天之琉華譚 唐紅のザンカ

ナクアル

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第二話:古書

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 塩辛い漬物を口に含むと男が咽る。それを見ていた私はお茶を差し出した。男はお茶を飲むと、再び私を見て話し始めた。
「……俺がいた所では神隠しが多発していてな。義弟を迎えに行く最中突然暗闇に飲み込まれてな。……気がついたらここにいる。体感的に一ヶ月間彷徨っていた感じだ」
 私は唖然としてしまう。いやそれは、普通に迷子だと思うのだが。しかしそれを伝える前に男は言葉を続けた。男がいた場所は浦鬼という場所だと言う。浦鬼? 聞いたこともない単語に私の興味が湧き上がる。私がいる場所は帝都と呼ばれ日本という国の中で一番栄えている街がここだ。それから男は、自分がいた世界について語り始めた。その世界には植物が自我を持ち自然学というものが発展しているという。植物が齎す意識は世界を改変する程らしく、人間は植物の世話をする為に管理されているのだとか。まるで夢物語のようだ。そう思うが、男の話を聞く限り本当らしい。文明の違いすぎる世界に私は開いた口が塞がらない。

 男は、自分は元の世界に帰れるかもしれないと言う。だが、どうやって帰るのか分からず、またこちらに来てしまった理由も皆目見当つかないと言っていた。この人は何を言っているのだろう。そう思ったが、男の眼差しは真剣そのもので嘘をついていないことが分かる。そして、何故か懐かしい気持ちにさせる何かがあった。きっと、これは男の持つ不思議な魅力のせいだろう。
「飯をありがとう……本当にありがとう」
「別に良いですよ」同じくらいに二人は夕飯を食べ終える。
 
 不思議に思った私は男の持ち物を確認することにした。まずはポケットだ。そこに入っていたのは小さな小銭と煙草、マッチにライター、そして――。私はとても懐かしい気分になった。それは私が幼い頃、母がよく読み聞かせてくれた童話に出て来る魔法使いのお爺さんが持つような、大きな袋だった。それを両手で持ち上げてまじまじと観察していた。それから少しの好奇心が湧いた。羊皮紙に包まれた小汚い古書がやけに目に入る。
「取引として貴様に異国の本を差し出す――それがこの本だ。受け取って欲しい」
「ありがとうございます」
 古書は風変わりな装飾が施されていた。変わった手触りの表紙はしっとりとし何か近いものを私は知っている。――そうだ、人間の皮膚だ。しかし中を開こうとしても開かない。指先ばかりに力が入り痛くなる。確か古書には人間の皮膚が使われている事もあるのだとか。
「さて……そろそろ俺は行かねばならぬ」
「行くってどこへ?」
「弟を探す」
 有無を言わせない様子に底知れない威圧感を感じ取った私は、口を閉ざしてこくりと首を動かした。すると男は嬉しそうに笑みを浮かべると「感謝する」と言って立ち上がった。男はポケットに入れていた物を全て私に渡す。どうやら一飯のお礼のつもりのようだ。

「入らなかったらこの店で売ると良い。この店は――天笠螺湮城骨董店なのだろう?」
 何故そのことを知っているのか聞く前に、男は玄関へ足を進めていく。その背中はとても痩せて見えるのに何故か大きく感じる。私は慌てて呼び止めたが男は決して此方を見ることなく戸へ手を掛ける。
「貴様のような人間には珍しい品々が集まっているからな。……特にその懐古時計は別格だ。遺品だろう? そんな上等なものを持っていては盗られるぞ。まぁ盗まれても困らんのなら良いがな」
 
