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【第二章 第一部】
第十八話 地下市場(アンダー・バザール)
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広大な地下空間に立ち並ぶ多くの露店を見回りながら、俺たちはその説明をセインから聞く。
「なんでも、元々は下水道だった部分から、何十年もかけて側道を掘って繋げたりして、アリの巣みてえに少しずつハルトリア市街が作られた丘の内部に広げていったらしいっすよ。それがこの《地下市場》……ほら、こっちこっち」
彼は俺たちを手招きする。
薄暗い空間は、誰かが管理しているのか、所々ランタン型の魔道具で明かりが確保されていた。
息苦しくもないので、空気の通り道も確保されているのだろう。
残りのふたりも相次いで降りてきて、リュカが犬耳をひょこひょこさせながら、不思議そうに辺りを見回す。
「……静かなんだね」
「あんまり騒いで、上の奴らに勘付かれても困るから、番人がいるんす……っても、中層街の人間もいくらかは出入りしてますけどね。兄さんも姐さんも、ここのことは人に話さねえように頼むぜ?」
セインは壁に控えた男たちを指す。
その目付きはなにか起こせば摘まみ出すという警戒心に満ちていた。
この領域の管理をしているのであろう彼らは、体のどこかに必ず灰色の布を巻いているようで、他と見分けがつきやすい。
「あいつらも、こないだの人らと同じような感じで、下層街の方をまとめて治安を守ってるんだってさ……。グレイなんとかって……おっ!? お~い」
セインが小声で手を振ると、敷物を広げて座っていたふたりの子供が顔を上げる。
「セイン兄ちゃん……」
「ネミル、カイ、元気してたか?」
「うん……あ、あなたはこの間の」
その内、ネミルという女の子はこの間ならず者とのいざこざでセインが庇っていた少女だった。年少の少年カイは、彼女の後ろに隠れ、こちらを恐れるように見上げている。
「カイ、この人たちは悪い人じゃない、挨拶しな。……最近はなにか変わったことはあったか?」
「……オル兄たちがどっかいっちゃったの。もう三日も戻ってこなくて……」
「んだと……? ま、その内ひょっこり戻ってくるって。心配すんな」
セインがネミルたちを励ましてやると、小さく腹の虫が鳴り、子供たちはお腹を押さえて俯いた。
「お腹……すいた」
「仕方ないでしょ……今日はもうご飯無いよ」
カイという少年の方がポツリと言った言葉に、ネミルは暗い顔で応える。
「なんだお前たち、おなか空いてるのか。じゃこれ、食べなよ」
「わ、わたしも。飴とかしかないですが……」
素早く鞄を漁ったリュカたちが、ベリの実やクルルの実、飴の袋などを取り出して少女たちに渡してやった。冒険者はいつでも食べ物の類を持ち歩いている(リュカに限っては必要以上に持ちすぎているが)。
すると、ようやくネミルたちは笑顔を見せた。
「うわぁ……いいの? お姉ちゃんたち」
「いいよ。お腹が空いてたら元気も出ないかんな」
「わたしたちも、お金がない時の大変さは身に沁みていますから……」
「「ありがとう……!」」
パッと顔を輝かせる孤児たちを見て、俺はこの間、こういうことをしてもその場しのぎになるだけだと言ったのを少し思い直す。リュカたちがこうした優しい気持ちを持って行動してくれたことを嬉しいと感じたからだ。
たとえ根本的解決にはならなくても――その優しさは受け取った者や周りを笑顔にさせ、活力を与える……それはきっと、悪いことではない。
俺は銀貨を数枚取り出して、ふたりに話しかける。
「お前ら、仕事をする気はあるか? この辺りに詳しいなら、少し案内して欲しい。この馬鹿じゃ頼りにならなそうだからな」
「えぇ? あ……そだな。ここは結構ややこしいから、俺もわかんねえや。ネミル、案内してやれよ」
「セイン兄ちゃんがそう言うなら……いいよ。ちょっと待ってて」
「盗られないよう気を付けろよ~!」
与えられた食べ物を仲間に分けてくると言って、ネミルという少女は銀貨を大事そうにしまうと、少年を連れて駆けていった。
セインは鼻の頭をこすりながらこちらに礼を言う。
