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第3話情報を出していない所は存在していないも一緒 ー『情報』とA看板ー

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「では、早速、お話しさせていただきたいと思います。これから私がいろいろな角度からお話しをすると思うのですが、結局それらは全部『情報』についてになります。」

「情報?」

「はい、『情報』です。【情報を出していないところは存在していないも一緒】
これは昔からいわれているのですが、最近は本当にそうなりました。

例えばですよ、テレビで美味しそうな都会のパンを紹介していたとしますよね。
これが『昔』なら、『ああ、美味しそうだなあ』って思っても、手に入れることができないので、近所のパン屋に買いに行くわけですよ。

この当時は【情報の何分の一かは意味のないもの】だったわけです。

ところが『今』はどうかと言うと、『インターネット』で簡単に手に入れられます。

テレビを見て、『美味しそう!』って思った次の瞬間にはパソコンを開いて、通販が出来てしまうんですよ。

つまり、【ほぼ全ての情報が意味のある物】になりました。

さらに、ブログや、メール、ユーチューブなど、タダ、もしくは安価で情報を発信出来るものが増えて、『情報』の量は増えてます。
そうなると、『情報』を出していないところはどうなるでしょうか?

、、、言わずもがなですよね、、、

今は、【記憶】という『情報』を持っていて、【新しい情報を求めていない】高齢者がお店に買いに来てくれていますが、そのお年寄りはどんどん亡くなっていきます。いつかは自分達のことを知っている人がいなくなるかも知れません。」

思いあたる節があってビックリした。
正にうちは【記憶】という情報を持っていて、【新しい情報を求めていない】高齢者がお客として来ていた。

三木は続ける。

「さらに今の時代は『情報被爆』って呼ばれてます、ひっきりなしに『情報』が入ってくる。朝起きてテレビ見て『情報』。
通勤途中の電車の中には一面の広告、会社にたどり着くまでの道のりにある、多数のPOPや看板、会社についてメールをひらいたら、ビジネスのメールよりも多い広告メール、携帯にひっきりなしに届くお知らせメール。
お昼ご飯を買いに入ったコンビニでレジに付いた液晶から流れる動画、調べたい事があるので、検索しようとYAHOOにいったらトップページにおもしろそうな記事や広告を見つけて、そこに行ってしまったり、フェイスブック、ツイッターと言われるSNSからも『情報』が流れてきます。先ほどもお話ししたとおり、ほとんどの情報が『手に入れられる=意味がある情報です』

人は自分の意思で行動していると思いがちですが、違います。
人は元々持っているものを含めて、『情報』を使い、判断をして、行動をしているのです。

昔は注意を喚起する程度の言葉だった、【情報を出していないところは存在していないも一緒】は、本当にある話しに変わったのです。
もし、お店を潰したくなかったら、まずは『情報』を出すところから始めなければなりません。」

そういうと三木は持ってきた大きな包みをあけた。

「では、はじめの一歩です」

――――A看板?両面が黒板になっていて横からみるとAの形に開いてつかう看板だ。

上部に『パンが焼けました』という文字と美味しそうなパンのイラスト、下の方には二本、間隔をあけて線が描いてある。

「この上側の線の部分にパンの焼けた時間を、そして下側の線の部分にパンの名前を描いて下さい。上のほうにあるパンのイラストとこの線ははペンキで描いてあるので落ちません。チョークはこれです。」

と、カラフルなチョークが手渡された。

「常に焼き上がると同時に書き換えて下さい。必ずまめに書き換えて『ライブ感』を出して下さい。じゃないと逆効果です。先ほどもお話ししましたが、昔、昭和50年ぐらいまではパンはパン屋やさんに行かないと買えなかったし、日常の一般的な行動範囲の中には競合も少なく、うまくお客様の『住み分け』が出来ていたんですよ。

でも、今は違います。コンビニでも、スーパーでも、駅のコンコースでも、ネットの中でも、いたるところで同じようなものが売っていますし、車社会で行動範囲もかなり広くなりました。

