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【第二章 第一部】
第十九話 刀の魂
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「デッッ……ケェ! なんなんだ、ありゃぁ……!」
商品をシートで包んで必死に逃げ惑う露店主たちの中央で、威嚇するように両手を広げたその獣を指さし、セインが叫ぶ。
俺は走り寄りながらも、記憶から掘り返したその名を呟く。
「ジュエルビースト……! こんな街中に現れるなんてな」
Aランク獣系魔物……ジュエルビースト。
頭頂部に太い一角が生えたモグラのようなこの魔物は、その硬い角で地盤を割り砕き、細かくした鉱石を噛み砕いて食するという。強靭な体力はトロールに匹敵するほどで、硬い剛毛に覆われた皮膚は並の武器では攻撃が通らない。
「グルルルルル……ルロォ!」
奴は両手を地面に叩きつけ、太い爪で大地を引き裂く。
残っていたシートや商品が叩き潰され、そこら中に爆ぜ飛んだ。
「……チロル! 注意を引けるか?」
「んぇ!? う……やってみますのです! 《ファイアアロー》!」
俺の求めに応じ、チロルが炎の矢を連続で射出する。いつ練習したのか、一度に数本もの火の矢が宙に浮かべられ、ジュエルビーストに降り注ぎ、その毛皮を焦がす。
技がグレードアップしたようだ。
本人の努力か、はたまたライラの教え方がよいのか着実に成長するチロルを嬉しく思いつつ、俺は刀を抜いて振り上げた。
「こっちだ!」
「ゴルゥ……!」
「ひぁぁあ……こ、怖いのですーっ!」
憎々し気な瞳が向き、チロルは俺の体を盾にした。
なにはともあれ、周りの人々が逃げる時間は稼げそうだ。
(さて……少なくとも避難が済むまでは、俺たちでやるしかないな)
他の冒険者などが現われる様子もなく、被害を拡大させないため、しばらく時間を稼ぐ必要がある。
「俺が囮になって注意を引く。リュカ、お前はツインループで牽制を。ライラが今はいないから危険だ……絶対に近づくな。チロルはその通路から出ないようにして、できれば行動を阻害できるよう足元を集中して狙え」
「わ、わかった……」「はい……!」
先程のファイアアローはさしてダメージを与えていないし、リュカの青水晶の短剣も分厚い皮を持つ奴には効き目が薄そうだ。
なるべく俺が矢面に立って攻撃をさばきつつ、ダメージを与えていくしかない。
「グォロロロロロロ!」
(突進……加速前に叩く!)
四つん這いの構えを見せた奴の機先を制すため、俺は目の前に走り込む。
太い鉤爪をした手のひらが両側から打ち付けられるが、それは余裕をもってすり抜け、後ろ側にまわって背中を斬りつけた。
「ロアアァァン!」
(よし、通る……!)
レリックのこの刀が手元にあるのが今はありがたい。凄まじい切れ味の一閃にジュエルビーストは思わず仰け反った。致命傷とはいかずとも、こうしてダメージを蓄積させれば、なんとか倒すことはできそうだ。
「《ツイン・ループ》!」「いい、今なら行けるですか……? 《ファイアボール》!」
次いで怒りに任せ角を振り回すジュエルビーストに、ふたりの遠距離攻撃が炸裂。意識が散る合間に脚部に斬撃を加え、少しでも機動力を削いでおく。
「ガルルァ! ガルルァ!」
――ズドン! ズドン!