「兄さんたち、ありがとな……。あいつら、孤児院からもあぶれちまってさ。心配だから、たまに俺も様子を見に来たりしてんだ。危ねえことやってたら嫌だし、なんか……目が離せなくてさ」
「ふうん……」
自分のことしか考えていないような奴かと思っていたが……どうやら少し違ったらしい。
「俺、親父と喧嘩してここに来たけど、偶然あいつらと知り合って……なんか、恥ずかしくなっちゃってさ。俺には食う場所も寝る場所もちゃんと用意されてるけど、あいつらは、明日の飯すら手に入るかどうかわかんねえ。そんな奴らが下層街にはごろごろしてる。……でも別に、この街が悪いなんてこと言いたいわけじゃねえんだ」
彼はぼんやりと、貧しそうな人々を見て言う。
「俺も前いたとこでさ、使えないスキル持ちだって苛められたことがあった。ネミルたちと会った時、俺に向けてきた視線を見て、あの時の俺と同じ気持ちなんじゃないかと思ったんだ。あいつらからしたら、下層の人間を見下す奴らも俺も変わんないなんて、なんかこう、それだけは嫌でさ。俺は違うんだって、あいつらに分かってもらいたかっただけっていうか……」
セインは逆立った頭をぐしゃぐしゃにして、恥ずかしそうに笑った……。デュゴルさんに前聞いた彼の歳は十三で、未だ色々悩み多き年頃なのだろう。
現実と理想の間で揺れ動きながら、少しずつ気持ちに折り合いをつけてゆく。誰でも通る人生の分岐路に今彼は差し掛かっているのかも知れない。少し心を動かされる部分もあるが、自分事すら手に負えない彼が言うと、はたから見るとやはり生意気だ。俺たちはあえて冷たい反応で返してやった。
「十年早えな……」
「十年じゃ足んない。三十年、はやい!」
「ぷっ……かもですね。ふふ~」
「えっなに!? なんなんすか、ひどくないっすか皆して、チロルの姐さんまで! ちっとは慰めてくれよ!」
「手助けするのを止めろとは言わんが、せめて独り立ちしてからにしろ。説得力が皆無なんだよ」
「マジ説教は勘弁してください……心が折れる」
俺の容赦のない一言にセインは地面に倒れ伏し、頭を抱えた。
「うるせぇ。事情があるなら、一番身近な人にくらい相談しとけ。そうすりゃデュゴルさんも少しは安心するだろうに。とにかく今日は、きりきり働けよ。こっちも結構切羽詰まってるんだ。目当てのものが見つかれば多少の礼はしてやる」
「ジ、ジジイは関係ないでしょ! 絶対なにも言わないでくださいよ! っとと……戻って来た」
セインは恨めしそうにこちらを睨んでいたが、ネミルたちが小走りに駆けてきたのを見て出迎えた。
「おし、そんじゃネミル、これから俺の言うところを順番に案内してくれ……二号窟と六号窟と、それから十三だっけ、あの青い帽子のおっさんの……」
「十五だったと思うよ。取りあえず順番に行くね。こっち」
ネミルの先導に従い、俺たちは《地下市場》を移動し始めた。
市は俺たちが最初にたどり着いた空間……《十号窟》の階層を中心とし、最下層は一号、最上層は二十号というように、塔のように上下に広がっているらしい。
なだらかな螺旋状に彫られた昇降用の通路を一旦下まで降り、再度上に上がってゆくのは中々骨が折れた。そして、数時間後――。
「ここもダメすか……」
「品は悪くない。けどな、俺の求めてるのは、もっとこう……なんて言えばいいのか」
言葉では言い表せない……。いや、言葉で言い表せるような物では、ダメなのかも知れない。いくつもの店を回るも一向にこちらの希望に沿う素材は出て来ず、焦りが浮かぶ。
セインが申し訳なさそうな顔で言う。
「もう後は、紹介できる店もほとんどないぜ……」
日を改めるという手もあるが……なにしろ、製作に当てられる時間はあと二週間を切ろうというところだ。
王国での品評会の基準を満たすため、二年前は三カ月以上の準備期間をかけて用意した。
なにを作るかにもよるが、デザインから始め型取り、研磨などの金属加工、メインとなるモチーフは素材次第だが……石材ならカットや研磨、生物系の素材ならば耐食加工など手を加える必要がある。時間はいくらあっても足らない……。少し見通しが甘すぎたことを反省する。
「仕方ない。案内してもらって悪いが、中層街に戻ろう。もしかしたら冒険者ギルドに上等な素材が持ち込まれている可能性もあるしな。ある程度は妥協するしか――」
俺がそう決断した時だった。
(――来る)
(……なんだ?)