お客様の立場からみると【どこで買うか選べる】ようになったわけです。

選べるようになったからこそ、もっと、『声を上げてアピールしなければいけない』、、つまり『情報』を出さなければいけない時代になりました。

声を上げること、『情報』を出す事、これはもっとも大事なことです。声を上げなければ、『情報』をださなければ、気づいてもらえません。
たとえば、、、すみません、白のチョーク借りてもいいですか?」

先ほど渡されたチョークの中から白を手渡すと、三木は二つのまんじゅうの絵を描き始めた。二つのまんじゅうにはそれぞれ100円、と140円の値札の絵も描かれていた。

「こういう状態だったら、一郎さんどっちを買います?」

「そりゃ、安い方かな、、」

「そうですよね。見た目も同じだし、まず、99%の人は左の安い方を選びますよね。ところが、こうしたらどうなります?」

三木は右側のまんじゅうの値札の部分を消すと、140円の方に『国産小豆・小麦使用。防腐剤不使用 140円」と書き換えた。

「あっ、、」

なんとなくこの先に言われることが解ったが、ここで意地を張ってもしょうがないので140円の方と答えると

「ですよね、たぶん何人かの人は同じように高い140円のまんじゅうを選んでくれると思います。なぜなら、『原材料の生産地がはっきりしている方がいい』とか『保存料と防腐剤を使っていないものがいい』考える人もいるからです。
たった数行の『情報』で【お客様の判断の基準】を変えることができるのです。」

「でも同じ事をコンビニや大手にかかれたらおしまいだろ」

「なるほど、確かにその通りです、でもたぶん同じ事は書けない。今回のこの広告はある『仮説』の元に書いています。

1番目の仮説として、大手は大量生産というその特性から、材料を海外から調達せざるを得ないという場合がほとんどではないか、と言うもの、2番目の仮説は販売ルートはスーパーなどが主になると思うので、『その日のうちに売り切る』というスタイルがとりにくいのではないか、と言うものです。
一郎さん、国産小麦を手に入れる難しさは一番ご存じですよね?」

「確かに、、、、」

納得した自分の表情を確認して、三木は言った。

「まあ、これは簡易な例なので、熟考が足りないかも知れませんが、仮にこの二つが違うとするならば、新たな仮説を立ててそれに即した文章を考えればいいだけの事です。

どんなものでも必ず抜け道はあります。なぜなら広告のルールとして、『嘘をついてはいけない』と言う『絶対的なルール』があるからです。もし、本当に大手が海外から材料を調達していたら、『国産』の二文字は絶対に使えません。これは『絶対的なルール』なのです。」

三木はまた、A看板の方に話を戻した。

「――――さて話しをもどしてこのA看板。
確かにいきなりお客様がV時回復するものではありません。

こんなんでどれほどの効果が、、、と、うがってみたくなる気持ちも解ります。しかしながら、今のこのお店の状況では、一人、二人、増えることが大事だと思われます。

駅から家路につくお客様の何人がここに寄ってくれますか?たぶん、昔からのお客様は寄ってくれているでしょうが、新しいお客様は少ないと思います。」

ここで三木は少し間を開けて、申し訳ないと言った感じの表情を浮かべ、

「あともう一つ、言いにくいことなのですが敢えて言わせていただくと、お世辞にもこのお店は『新しい』感じではありません。たぶん1980年か、90年代に改装されてそのままだと思います。」

「85年」

「85年ですか、、ありがとうございます。そうすると、その頃生まれた人はもう親になっていてもおかしくない年齢です。自分の判断でお金が使える年代です。
新しいお店と、古いお店、どちらが入りやすいかといえば、残念ながら新しいお店になります。ここは観光地ですから、観光客もしかり、

今は昔からのお得意様、、、つまり、このお店に入ったことのあるお客様は入ってきてくれますが、それ以外のお客様は入りにくい状況になっていることが想像されます。

それを覆す為にはどうすればいいかと言うと、やはり『情報』です。
たった一行ですが、その一行をバカにしないでやることです。

昨日までなかったA看板が置いてある、昨日と今日では書いてある事が違う。
『情報』を届けて、『興味』をもってもらって、一人でも多くのお客様を店内に引き寄せる必要があります。