奴が俺を寄せ付けまいと地団駄を踏み、砂煙が周りに舞い上がる中。
不思議な声がまた、俺の頭に響く。
(魔物を倒すのじゃ……)
「さっきからなんなんだよ、お前は……今やってるだろ、っ……!?」
構えた刀身の側面に……チラリと何者かの影が映る。
思わず注視すると、はっきりと見えたその人物――司祭などが着る法衣に似た、煌びやかな装束を纏う少女の口が動き、同時に声が届く。
(魔物を倒し……新たな供物を我に捧げるのじゃ)
「はぁ? なにを、言って……」
「グォロンッ!」
「うぉっ!」
抜群の身体能力を使った、中空に飛び上がってからの圧殺……。
俺は命からがらその範囲から逃れつつ、必死に頭を回転させる。
『――武器には、魂が宿ることがある』
これを渡してくれた武器屋のドワーフ、ドムリエルの言葉が頭に浮かび、俺は刀にまくし立てた。
「……お前、もしかしてこの刀の魂とかいうもんなのか?」
(たわけ。今さら気づいたか……我が名はクウ。南方国メイゼンに祭られし三霊刀のひとつ)
「メイゼン? んなこと言われても俺には分からん! しかし……お前、こんな忙しいところにわざわざ出てきて、なんにもできませ~んってことはないんだろうな?」
すると、刀の中の少女は眉間に皺をぎゅっと刻み、両手を上下に振り回した。
(なにぃ? 貴様、誰に口を聞いておる! 我が本気を出せばあんな耳無し鼠風情、細切れ、いーや、粉微塵じゃわ!)
「じゃあ、やって見せてくれよ」
(今は無理じゃ)
「なんだそりゃ……」
がくっとこけそうになる俺。今も敵は怒りに燃えた眼差しで俺の後ろを追走している。コントをしている場合ではない。
(言ったであろ。我が力を用いるのであれば、貢物を用意せい)
「貢物? なんなんだよそれは……具体的に言え!」
(魔物の一部やその加工品。それがあれば今少し、力を発揮できるじゃろう……しかし並の物では力は貸せんな。わしはぐるめなのじゃから!)
偉そうにふんぞり返る少女をしばき倒したくなるが、刀の中の世界に手など、どうやっても届かない。なお後ろからは重たい足音がどんどん近づいている。
「刀のクセに生意気に足元みやがって……くそ、なんか、なんかねえか……? ……これならどうだよ!」
俺は鞄を漁りながら、ある物を取り出す。
《大炎蛇の紅皮》……先日の遺跡に出現したボスの魔物から入手したドロップアイテム。
(貸せぃ)
俺がそれを刀に近づけるまでもなく、その中からにゅっと白い手が伸び、強引にそれを奪って取り込む。そして刀の中の少女はそれをポリポリと尖った歯で齧り、頬張り始める。いったいどういう仕組みなのだ……。
(……あんまり美味くないの~。これでは大した力は貸してやれんぞ?)
「御託はいいからさっさとやれ……! いい加減疲れてきてんだ……」
さっきから逃げっぱなしだ。まだ体力に余裕はあるが、消耗戦になれば奴の方に分があるだろう。俺が霊刀クウに怒鳴りつけると、中にいる彼女は渋々手をこちらに拡げた。
(仕方ないのぅ……。久々の主を失えばまたあそこに戻されかねんし。少しだけ力を貸そう……《無限術・減数耐》)
刀をこれまでのものとは違う黒い燐光が包み込む。
それはところどころで爆ぜるように不確かな明滅を繰り返している。
「んで……どうすりゃいい?」
(斬ればよろし)
刀の中の少女は、なにを当たり前のことを、というような表情できょとんとした。
ただ多少刃を強化しただけというのなら、今までとたいして変わらない。素材を消費しただけの状況に、俺は怒りをぶちまける。
「あぁ? さっきと変わってねえじゃねえかよ!」
(試せばわかる……さて、腹もくちたし、我は眠ろーっと……では、頑張れ~)
「おいっ!」
少女はあくびしてひらひら手を振ると姿を消し、それきり声が聞こえなくなる。
戸惑う俺の気持ちなど、もちろんジュエルビーストは忖度しない。後ろで大きく身をたわめている。またも突進――休む間もない。
「ちっ、おい……こっち向け!」
大地を蹴り、相手の注意を逸らそうと左右に動き回るが、奴も学習したのか通路に照準を向けたままだ。避難している人々が、混乱の悲鳴を発した。奴がこのまま突っ込めば、大きな被害が出る。
「やるしかないかよ……」
半ばやけになりながら、走り出した獣の進路に割り込むと、俺は獣に向かい刀を振りかぶる。わずかなりとも行動を阻害して、突進を弱められれば……。
「《偽刀術・カラタチ》!」
こちらを刺し貫こうと狙い定めるジュエルビーストの自慢の角と、半ば自棄になりオーラで体を強化した俺が降り下ろす不気味な力を纏う刀がぶつかる。
接触の刹那……俺は衝撃に備え刀を強く握り込んだ。
しかし……。
「グォ……ロッ!?」
(――なっ!?)
