譲れないものがある。
自分自身で決めた、達成した、目的とか夢とか希望とかではないのが自分らしいと自嘲できるけれど───。
誰も愛さないと決めた、あの時からずっと。
Rrrrr───!
不意にブリーフケースの中のモバイルフォンが鳴り、思わずビクッとしてから素早く取り上げた。
「はい」
『関くん?』
「! ど………っ」
『そんくらい調べられるって』
くすくすと笑う柔らかい音。想像がつく、愛らしい笑顔。しかし、その裏側では何を考えているのか………。出会った最初からずっと変わらず、関には予想もつかなかった。
『今どこ? 来ないっもり?』
「………」
『来てよ………。来てくれたら二度と会わない、って言ったら、来てくれる?』
「………葎………」
『なに?』
「………」
『なにか言ってよ、関くんから、なにかしゃべって』
「………手帳は捨ててくれ」
『どうしても───会いたくないって………?』
「会って───どうするってんだよ?」
それは関の正直な気持ちだった。
『どうもしないよ。ただ会いたいだけ』
「オレは………」
『会いたくない?』
「………」
『分かってるよ。でもさ、だったらおまえなんか嫌いだ、視界に入れたくもないから近づくな───とかなんとか言つてよ。なにか………感情出してよ。嫌な空気みたいに無視されるの、一番辛い』
「………」
『それとも、わざとそうしてんの? それならまだマシだけど』
「おまえには………会わないよ」
関はやっと吐き出した。
しかし。
『なんとも思ってないなら………それ、オレに思い知らせんならオレに会ってよ』
「だから会いたくないって───!」
繰り返される会話に関が思わず語調を荒げかけた時───。
コンコン!
車の窓を叩く音。
ハッと顔を上げると葎がモバイルフォン片手に立っていた。
「!───」
変わんないね、関くん。
葎の口が確かにそう動いた。
案外ちゃちいマンションだから、大声出せば隣りに聞こえるから大丈夫。───そう言って、葎は関を酒落た外装のマンションに招き入れた。
六階の角部屋。
あまり使ってなさそうなきれいなキッチン。機能的なリビングダイニングには、ソファとテーブル、その上のパソコン、壁際のディスプレイなど、今時の若者に必要なものだけがコンパクトに揃っていた。
「なにか飲む?」
「………」
関は黙って首を振った。
葎は一瞬、いっそう無口になっている相手を悲しげな眼差しで見つめた。
それには顔を背ける。
「ねえ………殴りたいなら殴りなよ。ベランダから飛び降りろって言うならそうする。ちゃんとあんたが帰ったあとに」
「葎」
「だから………なんであんたがそんな悲しそうな顔してんだよ」
「───」
玄関の横、キッチンの前に立ったままの関の脇をすり抜け、葎はローテーブルの上から黒革の手帳を取り上げた。
「はい」
「………ああ」
伸ばされた手を、葎は反対側の手で握って引き留めた。
予想に反して関はその身を震わせたりはせず、ただじっと葎を見下ろした。
五年前より、視線の高低差はずいぶんと緩やかになった。
だがまだ関の方が背が高い。
「………」
他にどうしようもなく、葎はその先を引き寄せた。
息が触れ合うほど近づく。
葎は手帳をラグの上に落とし、両手を相手の背に回した。
その瞬間、関が息を詰めたのが───潜めたようだが───伝わった。
自分よりも背の高い、でもそれを感じさせない薄い体を抱きしめたのは五年振り───。
たった一度の───それも卑怯すぎる手段を使っての、相手の意思や人格さえ無視して無理に肌を合わせた夜………。
きっと関にとっては二度と思い出したくない最低の出来事。
葎にとっては、忘れようとしても忘れられない恋の思い出。
あれ以来、どんなに遊びの恋をしようと、楽しい───時には苦い───経験を重ねようと、心の奥底まで動かされることはなかった。
早すぎた───十三歳の恋。
叶うものなら五年前のあの過ちをなかったことにして、もう一度最初からやり直したい───。けれど、この、笑いかけるどころか声一つかけてくれなくなった男を見ていると、それも虫のいい願いだと思い知らされる。