声が、鼓膜を通さず直接頭に響いたような感じがして、俺は首を左右に振るが、特に誰かがなにか言った様子はない。
「あにき、どうかしたの? うわっ、そ、それ!? 刀がなんだか変だよ……もわもわ~って」
リュカが目線をやったため、俺は自分の腰に手を伸ばす。
そこではあの刀――《霊刀・クウ》が靄のように揺らめく光を全体に帯び、明滅していた。
(なんだ……これ)
(来るぞ……)
そしてまた誰かが声を送る……。まるで、かつて攻略した遺跡に存在した、あの精霊のように。
「なんだっていうんだよ……!? なにかあるなら姿を現しやがれ!」
「テイルさん……!? 誰もなにも……っきゃぁ、わーわわっ!!」
――突然の轟音が大地を揺らした。
足元が強く揺さぶられ、よろけて手を振り回したチロルが俺の背中にしがみ付く。周囲の居住者たちからも悲鳴が立ち昇った。
『キャァァァァッ!!』
『なんだこりゃ! いったいなにが……』
『地震か!? 頭を下げろ! 物陰に非難するんだ!!』
天井から小石や砂がパラパラと降ってくる。
チロルたちを抱えて庇い、どちらへ移動するか迷う俺の頭に、三度目の呼びかけ。
(魔物が……来たぞ!)
「だからどこだよ……それは!」
その答えは、必死の形相をしてこの階層へと駆け込んでくる人たちの言葉から知れた。
『下の十四号窟だ! ヤベえデカブツが……誰か、避難を手伝ってくれ! 戦える奴はいないのか!』
「……あにき! どうしよう!?」
判断を求めるリュカに俺は迷った。
出現した魔物によっては、千載一遇のチャンスになるかも知れない。
しかし俺の手に負えない可能性もある。
(……ここは確認しないと始まらないか。どの道出入り口は下にしかないしな)
十号窟と、下層に繋がる一号窟にしか外に出れる場所は無いのだ。脱出するなら現在地からはどうしても下に向かうことになる。
「なにが出てるのか分からんが、ひとまず降りるぞ!」
「うんっ……!」
「こ、これを目印に。《ファイアボール》!」
チロルがつき出した指先から、火球がふわりと浮き上がり、洞内を照らした。
俺たちは急ぎ来た道を引き返してゆく。通路には振動で落ちて割れたか、明かりの魔道具が散らばり、怪我人の姿も見受けられる。
刀の発光現象は未だ収まらないが、俺は考え込むのを止めて、目前に集中する。
やがて通路に終わりが見え、十四号窟の広間入り口から露わになったのは、巨大な崩れた横穴、そして――。
「グルルルルオォォォォン……!!」
天をつくような巨獣の姿だった……。
「なんでも、元々は下水道だった部分から、何十年もかけて側道を掘って繋げたりして、アリの巣みてえに少しずつハルトリア市街が作られた丘の内部に広げていったらしいっすよ。それがこの《地下市場》……ほら、こっちこっち」
彼は俺たちを手招きする。
薄暗い空間は、誰かが管理しているのか、所々ランタン型の魔道具で明かりが確保されていた。
息苦しくもないので、空気の通り道も確保されているのだろう。
残りのふたりも相次いで降りてきて、リュカが犬耳をひょこひょこさせながら、不思議そうに辺りを見回す。
「……静かなんだね」
「あんまり騒いで、上の奴らに勘付かれても困るから、番人がいるんす……っても、中層街の人間もいくらかは出入りしてますけどね。兄さんも姐さんも、ここのことは人に話さねえように頼むぜ?」
セインは壁に控えた男たちを指す。
その目付きはなにか起こせば摘まみ出すという警戒心に満ちていた。
この領域の管理をしているのであろう彼らは、体のどこかに必ず灰色の布を巻いているようで、他と見分けがつきやすい。
「あいつらも、こないだの人らと同じような感じで、下層街の方をまとめて治安を守ってるんだってさ……。グレイなんとかって……おっ!? お~い」
セインが小声で手を振ると、敷物を広げて座っていたふたりの子供が顔を上げる。
「セイン兄ちゃん……」
「ネミル、カイ、元気してたか?」
「うん……あ、あなたはこの間の」
その内、ネミルという女の子はこの間ならず者とのいざこざでセインが庇っていた少女だった。年少の少年カイは、彼女の後ろに隠れ、こちらを恐れるように見上げている。
「カイ、この人たちは悪い人じゃない、挨拶しな。……最近はなにか変わったことはあったか?」
「……オル兄たちがどっかいっちゃったの。もう三日も戻ってこなくて……」
「んだと……? ま、その内ひょっこり戻ってくるって。心配すんな」
