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Episode
幼馴染
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初めて出会った日の事を、僕は今でもよく覚えている。
両親の友人の子として彼女は僕の家へとやって来た。
小さな体を震わし、潤んだ瞳で僕をじっと見つめて来た同じ年くらいの少女。
波打つ長い髪を揺らしながら僕の前に立ち、消え入りそうな声で挨拶をしてきた。
「…ま、松川…彩乃」
三秒程、目を合わせると直ぐに逸らす彩乃。びくびくと震え、手で思いっきり握ったふんわりとした桜色のスカートに大きな皺を作っている。
そんなに僕が怖いのだろうか。初めて会う人とはいえ、同じ年頃の子供相手に。
その時の春斗は幼く、幅広い考えが無かったため解らなかったが彩乃は言わば“人見知り”と言う性格であり、誰に対してもこの様な態度を取ってしまうのだ。
春斗は彩乃にどう接すれば良いかわからなかった。幼稚園の友達にもいない初めてのタイプの子に少し狼狽える。
「辻…春斗。よろしくね、彩乃…ちゃん」
詰まりながらも言葉を必死に探り出す。
今思えば、この頃はまだ優しく純粋だった気がする。よろしく、なんて今の僕は多分そんな事言わないだろうから。
生温い感覚の言葉は、胃に甘ったるい物を大量に流し込む様で好きではなかった。
けれど、当時はその一言が彼女の心を開く鍵となった。
彩乃は顔をこちらに向けるとぱぁと笑顔の花を咲かせ、歩み寄ってくる。
その行動に春斗も微笑み、ゆっくりと手を差し出す。伸ばされた手に戸惑いながらも、握られた彼女の手は温かかった。
彩乃は頬を熟した林檎の様に紅く染め、アクアマリンを埋め込んだかの様な瞳を輝かせてあのね、と声を張る。
「私ね、ずっと、春斗くんの傍にいてあげるね。春斗くんが彩乃を助けてくれたから」
見に覚えのない話に春斗は、頭にハテナマークを浮かべる。人を助けた記憶は一切無かった。
春斗が苦悩している事を彩乃は露知らず、無邪気に笑顔を向ける。
彩乃が笑うと彼女特有の八重歯が顔を出した。それを目にした春斗は何処かで見覚えのあるような気がした。これを見るのは初めてではない。そんな気がしてならない。けれど、彼女の笑顔に魅せられ今はこの笑顔を守れればいいと、本能で感じた。
“ずっと傍にいる”
その言葉に心が擽られる。
嬉しさ故に春斗は自身の頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ…ずっと僕の傍にいなよ。離れたりしちゃダメだからね?」
少し大人に近付いた僕の心は、素直になれなかったがそれでも彼女は笑顔で「わかったよ」と告げた。
これが僕の知る僕達の最初の出会いだった。
あれから時は刻々と過ぎて行き、十七年目の春が訪れた。
外へと飛び出せば桜が舞い、一面桜のカーペットが広がっている。それを春斗の隣で楽しそうに踏み締める彩乃が居た。
「一年ってあっという間だね、春くん」
幼い頃は「春斗くん」と呼んでいた彩乃だが、いつしか呼び方が変わっていた。だが、春斗はそこに不満はなく、むしろ喜悦を感じていた。少しばかり特別な感じがしたのだ。
彩乃は胸辺りまで伸ばしていた髪をばっさりと切り、肩までのセミロングの髪を靡かせる。相変わらずの癖っ毛だが、高校生になってから大人っぽさを漂わせていた。彼女は特に化粧等はしていないが雰囲気がそう醸し出しているのだろう。大人に近付くに連れて、僕の知る彼女が消えて行ってしまうのだろうか。
そんな不安が心の片隅に潜んでいた。
