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【第二章 第一部】
第二十一話 攫われた下層の子供たち
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ガラガラと音を立て、馬車が轍を刻んでいく。
そして俺の隣の席で、すっと伸びた爪先が刻むのは、非難するような苛立ちのリズム。
……もちろん、これはライラ様のおみ足だ。
「出かけたのは、買い物のためだったわよね~? な・に・がどう転んだら、いったいどうしてこんなことになるのかしら……。ね~、テイル?」
「ノーコメント」
「ふざけないで!!」
「まあ嬢ちゃん、そんなに怒りなさんなよ。説明は聞いたただろ?」
「それが納得できないって言ってるんです!」
「すまんすまん」
向かいの席に座るアルトロが仲裁してくれようとしたが、ご機嫌斜めなライラの剣幕にあっけなく引き下がった。俺としてはトラブルに巻き込まれた側でもあるのだが、そんな言い訳は今の彼女には通用しそうにない。紫の瞳は半月のように吊り上がり、こちらを強く睨んでいる。
まあ彼女の怒りも妥当な所ではある。休んでいたのを無理やりたたき起こし、こんな場所へ同行させているのだから……。
――さて今、俺たちは灰被り鼠のアルトロたちと共に孤児を攫った野盗どものアジトへと移動しているところだ。
あの食事の後、俺たちを探しに来たセインと合流して手紙と身元が分かるものを持って行かせ、ライラを下層街まで引っ張ってこさせたのだが……。引き続きのトラブルに、疲れているところを叩き起こされることになった彼女は今朝になってもほとんど口を聞かなかった。
そして出立前、俺たちは昨日泊めてもらった灰被り鼠のアジト広間で士気高揚のため、アルトロと共に構成員の前に立たされたのだが――。
『――あんなひょろい兄ちゃんと女子供で本当に大丈夫なのかよ?』
『賞金首にさらわれちまっても知らねえぞ~』
『こら、テメェら、失礼なことを言うんじゃねぇ! この人らの腕は俺っちが保証する。分かったら、とっとと隊列を組んでガキどもの救出に向かうぞ!』
アルトロは一喝してくれたが、こんな声や大勢の男たちの好奇の視線を浴び、ライラの機嫌がさらに悪くなったことは言うまでもなかった――。
そのまま現在に至り、見ての通りの状態だ。
「テイルは……ほ~んと、目を離すとすーぐ変なことに首突っ込んで。心配するこっちの身にもなりなさいよ……!」
コンコン爪先で俺のすねを叩き、不機嫌さを隠そうともしないライラに、俺も思わず言い返す。
「もうそろそろ機嫌治せって……。このくらい珍しいことじゃないだろ?」
「余計問題じゃないの! どこの誰が、日常的に……ン万金貨も金策に走るハメになったり、天下の公爵様と自分の身柄を賭けて交渉したり、賞金首退治を任されたりするって!? い・く・ら・冒険者だからって、限度があるでしょ!」
「お~い、リュカちゃんにチロルちゃんよ。あのふたりの痴話喧嘩を止めてやってくれよ」
アルトロは弱った様子で隣に座ったチロルたちにも説得してくれるよう頼むが……。
「ダメなのです。ライラさんが怒ったら、わたしたちはお口にチャックすると決めているのですです。ねー、リュカちゃん」
「なー、チロル」
ふたりは口元を両手で包んで小声で確認し合う。
「なんだいそりゃ、仕方ねぇなぁ。まーまー、嬢ちゃんにテイルも、そんくらいにしておいてくれや。もうしばらくすりゃ向こうに着く。時間のあるうちに再度段取りを確認しておきてえし」
「そんな関係じゃありませんし……彼を巻き込んだのはあなた方――むぎゅ」
ライラの目付きが険しさを増し、アルトロに怒りの矛先が向こうとするが……俺は彼女の口を手のひらで押さえる。
「ほら……いいからそれより話を聞こうぜ。子供たちが捕まってるっていうし……見捨てることになったら後味わりぃだろ」
