助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね

安野 吽

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25.それぞれの思惑

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 来たるべき建国記念祭が近付き、メルはジェナが捕らえられている貴人牢へ出向いていた。

 あれ以来、度々彼女に請われて、様子を見に来たり話し相手になったりしている。本日は隣にラルドリスの姿はない。彼も色々と忙しいのだ。

「すみません、ジェナ様を解放するにはまだもう少しかかると思います」
「気にしないで。こうして誰かが会いに来て話してくれるだけでも、ずいぶん気が紛れるから」

 王妃はチタを膝に乗せ、メルが持ってきたクルミを与えて、齧る姿を楽しそうに見ている。

「可愛いわね。それに綺麗。まっすぐ食事だけに集中して……余計なことを考えないのね、この子たちは。だから、こんなに心を魅かれるのかしら」

 そうかもしれない。自然に寄り添う生き物たちの思考回路。彼らの目的はただ生きることに集約されている……そう言った純粋さが、ひたむきに生に向き合うそのさまが、人にはとても尊く映るのだろうと思う。

「ここにいると、時々つらくなってしまってね……。誰だって我が身や我が子が可愛くて、それゆえに……他の誰かなど、どうでもよくなってしまうことがあるから」

 瞼を半分閉じ、苦しそうな表情になったジェナは、声を潜め驚くような事実をメルに明かした。

「ザハール様に付いているという魔術師の正体、私……知っているの」
「え……!?」

 どうして、その事実を彼女は黙っていたのかはわからない。
 しかし彼女は、覚悟を宿した瞳でメルに伝える。

「どんなことよりも優先してあの子を守って欲しいから言うわ。魔術師は……実はザハール殿の、本当の父だと思うの」
「……そ、そんな」

 メルは混乱する。それが確かであれば、ザハールは、元々継承権などというものを持っていないことになる。いったい、どういうことなのか。

「生前、彼の母であるマリア様に聞いたの。ターロフ様と出会う前に、ひとりの恋人がいたと……伯爵家の長女であった彼女からは、少し家格の劣る家柄の男性だったというわ。マリア様は先にその方と出会い、恋をした。でも家は容色に優れていた彼女に、地位向上のため、後宮へ入るように命じた」

 家長の権限は強く、逆らえなかったのだろう。マリアは想い人を突き放し、家のために城へと入ったという。その時のマリアの心境は、どのようなものだったのだろう……。

「それからすぐだったの。マリア様が身ごもっていることが分かったのは。この事実が共有されたのは、私と陛下とごく一部の高官、後は宮廷医師だけだった。陛下は、その事を明かるみに出さないよう強く言い含め、マリア様のお子を……自分の子として育てるよう命じたの」

 そして、ザハールは生まれた。幸い彼はマリアの容色をよく受け継いだから、見た目からその出自が明るみになる恐れはなかった。

「誰からどう伝わったか経緯は分からないわ。数年後、皆がその事実を忘れ去ろうとした頃、彼は――魔術師はふらっと宮廷に現れた。きっと未だにマリア様を愛していたのね。でも……その時にはもう」

 ザハールの出自がマリアに強い不安を与え心身を苛んだのか、彼女は幼い子を残して早世した。魔術師は、彼女に会うために来た城のどこかにて、ザハールの姿を見掛けたのだろう。愛した女と生き写しである、息子の姿を。

「それがきっかけだったのでしょう。魔術師は、彼に取り入った臣下に加担し、ザハール殿を影から支援し始めた。自分の息子に父と知られぬまま、王位に着けるために」
「…………」

 あまりに重すぎる話に、メルは背中に岩を積まれたような気分になる。
 つまりこのことを証明できれば、臣下の支持を失いザハールは失脚する。確実に……。
 ジェナは膝に顔を付け、さめざめと泣いた。

「ごめんなさい……ずっと、言えなかったの。私もひとりの息子の親だから……! 亡くなろうとするマリア様に、あの子のことをお願いしますと言われた時から、どうすればいいのかがずっとわからなくて……! ごめんなさい……!」

 我が子と共に成長するザハールの姿を見ながら、ジェナが……そしてターロフ王が何を思っていたのかは、メルにはわからない。

 しかし、メルにはそれを責める権利はない。誰しもがそんなに強くはなれないと知っているから。その時にその場所にいたって、きっと同じように心に封じることしかできなかったろう。

「私はザハール殿になにも言えず……彼の母替わりとしてちゃんと愛情を注いでやることもできなかった。それが……我が子に見せた顔との差が、彼を歪めてしまったのかもしれません」

 メルは無言で手を伸ばし、ジェナの震える指先に触れた。

 重大な事実を胸に抱えたまま誰にも相談できず苦しんでいたこの人に、掛けられる言葉があるとしたら、たったひとつだけだ。

「大丈夫です。ラルドリス様を信じてください。あの方はちゃんとあなたの優しい気持ちを受け継いでいるから、きっとすべての因縁に、けりをつけてくれます……もうこれ以上、苦しい思いをあなただけで抱えこまなくていいんですよ」
「ええ、ありがとう……」

