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Episode
曖昧な距離
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それは偶然だった。
放課後、たまたま歩いていた廊下の近くの女子専用のお手洗いから、話声が聞こえた。それがただの女子トークなら、彩乃は足を止めることはなかっただろう。けれど、彼女は足を止めた。ぐっと体を壁に当て息を潜める。そこからは確かに自分と自分の幼馴染の名前が聞こえてきたからだ。
彩乃は壁に耳をしっかりとくっつけ、内容を聞き取ろうとする。声を聞く限り、三人の女子達が話に盛り上がっているようだった。
「松川さんって、なんでいつも辻くんといるのかなー」
「付き合ってもいないただの幼馴染のくせにねー」
「幼馴染ってだけで付け上がってるんじゃない?」
その内容は彩乃に敵意を持って人達の彩乃に対する悪口だが、彩乃自身はこれらの悪意に一切気付くことはなかった。
強いて言うのであれば、なぜ彼女達は疑問に思っているのだろうか。この程度のことしか考えていなかった。
幼馴染は交際をしていないと一緒に居てはいけないのだろうか。そんな少しズレた思考を張り巡らせていた。
「彩。何をしているの?」
「わわっ!春くん!」
怪訝そうに彩乃の顔を覗き込んでくる春斗に、彩乃は驚愕する。その際に後退りし、足が縺れてしまった。彩乃の体が後ろに傾く。「きゃっ」と小さな悲鳴が上がると同時に、後頭部にくる衝撃に備えて彩乃はぎゅっと目を瞑る。途中、体を支えられたが勢いに敵わず、倒れ込む。周りに小さく埃が舞う。それが気管に少量流入する。どさり、と重々しい音を立てて腰や足に鋭い痛みを感じるが、肝心の頭への痛みは無かった。代わりに温もりのある手が添えられていた。咳き込みながらその細白く骨張った手が彩乃の頭を優しく強く包み込んでいるのを確認した。その手が誰のか気付くのに、そう時間はかからなかった。
「春くん…?」
「ん…彩、大丈夫?」
手の持ち主を呼ぶと、小さく唸った後、彼は心配そうに彩乃の怪我を確認する。慌てて彩乃は両手を振り「大丈夫」と繰り返したが、先程よりも近い春斗の顔に、彩乃は火照る顔を抑えきれずにいた。春斗は彩乃の顔や手などが無事なのを確認し終えると、ふぅと安堵の溜め息を漏らす。
「よかった」
彼の珍しく素直な言葉に彩乃はさらに顔を熱くさせる。
嬉しい。彩乃は心の中で祝福の叫びを上げた。春斗は心配をする事はあるけれども、この様に喜びを口にする事はあまりなかった。言葉足らずなのだと、彼自身も理解していた。彩乃が歓喜に浸っていると、春斗は立ち上がり、すらりとした細い腕を差し出す。
「彩、立てる?」
彩乃はその手を取り、スカートの埃を払う。「ありがとう」と告げると、春斗は直ぐさま顔を逸らし「早く帰るよ」と言い放つ。またいつもの素っ気ない態度に戻ってしまったが、彼の耳が赤く染まっている事を彩乃は見逃さなかった。彩乃はふふ、と笑みを溢すと「何、笑ってるのさ」と春斗が疑問をぶつける。
「んー、いや、嬉しいなぁって」
春斗は意味が解らず、首を捻っていたが彩乃は相変わらず上機嫌なので考えるのを止めた。その時の笑顔はいつにも増して輝いていたと言う。
彩乃は当初の悩みも片付き、清々とした気分だった。交際など私達には最初から関係無かったのだ。こうして傍に居られるだけで彩乃は嬉しいのだから。
だから、春くんには申し訳ないけど、暫くの間は彼女は作らないで欲しいと願う彩乃だった。
放課後、たまたま歩いていた廊下の近くの女子専用のお手洗いから、話声が聞こえた。それがただの女子トークなら、彩乃は足を止めることはなかっただろう。けれど、彼女は足を止めた。ぐっと体を壁に当て息を潜める。そこからは確かに自分と自分の幼馴染の名前が聞こえてきたからだ。
彩乃は壁に耳をしっかりとくっつけ、内容を聞き取ろうとする。声を聞く限り、三人の女子達が話に盛り上がっているようだった。
「松川さんって、なんでいつも辻くんといるのかなー」
「付き合ってもいないただの幼馴染のくせにねー」
「幼馴染ってだけで付け上がってるんじゃない?」
その内容は彩乃に敵意を持って人達の彩乃に対する悪口だが、彩乃自身はこれらの悪意に一切気付くことはなかった。
強いて言うのであれば、なぜ彼女達は疑問に思っているのだろうか。この程度のことしか考えていなかった。
幼馴染は交際をしていないと一緒に居てはいけないのだろうか。そんな少しズレた思考を張り巡らせていた。
「彩。何をしているの?」
「わわっ!春くん!」
怪訝そうに彩乃の顔を覗き込んでくる春斗に、彩乃は驚愕する。その際に後退りし、足が縺れてしまった。彩乃の体が後ろに傾く。「きゃっ」と小さな悲鳴が上がると同時に、後頭部にくる衝撃に備えて彩乃はぎゅっと目を瞑る。途中、体を支えられたが勢いに敵わず、倒れ込む。周りに小さく埃が舞う。それが気管に少量流入する。どさり、と重々しい音を立てて腰や足に鋭い痛みを感じるが、肝心の頭への痛みは無かった。代わりに温もりのある手が添えられていた。咳き込みながらその細白く骨張った手が彩乃の頭を優しく強く包み込んでいるのを確認した。その手が誰のか気付くのに、そう時間はかからなかった。
「春くん…?」
「ん…彩、大丈夫?」
手の持ち主を呼ぶと、小さく唸った後、彼は心配そうに彩乃の怪我を確認する。慌てて彩乃は両手を振り「大丈夫」と繰り返したが、先程よりも近い春斗の顔に、彩乃は火照る顔を抑えきれずにいた。春斗は彩乃の顔や手などが無事なのを確認し終えると、ふぅと安堵の溜め息を漏らす。
「よかった」
彼の珍しく素直な言葉に彩乃はさらに顔を熱くさせる。
嬉しい。彩乃は心の中で祝福の叫びを上げた。春斗は心配をする事はあるけれども、この様に喜びを口にする事はあまりなかった。言葉足らずなのだと、彼自身も理解していた。彩乃が歓喜に浸っていると、春斗は立ち上がり、すらりとした細い腕を差し出す。
「彩、立てる?」
彩乃はその手を取り、スカートの埃を払う。「ありがとう」と告げると、春斗は直ぐさま顔を逸らし「早く帰るよ」と言い放つ。またいつもの素っ気ない態度に戻ってしまったが、彼の耳が赤く染まっている事を彩乃は見逃さなかった。彩乃はふふ、と笑みを溢すと「何、笑ってるのさ」と春斗が疑問をぶつける。
「んー、いや、嬉しいなぁって」
春斗は意味が解らず、首を捻っていたが彩乃は相変わらず上機嫌なので考えるのを止めた。その時の笑顔はいつにも増して輝いていたと言う。
彩乃は当初の悩みも片付き、清々とした気分だった。交際など私達には最初から関係無かったのだ。こうして傍に居られるだけで彩乃は嬉しいのだから。
だから、春くんには申し訳ないけど、暫くの間は彼女は作らないで欲しいと願う彩乃だった。
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