天之琉華譚 唐紅のザンカ

ナクアル

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第四話:嫌疑

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 見目麗しい藤壺を敵意の籠った瞳で睨みつける弥咲は、苛立ちを含ませた声音で唾を吐きながら答える。
「わかった。……わかったから、いい加減にしろ桐雄」
「――ふーん。ここからが楽しいのにな、弥咲」
 四神家の一つである藤壺家は天笠家とは古くから持ちつ持たれつの関係を続けており、現当主の藤壺桐ふじつぼきりは大日本帝国陸軍で“藤ヶ谷”という
彼、いや彼女は常日頃男装をしており、悪友である弥咲からは「桐雄」と呼ばれている。大百足の飼育が趣味で、時には好んで食べてしまう狂人。また、性格に癖があるものの容姿端麗で頭も良い。しかし、何かと問題を起こしてしまうトラブルメーカーでもあるのだ。
 
「うぇっぷ……口が……しびれりゅ」
 弥咲は口に指を入れて大百足の足や身体を掻き出していく。斑に紫が交じる体液は見るからに毒々しいものだった。そんな彼の様子を見つめる藤壺は、目を細めて微笑を浮かべている。その姿はまさに愛らしい人形に熱い眼差しを向ける少女そのもの。
「君の口にいた子はね、私が生み出した新種だ。山椒のような良い痺れがあるだろ?」
 藤壺はそっと弥咲に近寄ると、腕を伸ばしてきた。そして、藤壺の手が弥咲の頬に触れた瞬間、 弥咲は反射的に手を払い除けた。――パチンッ! 小気味の良い音が部屋に響く。藤壺は驚きの表情で呆然としていた。弥咲は立ち上がり、藤壺を見下ろす形になると彼は我に返ったように顔を上げる。
 眉を吊り上げ怒りを露わにした弥咲を見て、藤壺は小さく笑う。藤壺桐は、そこらの女性よりも美しく、そこらの男よりも妖艶な雰囲気を持つ女性だった。腰まで伸びた長い黒髪は、毛先に行くにつれて薄紫色へと変わっている。瞳は鮮やかな緋色で肌は白く美しい。
 
 しかし、彼女の瞳の奥にある闇を弥咲は感じ取っていた。その闇の正体とは――弥咲は視線を藤壺へ向けると、彼女の背後に影が見えた。真っ暗な闇の中で一際目を引くそれは、巨大な芋虫のようにも見える。じっと見据える弥咲は、藤壺の瞳の奥にもそれが居ることに気づいた。弥咲は藤壺の細い首を掴み、顔を近づけて言った。その瞳の奥に潜むものを見透かすかのように。ゆっくりと言葉を選んで。
「桐雄、貴様はまだ寂しがり屋なんだな」
 ――キィィン。耳鳴りがしたかと思うと、藤壺の身体は後ろへ倒れていた。弥咲の手には短刀が握られている。いつの間にか猫寅は懐から取り出したのか短刀を構えて立っていた。猫寅と視線が合うと、弥咲は再びため息を吐く。倒れた藤壺の側に座り込むと彼は頭を撫で始めた。その表情は優しく、まるで母親のような慈しみに満ちたものだ。
「大概の悪戯は平気だけど、大百足早めてくれ。こいつらの命が可愛そうだ」
 藤壺の黒い瞳には弥咲の顔が映っている。
「……気持ち悪い事を、よく吐けるな弥咲」
 猫寅は申し訳無そうに弥咲と藤壺に頭を下げ短刀をしまう。藤壺は瞬きを一つもせずに室内を見渡すと肩をすくめた。
「まぁ、大目に見てよ。こんなに可愛いんだからさ」
「本題。はやく本題を話せよ、お店の開店時間が迫っている」
「道楽でやっているあの古臭い店か……なぁ、昨夜の二十五時何をしていた?」
「何って……どう考えても寝ていたな」
 