 ジェナは、じっとまぶたを閉じたまま溢れ出る涙をそのままにした。長年の胸の奥に折り重なった彼女の苦しみの雫が、その手を包むメルの指先を温かく伝って消えてゆく。

(どうか……彼女が自分のことを早く、赦してあげられますように)

 そうしていつか、彼が息子の幸せを心おきなく祝福してあげられるよう、メルは祈った。





 王城の宰相執務室に一人篭り、アルクリフ王国の宰相を兼務するバダロ・ベルナール公爵は額に汗し、両腕を机の上に突っ張っていた。

「む、む、む……」

 彼が凝視する机の上には、主だった臣下それぞれの影響度をまとめた勢力図がある。それにはここ最近で大幅に変更が加えられ、中でもいくつかの赤字での注釈の文は、その危機感の表れでもあった。

(ボルドフめの意思表明に続き、トゥーレ公爵や、ウォド辺境伯……法務方のエーゲルン副長官までもがラルドリス派に着いたか。厄介だ……彼はベシェモ公国の王族と繋がりがある。あちらの潤沢な資金を当てにされては……)

 正直、もうすでに勝負は決まっているものだと思っていた。

 つい一か月前までは、王国の陣営は八割がたこちらへの恭順を表明し、ザハールへの忠誠を誓っていた。
 それが、今になって……ラルドリスがこの城に戻って以後、急速に勢力図は急速に塗り替わり、拮抗するとは言わないまでも、六対四の割合程までに、陣営の差を縮められている。勢力図を引き裂かんばかりに手に力が篭る。

「……シーベルめっ、あの青二才が!」

 その裏には間違いなく、あのかつての王弟の息子、シーベルの存在がある。

 王国の外縁部に位置するフラーゲン領の領主でありながら、ラルドリスを匿い、己の姉が捕縛されるや否や、この城に王子を連れ帰った。

 後にフラーゲン領を任された王弟からその地位を受け継ぎ、広大な領地をなお拡げつつある彼に影響力があるのは分かっていたが、それはベルナール公爵の予想を大きく超えていた。

 そして、この逆転劇の要因には、なによりも第二王子ラルドリスの変化がある。自らは存在感を示さず、臣下に担ぎ上げられるままでいた傀儡の王子が、ここになってその資質を発揮し始めた。直接の面談は行っていないが、遠くから見ただけでも分かる。容姿はともかく、あの王子は、かつての国王の血を色濃く受け継いでいる。

 強烈に人を惹きつける求心力が開花した。それはかっての国王にすら届く勢いでこの宮廷を包み込み始めている。
ターロフ王の背中に長く仕えたベルナールすら、明確にその面影を感じ取ってしまうほどに。

「……されど、仕方のないこと。このままにはさせぬぞ……前国王の意思を引き継ぐのは儂じゃ!」

 自分には二十余年の間、国王と共にこの国を支えてきた自負があるのだ。強烈な求心力を誇った現国王が病に臥し、同じく力を尽くしたボルドフが裏切った今、引き続き国を守り維持し続けることが出来るのは、その意思を最もよく知る自分しかいない。

「なんとしても……貴様らにはこの国を渡さん……!」

 ベルナール公爵に特別な能力はない。彼が宰相と地位に就いたのも、すべてが時間と地道さを頼りにした愚直な実績の積み重ねによるもの。

 意に染まぬ悪事にも手を染めたこともある。領民に謂れのない苦しみを与え、大きく糾弾されることもあった。それでもただただこの国の為に尽くすことだけを考えて先を見た。その道程を認められ、今がある。そしてこの仕事以外に、自分の存在理由などなにもないのだ。

 正直、ザハールについてはすでに見放してはいる。

 自身の能力の低さと向き合おうともせず、生まれ持った地位だけで人を見下す滑稽な男。あの男の秘密を知ってなお支援しているのは、半端な者に国政に口を出されるよりはよほど良いからだ。媚びへつらってさえいれば満たされるのだから。せいぜい口車に乗せ、上手く御してやればいい。

 一方ラルドリスのような、国を思うがゆえの心は諸刃の剣ともなる。それはひとたび進む道を誤れば、これまで彼らが血と汗を流し必死に積み上げてきたこの国を瓦礫の山に変えかねないのだ。

「我が国の隆盛を脅かそうというのならば、容赦はせん。必ずや……貴様らを退け、この国を正しき道に導くのだ……この私が!」

 ベルナール公爵は椅子に着くと、いくつもの書簡をしたため始める。瞬く間に脇には封書の束が積み上がり、そしてその手は夜が明けても止まることなく、羊皮紙の上を滑り続けた。
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