「……ふん!」
物理的に口を閉じさせたため、不満気に顔をそらすライラ。
その間に、苦笑したアルトロが手早く説明を始める。
「愛されてんなぁ……。そんじゃ、念のためもう一度作戦を説明しておくぜ。目的は、下層街から攫われた子供たちの救出だ。今向かっているのはハルトリア西部森林内、野盗共が根城にしてやがる洞窟の中だ。何度か後をつけて、結構な人数が出入りしてるのを確認済みだ。できることなら、奴らを捕縛して王国兵どもに突き出してやりてえが、んなことよりか、まずはガキどもの身柄を優先する」
「そいつら、子供なんか捕まえてどうすんの?」
「ああ……おそらくだが、《錆鎖》って闇ギルド、非合法の仕事に手を染める奴らと繋がりがあるんだろうぜ。十六未満の子供を奴隷にするのは法で禁止されてるが、陰で隠れてそういうことをするクソみてぇな奴らがいんだよ。馬鹿高い金を目当てにな」
「ひどい……」
「だろ? だからなんとしても、んな奴らはしょっ引いて罰を受けさせてやらねえとな」
ここでも出てきた《錆鎖》という名を、俺は前に争った闇ギルド・ダークなんとかの話を思い出し複雑な気分で聞く。
顔を曇らせた俺たちに咳ばらいをし、アルトロは白紙に簡単な図を書いた。洞窟を中心にして、周囲を等間隔に分けた部隊で包囲しておき、一番数の多い部隊を入り口から突入させるつもりのようだ。
出入り口が見えている一か所のみなら話は早い。奴らは突入した部隊と戦闘になり、必死の抵抗を見せるだろう。しかし、内部にもうひとつ以上逃げ道があれば、そのまま逃走を図って行方をくらます場合もありうる。
「子供を連れてまんまと逃げられちゃ困るからな。そこでこいつだ」
アルトロが取り出したのは、鼠色をした地味な外套だ。
俺は説明を聞く前に鑑定を発動していた。
《★★★★ 隠蔽套(魔法道具)》
詳細説明:充填されている魔力が尽きるまで、使用者の姿を隠してくれるアイテム。強力だが魔力消費効率が悪く、長時間は使用できない。
これは、貯蔵されている魔力が続く限り装着者にコンシールメント(隠蔽)の魔法をかけ続け、姿を見えなくするアイテムらしい。
「少数しか用意できなかったが、身につけたやつの姿を隠してくれるってえ代物だ。こいつを使って、あんたらは先に上手く洞窟へ潜んでてくれ。そしたら俺っちたちが入り口で派手に騒ぎを起こすからよ。どうにかして先に奥に進み、子供たちを見つけて助けてやって欲しい。賞金首はとりあえずおまけだな……やれたらでいい」
「だが……状況次第で俺らは引くぞ。自分たちの命は惜しいからな」
「ああ、そりゃ仕方ねえ、自由にしな。だがその場合、お前さんたちが欲しいものは手に入らねえがな」
俺がこう言っても、彼は成功を確信しているかのように明るい表情を崩さない。
「なに、上手くいくさ! そっちの嬢ちゃんは幸運持ちで、人助けとくりゃ空神様の御加護があるって相場は決まってんだ! んじゃ、向こうに着くまではまだ長えから、もちっとゆっくりしてようかね……」
それだけ言うとアルトロは、荷物置き場に大の字でごろりと転がり、すぐに豪快な寝息を立て始める。飾らないその姿にライラまでもが毒気を抜かれ、妙な生き物を見るような視線を向けた。
「なんか、自由な人っていうか……あんなリーダーで大丈夫なの?」
「……人望はあるみたいだし、いいんじゃないか? 緊張しても仕方がないのも確かだし。しばらく俺たちも、楽にしてようぜ」
深く座席にもたれかかった俺は、一度見せてもらった《竜涙》をもとに品評会に出すアクセサリーの構想を頭の中で練り始める。ライラはまだ少しムッとした顔をしていたが、ようやく諦めたか……牧歌的な風景が広がる窓の外に目を向け、頬杖をつく。
「リュカちゃん……重たいです~。もうちょっと寄ってください……ふわぁ」
「なにぉぅ……? あふ……ねむぅ……」
そして、向かいの座席で肩をくっつけ合うふたりは……静かな室内と振動のせいで次第に瞼を下ろし、やがて折り重なるようにして寝息を立て始めた。