なのになぜ、彼は今、自分の腕の中にいるのだろう………。
自分が認識しているはずの現実とはあまりにかけ離れていて、にわかには信じがたい。
もしかしたら、これは夢なのかもしれない………。
夢であるなら───。
背中に回した手を相手の細い項まで持ち上げる。
引き寄せはせず、自分の方から顔を寄せた。
ほんの少し背伸びをしただけで届く距離。
あの頃とは違う。
唇が触れ合う直前───。
「───もういいだろ」
関が顔を背けた。
「!───」
彼は自分の首の後ろに回された葎の手を外した。
葎は呆然と言いなりになった。
「いったい───なんに拘ってんだよ? もう………終わったことだろ? おまえだって………新しい生活してんだし………」
冷たい言葉は、一人暮らしには十分快適であろう居住スペースを見渡しながら。
「関くん………」
「───帰る」
彼は手帳を拾い、踵を返した。
「相変わらずだね」
ナイフのように人の心を刺す、無情な態度に負けないくらいの冷たい声。
「相変わらず………オレの言うこと、全然聞いてない。本気に取ってない」
「葎」
「あの時………あの頃、オレの言うこと、本気で聞いてくれていたら、オレ、あんなことしなかったよ」
「!………」
もう反応しないと決めていたのに、関はつい振り返ってしまった。
すると、きつい眼差しと出会った。
基本的に整った顔立ちをしているのだ。こんな時でもまるでドラマのように様になっていた。
「───」
関は思わず目を逸らしたが、それでも言葉は追ってくる。
「自分の罪を正当化するつもりなんてさらさらないけど………。関くんには殺されたって仕方ないことしたって本気で思ってるけど、それとこれとはべつだよ。関くんが悪いんだ」
「やめろ、葎」
「もういいって? なにがいいんだよ、ざけんじゃねー。新しい生活? 当たり前じゃん。あん時、関くん、なんも言わず姿消して。追いたくたって追えやしねー。オレ中学生だったんだぜ? 関くんのこと思って頭ぐちゃぐちゃになったって、なんもできねー。ただ今日の次は明日って、訳わかんねーまま生きてくしかなかった」
「葎」
「それでも親父の顔見たくなくって、母さんだってうざいし、せめて一人暮らししようと思って、そのためにモデルの仕事やってんだよ。あんたには遊び専門の甘やかされた高校生に見えんだろうけど」
「………葎」
「終わっちゃいない。オレは今でも───」
「やめろ!」
関が声を上げ、葎は口を噤んだ。
でも何倍にも雄弁なきつい瞳が関を睨みつけてくる。
目線はわずかに緩い斜線を描くだけ。
大人っぽくなった。男っぽく。
再会以来、初めて間近でまともに相手を見て、関はそう実感した。
逆に自分は変わっていない。成長してない。
たった一つだけ、大きく変わってしまったことがあって、それだけがこんなにも自分たちの間を隔てる───
「───なんで別れたの? 奥さんと」
「!」
唐突な言葉に、関は一瞬虚を突かれた。
葎は険悪な雰囲気を一変させ、どこか好奇心さえその顔に浮かべて言った。
「結婚、今はしてないんでしょ? でも子どもはいる。ずいぶん可愛い女の子だったじゃん。奥さん美人?」
「───」
顔色を変えて視線を落とす関に、葎はこの話題が彼の急所であることを実感した。
「会いたいな、あの子。今度会わせてよ」
「………」
「今度、家遊びに行っちゃおっかな」
冗談じゃない、という表情からだんだんきつく、睨むようになった視線を葎は鼻先でせせら笑った。
「なんて言って追い出すつもり? 子どもの前で、オレのこと」
「あの子にはちょっかい出すな」
「───」
関の本気の低い声に葎は内心傷ついた。それでも表情は変えず、
「には? じゃああんたにはちょっかい出していいんだ」
と言ってのけた。
「───」
「約束するよ。関くんちには近づかない」
そう言って一歩踏み出しても、相手は身じろぎ一つしなかった。
ただ冷めた目で見返すだけ………。
「だから───オレの言うことも聞いてよ………ね?」
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