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第6話 捜索
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「…い………ろ……!」
暗闇の中、何処からか声が聞こえた気がした。それに誰かに呼ばれているような、聞き覚えのあるような、あまり良い記憶もないような…でも聞こえなくなったし、気のせいか。
「おい………ろよ…!」
その呼び声は先程よりも確かなものとなってユートの耳に届いた。声の主は大方の予想はついているが、やはり誰かが僕を呼んでいるらしい。それに声色から、微妙に怒っているような気もする。いや、確実に怒っている。でも微妙に頭が痛む上、寝転んでいるので動きたくもないし、もし許されるのであればこのまま聞こえないふりを…
「いい加減起きろ! 私を何回怒らせたら気が済むんだよ!」
余りにも大音量の目覚まし音のような騒音のような声に、ユートも流石に目を覚ますしかなかった。ぼやけた視界の中、人影が視界に入ってくる。ユートの立って目の前で腕を組み目元をひくつかせているのは、如何にも苛立った様子の声の主、シルヴィアだった。
「何時だと思ってるんだ! もうとっくに九時過ぎだぞ! 軍人なら時間管理ぐらいしっかりしてくれよ!」
ユートははっと我に返ると、手元の懐中時計を覗き込む…九時だ。それも四十分に差し掛かろうとしている。実質的には十時と言ってもいいくらいだこれは完全な寝坊だ、言い訳のしようがない。
「…それにお前、なんでそんな所で寝ていたんだ? いくら何でも寝相が悪すぎるだろ」
「えっ、何で!?」
確かにユートは今、床の上に座っている。どうやら、ソファから離れた窓際の床の上で寝ていたらしい。にわかには信じがたいが、痛む背中とシルヴィアの氷のような冷たい視線がそれが正しいことを物語っている。
「何でって、お前も分からないのかよ」
「はい…」
「…お前、頭大丈夫か?」
シルヴィアには申し訳ないが、本当に何故こうなっているのか分からない。なんでこんな所に…ひょっとして、夢遊病とかいうやつだろうか。
「それにお前、酷く魘されていたぞ。悪い夢でも見たのか?」
魘されていた? 馬鹿な、そんなわけない。それにこんな所にまで動く程寝相が悪いわけではない、と思う。…それに妙だな。僕は夢なんて見ていないのに、本格的に夢遊病の可能性が明るみに出て来た。まったく、不思議なこともあるものだな。
「…って、こんなどうでもいい事を話している場合じゃないな。すぐに出るぞ、早く支度しろ」
そう言うとシルヴィアはどこかへ行ってしまった。まったく、大声で一方的に喋って、勝手なタイミングで何処かへと消えて行ってしまう。まるで嵐のような人だ。だが、任務時間に遅れるのは(もう遅れているが)避けたい。ユートは立ち上がると壁に取り敢えず掛けておいた軍服をシャツの上に着る。手鏡で身だしなみを確認すると脳天から主張の激しい寝癖がぴょこんとはねている。これがもし女性だったら可愛らしいものだが、残念ながらユートは男だ。可愛げの欠片もない残念な寝癖は取り敢えず魔術で直しておく。二分で準備を済ませると、アガレスの部屋へと移動しようとしたが、部屋の扉に手をかけたところで思い留まった。
部屋を出る前に、もう一度考えてみる。なんで僕はあんな所で寝ていたんだ? 本当に寝相が悪かったのだろうか? 夢遊病は多分無いとは思う。それに起きた時には既に窓も開いていたし、そうしたらシルヴィアはわざわざ僕を起こさないように慎重に窓を開けたのだろうか? あの人がそんな面倒な事を果たしてするだろうか……謎は深まるばかりだ。でもこんなこと、今考えても仕方がないか。それに任務開始の時間だし今日が遂行猶予最終日だ。急がないと。ユートは部屋から出ると、小走りでシルヴィアの後を追って行った。
「あああ゛! 何でこんなに捜しても見つからないんだよ! さてはあの男、かくれんぼのプロだな!?」
「いや、そんなプロなんて聞いたことないですけど」
「真面目に返さないでくれ…こっちが惨めになる」
