解雇(クビ)にされた細工師が自分の価値を知る【リ】スタート冒険者生活~ちまたで噂されてる伝説の職人の正体は、どうも俺らしい~

安野 吽

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【第一章】

第一話 差し押さえ通知書と解雇

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 無遠慮に、強い力で扉を叩く音がして――それに思わず俺は目を覚ました。

『テイルさん、テイル・フェインさん! いらっしゃいますかな!?』
「何だってんだ、急に……」

 来客の予定もないのに、朝早くから誰なんだ、全く――そんな愚痴と共に俺は階下に降りて玄関の扉を開ける。

 そこには見た事も無い男と、街の衛兵が数人立っていた。

「……あなたがテイル・フェインさんですな?」
「はあ、そうだけど……おたくらなに?」

 きっちりした身なりで髪を後ろに撫でつけた、役所か何かに務めていそうな雰囲気の男が、一枚の書面を俺の目の前に突きつける。

「この通り、これからあなたの全ての財産を差し押さえさせて頂きます! さあ、皆、仕事を始めるぞ!」
「へ、何かの間違いじゃない? おい、ちょっと待てよ……!」

 大勢の男に押し退けられ……呆然としながら俺は、男が付きつけた書類を寝ぼけ眼を開いて見つめた。そこには確かにこう書いてある――差し押さえ通知書と。

「なになに……エルスフェリア王国法第五十八条に基づき、テイル・フェイン氏の解雇によりミルキア細工師ギルドに発生した損害を、同氏の全財産を没収して補填に当てるものとする……はぁ? 解雇……!? どういうことだよ?」
「私に聞かれても困りますな……お心当たりがあるのでは?」

 いや、全くない。
 たまっていた休暇を消化するために俺は一週間ほど職場――このミルキアの街の細工師ギルドでの仕事を休まされていたが、その間にまさかこんなことになっているなんて……さすがに予想外過ぎる。

 茶番劇かとも疑うが、しかし男達の姿は明らかに王国兵で、目の前の書類も間違いなく王国の刻印が入った正式なものだ。ここで彼らに楯突いても何にもならない。

「あ~……すいません。外に出たいんで着換えだけさせてもらってもいいですか?」
「仕方ありませんな。一番安いものでよろしく」
「はぁ……どうも」

 俺は寝巻を自室にて着替え身なりを整えると、騒がしい室内をそのままに、首を捻りながら元仕事場――細工師ギルドへと向かって行ったのだった。



「申し訳ありませんが、テイル氏は既に除籍されたので、中に入れてはならないと仰せつかっております」
「うわぁ……それは横暴じゃないか?」

 ここはミルキアの街にある、国でも有数の規模の細工師ギルド。その門前で守衛に止められ、俺は顔を歪める。何しろ事実すら直接口頭で説明されたわけでも無いのだ……ひどく不当な扱いだった。

「お気持ちは察しますが……これも命令ですので。こちら、ギルド長ゴーマン氏からのお手紙と、後お預かりしている私物です。捨てられそうになっていたのでこちらで引き取りました」
「そいつぁありがたいけど……。ふうん……」

 俺はその場で封を切り手紙を広げる……。
 そこには俺を解雇し出入り禁止にする旨と、その理由が上げられていた。

 簡潔にまとめると、ここ一年度でのギルドへの貢献度が最も低く、品評会でも最低成績が続いたから――だそうだ。おまけに意図的に低品質の部材を作成し、ギルドの評判を落としたなんて濡れ衣まで着せられている。……損害賠償って言うのはおそらくこれに関してだろう。

 前二つは事実ではあるけれども……実はこれはギルド長の根回しあってのことだ。


 ――俺に対する嫌がらせは、このギルドに入会してすぐに始まった。

 俺の作ったアクセサリーが、最初に参加したエルスフェリア王国主催の品評会で、ギルド長や他の役員などの作品を押しのけて最高評価を得るに至ったこと……。それが原因でプライドを傷つけられたのか、ギルド長や他の役員達が、俺を追い出そうとやっきになり始めたのだ。

 任される仕事は貢献度の上がらない、時間のかかる雑用ばかり。そして数カ月に一度開かれる、王国中の細工師が腕を競う品評会でも、根回しして俺の作品に一票も入らないようにしたり、作品の紛失を装ってどこかへと廃棄したり。

 さすがにここまでやられれば露骨すぎて猿でもわかるが、俺は別に装飾品を作れていればそれで満足だったので、声を上げることなどしなかった。しかしそれでも奴らには足りなかったようだ。

 損害賠償の件だって、反論の材料はある……。
 俺が雑用――細工で扱う金属の目利きや簡単な部品の作成、細工用魔石の研磨やカット作業を一人で行わせられるようになってから、このギルドの業績は三倍に伸びている……。評判が落ちたなどというのは真っ赤な嘘で、いわれのない罪だというのは明白だ。

 とはいえ、裁判所に不服を申し立てて、よしんばこんな職場に戻れたとしても、また不遇な扱いを受ける立場に戻るだけだろう。馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

「ま、これさえあれば、どうとでもなるか……他は捨てといて」
「は、はぁ……。一応言付けを仰せつかっておりまして……もしテイル氏が頭を地面にこすりつけて頼むようなら通してやれとのことですが、どうされます?」
「おじさんだったらどうする? こんなことされて」