――ヌルッ。
斬った、という感触ではなかった。通過した、というか……刀身がまるで水をくぐるかのように抵抗なく、魔物の体に吸い込まれたかのように思う。
気付くと頭部から足元までを一直線に分かたれたジュエルビーストが、その巨体を左右に倒し、灰へと崩していた。
「……嘘、だろ」
大量の灰が足元に迫る中、俺は呆然と立ち尽くして刀を見つめるが、既にそこから光は消えて元の金属の刀身に戻っている。 一回きりの力なのか?
なにはともあれ……。
『『『ウオオオオッ、やってくれたぞ!!』』』
終わったのだ――どっと周りから歓声が沸き上がった。
後ろの通路から、リュカとチロルが転びそうな勢いで飛びついてくる。
「……あーにきーっ、すっごーい! どど、どうやったの!? あんなおっきいのをまっぷたつなんて!」
「さっすがテイルさん! わたしたちの自慢のリーダーなのです! 鮮やかでしたのです!」
「いやぁ……なんだ? たまたまってか、当たりどころが良かった、みたいな……?」
力の正体が分からず、ふたりを抱き留めると適当な言い訳を返す俺。
鞘に納めた刀はもう沈黙しており、気配もきれいさっぱりどこかに消えている。
特に後続の魔物は続いていないようだが、怪我人も多いし……この刀のことを探るのは後だ。屋敷で休んでいるライラを連れてきた方がいいか思案していると、避難民の後ろから一団が顔を覗かせた。
「どいてくれ……おい、こりゃ、どうなっちまったんだ?」
「拡張した区域からバケモンが出てきやがったって聞いてきたが、どうやらもうカタは付いたようだな……」
「あ、あの男がほとんどひとりで倒しちまったんだってよ……」
巨大な灰の山に目を剥きながら歩いてくるのは、地下市場の各所で見かけた体の各部に灰色の布を巻きつけた者たち。その中央の、鼠色のハットを頭に乗せた男が、こちらに頭を下げた。
「おう! あんたがこいつをやってくれたんだってな……助かったぜ。下層街の住民たちに代わって礼を言わせてもらう」
「あんたは……?」
「俺っちはここいらを取り仕切らせてもらってる、《灰被り鼠》ってグループの元締めだな。闇ギルドつった方が分かりやすいか?」
「闇ギルド……」
面倒臭そうな奴らの出現に、俺は思わず顔を歪めた。そういえば、《暗駆飛燕》だったかの奴らがそんな一団がいるというのを話していた気がする。できることなら関わり合いになりたくはなかったのだが……男は陽気な顔をして両手を広げ、争う意思など無いことを示す。
「っと、そう警戒してくれんな。俺たちはさ、別に盗みだの薬だのヤバイことに手を染めてる訳じゃねえ。まとめる奴がいねえから、揉め事とかを仲裁してまわってるだけさ。デカイ借りを作ってそのまま帰しちまうのもなんだ、どっかでちょっと飯でも食いながら話でもしねえかい?」
そうは言うが、初対面の怪しい男の言葉をそのまま鵜呑みにはできない。俺が黙り込んでいると、人混み掻き分けたセインたちがこちらに寄ってきた。
「テイルの兄さん、その人は大丈夫っす……。実は俺も前、下層を見物してて騒ぎを起こした時に一度、助けてもらったんだ」
「《灰被り鼠》の人たちは、私たちに食べ物を配ってくれたり……壁のない下層街の外から来る魔物から守ってくれる。悪い人じゃないよ」
セインとネミルがそう言い、俺はあらためて男の瞳を見た。
その灰色の穏やかな眼差しに、敵意は見られない。