あれからユートたちは例の男の捜索へと手分けして乗り出した。アガレスはまだ襲われていない遺物保管庫の確認と被害と黒コート男の情報収集へ、ユートとシルヴィアは黒コート男の捜索へと向かった。しかし探せども探せども奴は見つからない。時計を見ると長針と短針が午後一時に差し掛かろうとしている、もう三時間以上も捜し続けているようだ。辺りは冷気と強い風でかなり寒いはずだが疲労のせいか、不思議と寒さは感じず、寧ろ暑く感じる。こっちは(主に寝坊のせいで)慌ただし過ぎて朝食すらまともに摂っていないってのに。汗がユートの額を伝い、冷え切ったレンガのようなコンクリートへと落ちるとそこに小さなシミを作った。文字通り国の端から端まで隈なく捜したのにも関わらず、男はおろかまともな手掛かりの一つすらろくに掴めていない。どうも疲れているのか、あの男が本当にかくれんぼのプロな気さえしてきた。
「それにもう昼過ぎになりますしね…ここは一旦休憩にしませんか?」
「あぁ、そうしよう。どっかの誰かさんのせいで朝から何も食べていないしな。このままじゃ餓死しそうだ」
そんなことはないだろと脳内でツッコミつつも、昼食を摂ることには賛成だ。この辺りに都合よくレストランでもないだろうかと、男の捜索からレストランの捜索へと思考回路をシフトチェンジする。ちらっ、と横にいるシルヴィアに目をやる。彼女は探知なんてものまで使って、さながら獲物を求める肉食獣のようにその目をギラつかせながらレストランを探している。何となくだがすぐに見つかる気がした。何となく。
「うーん、美味い! 美味いなコレ!」
「大きな声を出さないでください。他のお客さんの迷惑になりますから」
大声で大して上手くもない食レポをするシルヴィアに、ユートは至極うんざりとした。
レストランは三分程で見つかった。目の前で如何にも美味しそうに卵のサンドイッチをぱくついている、見てくれだけは一級品な迷惑客の餌食となったのは西洋風な外観に西洋の食事を基本スタイルとしたごくごく普通の西洋レストランだった。しかし本当にすぐ見つかるとは、人間の勘というものは意外と凄いのかも知れない。
取り敢えずたまごサンドとレタスとハムを挟んだサンドイッチという無難な注文をウェイターの若い店員に頼むと、マニュアルにでも書いてあるのだろうか、帝国の他の店でも見て来たような量産型の営業スマイルを提供した後、注文を厨房に伝えに行った。二人は店の外に出してあった席に腰かけた。外の席なら食べながらでも奴を捜せる…なんて思ってはいない。どうやらユート達モルトピリア帝国関係者が今回の窃盗の犯人候補筆頭であることは既に国中に知れ渡っているらしく、果たしてその事のせいかシルヴィアへの不快感からかは分からないが、他の客から無遠慮に向けられる冷たい視線が、単に痛かっただけだ。
「何でだよ、別に悪いことは言ってないぞ?」
「確かにそうですけど、それならもう少しボリュームを下げてください」
背中に注がれた冷たい視線が痛い。なんだろうか、シルヴィアには冷めた視線と言うよりかは、その美貌に見惚れているような熱い視線が注がれているが、僕には「何でこんな奴が」とでも言いたげな冷たい視線だけが注がれている気がする。先程よりもまた一層冷たくなった容赦のない冷視線の集中砲火に、自分の精神が音を立てて擦り減っていくのを感じる。皆さん、どうか勘違いしないで欲しい。この人とは昨日会ったばかりなんだよ。
「まぁいいじゃないか、別に迷惑そうじゃ無さそうだし。そんな小さい事を気にしているようじゃ女の子にモテないぞ」
「あの、そういう問題じゃなくてですね…」
シルヴィアにいくら反論しても彼女は引き下がってくれない。それに関係のないことまで言い出すしやりたい放題だ。実際にただでさえ人見知りのユートにはまだ"そういう関係"の異性は出来たことが無い。と言うかできる気がしない。シルヴィアのニヤニヤとした嫌らしい笑みに、ほんのりと殺意すら覚える……なんだか悲しくなってきた。シルヴィアの方だっていなさそうなのに。
そんなくだらない事で議論している内に、アガレスから通信が入った。ユートは腰のポケットから通信結晶を取り出し、応答する。
「どうでしたか、手掛かりは見つかりましたか?」
何か進展があったのかどうかを尋ねてもアガレスは黙り込んだまま、返答は返ってこない。何かまずい事でも起きたのだろうか。独りでに掻いていたらしい冷や汗が頬から滑り落ち、背中に厭な悪寒を感じる。いつの間にか近寄ってきているシルヴィアも、真剣な顔をして耳を澄ませている。二人は固唾を呑んで、返答を待った。
しばらくして、アガレスは絞り出すように告げた。