 俺が渡された差し押さえ通知を見せると、彼はぎょっとした後肩を竦める。

「それはまぁ……真っ平ごめんですな。ハッハッハ」
「だよねぇ、あっはっは。それじゃ『こんな所、二度と戻るか!』って伝言よろしく!」
「お気を付けて」
 
 あんな奴らにへりくだってまでこの場所にしがみ続けなくたって、仕事は他でもできる。俺は数少ない私物の中の仕事道具を身につけ、守衛に手を振ると速やかにその場を後にした。
  


 後で銀行にも行ってみたが、口座からもわずかな金額すら残さず、全ての資産が没収されていた。俺に残されたのは今身につけている細工道具と、宿に数日泊れば消えてしまう位の日銭くらい。

「さて、どうすっかな。そうだ……よし、久々にあそこに行ってみるか」

 俺が財布から取り出した一枚の簡素なカード――そこには様々な情報と共に、《冒険者資格証》と書かれている。

 懐かしさに思わず笑顔を浮かべながらその場から歩き出し、少ししてたどり着いたその建物は、相変わらず活気にあふれているように見えた。

 ミルキア冒険者ギルド……その受付の前に大人しく並び、自分の順番が来るのを待っていると、数年前の顔なじみの姿がそこにはあった。

「あら、テイルさんじゃないですか! お久しぶりです!」

 やがて台の前に立った俺に元気良く話しかけてくれたのは、冒険者ギルドの制服をまとった短い水色の髪の女性だ。名前はミュラ・ラークス……確か年齢は俺と同じか、一つ下だったと思う。
 
「よっ……久しぶりに来てみたけど、相変わらず賑わってるな」
「そりゃ、皆さん生活かかってますもん。テイルさんは、どうされたんですか?」
「ああ、実は仕事、クビになってさ。笑っちまうよ」
「それは……ご愁傷さまで」

 苦笑する俺に、ミュラはなんとも言えない顔をする。
 彼女を困らせても仕方ないので、俺はなんとも思っていないことを伝えた。

「なんてことないさ……もともと上と折り合いが悪かったからいい機会だったんだ。ま、そんなわけでちょっと当面の資金稼ぎがしたくてさ」
「そうですか……でもくれぐれも気を付けて下さいよ? いくら、元Aクラスの冒険者だったと言っても」
「ああ、分かってる。これ、期限切れてるよな、やっぱりEからやり直し?」
「そうですね……Sクラスに到達されてれば殿堂入りということで、再復帰が可能だったのですが、今回はまた初めからやり直していただくことになります」
「しゃーないな、地道にやってくよ。手続き頼めるか?」
「はいはい……優秀な冒険者が帰って来てくれて、私も嬉しいですよ」

 彼女は可愛らしい笑顔で後ろに引っ込んで行った。

 ――俺がここで冒険者として活動していたのはもう四、五年くらい前のことだ。
 細工師ギルドに入る試験の前に、どうしても上等な細工道具を揃えたくて、大金を稼ぐ為に一時期活動していた。

 そうして目的を達成した後すっぱり身を引いていたのだが……その時の経験を生かせば、食べていくこと位は出来るはず。

 金が貯まれば個人で店を作ってみるとかも有りかも知れないし……先のことは考えないで、楽しんでやって行こうと、久々の長期休暇を取るような気分で俺は彼女を待つ。

「テイルさん、お待たせしました! 再発行完了しましたよ! 後はステータスの読み取りですね」
「久々だからな~……上がってるといいけどな」

 やがて戻ってきた彼女から、どうぞと差し出されたカードを受け取り、受付に置かれた水晶の上に手を乗せる。すると、空欄だった部分に数値や文字が浮き出てくる。

【冒険者名】テイル・フェイン 【年齢】21 
【ランク】E 【ポジション】前衛

《各ステータス》

 体力 (C) 162
 力  (C) 124
 素早さ(C) 108
 精神力(B) 180
 魔力 (D)  82
 器用さ(S) 297
 運  (E)   7

《スキル》装飾品細工術(56)
《アビリティ》鑑定(52)

「……あらら、ステータス偏っちゃってますね。でもすごいです、器用さなんてもうSS間近じゃないですか」

 手元を覗き込んだミュラが、目を丸くして言う。

「職業柄どうしても器用さばっか上がっちまうか……」

 俺は頭を押さえる。
 精神力と体力がそこそこ高いのは、以前の冒険、そしてブラックギルドで長年鍛えられた賜物だ。

「それよりも、やっぱり驚きはこれですよ、製造系スキルレベルが50超えてる人、私見たこと無いですし」
「そりゃプロだもん。つってもうちのギルドにもいなかったけど」
「戦闘系スキルも無いのに、それでよくぞAランクまで……」
「まぁ、仲間のおかげだよな……」

 彼女の言う通り、魔法スキルも物理攻撃スキルも、その他補助できるスキルも持っていない。そんな俺が冒険者としてある程度やっていけたのは理由がある。

 優秀な仲間に出会えたのと、後は……ちょっとした秘密のおかげだった。

「ま、そんじゃさっそく稼いでくるから、適当な依頼選んでもらえる?」
「わっかりました……! ではこれとこれと、これと……」

 ミュラが選んでくれたのは、Dランク下位の依頼がいくつか。
 なりたての冒険者でも、少し背伸びすれば何とかなる位の難易度だ……勘を取り戻す為の時間が必要だと気を遣ってくれたのだろう。

単独ソロで行くんですか?」
「ああ、そのつもり。大丈夫、無理はしないから」
「テイルさんなら大丈夫かと思いますが、軽装ですし、充分にお気を付けて……」
「わかってるよ、ありがとな!」
「頑張って下さいねぇ~」

 そうして……笑顔で手を振る受付嬢に見送られ、俺の二度目の冒険者生活が幕を開けた。
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