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1章

切ない冬茜

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 明日から高校生活最後の冬休みに入る。
受験組は最後の追い込みでひたすら勉強しているし、既に進路の決まった人達は自動車学校へ行ったり、バイトを沢山したり、みんなそれぞれに忙しそうだ。

 私は特にこの冬休みも予定はなく、唯一ある予定は年末年始に両親の実家に行くことくらい。
 …悲しい冬休みになりそう。

 そんな風に考えていると、柚が私に話しかけてきた。



「由梨香、12月26日って暇ー?」


「うん、特になんの予定もないよ」


「球技大会の前に話してた翔くんとのデート、翔くんの友達と由梨香の4人で遊ぶやつ、その日にしようー!」


「ああ、あの前に言ってたヤツね!12月26日、了解したよーっ」



 もう1人、吉岡くんの友達は誰が来るんだろう?
吉岡くんのクラスの男の子かな?
 そんなことを考えていると、隣の席の透也が言った。


 「なに、26日吉岡と会うの?」


 「うん、そう!なんか擬似ダブルデート?みたいなのしたいんだって!」


「そうなんだ、どこ行くん?」


「何も知らされてないから分からない!」



 透也、私のこと気にかけてくれてるのかな?
透也は何やら、携帯をいじっている。



「ほら、ここなんてどう?良さげなカフェ」


「えー可愛い!このラテアートとか、めっちゃ良いじゃん」


「はは、由梨香こういうの好きそう」



 携帯弄ってるなぁと思ったら、わざわざ探してくれてたんだね…!優しさが染みる…!
 


「由梨香、今日学校終わったらちょっとだけ時間とれる?」


「…? うん、大丈夫だよ」


「じゃ、また放課後図書室で待ち合わせね」


「教室じゃダメなの!?」


「いいじゃん、あそこの雰囲気好きなんだよオレ」


「わ、わかった」



 図書室といえば、私の誕生日に、あの死角になったところで透也に手紙を貰った時のことを思い出した。

 人目につかないところでなんか話すことでもあるのかな…?

 これまで私は、透也には思わせぶり(?)なことばかりされてきたから、今日は翻弄されないように少しだけ、警戒心を持って図書室に行くことにした。

 帰りのHRが終わると、透也は荷物も持たずに一番乗りに教室を出ていった。
きっと、図書室へ向かったのだろう。

 私も、少しだけ時間を置いて図書室へ向かう。
向かっている最中も、やはり未だ2人きりは緊張するのか、心音が大きくなっていくのがわかる。


ガラッ


 図書室の扉を開ける。
今日はまだ図書委員の人はいないようだった。
帰りのHRが終わったばかりのせいか、他に生徒もいない様子。



「透也ー?いるんでしょ」


 そう言った途端、背後から手で目隠しをされた。


「だーれだっ」


「とっ、透也!」


「はは、正解ー」



 正解も何も、透也しかいないでしょうがっ!



「なんで私のこと呼び出したの?」



「明日から冬休みでしょ?しばらく学校で由梨香に会えなさそうだからさ、2人で話す機会を作ってみた」


 そう言いながら微笑む透也。
やっぱり何考えてるのかよく分かんない!


「そうなんだ…てっきり、また死角に入って変なことしてこようとでもしてるのかと思ったよ」


「じゃ、する?」


「…っえ!」



 透也は半ば強引に私の手を引き、例の死角になる場所まで連れていかれた。
 ドン、と私の背を壁につけると、透也に壁ドンされる。



「オレとこういうことしたかったの?由梨香」



 不敵な笑みを浮かべた透也は、やけに低く甘い声で囁いてきた。
 どうしよう逃げられない…心臓の音、うるさい!



「と、透也まっ…」



 透也の大きな手が、私の口を塞ぐ。



「大丈夫、誰も来ないうちに終わらそう?」



 終わらすって…一体何するつもり!?



「ーーーー…!」



 声にならない声を必死に出そうとする私。
透也、今回はもしかしてガチでなんかして来るんじゃないの…!?