このままでは視線も痛いし、移動した方がいいということで、俺は彼の提案を飲む。
「これ以上変に注目されたくないしな。落ち着けるところがあるなら連れていってくれ」
「よし来た! それじゃ案内しよう。来な!」
モチーフ探しにおいても、丁度手詰まりだったところだ。コートの裾を翻した下層民の顔役に、俺は現状を打開する有益な情報をもたらしてくれることを期待し、チロルとリュカを連れ後ろに続いた。
商品をシートで包んで必死に逃げ惑う露店主たちの中央で、威嚇するように両手を広げたその獣を指さし、セインが叫ぶ。
俺は走り寄りながらも、記憶から掘り返したその名を呟く。
「ジュエルビースト……! こんな街中に現れるなんてな」
Aランク獣系魔物……ジュエルビースト。
頭頂部に太い一角が生えたモグラのようなこの魔物は、その硬い角で地盤を割り砕き、細かくした鉱石を噛み砕いて食するという。強靭な体力はトロールに匹敵するほどで、硬い剛毛に覆われた皮膚は並の武器では攻撃が通らない。
「グルルルルル……ルロォ!」
奴は両手を地面に叩きつけ、太い爪で大地を引き裂く。
残っていたシートや商品が叩き潰され、そこら中に爆ぜ飛んだ。
「……チロル! 注意を引けるか?」
「んぇ!? う……やってみますのです! 《ファイアアロー》!」
俺の求めに応じ、チロルが炎の矢を連続で射出する。いつ練習したのか、一度に数本もの火の矢が宙に浮かべられ、ジュエルビーストに降り注ぎ、その毛皮を焦がす。
技がグレードアップしたようだ。
本人の努力か、はたまたライラの教え方がよいのか着実に成長するチロルを嬉しく思いつつ、俺は刀を抜いて振り上げた。
「こっちだ!」
「ゴルゥ……!」
「ひぁぁあ……こ、怖いのですーっ!」
憎々し気な瞳が向き、チロルは俺の体を盾にした。
なにはともあれ、周りの人々が逃げる時間は稼げそうだ。
(さて……少なくとも避難が済むまでは、俺たちでやるしかないな)
他の冒険者などが現われる様子もなく、被害を拡大させないため、しばらく時間を稼ぐ必要がある。
「俺が囮になって注意を引く。リュカ、お前はツインループで牽制を。ライラが今はいないから危険だ……絶対に近づくな。チロルはその通路から出ないようにして、できれば行動を阻害できるよう足元を集中して狙え」
「わ、わかった……」「はい……!」
先程のファイアアローはさしてダメージを与えていないし、リュカの青水晶の短剣も分厚い皮を持つ奴には効き目が薄そうだ。
なるべく俺が矢面に立って攻撃をさばきつつ、ダメージを与えていくしかない。
「グォロロロロロロ!」
(突進……加速前に叩く!)
四つん這いの構えを見せた奴の機先を制すため、俺は目の前に走り込む。
太い鉤爪をした手のひらが両側から打ち付けられるが、それは余裕をもってすり抜け、後ろ側にまわって背中を斬りつけた。
「ロアアァァン!」
(よし、通る……!)
レリックのこの刀が手元にあるのが今はありがたい。凄まじい切れ味の一閃にジュエルビーストは思わず仰け反った。致命傷とはいかずとも、こうしてダメージを蓄積させれば、なんとか倒すことはできそうだ。
「《ツイン・ループ》!」「いい、今なら行けるですか……? 《ファイアボール》!」
次いで怒りに任せ角を振り回すジュエルビーストに、ふたりの遠距離攻撃が炸裂。意識が散る合間に脚部に斬撃を加え、少しでも機動力を削いでおく。
「ガルルァ! ガルルァ!」
――ズドン! ズドン!