春斗が哀愁漂う表情をしている最中、彩乃は一人であちこちの桜の花弁を追いかけ回していた。大方、花弁を空中で掴もうとしているのだろう。
“桜の花弁を空中で獲ると幸せが訪れる”
何処かで聞いた噂を思い出す。彩乃は真実か嘘かは問わずなんでも噂を信じてしまうのだ。
「彩…転ばないように気を付けなよ」
春斗はふぅ、と小さく溜め息を吐く。その表情は柔らかく、先程の不安など疾うに忘れていた。
家から歩いて徒歩十分程度の高校。春斗と彩乃はその道のりを約二十分程かけて到着した。
春斗の前髪の隙間から青筋が浮かび上がるのが見える。これには普段からぼんやりしている彩乃にも危機感を覚えた。
「あの…ごめんなさい」
結局、花弁を捕ろうと奮闘した彩乃は何度も転び、その度に簡易的な処置を春斗が行った。そのせいでだいぶ時間を食ってしまったのだ。
彩乃の謝罪に春斗はインディゴの切れ長い目を向ける。その圧に彩乃は大きな瞳を潤わせる。目尻に溜まった涙が今にも零れそうだ。
「別に…遅刻になったわけじゃないんだし、反省しているなら…いいよ」
髪を掻き上げながら、春斗はポツリと言葉を溢す。その言葉に彩乃は表情を一転させ、「やったぁ!」と腕を空に向けて伸ばした。正直、反省している様には到底見えないが、彩乃に弱い春斗は赤らんだ頬を掌で隠す事に精一杯で気に留めていなかった。
「あ…彩」
春斗が彩乃の頭上に手を伸ばす。彩乃の頭の上には桜が何枚も付いており、栗色の髪を埋め尽くしていた。それを一枚一枚丁寧に取ろうと春斗が徐々に近付く。彩乃は微かに声を上げ、柄にもなく緊張した。
それもそのはず。既に二人の距離は周りから見たら抱擁している様にも見える。交際しているわけでもない男女でのこの距離感で、緊張してしまうのは仕方ない。ましてや、相手は美形とも言える整った顔をした春斗だ。
けれど、当の本人は一切気にしていない様で、その後の彩乃の挙動不審な態度に悩まされた。
両親の友人の子として彼女は僕の家へとやって来た。
小さな体を震わし、潤んだ瞳で僕をじっと見つめて来た同じ年くらいの少女。
波打つ長い髪を揺らしながら僕の前に立ち、消え入りそうな声で挨拶をしてきた。
「…ま、松川…彩乃」
三秒程、目を合わせると直ぐに逸らす彩乃。びくびくと震え、手で思いっきり握ったふんわりとした桜色のスカートに大きな皺を作っている。
そんなに僕が怖いのだろうか。初めて会う人とはいえ、同じ年頃の子供相手に。
その時の春斗は幼く、幅広い考えが無かったため解らなかったが彩乃は言わば“人見知り”と言う性格であり、誰に対してもこの様な態度を取ってしまうのだ。
春斗は彩乃にどう接すれば良いかわからなかった。幼稚園の友達にもいない初めてのタイプの子に少し狼狽える。
「辻…春斗。よろしくね、彩乃…ちゃん」
詰まりながらも言葉を必死に探り出す。
今思えば、この頃はまだ優しく純粋だった気がする。よろしく、なんて今の僕は多分そんな事言わないだろうから。
生温い感覚の言葉は、胃に甘ったるい物を大量に流し込む様で好きではなかった。
けれど、当時はその一言が彼女の心を開く鍵となった。
彩乃は顔をこちらに向けるとぱぁと笑顔の花を咲かせ、歩み寄ってくる。
その行動に春斗も微笑み、ゆっくりと手を差し出す。伸ばされた手に戸惑いながらも、握られた彼女の手は温かかった。
彩乃は頬を熟した林檎の様に紅く染め、アクアマリンを埋め込んだかの様な瞳を輝かせてあのね、と声を張る。
「私ね、ずっと、春斗くんの傍にいてあげるね。春斗くんが彩乃を助けてくれたから」
見に覚えのない話に春斗は、頭にハテナマークを浮かべる。人を助けた記憶は一切無かった。
