わるい男と悪いおんな

楠木静梨

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わるい男と悪いおんな

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 その電話は、いつも通り唐突に鳴った。
 依頼は特に付属条件なども無く、単純明快――――中森園子なかもりそのこという娘の誘拐であった。


「仕事道具持ったか?」

「ハイっす!」

「じゃあ乗れ」


 男は愛想悪く、助手の女に命じる。
 女は対極的――――愛嬌を振りまくような明るい表情、声色でそれに応じ、黒いワゴン車に乗り込む。
 中森園子を誘拐し、指定の倉庫まで運んでくれ。
 二人に来る依頼としては簡単な部類であり、装備も私服同然――――ラフなものだ。

 二人に屋号は無い。
 その仕事は人伝、口伝にて伝わり、充分な宣伝効果を持って満足な収入を保っている。

 車内の二人は、やはり対極的な様子だ。

 男は黙って運転しながら煙草を吸い、女はそんな男に話しかけ続ける。
 返事がない事など承知の上で、それでも楽し気に。

 少し行くと、男はコンビニの駐車場に車を止める。


「店長、お財布くださいっす!」

「…………ん」

「どもっす!」

 
 女は下車すると、サラダ一つと、店内にある菓子パンの大半を持ちレジに向かう。
 会計は男の財布から、現金で支払い。
 
 大量のレジ袋を持って女は店を出ようとし――――それから、何かを思い出したようにレジまで戻る。


「すみません、十五番くださいっ!」


 それで、女の買い忘れは無くなった。
 煙草の会計を終えると、女は今度こそ車の助手席に戻り、自分は袋からサラダを一つ取り出す。


「今日も色々買って来たっすよ! アンパンに、ジャムパン…………あっ! これなんて好きそう! ホルモンパン!」

「ん」


 男は、女の勧めるパンを手に取り、袋を開けると中の匂いを嗅ぎ。
 そのパンを片手に、運転を再開する。

 車は一時間程走り続け――――その間、男は次々とパンを食べ進めて、目的地に着くころには、山のように積もっていた袋の半分以上が空となりしぼんでいた。
 

「それじゃあ店長、あたし偵察行ってきますっ!」


 コンビニに次いで車が停まったのは、広々としたショッピングモールの地下駐車場。
 下車した女は、窓越しに男へ礼をしてから、その場を走り去ってしまう。

 男はその姿が小さくなり、角で消えるのをぼんやりと眺めたあと、またパンを食べ始める。

 車から離れた女は、上機嫌に鼻歌を漏らしながら地上へ上るエレベーターへと乗り込み。
 R1のボタンを押し屋上まで行く。

 本日は快晴であった――――雲一つなく、女の活発さが良く似合う。
 そして、誘拐などという悪事が似合わない快晴だ。

 女は屋上駐車場の隅、並ぶガスタンクの間に隠れると、単眼鏡を取り出し地上を見る。
 視界を右へ左へとして、暫くするととある裕福層の家を発見。
 
 まさに今、そこの一人娘が、運転手に車へ乗るよう促されている姿が見えた。

 女は車のナンバを記憶すると、単眼鏡から目を離し、非通知でどこかへ電話をかける。
 

「あっ店長、あたしっす! 中森園子発見しましたっ!」

「すぐに戻って来い」

「はいっす!」


 簡単な会話を終えて、電話を切ると、女は数分前に通った道を戻る。
 女が助手席に座り直し、一度深呼吸をすると、車は地上へ戻り――――そこが見知った土地であると言わんばかりに、細道を進んで行く。

 五分程経った頃、二人の乗った車は大きな道へと出て、ターゲットの中森園子が乗る車の後にぴったりと張り付いた。


「次の角を曲がった先で行け」

「はいっす」


 女は深々と帽子をかぶり、マスクと手袋を装着。
 不審者然とした装いを取ると、前の車を見据える。
 角を曲がり、人気の少ない住宅街に侵入――――大通りの喧騒から離れ、ある程度という所で、二つの車は横並びとなった。

 すると女は窓を開け、そこから勢い良く飛び出す。
 中森園子の乗る車の窓を割り、車内後部座席へと侵入した。

 瞬間、中森園子が悲鳴を上げる。
 運転手が即時反応し、ハンドルを切って停車すると、女と中森園子の間に割って入った。

 屈強な老人である。
 ただの運転手には不要であろう筋肉量をその身に搭載し、眼差しには一点の焦りもない。
 この程度、茶飯事のハプニングだとでも言いたげな表情で女の首を素早く掴み、窓に開いた穴から女を投げ捨てる。