「…ぷっ、ははは!」



 覚悟を決めようとしたその瞬間、透也は我慢できないとでも言うように大笑いをしだした。
 涙目の私を見て、お腹を抱えて笑っていた。



「はー、はー、由梨香おもしろすぎるしょ反応」


「んなっ、からかってたの!?酷いっ」


「さすがに学校じゃヤラシイことできないよ、このオレでも」


「ヤラシイこと!!?」



 結局、からかわれただけで終わった。
透也…今回はガチで何かされるかと思ったよ…。



「ごめんね、怖かった?」


「ちょっとね…でも」


「でも?」


「い…嫌じゃなかった、かも」



 透也は一瞬目を見開き、そしていつになく真面目な顔でこう言った。



「由梨香。男に向かって、そういうこと言うもんじゃないよ?」


「え、ほんとなんだもん…」


「はあ…由梨香、もっと身の危機を察知しなさい」



 元はと言えば、透也が悪いのに!
そんなふうに注意されても、腑に落ちないよ!

 それから私たちはいつものように冗談を言ったりしてじゃれ合いながら、それぞれの帰路についた。
 何気ないこういう日常が、1番幸せだったりする。



「じゃ、由梨香またね」


「うん、またね!」



 前までは想像もできなかったほどに透也と仲良くなれて本当に良かった、と思うと同時に、好きが増しすぎて時々怖くなる。

 私、片思いの時点でこんなに異性として人を好きになったの初めてかもしれない。

 さっきだって、場所が図書室でなくて例えば透也の部屋とかだったら、すんなりと受け入れてしまっていた気がする。

 こんなんじゃ、ただの都合の良い女に成り下がってしまいそうだ…気をつけよう。



 そして冬休みを迎え、絶賛恋人募集中の私は呆気なくクリスマスを終えてしまった。

 今日は12月26日。柚との約束の日だ。
集合時間は14時30分だから、余裕を持って準備を始めたつもりだったが…。
 


「やばーい遅刻するっ」


 珍しく髪の毛なんて巻いてたら、思ったよりも時間が掛かってしまった。
 昨日の夜既に決めていた服に着替え、荷物を持って家を出る。



「いってきまーすっ」



 リビングの遠くの方から、いってらっしゃーいという母の声が聞こえてきた。

 玄関を出ると、辺り一面真っ白。さっきまで雪が降っていたのだ。
 はあ、と息を吐くと白い靄になって消えていった。
今日は一段と冷え込んでいて寒い。

 バスを乗り継ぎして、待ち合わせ場所に向かう。
柚と吉岡くんを見つけた。



「柚ーっ!待たせてごめんね!」


「全然大丈夫だよぉ、私たちが早く着いただけ!」


「佐野さん、久しぶりー」


「吉岡くん、久しぶり!…あれ、吉岡くんの友達とやらは?」


「ほら、今ちょうど来たよ」



 そう言いながら吉岡くんは私の背後を指さした。
10mほど先に見えたその姿は、なんと透也だった。



「え!今日来るのって透也だったの!?」


「柚から色々話聞いてね、佐野さんと安藤とデートしたいねって話してたんだけど2人なかなかくっつかないからさぁ」


 これは間違いなく柚のファインプレーでは…!?
そう思っていると透也がこちらに到着した。
 私服姿の透也は、いつもに増して大人っぽく見えた。


「オレが1番最後かーっ、待たせてすまん」


「透也はいつからこの4人で遊ぶこと知ってたの!?」


「冬休み始まる前日だけど?」



 ニヤニヤと笑う透也。
じゃあ私のことを図書室に呼び出した時には、もう確定で透也が来る予定だったってこと…!?



「だ、だってしばらく会えないから2人で話す機会を作るって言ってたのに…」


「オレ、って言ったよ?」



 騙された…!?