『一行の手間を惜しまない。』
『一人に寄って貰うことを大事にする』

まずはここからです。」

『一行の手間を惜しまない。』『一人に寄って貰うことを大事にする』
か、、、言われてみれば当たり前の事だけど、やってなかったんだなと実感した。

次の日、

「お前、この間買っていったパン全部食べたのか?」

「はい、さすがにちょっと食べでがありましたけどね。家族、友人総出で少しずつ全種類食べました。ああ、そうだ!すみません、この間もらい損ねたので、あとで領収書切ってもらってもいいですか?」

「しっかりしてるなあ、、、」

「当然です。」

三木は笑顔を浮かべながら続けた。

「でも、おかげでよく解りました。ここは材料もいい物を使っているし、あんぱんの中にいれるあんは自家製ですし、一つ一つにきっちり仕事がされています。
いくら『情報』を伝えても商品がしっかりしていないとダメです。
お母様が仰っていたとおりです。

中には大手のマネをして、効率を上げようとして、材料の質を落としたり、外部から既製品を仕入れたりして、大手と似たような商品、場合によってはそれ以下の商品をつくっていることがあります。

こうなると、『差別化』できるところが一つ減るので難しい。
ただでさえ小売店は不利な立場なので、一つでも『差別化』出来る所があるに越した事はないですからね」

そんな会話をしながら店の中をみると昨日とはちがった景色が目に入る。
三木が商品一つ一つのPOPを作ってきたのだ。

一つに目をやると

ーーー
あずき好きに買ってもらいたいあんパン!

当店のあんこは、北海道の●●ファームから仕入れた粒の揃った1等級のあずきを丁寧に丁寧にあく取りし、純度が最も高い白ザラ糖を使い仕上げています。(砂糖は純度が高ければ高いほど甘みがスッキリします!)

隣のお婆ちゃんが和菓子屋よりうまいというあんこを、惜しげも無くたっぷりと詰め込んだあんパン。

ぜひ、お試し下さい
ーーー

と書いてある、誰に聞いたんだか、、、隣の婆さんは確かにうちのあんパンの大ファンだ。

その他にも、パンの棚に一つ一つ商品の説明が書いてある。製法についてや、先代が考案したとか、冬は甘みが感じずらいから甘めにしてあるとか、、

「でもよ、せっかく作ってきてくれて、こんな事言うのも何なんだけど、うちはだいたいお客様が聞いてくるからこれはあんまり役に立たないと思うよ。」

「なるほど、でも、それは50才から60才ぐらいの方ではないですか?」

三木はそう聞かれるのが解ってましたとばかりに答えた。

あまりにも的を射た発言にビックリした。なぜわかる?そういえばそうだ
確かに50代から60代の人ばかりだ、、、、

その表情から答えを見透かしたように三木が続ける。

「なんで解る?って顔してますね。答えは簡単です。一郎さん、お客様が購入前に必ずする事ってなんだと思います?」

相変わらずの禅問答だ、全然解らない。返事しあぐねていると

「答えは『納得』です。」

と、さっさと切り出した。

「『納得』したからパンを手に取るわけですよ。
じゃあ、どうやったら『納得』すると思います?」

これも答えを期待されていない。三木はさっさと続けた。

「すごいお腹が減っている人だったら、お腹を満たすのが最優先だから、お腹が満たせれる物であると解れば『納得』しますよね。

でも、この飽食の時代、そんなお客様はなかなかいませんよね。
お腹を満たす事と同時に、今自分が食べたい物と一致して、『満足するであろう』と思った場合に『納得』をすると思います。
過去にこちらでお買い物をした事がある人は、『記憶』という『情報』を持っています。このパンが美味しかった、このパンが好みに合わなかった等々、、、、
その『情報』を基にパンを買います。

でも、初めてのお客様や、初めて食べるパンはこの『情報』を持ってません。

少なくともパン屋に入ってきたわけですから、パンを食べたいと何となく思っていることは間違い無いわけですよ。
ここでお客様が『納得』するための行動を取るわけですが、50代、60代はまず、目が見えにくくなってくるので、その関係から、POPを置いても見ません。読むのがストレスになるんですね。だから、『聞いて確認する』という行為が多くなります。
さらに『そういう買い物のスタイル』店主と会話、コミュニケーションをとりながら買い物をするという時代に育った関係上、そのスタイルが好きなのでそうなります。