奴が俺を寄せ付けまいと地団駄を踏み、砂煙が周りに舞い上がる中。
不思議な声がまた、俺の頭に響く。
(魔物を倒すのじゃ……)
「さっきからなんなんだよ、お前は……今やってるだろ、っ……!?」
構えた刀身の側面に……チラリと何者かの影が映る。
思わず注視すると、はっきりと見えたその人物――司祭などが着る法衣に似た、煌びやかな装束を纏う少女の口が動き、同時に声が届く。
(魔物を倒し……新たな供物を我に捧げるのじゃ)
「はぁ? なにを、言って……」
「グォロンッ!」
「うぉっ!」
抜群の身体能力を使った、中空に飛び上がってからの圧殺……。
俺は命からがらその範囲から逃れつつ、必死に頭を回転させる。
『――武器には、魂が宿ることがある』
これを渡してくれた武器屋のドワーフ、ドムリエルの言葉が頭に浮かび、俺は刀にまくし立てた。
「……お前、もしかしてこの刀の魂とかいうもんなのか?」
(たわけ。今さら気づいたか……我が名はクウ。南方国メイゼンに祭られし三霊刀のひとつ)
「メイゼン? んなこと言われても俺には分からん! しかし……お前、こんな忙しいところにわざわざ出てきて、なんにもできませ~んってことはないんだろうな?」
すると、刀の中の少女は眉間に皺をぎゅっと刻み、両手を上下に振り回した。
(なにぃ? 貴様、誰に口を聞いておる! 我が本気を出せばあんな耳無し鼠風情、細切れ、いーや、粉微塵じゃわ!)
「じゃあ、やって見せてくれよ」
(今は無理じゃ)
「なんだそりゃ……」
がくっとこけそうになる俺。今も敵は怒りに燃えた眼差しで俺の後ろを追走している。コントをしている場合ではない。
(言ったであろ。我が力を用いるのであれば、貢物を用意せい)
「貢物? なんなんだよそれは……具体的に言え!」
(魔物の一部やその加工品。それがあれば今少し、力を発揮できるじゃろう……しかし並の物では力は貸せんな。わしはぐるめなのじゃから!)
偉そうにふんぞり返る少女をしばき倒したくなるが、刀の中の世界に手など、どうやっても届かない。なお後ろからは重たい足音がどんどん近づいている。
「刀のクセに生意気に足元みやがって……くそ、なんか、なんかねえか……? ……これならどうだよ!」
俺は鞄を漁りながら、ある物を取り出す。
《大炎蛇の紅皮》……先日の遺跡に出現したボスの魔物から入手したドロップアイテム。
(貸せぃ)
俺がそれを刀に近づけるまでもなく、その中からにゅっと白い手が伸び、強引にそれを奪って取り込む。そして刀の中の少女はそれをポリポリと尖った歯で齧り、頬張り始める。いったいどういう仕組みなのだ……。
(……あんまり美味くないの~。これでは大した力は貸してやれんぞ?)
「御託はいいからさっさとやれ……! いい加減疲れてきてんだ……」
さっきから逃げっぱなしだ。まだ体力に余裕はあるが、消耗戦になれば奴の方に分があるだろう。俺が霊刀クウに怒鳴りつけると、中にいる彼女は渋々手をこちらに拡げた。
(仕方ないのぅ……。久々の主を失えばまたあそこに戻されかねんし。少しだけ力を貸そう……《無限術・減数耐》)
刀をこれまでのものとは違う黒い燐光が包み込む。
それはところどころで爆ぜるように不確かな明滅を繰り返している。
「んで……どうすりゃいい?」
(斬ればよろし)
刀の中の少女は、なにを当たり前のことを、というような表情できょとんとした。
ただ多少刃を強化しただけというのなら、今までとたいして変わらない。素材を消費しただけの状況に、俺は怒りをぶちまける。
「あぁ? さっきと変わってねえじゃねえかよ!」
(試せばわかる……さて、腹もくちたし、我は眠ろーっと……では、頑張れ~)
「おいっ!」
少女はあくびしてひらひら手を振ると姿を消し、それきり声が聞こえなくなる。
戸惑う俺の気持ちなど、もちろんジュエルビーストは忖度しない。後ろで大きく身をたわめている。またも突進――休む間もない。
「ちっ、おい……こっち向け!」
大地を蹴り、相手の注意を逸らそうと左右に動き回るが、奴も学習したのか通路に照準を向けたままだ。避難している人々が、混乱の悲鳴を発した。奴がこのまま突っ込めば、大きな被害が出る。
「やるしかないかよ……」
半ばやけになりながら、走り出した獣の進路に割り込むと、俺は獣に向かい刀を振りかぶる。わずかなりとも行動を阻害して、突進を弱められれば……。
「《偽刀術・カラタチ》!」
こちらを刺し貫こうと狙い定めるジュエルビーストの自慢の角と、半ば自棄になりオーラで体を強化した俺が降り下ろす不気味な力を纏う刀がぶつかる。
接触の刹那……俺は衝撃に備え刀を強く握り込んだ。
しかし……。
「グォ……ロッ!?」
(――なっ!?)