戦闘の前にしては、平和すぎる光景だった。
そして俺の隣の席で、すっと伸びた爪先が刻むのは、非難するような苛立ちのリズム。
……もちろん、これはライラ様のおみ足だ。
「出かけたのは、買い物のためだったわよね~? な・に・がどう転んだら、いったいどうしてこんなことになるのかしら……。ね~、テイル?」
「ノーコメント」
「ふざけないで!!」
「まあ嬢ちゃん、そんなに怒りなさんなよ。説明は聞いたただろ?」
「それが納得できないって言ってるんです!」
「すまんすまん」
向かいの席に座るアルトロが仲裁してくれようとしたが、ご機嫌斜めなライラの剣幕にあっけなく引き下がった。俺としてはトラブルに巻き込まれた側でもあるのだが、そんな言い訳は今の彼女には通用しそうにない。紫の瞳は半月のように吊り上がり、こちらを強く睨んでいる。
まあ彼女の怒りも妥当な所ではある。休んでいたのを無理やりたたき起こし、こんな場所へ同行させているのだから……。
――さて今、俺たちは灰被り鼠のアルトロたちと共に孤児を攫った野盗どものアジトへと移動しているところだ。
あの食事の後、俺たちを探しに来たセインと合流して手紙と身元が分かるものを持って行かせ、ライラを下層街まで引っ張ってこさせたのだが……。引き続きのトラブルに、疲れているところを叩き起こされることになった彼女は今朝になってもほとんど口を聞かなかった。
そして出立前、俺たちは昨日泊めてもらった灰被り鼠のアジト広間で士気高揚のため、アルトロと共に構成員の前に立たされたのだが――。
『――あんなひょろい兄ちゃんと女子供で本当に大丈夫なのかよ?』
『賞金首にさらわれちまっても知らねえぞ~』
『こら、テメェら、失礼なことを言うんじゃねぇ! この人らの腕は俺っちが保証する。分かったら、とっとと隊列を組んでガキどもの救出に向かうぞ!』
アルトロは一喝してくれたが、こんな声や大勢の男たちの好奇の視線を浴び、ライラの機嫌がさらに悪くなったことは言うまでもなかった――。
そのまま現在に至り、見ての通りの状態だ。
「テイルは……ほ~んと、目を離すとすーぐ変なことに首突っ込んで。心配するこっちの身にもなりなさいよ……!」
コンコン爪先で俺のすねを叩き、不機嫌さを隠そうともしないライラに、俺も思わず言い返す。
「もうそろそろ機嫌治せって……。このくらい珍しいことじゃないだろ?」
「余計問題じゃないの! どこの誰が、日常的に……ン万金貨も金策に走るハメになったり、天下の公爵様と自分の身柄を賭けて交渉したり、賞金首退治を任されたりするって!? い・く・ら・冒険者だからって、限度があるでしょ!」
「お~い、リュカちゃんにチロルちゃんよ。あのふたりの痴話喧嘩を止めてやってくれよ」
アルトロは弱った様子で隣に座ったチロルたちにも説得してくれるよう頼むが……。
「ダメなのです。ライラさんが怒ったら、わたしたちはお口にチャックすると決めているのですです。ねー、リュカちゃん」
「なー、チロル」
ふたりは口元を両手で包んで小声で確認し合う。
「なんだいそりゃ、仕方ねぇなぁ。まーまー、嬢ちゃんにテイルも、そんくらいにしておいてくれや。もうしばらくすりゃ向こうに着く。時間のあるうちに再度段取りを確認しておきてえし」
「そんな関係じゃありませんし……彼を巻き込んだのはあなた方――むぎゅ」
ライラの目付きが険しさを増し、アルトロに怒りの矛先が向こうとするが……俺は彼女の口を手のひらで押さえる。
「ほら……いいからそれより話を聞こうぜ。子供たちが捕まってるっていうし……見捨てることになったら後味わりぃだろ」
「……ふん!」
物理的に口を閉じさせたため、不満気に顔をそらすライラ。
その間に、苦笑したアルトロが手早く説明を始める。