「…良い話と悪い話がある。どちらから聞くか選んでくれ」
これ以上ない程ベタな選択形式だ、あんなのフィクションの存在だと思っていたが、どうやら存在するらしい。先程の張り詰めた緊張感は殺がれたが、場の空気が少し軽くなったような気がした。
「…えぇと、じゃあ良い話からお願いします」
「…先程、帝国司令部から連絡があった。任務遂行の猶予を一日だけ延長してくれるらしい。だが、増援は無しだ」
コレに関してはあらかたの予想はついてはいたから然程驚いたりはしなかった。今回の事案は上層部からしても大変なものだろう、つい一年前まで戦争状態だったという緊迫した状況で下手をすれば国際問題どころではなく再び戦争沙汰になってしまう…なんてことも十分にありうる。なので任務期間の延長は至極当然だろう。しかし増援を寄越さないあたり、もしこちらが危機的状況になったとしても助ける気など、上層部には毛頭ないのだろう。…要約すると、「生きて帰りたいのなら今日で片を付けてこい」ということらしい。
「そして悪い話なんだが、つい先程中心街から離れた保管庫が襲撃を受けた。盗まれはしなかったらしいが捕まえることもできてはいないそうで、犯人は黒いコートの男三人だったそうだ。私は別の保管庫を当たっていたからアリバイがあるが、お前達はそれを証明する手段がない。それに疑いが晴れたわけでもない、寧ろ強まったと言ってもいい。それがどういう事を意味するか、分かるな?」
まさか別行動をとっていただけで疑惑が増してしまうとは。状況は更に悪化したようだ。
「はい、もちろん分かっています」
「ならいいんだが、くれぐれも無茶だけはするなよ」
心配そうに言ったのが聞こえた所で、プツリと通信が切れた。やること自体は依然として変わっていない。状況は悪化したが、男がやはり複数で動いていた事が分かっただけでも良しとしよう。それに中心街から離れた保管庫というのも、昨日襲われたものを除けばあと一か所しかない。まぁ、ここに居座ったままでも始まらないな。取り敢えずはそこに向かって被害現場を検証する必要がある。はぁ…こんなことになるなら、もっと沢山ミステリー小説でも読んでおけば良かったな。ユートは今更のようにそう思った。
暗闇の中、何処からか声が聞こえた気がした。それに誰かに呼ばれているような、聞き覚えのあるような、あまり良い記憶もないような…でも聞こえなくなったし、気のせいか。
「おい………ろよ…!」
その呼び声は先程よりも確かなものとなってユートの耳に届いた。声の主は大方の予想はついているが、やはり誰かが僕を呼んでいるらしい。それに声色から、微妙に怒っているような気もする。いや、確実に怒っている。でも微妙に頭が痛む上、寝転んでいるので動きたくもないし、もし許されるのであればこのまま聞こえないふりを…
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余りにも大音量の目覚まし音のような騒音のような声に、ユートも流石に目を覚ますしかなかった。ぼやけた視界の中、人影が視界に入ってくる。ユートの立って目の前で腕を組み目元をひくつかせているのは、如何にも苛立った様子の声の主、シルヴィアだった。
「何時だと思ってるんだ! もうとっくに九時過ぎだぞ! 軍人なら時間管理ぐらいしっかりしてくれよ!」
ユートははっと我に返ると、手元の懐中時計を覗き込む…九時だ。それも四十分に差し掛かろうとしている。実質的には十時と言ってもいいくらいだこれは完全な寝坊だ、言い訳のしようがない。
「…それにお前、なんでそんな所で寝ていたんだ? いくら何でも寝相が悪すぎるだろ」
「えっ、何で!?」
確かにユートは今、床の上に座っている。どうやら、ソファから離れた窓際の床の上で寝ていたらしい。にわかには信じがたいが、痛む背中とシルヴィアの氷のような冷たい視線がそれが正しいことを物語っている。
「何でって、お前も分からないのかよ」
「はい…」
「…お前、頭大丈夫か?」
シルヴィアには申し訳ないが、本当に何故こうなっているのか分からない。なんでこんな所に…ひょっとして、夢遊病とかいうやつだろうか。
「それにお前、酷く魘されていたぞ。悪い夢でも見たのか?」
