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「はぁ」
私は自分の座っているデスク周り以外、既に明かりの消えたフロアで、虚しくも煌々と光るPCを前に途方に暮れていた。
「終わるわけない」
ポツリと呟いた独り言も、静寂の中に吸い込まれていった。
随分と前に、気合出しのために淹れたホットコーヒーも、とっくの昔に冷たくなっていて、口に含んでも独特の苦味を残すだけだ。
大人になってから無理をして飲むようになったブラックコーヒーは、まるで今の自分の気持ちを表しているかのように、真っ暗で底が見えない。
「後で捨てよう」
私はそっと飲む気の失せた紙コップを自分から遠ざけた。
どうしてこんなに遅くまで1人残っているんだっけ。
終電を気にしなければ、そろそろ帰路を失ってしまいそうな時間。会社には慰めてくれる同僚も、失敗を庇ってくれる上司も居ない。
携帯をそろそろと取り出すと、通知は一件も無かった。
1人、また1人と人生の幸せを掴んでいく、かつて学舎を共にした友人たちと、食事をしながら気を紛らわす機会も、気づけば段々と少なくなっていってしまったように思う。
「…帰ろうかな…」
自然と口からそんな言葉が溢れた。
今、書き直しを喰らっている書類は、私のミスが元でもない。
次のステップへ、というもっともらしい理由とともに、外見の優れた女性社員のミスを肩代わりすることが、この会社のやり方なのだ。風土と言っても良い。
頑張れば頑張るほど、どこかから回ってしまう気がする。
漠然とではあるが、そんな不安を私は感じていた。
幼い頃の徒競走ように、まず走る距離があらかじめ決まっていて、全力疾走をした先には必ずゴールが存在するならば、多少の息苦しさなら耐えられる。
けれど、先が見えない中、もつれた足で永遠に走れるほど、人が強い存在ではないことも、また事実だろう。
私はPCの電源を落として、荷物をまとめ、フロアの電気を切ってから、守衛さんに声を掛けて会社を出た。
明日怒られることは間違いないが、それすらも諦められるほど、私は疲れていた。
終電間近の駅のホーム。
飲み屋帰りの会社員、別れ際を惜しむカップル、それから、帰り方を忘れてしまった高校生。
彼ら彼女らのあれやこれについて詳しいわけではないが、目の端に映る光景に名前をつけるなら、私にはそんな風に映った。
(あ、電車来た…)
時刻表は見なかった。
思えば、アナウンスはなかったかもしれない。
それに、まるで皆私を透明人間とでも思っているかのように、慌てて後を追うように、他に電車に乗り込んだ人もいなかった。
夢か現か駅のホームに滑り込んだ、一台の電車に身を乗せたことが私の人生を大きく変えた。
誰も居ない車内で、うとうとと目を閉じた。
それが現代社会の日本で過ごした、私の最後だった。
「…さま」
誰だろう、この声は。
上から掛けられた布団の緩やかな重みと、身を沈めたベッドのスプリングが気持ち良すぎる。
「…まだねむい…」
そういえば私、どうしたんだっけ…。
それに、我が家の寝具はこんなにも上等だったっけ…。
「…じょうさま」
「後五分」
確か電車に乗って、それで…。
「おじょうさま」
ガバリと布団が剥がれた時、目を覚ました私が見た光景は。
「おはようございます、お嬢さま。
モーニングティーの時間です」
今までとは似ても似つかない、見たこともない世界だった。
私は自分の座っているデスク周り以外、既に明かりの消えたフロアで、虚しくも煌々と光るPCを前に途方に暮れていた。
「終わるわけない」
ポツリと呟いた独り言も、静寂の中に吸い込まれていった。
随分と前に、気合出しのために淹れたホットコーヒーも、とっくの昔に冷たくなっていて、口に含んでも独特の苦味を残すだけだ。
大人になってから無理をして飲むようになったブラックコーヒーは、まるで今の自分の気持ちを表しているかのように、真っ暗で底が見えない。
「後で捨てよう」
私はそっと飲む気の失せた紙コップを自分から遠ざけた。
どうしてこんなに遅くまで1人残っているんだっけ。
終電を気にしなければ、そろそろ帰路を失ってしまいそうな時間。会社には慰めてくれる同僚も、失敗を庇ってくれる上司も居ない。
携帯をそろそろと取り出すと、通知は一件も無かった。
1人、また1人と人生の幸せを掴んでいく、かつて学舎を共にした友人たちと、食事をしながら気を紛らわす機会も、気づけば段々と少なくなっていってしまったように思う。
「…帰ろうかな…」
自然と口からそんな言葉が溢れた。
今、書き直しを喰らっている書類は、私のミスが元でもない。
次のステップへ、というもっともらしい理由とともに、外見の優れた女性社員のミスを肩代わりすることが、この会社のやり方なのだ。風土と言っても良い。
頑張れば頑張るほど、どこかから回ってしまう気がする。
漠然とではあるが、そんな不安を私は感じていた。
幼い頃の徒競走ように、まず走る距離があらかじめ決まっていて、全力疾走をした先には必ずゴールが存在するならば、多少の息苦しさなら耐えられる。
けれど、先が見えない中、もつれた足で永遠に走れるほど、人が強い存在ではないことも、また事実だろう。
私はPCの電源を落として、荷物をまとめ、フロアの電気を切ってから、守衛さんに声を掛けて会社を出た。
明日怒られることは間違いないが、それすらも諦められるほど、私は疲れていた。
終電間近の駅のホーム。
飲み屋帰りの会社員、別れ際を惜しむカップル、それから、帰り方を忘れてしまった高校生。
彼ら彼女らのあれやこれについて詳しいわけではないが、目の端に映る光景に名前をつけるなら、私にはそんな風に映った。
(あ、電車来た…)
時刻表は見なかった。
思えば、アナウンスはなかったかもしれない。
それに、まるで皆私を透明人間とでも思っているかのように、慌てて後を追うように、他に電車に乗り込んだ人もいなかった。
夢か現か駅のホームに滑り込んだ、一台の電車に身を乗せたことが私の人生を大きく変えた。
誰も居ない車内で、うとうとと目を閉じた。
それが現代社会の日本で過ごした、私の最後だった。
「…さま」
誰だろう、この声は。
上から掛けられた布団の緩やかな重みと、身を沈めたベッドのスプリングが気持ち良すぎる。
「…まだねむい…」
そういえば私、どうしたんだっけ…。
それに、我が家の寝具はこんなにも上等だったっけ…。
「…じょうさま」
「後五分」
確か電車に乗って、それで…。
「おじょうさま」
ガバリと布団が剥がれた時、目を覚ました私が見た光景は。
「おはようございます、お嬢さま。
モーニングティーの時間です」
今までとは似ても似つかない、見たこともない世界だった。
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