セインがネミルたちを励ましてやると、小さく腹の虫が鳴り、子供たちはお腹を押さえて俯いた。
「お腹……すいた」
「仕方ないでしょ……今日はもうご飯無いよ」
カイという少年の方がポツリと言った言葉に、ネミルは暗い顔で応える。
「なんだお前たち、おなか空いてるのか。じゃこれ、食べなよ」
「わ、わたしも。飴とかしかないですが……」
素早く鞄を漁ったリュカたちが、ベリの実やクルルの実、飴の袋などを取り出して少女たちに渡してやった。冒険者はいつでも食べ物の類を持ち歩いている(リュカに限っては必要以上に持ちすぎているが)。
すると、ようやくネミルたちは笑顔を見せた。
「うわぁ……いいの? お姉ちゃんたち」
「いいよ。お腹が空いてたら元気も出ないかんな」
「わたしたちも、お金がない時の大変さは身に沁みていますから……」
「「ありがとう……!」」
パッと顔を輝かせる孤児たちを見て、俺はこの間、こういうことをしてもその場しのぎになるだけだと言ったのを少し思い直す。リュカたちがこうした優しい気持ちを持って行動してくれたことを嬉しいと感じたからだ。
たとえ根本的解決にはならなくても――その優しさは受け取った者や周りを笑顔にさせ、活力を与える……それはきっと、悪いことではない。
俺は銀貨を数枚取り出して、ふたりに話しかける。
「お前ら、仕事をする気はあるか? この辺りに詳しいなら、少し案内して欲しい。この馬鹿じゃ頼りにならなそうだからな」
「えぇ? あ……そだな。ここは結構ややこしいから、俺もわかんねえや。ネミル、案内してやれよ」
「セイン兄ちゃんがそう言うなら……いいよ。ちょっと待ってて」
「盗られないよう気を付けろよ~!」
与えられた食べ物を仲間に分けてくると言って、ネミルという少女は銀貨を大事そうにしまうと、少年を連れて駆けていった。
セインは鼻の頭をこすりながらこちらに礼を言う。
「兄さんたち、ありがとな……。あいつら、孤児院からもあぶれちまってさ。心配だから、たまに俺も様子を見に来たりしてんだ。危ねえことやってたら嫌だし、なんか……目が離せなくてさ」
「ふうん……」
自分のことしか考えていないような奴かと思っていたが……どうやら少し違ったらしい。
「俺、親父と喧嘩してここに来たけど、偶然あいつらと知り合って……なんか、恥ずかしくなっちゃってさ。俺には食う場所も寝る場所もちゃんと用意されてるけど、あいつらは、明日の飯すら手に入るかどうかわかんねえ。そんな奴らが下層街にはごろごろしてる。……でも別に、この街が悪いなんてこと言いたいわけじゃねえんだ」
彼はぼんやりと、貧しそうな人々を見て言う。
「俺も前いたとこでさ、使えないスキル持ちだって苛められたことがあった。ネミルたちと会った時、俺に向けてきた視線を見て、あの時の俺と同じ気持ちなんじゃないかと思ったんだ。あいつらからしたら、下層の人間を見下す奴らも俺も変わんないなんて、なんかこう、それだけは嫌でさ。俺は違うんだって、あいつらに分かってもらいたかっただけっていうか……」
セインは逆立った頭をぐしゃぐしゃにして、恥ずかしそうに笑った……。デュゴルさんに前聞いた彼の歳は十三で、未だ色々悩み多き年頃なのだろう。
現実と理想の間で揺れ動きながら、少しずつ気持ちに折り合いをつけてゆく。誰でも通る人生の分岐路に今彼は差し掛かっているのかも知れない。少し心を動かされる部分もあるが、自分事すら手に負えない彼が言うと、はたから見るとやはり生意気だ。俺たちはあえて冷たい反応で返してやった。
「十年早えな……」
「十年じゃ足んない。三十年、はやい!」
「ぷっ……かもですね。ふふ~」
「えっなに!? なんなんすか、ひどくないっすか皆して、チロルの姐さんまで! ちっとは慰めてくれよ!」
「手助けするのを止めろとは言わんが、せめて独り立ちしてからにしろ。説得力が皆無なんだよ」
「マジ説教は勘弁してください……心が折れる」
俺の容赦のない一言にセインは地面に倒れ伏し、頭を抱えた。
「うるせぇ。事情があるなら、一番身近な人にくらい相談しとけ。そうすりゃデュゴルさんも少しは安心するだろうに。とにかく今日は、きりきり働けよ。こっちも結構切羽詰まってるんだ。目当てのものが見つかれば多少の礼はしてやる」
「ジ、ジジイは関係ないでしょ! 絶対なにも言わないでくださいよ! っとと……戻って来た」
セインは恨めしそうにこちらを睨んでいたが、ネミルたちが小走りに駆けてきたのを見て出迎えた。
