上 下
9 / 26
1章

傷つけ、傷つけられ

しおりを挟む
そしてあっという間に10月、球技大会当日になった。
 午前中は1.2年生と他クラスの3年生の試合ばかりで、私たちの出番がなかった。



「ね、サッカー見に行こうよ!翔くんのクラスとうちのクラスが午前中試合だって言ってた!」



 そう柚が提案してきたので、私たちは校庭に移動する。
 なにやら空き教室に人影が見え、私は立ち止まり軽く覗いてみた。



「え、透也…!?」



 なんとその教室の中には、サッカーユニフォームに着替え中の、上半身裸の透也がいた。
 そして、覗いている私に気づいた透也が口パクでこう言った。



「え   っ   ち !」



「!!」



 裸を見たくて覗いたわけじゃないのに…!
私は恥ずかしくなって、走って那奈と柚の後を追った。

 まだ心臓がドキドキしていた。
透也の身体、見ちゃった…。
 広い肩幅、割れた腹筋と綺麗な鎖骨が目に焼き付いて離れなかった。



「ねえ由梨香遅いよー、何してたの?」



「えっいや、あははごめん」



 那奈と柚に追いついた私は、下手な誤魔化し方で耐え忍んだ。
 校庭に着くと、結構応援の人が多かった。
なるべく見やすそうな場所を探していると、声が聞こえた。



「柚ーっ!」



 声の主は、吉岡くん。



「あー!翔くんいたっ、頑張ってねー!」



「おーう、勝つから見とけよー?」



「もちろんっ」



 公然の場でイチャつく吉岡くんと柚。
一応、他クラスなんだから勝たれては困る。
 私と那奈は、柚たちのバカップルぶりに呆れて目を合わせた。



「ほんとあんたたち仲良いよね、付き合ってから喧嘩したことないんでしょ」


「そうなの!?それって凄くない!?」



 那奈が言った言葉に私は驚愕した。
私なんて元彼と喧嘩し放題だったのに…仲が良くていいなぁ。


 ピピーーーーッ


 男子サッカーの試合がスタートし、歓声が上がる。
私は最初から、透也だけをジッと見つめていた。

 光る汗と、走る度に靡くTシャツがスローモーションがかかったみたいに、やけにゆっくりとして見えた。

 透也は相変わらずサッカーがずば抜けて上手だった。
私は、柚と見たサッカー部の引退試合のことを思い出していた。

 あの日から2ヶ月ほどしか経っていないのに、もっともっと長い時間が経ったように感じる。
気づけば私は、こんなにも透也に釘付けになっていた。

 改めて痛感させられた、好きという事実。
胸の奥のどこかがギュッと締め付けられた気がした。

 透也は私に気づくと、試合にも関わらずウィンクで謎のアピールをしてきた。



「ねえ今安藤くん、由梨香にウインクしてたよね?」



那奈にも気づかれてしまったようだ。



「してたね…ほんと透也ってクールなんだかお茶目なんだかよく分からん…」


「きゃー!翔くん素敵ー!」



 私たちの話はそっちのけで、翔くんの応援に励む柚。
 柚はいいなぁ、こんなに全力で応援しても彼女だからみんな別に気にしないもんね。
 私が柚のように透也を応援すると、周りに私の気持ちがバレる上に気まずい感じになってしまうこと間違いなしだ。

 サッカーの1試合目が終わると、透也が何故かこちらに向かってくる。
 と思いきや私を素通りして、どこかへ向かっているようだった。



「…? ちょっと、追いかけてくるね」



 柚と那奈にそう告げ、私はこっそり後を追った。
なんだか、このとき嫌な予感がしたのだった。
 透也は、先程着替えをしていた空き教室へと入っていく。
教室の前まで行き、また透也が着替え中ではないことを祈りながらこっそり覗く。

 そこには信じ難い光景が広がっていた。


 透也と琴葉ちゃんが、そこでキスをしていたのだ。
2秒くらいで目を逸らし、頭が真っ白になった。

 私は思わず走り出していた。
那奈と柚、助けて…!