「ちょっとー、せっかくダブルデートなんだから二人の世界に入らないでっ」


「ゆ、柚!ごめん…!」



 確かに私は、すっかり透也に夢中になって、柚と吉岡くんの存在を忘れていた。



「じゃ、まず1軒目はどこ行くんだっけ?安藤」



 えええ!?しかもデートプラン考えてんの透也なんかい!
エセ関西弁が出るくらいには、私の心は落ち着いていなかった。



「まずはカフェで腹ごしらえをします!」



 透也が得意げに言う。
あ、カフェってまさか…?と考えていると、透也は私に向かってウィンクしてきた。

 球技大会の時もウィンクしてきたけど、流行ってるの?ナチュラルに日常でウィンクして許される人は、この世になかなかいないと思うよ…透也…。



「ここからすぐ近くだよ、歩いて5分くらい」


「まじか、良かった今日寒いもんな」



 透也と吉岡くんが会話をしている。
サッカー部同士だからか、後ろ姿とか雰囲気がどことなく似ていた。
 すると、柚がコソッと私に言った。

 

「ねえ由梨香、安藤くんが来てどう思った?」


「もう…最高!柚、天才すぎ!」



 良かった、と笑う柚に、私は親指を立ててビシッとGoodサインをした。

 カフェに到着して中に入ると、コーヒー豆の良い匂いが漂っていた。
 壁にはドライフラワーが幾つも飾ってあり、オシャレな雰囲気のお店だった。



「「可愛いー!!」」



 私と柚は見事にハモってしまい、顔を見つめ合わせた。
 それを微笑ましく見ている透也と吉岡くん。

 透也が私を見る目が、吉岡くんが柚を見る目と完全に同じで、傍から見たら本当のカップル同士のダブルデートに見えているのでは、と自惚れてしまう。

 そしてメニュー表を見て、確信した。
冬休み前に透也が見せてくれたラテアートが載っていたのだ。

 さりげなくそういうこと出来ちゃうんだもんなぁ、ずるいなぁ透也。
 私ばかりドキドキさせられていて、なんだか悔しい。

 私はラテアートとホットサンドを注文。
他のみんなもそれぞれに注文をし、待っていると吉岡くんが唐突に話し出した。



「2人は付き合わないん?」



 ド直球な質問に、私は思わず固まる。
柚も、やらかしたーというような表情をしている。
 少し間が開き、口を開いたのは透也だった。



「…恋愛って、なんか難しいよね。仲良くなればなるほど関係性を壊したくなくて、次に踏み込めない」



 え、それって私とのことを言っているの?
それとも、透也お得意の上手い感じにはぐらかしただけ?
 そう考えていると、吉岡くんが感心しながらこう言った。



「おぉ、安藤にしてはまともな回答が来てビビったわ」


「どういうことだよ」



 食い気味にツッコミを入れていく透也。



「ねえ柚たちはどんな感じで付き合ったの?」



 私が2人に聞くと、吉岡くんと柚はあからさまに照れ始めた。まだ付き合って3日目?と問いたくなる。
 柚が、当時のことを思い出しながら語り出した。



「映画観てたらね…翔くんが良い感じのところで手を繋いできてね、なんとなく映画を観終わっても手は繋いだままで、お客さんがある程度いなくなった映画館の座席で、翔くんが告白してきてくれたの…!」



「なんて言って告白したの、吉岡くん」



「…オレと、付き合ってくれない?って言った」



 私が続けて質問した問いに、吉岡くんが答えた。
 少女漫画みたいな展開に、思わず聞いたこちらまで照れてしまう。
 この2人には是非とも結婚してほしい。
ずっと仲睦まじく、2人で人生を歩んで欲しい。と、本気でそう感じた。

 そうしていると、それぞれに注文していた飲み物が席に届いた。

 透也と柚はアイスコーヒー、私と吉岡くんはカフェラテだ。
 やはり、ここのラテアートは可愛い…!
私は記念に写真を撮った。
そんな私を見て、透也はこう言った。



「写真といえば、今日4人で記念写真撮りたいな」


「え!安藤くん、それ良いっ!」


「でしょ?」



 私がラテアート撮影に夢中になっていると、柚が透也の提案に乗り気で答えていた。
 そんなラテアートに夢中な私を、透也が優しい眼差しで見守っていたことを、後から柚に聞いた。

