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1章

誰よりも君を

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 柚たちカップルとダブルデートをした日から、もう5日も経っていた。

 今日は12月31日。もう大晦日だ。
私は、自分の部屋の大掃除に励んでいた。
普段あまり見ない机の裏のホコリを取って、ほぼ使っていない引き出しの奥の方を隅々まで整理をした。

 使い古した捨てていないノートが1冊、私の目に止まった。
 何気なくそのノートを開いてみると、数学のテスト勉強をした形跡がある。
 パラパラとページをめくってノートを眺めた。
ノートの右端に書かれた、見覚えのある公式。



「あ、これ…透也の書いた字だ」



 テスト前の放課後に居残り勉強をした時のことを、私は思い出していた。

 よく考えると、あの頃から私と透也の距離が縮まり始めた気がする。
 懐かしさに浸っていると私のスマホが光った。
スマホを開くと、タイミングを狙ったかのように透也からのメッセージが来ていた。



【(透也)もう大晦日だね。今日はなんか予定とかあるの?】


【(私)絶賛、大掃除中だよ!夜からお父さんの実家に行って年越しする】


【(透也)あー、掃除か。偉いね
   オレも父さんの実家行くから、同じだ】


【(私)今年もあと数時間で終わるねぇ】


【(透也)んね、めちゃ早い笑】



 透也とのやり取りに夢中になっていると、背後に殺気を感じて振り向いた。
 そこには、鬼の形相をしたお母さんの姿が…。



「あんたちゃんと掃除やってんの!?時間ないんだからさっさと手を動かさないとスマホ取り上げるよ!」


「ごっ、ごめんなさーい!やるやる、やります!」



 はーびっくりした。
…透也に返信しそびれちゃったな。

 そう思いながらも、お母さんに怒られたので仕方なく私はまた掃除に取り掛かった。

 その日の夜、私は父の実家に向かっていた。
父の実家は少し遠いので、祖父と祖母に会うのは1年ぶりだ。

 

 「あらぁー、ゆりちゃん久しぶり!また可愛くなってえ」


「寒かっただろう、ほれ由梨香、炬燵の中入りんさい」




 2人に大歓迎されながら炬燵に入る私。
 父の一人娘の私は、幼い頃から祖父と祖母にとても可愛がられていた。



「お爺ちゃんお婆ちゃん、久しぶりだねぇ。元気にしてた?」


「元気元気、ゆりちゃんが結婚する姿見るまでは死ねないわ~!」



 祖母は明るくそう言った。うんうんと祖父も頷く。

結婚かあ…いつかは私も誰かと結婚するのだろうか?
相手が透也だったりしないかなぁ。

 祖母らと一緒にご馳走や年越し蕎麦を食べて、年末の特別番組をダラダラと見ている。
 テレビのカウントダウンをボーッと見ながら、あと1分で今年が終わるなぁと思っていると、私のスマホに電話がかかってきた。
 スマホを見ると、透也からの着信だ。



「ごめんっ、友達から電話きたからちょっと外行ってくる!」



 私は祖母の家から飛び出すと、電話に出た。



「もしもし!!」


『あ、やっと出た!もう年越しちゃうとこだったじゃん、あぶねー』


「どうしたの急に!?」


『いいから!ほら、4…3…2…1……あけましておめでとう、由梨香!』


「あっ、あけましておめでとう…!」


『去年はお世話になりましたーっ』



 テンプレのようなセリフを並べる透也。
今年初めて会話したのが透也になるなんて、嬉しいことこの上ない。



「透也よかったの?私なんかが1番最初に電話かける相手で!もっと友達とか、親とかさぁ」


『うん、由梨香にかけようって決めてたから』



 ドクン、と心臓が跳ね上がる。
どうしてこう、ときめくようなことを言えてしまうんだろう。



 「私も、透也に電話であけおめ言えて嬉しい…」


『冬休みまじでつまんねえから早く学校始まってほしいわ』



 意味深な言葉を透也が言う。
私に会えなくてつまんないとか、そういうこと…?
また、私は自分に都合の良いように解釈している。



「じゃ、外寒いし電話切るね!また連絡するっ」


『外にいんの!?やば、凍え死ぬよ早く戻りな!』



 そうして、私たちは電話を切った。
外の寒さで体は冷えていたが、透也の声を聞いたおかげで心が温まっていた。

 ずるいなぁ、透也は。
私ばっかりが好きにさせられてる気がする。

 この世で1番透也に恋をしているのは、私だと胸を張って言えるくらいには、大好きだ。
好きの一言で収めるのは勿体ないくらいに大きく膨らんだ気持ち。

 …この後、どんな顔して祖母たちに会えば良いと言うのだろう。
 にやけ顔を晒すことのないように、1人ポーカーフェイスの練習をする。



「あ、ゆりちゃんどこ行ってたのぉー」


「ごめん、あけましておめでとうございますっ」


「あけましておめでとうございますー」



 父や母、祖父や祖母に新年の挨拶をし、ホッと一息ついた頃。



「由梨香、はいこれお年玉」


「爺ちゃんと婆ちゃんからもあるよぉ」


「えーっ!ありがとうございます!」



 父と、祖父から有難く受け取ったポチ袋の中には、それぞれ1万円ずつ入っていた。



「ゆりちゃんにお年玉をあげるのは、今年で最後だからねえ…」



 寂しそうにお婆ちゃんが言った。
そう、私の家の決まりで、お年玉を貰えるのは高校生までなのだ。

 はあ、大人になるのやっぱり嫌かも…お年玉貰えなくなって、そのうちあげる側になっちゃうんだなぁ。



「由梨香、さっきはどこに行ってたの?まさか彼氏でもできた?」



 お母さんは、お父さんたちに聞こえないようにこっそり私に耳打ちしてくる。



「え!彼氏じゃ…ないよ?」


「そうなの?ただのお友達?」


「うん、そうそう…へへ」



 さすが、お母さんは女同士だからか鋭いところがある。
 危ない危ない…。

 そしていつもよりも夜更かしをしつつ、眠いので布団に入った。
 お婆ちゃんの家にベッドは無いので、敷布団で寝る。
 いつもと寝心地が違って新鮮な気分だ。

 …透也もそろそろ寝たかな?
私は、起きたら今度は母方の実家に挨拶に行く予定がある。
なんだかんだ、年末年始は忙しい。

 気がつくと私は眠りについていて、カーテンから入る日差しで目が覚めた。



「う~っ、寒いなぁ…!」



 築年数の経ったお婆ちゃんの家は、すきま風が入ってきてしまうのだ。
 寝起きでトイレに行き、お茶の間に入る。
お爺ちゃんしかまだ起きていなかった。



「お爺ちゃんおはよう」


「おぉ、おはよう由梨香。早起きだねえ」


「トイレに行きたくて目が覚めちゃったー」


「由梨香は今、好きな男の子がいるんだね?」



!?!?
お爺ちゃん、唐突に何を言い出すの!?



「なっ、なんで!」


「爺ちゃんくらい生きているとねえ、なんでもお見通しなんだよ。いいかい由梨香、男に騙されるような女の子にはなっちゃあ、だめだよ」


「き、気をつけるね…?」


 この時言ったお爺ちゃんのセリフを私が本当に理解するのはこれから2年後になることを、今の私には知る由もなかった。

 今の私は、一途に片思いをし続けるただの女子高生でしか無かったのだった。


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