上 下
83 / 111

3月19日日曜 その6

しおりを挟む
本川越駅の前に南友デパートがあった。埼玉南部では当時一番勢力のあるデパートだった。
「お土産買って行きたいんだけど。」
「いいね。付き合うよ。」ゆっこは応じた。

僕は2つ、お菓子の包みを買おうとした。
「待って。2つもいるの?」
「満川さんのお家と、僕の家。今日の夜遅く、広島からお父さんが帰ってくるんだ。」
僕は胸を張って答えた。父も喜んでくれるだろう。
「…もう。ツー君、私の家に気を遣わなくていいのよ。」
ゆっこは少し呆れ顔だった。
「でも、満川家のかわいいお嬢さんをお預かりしたんだから。感謝の気持ちというか…。」
「ツー君って、そういう所があるのね。良くも悪くも大人の世界に染まった感じ。」

ゆっこはため息をついた。彼女は、津山孝典が、新聞配達や母親の病気等々で大人びた感じにならざるを得ない事情を理解してはいたが、そこは満川侑子も少女ながらひとりのレディだった。露骨にムードを潰されて機嫌が悪くなった。

「あのね、今日は、私がツー君について行ったの。私が好きでそうしたの。なのにツー君が私にそんなに気を遣ったら私も、なんかしらけちゃう。」

僕はゆっこが「しらけちゃう」と言うのを聞いて、これはまずいと感じた。

「ゆっこちゃん、ごめんね。」
「…もういいよ。だから、お菓子は1個だけ買って、ツー君の家に持ってって。」

デパートのお土産売り場で、小競り合いを起こした小学生カップル。売り場のおばさん達は、くすくす笑っていた。僕は恥ずかしさをこらえ、それでも別に一つ買いたいものがあったので、それを買った。武蔵市や川越市、狭山市一帯で栽培されている「狭山茶」だった。その間ゆっこはベンチでふてくされて座っていた。
会計を終えて、僕は狭山茶の袋を二つ手にしていた。

「お茶、二つ買ったんだ…うちの分じゃないよね。」ゆっこはふくれていた。
「僕が、広島へ引っ越しするから、最後に一個だけ高級なの買って帰るって売り場の人に言ったんだ。そしたら、こちらをおまけしてくれた。」
ゆっこは目を丸くした。確かに片方の袋は明らかに安そうな物だった。でも、お土産売り場の人、粋だなぁと感じた。さすがに小江戸の川越だ。…そして、我に返った。ツー君を、つまらないことで責めた。彼は広島へ行っちゃうんだ。私より、お土産売り場のおばさんの方がずっと彼に優しい。
しおりを挟む

処理中です...