「愛されてんなぁ……。そんじゃ、念のためもう一度作戦を説明しておくぜ。目的は、下層街から攫われた子供たちの救出だ。今向かっているのはハルトリア西部森林内、野盗共が根城にしてやがる洞窟の中だ。何度か後をつけて、結構な人数が出入りしてるのを確認済みだ。できることなら、奴らを捕縛して王国兵どもに突き出してやりてえが、んなことよりか、まずはガキどもの身柄を優先する」
「そいつら、子供なんか捕まえてどうすんの?」
「ああ……おそらくだが、《錆鎖》って闇ギルド、非合法の仕事に手を染める奴らと繋がりがあるんだろうぜ。十六未満の子供を奴隷にするのは法で禁止されてるが、陰で隠れてそういうことをするクソみてぇな奴らがいんだよ。馬鹿高い金を目当てにな」
「ひどい……」
「だろ? だからなんとしても、んな奴らはしょっ引いて罰を受けさせてやらねえとな」
ここでも出てきた《錆鎖》という名を、俺は前に争った闇ギルド・ダークなんとかの話を思い出し複雑な気分で聞く。
顔を曇らせた俺たちに咳ばらいをし、アルトロは白紙に簡単な図を書いた。洞窟を中心にして、周囲を等間隔に分けた部隊で包囲しておき、一番数の多い部隊を入り口から突入させるつもりのようだ。
出入り口が見えている一か所のみなら話は早い。奴らは突入した部隊と戦闘になり、必死の抵抗を見せるだろう。しかし、内部にもうひとつ以上逃げ道があれば、そのまま逃走を図って行方をくらます場合もありうる。
「子供を連れてまんまと逃げられちゃ困るからな。そこでこいつだ」
アルトロが取り出したのは、鼠色をした地味な外套だ。
俺は説明を聞く前に鑑定を発動していた。
《★★★★ 隠蔽套(魔法道具)》
詳細説明:充填されている魔力が尽きるまで、使用者の姿を隠してくれるアイテム。強力だが魔力消費効率が悪く、長時間は使用できない。
これは、貯蔵されている魔力が続く限り装着者にコンシールメント(隠蔽)の魔法をかけ続け、姿を見えなくするアイテムらしい。
「少数しか用意できなかったが、身につけたやつの姿を隠してくれるってえ代物だ。こいつを使って、あんたらは先に上手く洞窟へ潜んでてくれ。そしたら俺っちたちが入り口で派手に騒ぎを起こすからよ。どうにかして先に奥に進み、子供たちを見つけて助けてやって欲しい。賞金首はとりあえずおまけだな……やれたらでいい」
「だが……状況次第で俺らは引くぞ。自分たちの命は惜しいからな」
「ああ、そりゃ仕方ねえ、自由にしな。だがその場合、お前さんたちが欲しいものは手に入らねえがな」
俺がこう言っても、彼は成功を確信しているかのように明るい表情を崩さない。
「なに、上手くいくさ! そっちの嬢ちゃんは幸運持ちで、人助けとくりゃ空神様の御加護があるって相場は決まってんだ! んじゃ、向こうに着くまではまだ長えから、もちっとゆっくりしてようかね……」
それだけ言うとアルトロは、荷物置き場に大の字でごろりと転がり、すぐに豪快な寝息を立て始める。飾らないその姿にライラまでもが毒気を抜かれ、妙な生き物を見るような視線を向けた。
「なんか、自由な人っていうか……あんなリーダーで大丈夫なの?」
「……人望はあるみたいだし、いいんじゃないか? 緊張しても仕方がないのも確かだし。しばらく俺たちも、楽にしてようぜ」
深く座席にもたれかかった俺は、一度見せてもらった《竜涙》をもとに品評会に出すアクセサリーの構想を頭の中で練り始める。ライラはまだ少しムッとした顔をしていたが、ようやく諦めたか……牧歌的な風景が広がる窓の外に目を向け、頬杖をつく。
「リュカちゃん……重たいです~。もうちょっと寄ってください……ふわぁ」
「なにぉぅ……? あふ……ねむぅ……」
そして、向かいの座席で肩をくっつけ合うふたりは……静かな室内と振動のせいで次第に瞼を下ろし、やがて折り重なるようにして寝息を立て始めた。
戦闘の前にしては、平和すぎる光景だった。
応援ありがとうございます!
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