しかし、その下の30代、40代となると、まだ、目はそこそこ見えますし、物が溢れ始めた頃に生まれた世代です。

また、この年代は『損をしたくない』っていう気持ちが強いです。

レストランに行くのも『食べログ』で調べてから行くし、旅行に行く場合も、家電を買う場合も、クチコミを食い入るように見てから決定する。

さらに、スーパーやコンビニで育った世代っていうのもありますが、基本的に店主に聞いてコミュニケーションを楽しむと言った経験を喜ぶタイプではありません。」

三木が話すのを聞いてなんとなくお客を思い浮かべた。確かに30代40代ぐらいは何も聞かない。
そればかりか、話しかけないで欲しいという雰囲気を出している人間もいる。
なるほど、こうやって人を年代事にみるといろいろ特徴がある。

「そんな『聞かない』タイプの人間にもっとも有効な店頭の販促方法は、このPOPというわけですね。

たとえば、このお店だと、特に観光客の方なんか、パンを最初に一つだけ買う人いませんか?」

――――急に記憶が呼びおこされた

「いる!いるよ!」

「それはやはり『損をしたくない』という心理が働いているからです。そして、『聞かない』『コミュニケーションをとらない』の証明でもあります。
1個だけ食べてみて『納得』『安心』したら、他のも買う。
この年代、、30代、40代にはこういった傾向があります。
特に20代に近くなればなるほど、この傾向は強いですね。まあ、収入とも密接に関係している部分もあります。

ともあれ、ここで『納得』しなかった場合、味の『記憶』を持っているコンビニのパンを選ばれてしまうかもしれません。

お客様って、【お店の中に入ってきてもらうのが一番大変】なんですよ。
その一番大変なところをクリアしたのに、こちらが『情報』を渡すのを手を抜いて出て行かれたらこれほど勿体ない事はありません。

この年代に関する考え方で良くある話しなのですが、小売店の経営者の方でお客様の年代が偏っていらっしゃる方がいるんですけどね、例えば50才代の経営者でお客様が50代ばかりといった感じ。

この場合、私が最初に推測するのは50代にしか通用しない商売の仕方をしているのではないかと言う事です。

店主の思いつきは、自分が50代だから、50代の人に受けているにすぎないかもしれないのに、多くの経営者の方は全部の年代に通ずる考え方だと思い違いをして、そのスタイルを貫き通すが故に失敗しているケースがあります。

もちろん、偏った年代のお客様だけで十分に食べていける場合はご商売のスタイルを変える必要はないのですが、私に依頼をしてくるということは、うまくいっていないと言う事で、、、、

でも、小売店の人って一国一城の主なわけじゃないですか、特に過去の成功体験を持っている人は、『昔はこれで上手く言った』で、なかなか納得してもらえなくて、、、、その点お母様様は理解が早くて助かります。」

なるほど、隣の婆さんの件含め、よくこの店の事が解っているなあと思ったら、お袋が後ろで糸を引いているのか、、、、

「なんにしても『お客様を細分化して考える』ということは大事なことです。
かの有名なセブンイレブンはレジの最後に押すボタンは『合計』とか『お預かり』のボタンでは無くて男女に分けられた年齢のボタンなんですよ。

青と赤のボタンで、12、19、29、49、50と分かれています。今度買い物したら自分が何歳のボタンで押されるか見てみてください。
セブンイレブンは飽和状態といわれるコンビニ業界でトップを独走する会社なわけですが、それがなぜ、こんな事をするのか、、、と言えば、なんとなく答えは解りますよね。
これからも解るように年代によってライフスタイルはまるで違うのです。」

年代に応じて対応を変えるなんて考えたこともなかった。
関心して聞いていると、三木は続けた。

「ちなみに私はいつも49で押されるんですけどね、私は43才なんで正しいといえば正しいのですが、いつも念力で『29を押せ』『29を押せ』って思ってます。

いや、若い頃は思いもしませんでしたが、老けるっていやですね、、今だったらクレオパトラの気持ち解りますよ。もう、最近では若作りしてからコンビニに行こうかと思うくらいですよ。」

冗談で言っているようでどこか本気っぽい。面白い男だ。
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