「わ、由梨香!どうしたの、なんで泣いてる?」



 私にいち早く気づいてくれた那奈が駆け寄る。
後に続いて柚も来てくれた。

 私は、勝手に溢れて止まらない涙を垂れ流したままで、先刻見たことを2人にゆっくりと説明する。



「透也の後を追ったら…そこに琴葉ちゃんと透也が2人でいて…キッ、キスしてて…それで私…っ」


「わかった!もう何も言わなくていい!」


「うんうん、嫌なもの見ちゃったね…辛かったね」



 耐えかねた那奈が私の話を遮り、柚と2人で抱きしめてくれた。
 ああ…もしもこの2人がいなかったら、私は今頃どうなっていたのだろう。

 透也と琴葉ちゃん、いつの間にそんな仲になったの…?
 私のことは、なんとも思っていなかったってこと?
からかわれていたのかな?

 色々な気持ちがごちゃ混ぜになりながら、どす黒い大きな塊になって私の胸を押し潰してきた。

 ひとしきり2人の前で泣いて、少し落ち着いた頃。



「あ、いた由梨香!」



 この声は、透也。
今透也の顔を見たら、また涙が溢れてしまう。

 那奈と柚も、バツの悪そうな顔をしている。
私は振り向かずに無視していると、続けて透也が言った。



「こんなとこにいたのか、何してーーーーー…」


「来ないでっ!!!」



 とっさに、私の口が叫んでいた。
透也は驚いたようだったが、足を止めずにまだ近づいてくる。



「来ないでって言ってるじゃん…!」



グイッ


 透也に無言で腕を引っ張られ、振り向かされた。
その刹那、今まで耐えていた一粒の水滴が、目から零れ落ちてしまった。



「え、なに…泣いてんの…?」



 透也は目を見開いて言った。
1度溢れた涙は、留まることを知らず次から次へと流れていく。



「だから来ないでって言ったんだよ…もうこれ以上、私に構わないで?琴葉ちゃんのとこ行きなよ」


「白木?なんでだよ、いきなりどうした?」



 しらばっくれちゃって…。



「透也が悪いんじゃん…」


「さっきから言ってることめちゃくちゃだって分かってる?1回落ち着いてよ」


 透也に言われるが、落ち着けそうにない私はついに言ってしまった。



「もういいの!透也なんて嫌いっ」



 あたりがシンと静まり返って、ハッと我に返る私。
透也の傷ついた顔が、私に罪悪感を与えた。



「そう…かよ…」



 透也の掠れた声に、たまらずその場から逃げる。
待って、と透也に言われたが、無視してひたすら走った。

 私、本当に最悪だ…!
まだ好きとも伝えられていないのに、とっさに嫌いって言ってしまった…!

 完全に勢い任せに出てしまった言葉だが、それは透也を傷つけていい理由になんかなる訳がなかった。



 「はぁっ、はぁ…っ…う、うぅ…」



 気づくと美術室にたどり着いていて、私は中に入って近くに置いてある椅子に座った。
 沢山走ったせいで息切れやら、一生止まることを知らない涙やらで、もうめちゃくちゃだ。

 那奈と柚も、置いてきてしまった。
今頃、心配しているかな…?ごめん2人とも。

 これから透也にどんな顔をして会えばいいのか?
同じクラスだから会うことを避けては通れない。

 とっさに出た言葉とは言え、嫌いは酷いよなぁ…。



「ははは…何やってるんだろ、私は…」



 勝手に好きになって、勝手に嫉妬して、勝手に傷ついて、そして、勝手に透也を傷つけた。

 どうしようもなく後悔の念に駆られるが、この後どうしたらいいのかなんて、この時の私には良い案が一切思い浮かばなかった。
 正確には、考えることも出来なかった。

 もはや、どうにでもなれとすら思っていた。



しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

猫の生命火

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

月神山の不気味な洋館

ホラー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

お前はテレビじゃねえ!

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...