――ヌルッ。
斬った、という感触ではなかった。通過した、というか……刀身がまるで水をくぐるかのように抵抗なく、魔物の体に吸い込まれたかのように思う。
気付くと頭部から足元までを一直線に分かたれたジュエルビーストが、その巨体を左右に倒し、灰へと崩していた。
「……嘘、だろ」
大量の灰が足元に迫る中、俺は呆然と立ち尽くして刀を見つめるが、既にそこから光は消えて元の金属の刀身に戻っている。 一回きりの力なのか?
なにはともあれ……。
『『『ウオオオオッ、やってくれたぞ!!』』』
終わったのだ――どっと周りから歓声が沸き上がった。
後ろの通路から、リュカとチロルが転びそうな勢いで飛びついてくる。
「……あーにきーっ、すっごーい! どど、どうやったの!? あんなおっきいのをまっぷたつなんて!」
「さっすがテイルさん! わたしたちの自慢のリーダーなのです! 鮮やかでしたのです!」
「いやぁ……なんだ? たまたまってか、当たりどころが良かった、みたいな……?」
力の正体が分からず、ふたりを抱き留めると適当な言い訳を返す俺。
鞘に納めた刀はもう沈黙しており、気配もきれいさっぱりどこかに消えている。
特に後続の魔物は続いていないようだが、怪我人も多いし……この刀のことを探るのは後だ。屋敷で休んでいるライラを連れてきた方がいいか思案していると、避難民の後ろから一団が顔を覗かせた。
「どいてくれ……おい、こりゃ、どうなっちまったんだ?」
「拡張した区域からバケモンが出てきやがったって聞いてきたが、どうやらもうカタは付いたようだな……」
「あ、あの男がほとんどひとりで倒しちまったんだってよ……」
巨大な灰の山に目を剥きながら歩いてくるのは、地下市場の各所で見かけた体の各部に灰色の布を巻きつけた者たち。その中央の、鼠色のハットを頭に乗せた男が、こちらに頭を下げた。
「おう! あんたがこいつをやってくれたんだってな……助かったぜ。下層街の住民たちに代わって礼を言わせてもらう」
「あんたは……?」
「俺っちはここいらを取り仕切らせてもらってる、《灰被り鼠》ってグループの元締めだな。闇ギルドつった方が分かりやすいか?」
「闇ギルド……」
面倒臭そうな奴らの出現に、俺は思わず顔を歪めた。そういえば、《暗駆飛燕》だったかの奴らがそんな一団がいるというのを話していた気がする。できることなら関わり合いになりたくはなかったのだが……男は陽気な顔をして両手を広げ、争う意思など無いことを示す。
「っと、そう警戒してくれんな。俺たちはさ、別に盗みだの薬だのヤバイことに手を染めてる訳じゃねえ。まとめる奴がいねえから、揉め事とかを仲裁してまわってるだけさ。デカイ借りを作ってそのまま帰しちまうのもなんだ、どっかでちょっと飯でも食いながら話でもしねえかい?」
そうは言うが、初対面の怪しい男の言葉をそのまま鵜呑みにはできない。俺が黙り込んでいると、人混み掻き分けたセインたちがこちらに寄ってきた。
「テイルの兄さん、その人は大丈夫っす……。実は俺も前、下層を見物してて騒ぎを起こした時に一度、助けてもらったんだ」
「《灰被り鼠》の人たちは、私たちに食べ物を配ってくれたり……壁のない下層街の外から来る魔物から守ってくれる。悪い人じゃないよ」
セインとネミルがそう言い、俺はあらためて男の瞳を見た。
その灰色の穏やかな眼差しに、敵意は見られない。
このままでは視線も痛いし、移動した方がいいということで、俺は彼の提案を飲む。
「これ以上変に注目されたくないしな。落ち着けるところがあるなら連れていってくれ」
「よし来た! それじゃ案内しよう。来な!」
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カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
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