魘されていた? 馬鹿な、そんなわけない。それにこんな所にまで動く程寝相が悪いわけではない、と思う。…それに妙だな。僕は夢なんて見ていないのに、本格的に夢遊病の可能性が明るみに出て来た。まったく、不思議なこともあるものだな。
「…って、こんなどうでもいい事を話している場合じゃないな。すぐに出るぞ、早く支度しろ」
そう言うとシルヴィアはどこかへ行ってしまった。まったく、大声で一方的に喋って、勝手なタイミングで何処かへと消えて行ってしまう。まるで嵐のような人だ。だが、任務時間に遅れるのは(もう遅れているが)避けたい。ユートは立ち上がると壁に取り敢えず掛けておいた軍服をシャツの上に着る。手鏡で身だしなみを確認すると脳天から主張の激しい寝癖がぴょこんとはねている。これがもし女性だったら可愛らしいものだが、残念ながらユートは男だ。可愛げの欠片もない残念な寝癖は取り敢えず魔術で直しておく。二分で準備を済ませると、アガレスの部屋へと移動しようとしたが、部屋の扉に手をかけたところで思い留まった。
部屋を出る前に、もう一度考えてみる。なんで僕はあんな所で寝ていたんだ? 本当に寝相が悪かったのだろうか? 夢遊病は多分無いとは思う。それに起きた時には既に窓も開いていたし、そうしたらシルヴィアはわざわざ僕を起こさないように慎重に窓を開けたのだろうか? あの人がそんな面倒な事を果たしてするだろうか……謎は深まるばかりだ。でもこんなこと、今考えても仕方がないか。それに任務開始の時間だし今日が遂行猶予最終日だ。急がないと。ユートは部屋から出ると、小走りでシルヴィアの後を追って行った。
「あああ゛! 何でこんなに捜しても見つからないんだよ! さてはあの男、かくれんぼのプロだな!?」
「いや、そんなプロなんて聞いたことないですけど」
「真面目に返さないでくれ…こっちが惨めになる」
あれからユートたちは例の男の捜索へと手分けして乗り出した。アガレスはまだ襲われていない遺物保管庫の確認と被害と黒コート男の情報収集へ、ユートとシルヴィアは黒コート男の捜索へと向かった。しかし探せども探せども奴は見つからない。時計を見ると長針と短針が午後一時に差し掛かろうとしている、もう三時間以上も捜し続けているようだ。辺りは冷気と強い風でかなり寒いはずだが疲労のせいか、不思議と寒さは感じず、寧ろ暑く感じる。こっちは(主に寝坊のせいで)慌ただし過ぎて朝食すらまともに摂っていないってのに。汗がユートの額を伝い、冷え切ったレンガのようなコンクリートへと落ちるとそこに小さなシミを作った。文字通り国の端から端まで隈なく捜したのにも関わらず、男はおろかまともな手掛かりの一つすらろくに掴めていない。どうも疲れているのか、あの男が本当にかくれんぼのプロな気さえしてきた。
「それにもう昼過ぎになりますしね…ここは一旦休憩にしませんか?」
「あぁ、そうしよう。どっかの誰かさんのせいで朝から何も食べていないしな。このままじゃ餓死しそうだ」
そんなことはないだろと脳内でツッコミつつも、昼食を摂ることには賛成だ。この辺りに都合よくレストランでもないだろうかと、男の捜索からレストランの捜索へと思考回路をシフトチェンジする。ちらっ、と横にいるシルヴィアに目をやる。彼女は探知なんてものまで使って、さながら獲物を求める肉食獣のようにその目をギラつかせながらレストランを探している。何となくだがすぐに見つかる気がした。何となく。
「うーん、美味い! 美味いなコレ!」
「大きな声を出さないでください。他のお客さんの迷惑になりますから」
大声で大して上手くもない食レポをするシルヴィアに、ユートは至極うんざりとした。
レストランは三分程で見つかった。目の前で如何にも美味しそうに卵のサンドイッチをぱくついている、見てくれだけは一級品な迷惑客の餌食となったのは西洋風な外観に西洋の食事を基本スタイルとしたごくごく普通の西洋レストランだった。しかし本当にすぐ見つかるとは、人間の勘というものは意外と凄いのかも知れない。
取り敢えずたまごサンドとレタスとハムを挟んだサンドイッチという無難な注文をウェイターの若い店員に頼むと、マニュアルにでも書いてあるのだろうか、帝国の他の店でも見て来たような量産型の営業スマイルを提供した後、注文を厨房に伝えに行った。二人は店の外に出してあった席に腰かけた。外の席なら食べながらでも奴を捜せる…なんて思ってはいない。どうやらユート達モルトピリア帝国関係者が今回の窃盗の犯人候補筆頭であることは既に国中に知れ渡っているらしく、果たしてその事のせいかシルヴィアへの不快感からかは分からないが、他の客から無遠慮に向けられる冷たい視線が、単に痛かっただけだ。