春斗が苦悩している事を彩乃は露知らず、無邪気に笑顔を向ける。
彩乃が笑うと彼女特有の八重歯が顔を出した。それを目にした春斗は何処かで見覚えのあるような気がした。これを見るのは初めてではない。そんな気がしてならない。けれど、彼女の笑顔に魅せられ今はこの笑顔を守れればいいと、本能で感じた。
“ずっと傍にいる”
その言葉に心が擽られる。
嬉しさ故に春斗は自身の頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ…ずっと僕の傍にいなよ。離れたりしちゃダメだからね?」
少し大人に近付いた僕の心は、素直になれなかったがそれでも彼女は笑顔で「わかったよ」と告げた。
これが僕の知る僕達の最初の出会いだった。
あれから時は刻々と過ぎて行き、十七年目の春が訪れた。
外へと飛び出せば桜が舞い、一面桜のカーペットが広がっている。それを春斗の隣で楽しそうに踏み締める彩乃が居た。
「一年ってあっという間だね、春くん」
幼い頃は「春斗くん」と呼んでいた彩乃だが、いつしか呼び方が変わっていた。だが、春斗はそこに不満はなく、むしろ喜悦を感じていた。少しばかり特別な感じがしたのだ。
彩乃は胸辺りまで伸ばしていた髪をばっさりと切り、肩までのセミロングの髪を靡かせる。相変わらずの癖っ毛だが、高校生になってから大人っぽさを漂わせていた。彼女は特に化粧等はしていないが雰囲気がそう醸し出しているのだろう。大人に近付くに連れて、僕の知る彼女が消えて行ってしまうのだろうか。
そんな不安が心の片隅に潜んでいた。
春斗が哀愁漂う表情をしている最中、彩乃は一人であちこちの桜の花弁を追いかけ回していた。大方、花弁を空中で掴もうとしているのだろう。
“桜の花弁を空中で獲ると幸せが訪れる”
何処かで聞いた噂を思い出す。彩乃は真実か嘘かは問わずなんでも噂を信じてしまうのだ。
「彩…転ばないように気を付けなよ」
春斗はふぅ、と小さく溜め息を吐く。その表情は柔らかく、先程の不安など疾うに忘れていた。
家から歩いて徒歩十分程度の高校。春斗と彩乃はその道のりを約二十分程かけて到着した。
春斗の前髪の隙間から青筋が浮かび上がるのが見える。これには普段からぼんやりしている彩乃にも危機感を覚えた。
「あの…ごめんなさい」
結局、花弁を捕ろうと奮闘した彩乃は何度も転び、その度に簡易的な処置を春斗が行った。そのせいでだいぶ時間を食ってしまったのだ。
彩乃の謝罪に春斗はインディゴの切れ長い目を向ける。その圧に彩乃は大きな瞳を潤わせる。目尻に溜まった涙が今にも零れそうだ。
「別に…遅刻になったわけじゃないんだし、反省しているなら…いいよ」
髪を掻き上げながら、春斗はポツリと言葉を溢す。その言葉に彩乃は表情を一転させ、「やったぁ!」と腕を空に向けて伸ばした。正直、反省している様には到底見えないが、彩乃に弱い春斗は赤らんだ頬を掌で隠す事に精一杯で気に留めていなかった。
「あ…彩」
春斗が彩乃の頭上に手を伸ばす。彩乃の頭の上には桜が何枚も付いており、栗色の髪を埋め尽くしていた。それを一枚一枚丁寧に取ろうと春斗が徐々に近付く。彩乃は微かに声を上げ、柄にもなく緊張した。
それもそのはず。既に二人の距離は周りから見たら抱擁している様にも見える。交際しているわけでもない男女でのこの距離感で、緊張してしまうのは仕方ない。ましてや、相手は美形とも言える整った顔をした春斗だ。
けれど、当の本人は一切気にしていない様で、その後の彩乃の挙動不審な態度に悩まされた。
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