 その答えを聞いた藤壺は呆れたように額に手を当てた。緩慢な仕草で藤壺は椅子に深く座ると背筋を伸ばす。すると動きに合わせて床にいた大百足達が動いたように見えた。まるで主人を慰めるように――そんなことは気にせず、藤壺は口を開くと艶のある声が部屋に響いた。
「弥咲に殺人の嫌疑が掛けられている。……この国ではな? 殺人の容疑者に対して、取り調べと称して、拷問を行うことが許されている」
「……はっ? ふざけんな」
「――ふぅ。お前ならそういうと思ったよ、弥咲」
「桐雄が言うような非人道的な行いをする奴が居るなんて、私は信じないね」
「しかしだなぁ、……実際に今朝もまた一人殺されたんだよ。桐雄。君の店の前で。これは現実だ。私は君をこれ以上はいじめたくないなぁ」
 冷たい眼差しが桐雄の泡肌をじっと見つめていくと、目を細めて口元に微笑を浮かべる。
 弥咲は藤壺の言葉を聞き終わる前に立ち上がり机の上に置いてあった煙草を手に取ると、一本を口にくわえ火をつけた。薄く桃色がかった甘い香りの煙を吐き出すと、面倒くさそうな口調で答える。それは彼の癖なのかいつも何かあるとすぐ煙草に手を伸ばした。腕を組み眉間にシワを寄せながらしばらく思案する。そして彼は小さく溜息をつくと顔を上げて、 藤壺と後ろに控える猫寅を見た。硝子玉のその瞳はどこか遠くを見つめているように思える。
 
「……私が犯人を見つけるから、拷問は無しだ」――ドンッ!と机を叩きつける音に、猫寅はビクリと体を震わせた。
 誰の答え、誰の息継ぎも許さないと言わんばかりに、弥咲は急いで隠し部屋から逃げ出した。自身が連れてこられた煙たい部屋の扉を開けて外へ出ると振り返らずに言った。その言葉の意味は猫寅にしか理解出来なかっただろう。――逃げるように立ち去る彼。残された二人の間に沈黙が流れる。

「何事ですか!? 猫寅様、藤壺様――」
「駆け付けご苦労。大丈夫だ……奴の事は追わなくて良い、通常任務に戻り給え」
「畏まりました猫寅様」
 弥咲が立ち去った後を追いかけようとする男を猫寅は引き止めると、彼に命令を下した。男は猫寅の命令を聞くなり深く礼し、煙を引き連れて踵を返す。去っていく音を聞きながら藤壺は隠し部屋から出てすぐに窓際へ寄ると外を眺めた。金木犀の色に混じって弥咲の袴が散っていく。

「――桐」
 藤壺は視線の先に居る人物を捉えると、目を細め不機嫌な子供のような表情を見せる。扉の入り口には三十代半ば程の眼鏡をかけた、真面目そうな風貌を男性が立っていた。彼は了承を得ずに部屋に入るなり、ゆっくりと歩き出す。藤壺の軍服の袖から大百足達が顔を出すと男性に威嚇するように鎌首をもたげた。男はまるで意に介していないのか、真っ直ぐ藤壺の元へと足を進める。その男の行動に苛立ったのか藤壺は声を荒げて彼を睨みつけた。しかし男は気にせず弥咲が消えた方向をじっと見つめている。
「私から彼を逃したのか、桐。先程彼とすれ違ったが相変わらず酷い身なりをしていたな」
「…………何用でしょうか二季ふたぎ兄様、もしやつまんない事を言いに?」
 
「最愛な妹の方を見に来ているだけだよ。そう怒るな。まだ彼を捕まえる気はないよ? 桐のお気に入りを奪ったら――私は桐に嫌われてしまうかね、うん」
 二季と呼ばれた男性は肩をすくめると藤壺の隣に立った。彼の瞳は真っ直ぐと目の前に広がる光景を映している。その景色は弥咲が消えるまで見つめ続けていた。彼は少しの間、何も話さずただ黙ってそこに居た。まるで何かを探しているように――。すると気味が悪い笑みを浮かべて桐雄の元へ近づいて行く。
「三日だ。三日で彼が何も進展しなかったら捕まえちゃう。おねだりは身体で支払って貰うよ」
 藤壺は口角を上げると目を閉じて鼻で笑う。
 そんな態度を取る藤壺を見ても特に気にした様子はなく、肩を軽く叩いてから二季は楽しそうに鼻歌を交えながら元いた場所へ歩みを進めた。忌々しげに舌打ちをして、その後ろ姿を見送ると窓から外へ目を向ける。その瞳からは憎悪に似た感情を読み取ることが出来た。しかし、それは一瞬の出来事であり、すぐに冷静さを取り戻すと彼女は自身の仕事を始めるべく椅子に腰掛け足を組む。床にいた大百足達は主人の指示を待ちながら静かに待機していた。
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