「何でだよ、別に悪いことは言ってないぞ?」
「確かにそうですけど、それならもう少しボリュームを下げてください」
背中に注がれた冷たい視線が痛い。なんだろうか、シルヴィアには冷めた視線と言うよりかは、その美貌に見惚れているような熱い視線が注がれているが、僕には「何でこんな奴が」とでも言いたげな冷たい視線だけが注がれている気がする。先程よりもまた一層冷たくなった容赦のない冷視線の集中砲火に、自分の精神が音を立てて擦り減っていくのを感じる。皆さん、どうか勘違いしないで欲しい。この人とは昨日会ったばかりなんだよ。
「まぁいいじゃないか、別に迷惑そうじゃ無さそうだし。そんな小さい事を気にしているようじゃ女の子にモテないぞ」
「あの、そういう問題じゃなくてですね…」
シルヴィアにいくら反論しても彼女は引き下がってくれない。それに関係のないことまで言い出すしやりたい放題だ。実際にただでさえ人見知りのユートにはまだ"そういう関係"の異性は出来たことが無い。と言うかできる気がしない。シルヴィアのニヤニヤとした嫌らしい笑みに、ほんのりと殺意すら覚える……なんだか悲しくなってきた。シルヴィアの方だっていなさそうなのに。
そんなくだらない事で議論している内に、アガレスから通信が入った。ユートは腰のポケットから通信結晶を取り出し、応答する。
「どうでしたか、手掛かりは見つかりましたか?」
何か進展があったのかどうかを尋ねてもアガレスは黙り込んだまま、返答は返ってこない。何かまずい事でも起きたのだろうか。独りでに掻いていたらしい冷や汗が頬から滑り落ち、背中に厭な悪寒を感じる。いつの間にか近寄ってきているシルヴィアも、真剣な顔をして耳を澄ませている。二人は固唾を呑んで、返答を待った。
しばらくして、アガレスは絞り出すように告げた。
「…良い話と悪い話がある。どちらから聞くか選んでくれ」
これ以上ない程ベタな選択形式だ、あんなのフィクションの存在だと思っていたが、どうやら存在するらしい。先程の張り詰めた緊張感は殺がれたが、場の空気が少し軽くなったような気がした。
「…えぇと、じゃあ良い話からお願いします」
「…先程、帝国司令部から連絡があった。任務遂行の猶予を一日だけ延長してくれるらしい。だが、増援は無しだ」
コレに関してはあらかたの予想はついてはいたから然程驚いたりはしなかった。今回の事案は上層部からしても大変なものだろう、つい一年前まで戦争状態だったという緊迫した状況で下手をすれば国際問題どころではなく再び戦争沙汰になってしまう…なんてことも十分にありうる。なので任務期間の延長は至極当然だろう。しかし増援を寄越さないあたり、もしこちらが危機的状況になったとしても助ける気など、上層部には毛頭ないのだろう。…要約すると、「生きて帰りたいのなら今日で片を付けてこい」ということらしい。
「そして悪い話なんだが、つい先程中心街から離れた保管庫が襲撃を受けた。盗まれはしなかったらしいが捕まえることもできてはいないそうで、犯人は黒いコートの男三人だったそうだ。私は別の保管庫を当たっていたからアリバイがあるが、お前達はそれを証明する手段がない。それに疑いが晴れたわけでもない、寧ろ強まったと言ってもいい。それがどういう事を意味するか、分かるな?」
まさか別行動をとっていただけで疑惑が増してしまうとは。状況は更に悪化したようだ。
「はい、もちろん分かっています」
「ならいいんだが、くれぐれも無茶だけはするなよ」
心配そうに言ったのが聞こえた所で、プツリと通信が切れた。やること自体は依然として変わっていない。状況は悪化したが、男がやはり複数で動いていた事が分かっただけでも良しとしよう。それに中心街から離れた保管庫というのも、昨日襲われたものを除けばあと一か所しかない。まぁ、ここに居座ったままでも始まらないな。取り敢えずはそこに向かって被害現場を検証する必要がある。はぁ…こんなことになるなら、もっと沢山ミステリー小説でも読んでおけば良かったな。ユートは今更のようにそう思った。
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