オメガバース 小話

Iris

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オメガバース

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シーツに身を沈めながら、隣の温かなぬくもりに抱きしめられる。ほんの少し前までは想像することすらできなかった、嘘みたいな幸福。
でもいくら頬をつねってみても、夢から覚める気配はないし、一向につねったところが痛むばかりで、これが現実なのだと教えてくれていた。
寝返りを打てば、気持ち良さそうに瞳を閉じる彼の寝顔が視界に入った。思ったよりも長いまつ毛に、筋の通った鼻。薄い唇はうっすらと口が開いていた。思わず吸い寄せられるようにそっと口づければ、急に腰に手が回されるとともに、喰むような接吻にすり替えられた。

「んん・・・。」

味わうように唇をすり合わせた後、熱い舌が口内に入り込んでくる。不意のことだったが、慣らされ始めた体は、応えるように舌を動し始め、躊躇なく絡め取られた。
激しいキスの間に、既に碌に働かなくなった頭で考える。確か今は朝で、今日は休日と言えども朝からの行為に、薄っすらと開けた目に飛び込んでくる、カーテンから漏れ出た光に、咎められているような気にもなる。

「っ・・・。」

どれくらいそうしていただろうか。二人の間には、先ほどの激しさを物語るかのような銀糸が一瞬過って消えた。

「おはよ。」

彼は自分のしたことなどまるで覚えてないかのように、爽やかな笑みを浮かべて、頬に柔らかく口づけを落とした。こいつは、意外なことに奥底に狼を飼っていることを忘れていた。

「・・・起きてたなら言ってよ。」

羞恥のあまり、肩に額をぐりぐりと押しつければ、耳元でクスリと笑う気配がした。

「今起きた。キスしたいなーって、声が聞こえた気がしたから。」
「お、思ってない。そんなこと。」
「はいはい。」

確かに不思議と俺たちは、言わずとも伝わることが多々ある。行為の途中でも、触って欲しいだとか、もうダメだとか、言わなくても気づかれてしまうことはままああった。
相性の良い証拠ではあるけれど、時として恥ずかしさを招くのだ、やはり、

「体は、大丈夫?」
「え、あ、うん。」
「熱も・・・ないみたいだな。」

答える前に髪を掻き上げられ、額を合わせられた。真摯な瞳に見つめられると、胸がギュッと締め付けられたような感覚になる。
実は、昨日はつがいになって以来初めての発情期だった。
だが、いつものように呼吸ができなくなるような発作でも、発熱や頭痛を伴うものでもなかった。
ただ、体が熱くなって彼が欲しいという欲が抑えられないほどに膨れ上がっただけだ。
それはそれで問題なのだが、上手く昇華させてもらえたお陰で、一晩明けた今は、すっかりいつもの俺に戻っている。

「・・・迷惑かけてごめん。」
「迷惑?」

髪を何度も梳きながら、全てを包み込むような眼差しを向けて先を促す。ダメなんだよ、俺。この目に見つめられると、何もかも曝け出してしまいそうになる。

「また、汚い俺を見せちゃったし、結局自分でどうにもできなかった。」
「発情期にそうなっちゃうのは仕方がないだろう?それに、いつも言ってるし、本当のことだけど、お前は綺麗だよ。」
「そんなことない・・・」

とにかく子どもを産む機能を持たない、不完全な自分が発情期のみを迎えることが、どうしても許せない。欲のまま、抱かれたいと思うだなんて、ひどく醜く思えることも事実だ。

「うーん。じゃあ、俺がシたいと思うのと、お前が俺とシたいと思うので、いったい何が違うんだ?」
「え?」
「何も違わない。」

普通だよ、彼はそう言うと俺を咎めるように、深く深く口を塞いだのだった。
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