「おし、そんじゃネミル、これから俺の言うところを順番に案内してくれ……二号窟と六号窟と、それから十三だっけ、あの青い帽子のおっさんの……」
「十五だったと思うよ。取りあえず順番に行くね。こっち」
ネミルの先導に従い、俺たちは《地下市場》を移動し始めた。
市は俺たちが最初にたどり着いた空間……《十号窟》の階層を中心とし、最下層は一号、最上層は二十号というように、塔のように上下に広がっているらしい。
なだらかな螺旋状に彫られた昇降用の通路を一旦下まで降り、再度上に上がってゆくのは中々骨が折れた。そして、数時間後――。
「ここもダメすか……」
「品は悪くない。けどな、俺の求めてるのは、もっとこう……なんて言えばいいのか」
言葉では言い表せない……。いや、言葉で言い表せるような物では、ダメなのかも知れない。いくつもの店を回るも一向にこちらの希望に沿う素材は出て来ず、焦りが浮かぶ。
セインが申し訳なさそうな顔で言う。
「もう後は、紹介できる店もほとんどないぜ……」
日を改めるという手もあるが……なにしろ、製作に当てられる時間はあと二週間を切ろうというところだ。
王国での品評会の基準を満たすため、二年前は三カ月以上の準備期間をかけて用意した。
なにを作るかにもよるが、デザインから始め型取り、研磨などの金属加工、メインとなるモチーフは素材次第だが……石材ならカットや研磨、生物系の素材ならば耐食加工など手を加える必要がある。時間はいくらあっても足らない……。少し見通しが甘すぎたことを反省する。
「仕方ない。案内してもらって悪いが、中層街に戻ろう。もしかしたら冒険者ギルドに上等な素材が持ち込まれている可能性もあるしな。ある程度は妥協するしか――」
俺がそう決断した時だった。
(――来る)
(……なんだ?)
声が、鼓膜を通さず直接頭に響いたような感じがして、俺は首を左右に振るが、特に誰かがなにか言った様子はない。
「あにき、どうかしたの? うわっ、そ、それ!? 刀がなんだか変だよ……もわもわ~って」
リュカが目線をやったため、俺は自分の腰に手を伸ばす。
そこではあの刀――《霊刀・クウ》が靄のように揺らめく光を全体に帯び、明滅していた。
(なんだ……これ)
(来るぞ……)
そしてまた誰かが声を送る……。まるで、かつて攻略した遺跡に存在した、あの精霊のように。
「なんだっていうんだよ……!? なにかあるなら姿を現しやがれ!」
「テイルさん……!? 誰もなにも……っきゃぁ、わーわわっ!!」
――突然の轟音が大地を揺らした。
足元が強く揺さぶられ、よろけて手を振り回したチロルが俺の背中にしがみ付く。周囲の居住者たちからも悲鳴が立ち昇った。
『キャァァァァッ!!』
『なんだこりゃ! いったいなにが……』
『地震か!? 頭を下げろ! 物陰に非難するんだ!!』
天井から小石や砂がパラパラと降ってくる。
チロルたちを抱えて庇い、どちらへ移動するか迷う俺の頭に、三度目の呼びかけ。
(魔物が……来たぞ!)
「だからどこだよ……それは!」
その答えは、必死の形相をしてこの階層へと駆け込んでくる人たちの言葉から知れた。
『下の十四号窟だ! ヤベえデカブツが……誰か、避難を手伝ってくれ! 戦える奴はいないのか!』
「……あにき! どうしよう!?」
判断を求めるリュカに俺は迷った。
出現した魔物によっては、千載一遇のチャンスになるかも知れない。
しかし俺の手に負えない可能性もある。
(……ここは確認しないと始まらないか。どの道出入り口は下にしかないしな)
十号窟と、下層に繋がる一号窟にしか外に出れる場所は無いのだ。脱出するなら現在地からはどうしても下に向かうことになる。
「なにが出てるのか分からんが、ひとまず降りるぞ!」
「うんっ……!」
「こ、これを目印に。《ファイアボール》!」
チロルがつき出した指先から、火球がふわりと浮き上がり、洞内を照らした。
俺たちは急ぎ来た道を引き返してゆく。通路には振動で落ちて割れたか、明かりの魔道具が散らばり、怪我人の姿も見受けられる。
刀の発光現象は未だ収まらないが、俺は考え込むのを止めて、目前に集中する。
やがて通路に終わりが見え、十四号窟の広間入り口から露わになったのは、巨大な崩れた横穴、そして――。
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天をつくような巨獣の姿だった……。
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