 その後それぞれに軽食が届き、腹ごしらえを終える。



「次、何するの?」


「オレについて来て!時間的にそろそろ良いと思う」



 透也以外の3人は、まったく分からず店を出て透也に着いていく。
 そのとき、時刻は16時10分。

 少し入り組んだ道に入ると、誰にも踏み潰されていないまっさらな雪道があった。
 まるで、今積もったばかりかのようにキラキラとした道に、4人だけの足跡を刻む。

 さらに進むと、長く上に続く階段が出てきた。
透也が私たちに言う。



「この場所知ってた?登ると、この街を見渡せる高台になってんの」


「へえ!こんなところあったなんて!」


「私も知らなかったー」



 私と柚が言うと、透也はドヤ顔をしていた。


ズルッ


「…わ!」


「あぶね!」


 
 階段の雪が滑って転びそうになった私の手を、咄嗟に透也が引いてくれてなんとか助かった。



「…ありがとう透也!あーびっくりしたー」


「まじ気をつけて?階段から落ちたら最悪死ぬよ?」


「由梨香大丈夫ー!?」


「安藤、お前瞬発力すげえな」



 やっと階段を登り終えると、そこには絶景が広がっていた。



「…うわぁ夕日すごっ!綺麗ー!」


「なんで今日の夕日こんなに真っ赤なの!?」



 思わず、私と柚は大きな声が出る。
すると透也と吉岡くんも、なにやら会話をしていた。



「今日の夕方は晴れるって天気予報で言ってたから、ここに来たら綺麗な夕日が見れるんじゃないかと思ったんだよねー、予想大当たり!」


「安藤…ロマンチストかよー」


「いやオレは映画館で手を繋いだまま告白なんて照れ臭くてできないね」


「うるせ!」


 そんな会話を聞きながら、私は赤く染まった空をじっと見ていた。
 積もった雪に夕日が反射して、幻想的な景色だ。
寒いのなんて忘れてしまうほど。

 

「…これが、私たちが育った街なんだね」


「柚…」



 綺麗な景色と意味深な柚の発言に、私はなんだか泣きそうになる。
 4人で写真撮ろう、と透也が言ったので、私たちは夕日に照らされながら何枚かの写真を撮った。

 少し先に行くとベンチが2つだけあって、まるで私たちのために用意されたみたいに置いてあるように思えた。



「瀬川さんと吉岡、せっかくだからそっち座りなよ」



 透也が、右側のベンチを指差して言う。
2人きりにさけてあげようとしてるんだ。
ここは私も便乗していこう。



「うん、2人で座って!」



 そう言うと、少しだけ申し訳なさそうにしながら2人は右のベンチに座った。
 私と透也は左側のベンチに座る。
右側のベンチとの距離は、およそ5mほど。

 普通より小さめの声で話してたら、ギリギリ聞こえないくらいの距離感。



「透也…今日は、ありがとね」


「ん?なにが」


「デートプラン立ててくれてたみたいだし…その、私が行きたがってたカフェに連れて行ってくれたし!こんな綺麗な景色も見せてくれたし」


「…まぁ残された時間は少ないし、思い出作り?」



 透也はいつものように微笑んだが、この時ばかりはそれがなんだか儚く見えた。
 どうか終わらないでと願う日々が、もうすぐ終わるということを痛感した。

 どれくらいの時が過ぎただろう。
私たちは特に何も話さず、夕日とこの景色を見つめていた。

 夕日が半分以上沈んだ頃、そろそろ帰ろう!と柚が言った。

 帰り道がなんだか寂しかった。
まるで、透也と会うのは今日で最後だとでも言うような気持ちになった。

 透也との思い出が増えれば増えるほど、卒業という別れが惜しくなる。

 もう沈み掛けの夕日が、これでもかと言うほど真っ赤に、そんな私たちを照らしていた。


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