 男がふっと鼻で笑うとそのまま外へ去って行った。残された私は渡された物を見る。あの人は不思議な人だった。何より変わった服装をしていた。あれはなんというのだろうか。洋服なのは分かるが今まで見たことのないものだ。開けられた戸からは外気と共に金木犀の艶やかな香りと共に、錆びた金属の匂いが鼻腔を触れる。この匂いには覚えがある。――刀の匂いだ。今になって私はその独特な臭いの正体を知っていることに気づいてしまった。
 少し退屈な気持ちが出てしまった。男の名前は何と言ったけ……そう佐川だ。佐川梅夫はまるで最初からいなかったかのように忽然と消えてしまった。私はそのことがほんの少しだけ寂しく思えた。きっともう会うことはないのだろうと思うと、少しだけ、本当に少しだけ悲しくなった。

 居間の古時計が時刻を告げた。明日の店の仕込みをしなくてはいけないが、もう面倒くさい。男から貰った古書を早く読みたくてたまらない。昨日干した布団を急いで引いてどんっ身体を預ける。それから貰った古書をパラパラ捲っていると私は衝撃を受けた。文字が英語でも日本語でもなく純粋に読めなかったのだ。
「……異国は異国でも別の世界とやらの言語か? 挿絵は子供の落書きのようで気持ち悪い……なんだこの模様は……」
 私は苛つきながらページをめくる。
 すると絵の下に文章が書かれていることに気がついた。それは英語で書かれていた。私は驚きつつその文章を読み進める。この内容は、どうやらその国の童話のようだ。しかし私はあることに気づいた。読み勧めていくと文字が消えていく。そして最後には真っ白になってしまう。まるで白紙の本を眺めているようだ。
「どういうことだ?」
 私は何も書かれていないページを見ながら首を傾げる。これは一体どういうことなのか。私は試しに自分の名前を書いてみる。そして次に先程まで読んでいた文章を書き込んだ。すると驚いた事に私の書いた日本語は、勝手に英語へ翻訳されて書き込まれた。そして最後に、私が書いていない筈の文字が浮かび上がった。
「…………は?」思わず声が漏れてしまう。そこには私の名前があり、そして――私ではない名前が記されていた。理解できなかった。確かに私が書いた。だが、私の筆跡とは違う。そして、私の知らない人の名がそこにあった。背筋が凍る感覚がした。私ではない私が、誰かの名をつらつらと文字で呼ぶ。その光景に胸が締め付けられるような痛みを感じる。そして同時に酷く恐ろしい気分になる。これは夢だ、と頭の中で誰かの声がする。よくわからない代物によくわからない事をしている。そんな自分に嫌気がさす。……疑問に思っていたのだけど、あのお婆さん初対面にしては馴れ馴れしかったな。

 次の瞬間、意識が暗転する前に、私は不貞腐れる様に枕へ顔を埋めて早々に寝床に入った。
 


 翌日、いつものように起床する。そして私は昨日の出来事をぼんやりと思い出していた。古書のページは真っ白なままで望んだような変化がなかった。
「気味が悪いな」私は顔を洗い、着替えてから店へ向かった。今日も店が開くのは十時からだ。だからもう少しゆっくり出来るはずなのだが……。外が騒がしいように思える。また近所の奴が家賃滞納をして責められているのか? いや、それにしてはおかしい気がする。――ドンドンッ! 来客を知らせる戸の音が鳴る。こんな朝早くから一体誰なのか。私は急いで玄関へと向かった。しかし、どうせ客など来ないのに何をそんなに慌ただしいことがあるのだろうか。
 
「はいはーい。どちらさまですか」
「すみません、店主の方にお伝えしたいことがありまして……」
「はい、私ですけど……?」
 扉を開けるとそこには一人の憲兵がいた。良く手入れされた黒髪を後ろに束ねた軍服姿の男だった。年齢は二十代前半くらいだろうか。切れ長の目が印象的で端正な顔立ちをしている。その眼光はどこか鋭かった。私は少し怖くなりながらも笑顔を取り繕う。彼は私の姿を見ると一瞬驚いている様子だったが、すぐに真剣な表情へと戻した。その視線は一際鋭く私を突き刺した。
「天笠弥咲様ですね?」
「そうですけど……どうしたんですか?」
「至急本部まで同行願います」
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