「少々お待ちを。捕らえて参ります」


 言い残すと、運転手はドアを開けて下車
 路上に倒れる女へ、余裕の素振りで手を伸ばす――――すぐさま、その判断が悪手であったと気付いた。

 急ぎその手を引っ込めると、一瞬前まで運転手の腕があった位置には、女の握るナイフがあったのだ。

 運転手は一つ舌打ちをすると、今度はしっかりと警戒を持って女へ襲い掛かり。
 繰り出した手の全てをいなされた末に、首筋へ刃を立てつけられた。

 分厚い筋繊維を断ち切り、ナイフの鍔が皮膚を打つまで、運転手の体へと侵入して行く。

 女は容易く運転手を始末すると、ため息の一つも漏らさないまま車内に戻る。


 「中森園子さんっすね。ちょっと、攫われてもらうっすよ」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 薄暗い貸倉庫の中――――目隠しと口枷、そして椅子に四肢を縛り付けてと、十全な拘束を施された中森園子は、身じろぎ一つせず浅い呼吸を繰り返す?
 女はその姿を撮影すると、依頼人に電話を掛ける。

 だがどうだろう、相手は携帯を切っているのか、電話先の相手に繋がらない。


「先生、駄目っす。繋がらないっすよ」

「ならもういい。中森園子のスマホを戻して帰るぞ」

「ちぇっ。上手く行ったんすけどね」


 女はふてくされながらも、男の指示に従い――――中森園子のスマホに電源を入れる。
 こうしておけば、位置情報なんかを頼りにして、勝手に迎えが来るだろうというわけだ。

 
「もう行くぞ。すぐに警察が来る」

「最後にもう一回だけ、もう一回だけ依頼人に電話してもいいっすか! こうなったら仕事じゃなくても、文句の一つぐらい言ってやりたいっすよ!」

「…………最後だ」

「ありがとうございます、店長っ!」


 女は少し機嫌を持ち直し、最後の電話をかける。
 と、そのときであった――――中森園子のスマホから、着信音が鳴り響く。

 急ぎ女がその画面を確認すると、非通知。
 目配せで男に許可を取ってから、恐る恐るその電話に出るとその瞬間、女がかけていた電話が繋がった。


「…………どういう事っすか、中森園子さん」


 女は僅かに冷や汗を流しながら言う。
 心なしか、中森園子の口元は笑って見えた。


「それで喋れるわけがないだろう」


 言うと、男は中森園子に取り付けた口枷を外す。


「もう話せるな? 中森園子――――いいや、依頼人。どうして自分を攫うように指示を出した」

「ははっ、流石に分かります?」


 そう、甘えるような声で言った。
 中森園子、彼女はほくそ笑む――――まるで何もかもを手玉に取るかのように、余裕のある様子で。


「危機感の欠如って言葉、ありますよね――――私って、多分あれなんですよ」

「…………どういう事だ?」

「だから、ピンチになってみようと思って。自分を誘拐させて、拘束されてみて。スリルを味わいたかったとでも言うんですかね? でもまあ、期待外れっていうか、駄目ですね。自分が依頼人じゃあ何も怖くないし、犯人さんも、移動中に手出して来ることなんてなかったし。退屈でした」

「そうか…………おい、帰るぞ」

「はいっす!」


 男は女を呼び、直ぐにこの場を去ろうと――――車に乗り込む直前、中森園子は「あっ!」と声を上げる。


「そういえば、一つ伝え忘れていた事が――――私、悪人はこの世から消えた方が良いと思ってるんです」


 二人は中森園子へ目を向ける。
 その笑顔は先程までの小さなものとは違い、充分満面の笑みと呼べるものであった。
 

「倉庫の周りに、私の親友の皆様に潜んでいただいてますっ! ご自分達で警察を呼んで捕まるか、親友の皆様から袋叩きにされるか、どうぞ好きな方をお選びください!」

 
 上限まで振り切ったテンションで言い終えた中森園子だが、男と女は一切動揺する様子を見せない。
 女は呆れた様子でため息を漏らすと、中森園子のスマホを地面に叩きつけ、踏みつけて破壊する。


「店長、車でパンでも食べて待ってて欲しいっす」

「…………ん」


 男は静かに車へ戻る――――既に中森園子への関心など消え失せていた。
 中森園子という名前すら、最早記憶にないのかも知れない。

 男が車のドアを閉めた所を確認すると、女はスマホを踏みつける足を止めた。

 
「中森園子さん。貴女はいくつか勘違いをしてるみたいっすね」

「勘違い? 一体何を――――」
 
「一つ、私達が承るのは誘拐の依頼のみ。場所の指定、受け渡しの日時は、こっちで決めるっすよ」


 言いながら、目隠しの上から中森園子の目をぐりぐりと押す女。
 その手は楽し気で、悪戯っぽさが垣間見える。
 

「二つ――――私は兎も角、店長は退屈なんかじゃないっすよ。あんな卑屈そうな顔して、変なパン食べるの好きだし、煙草吸う手とかマジフェチでどすけべだし」 


 女は、中森園子の目隠しを外す。
 ようやく明かされた表情の全貌は、どうしたものか――――少し前までの余裕が消え失せて、困惑と恐怖に染まり始めていた。


「さて質問っす――――ここは、貴女の指定した、お友達方の待ち構える倉庫でしょうか?」

 
 笑みはむしろ、女の顔に張り付いている。
 いつも通り明るく、快晴が似合う程に。


「あっ、申し遅れましたっ! あたし、笛口梵ふえぐちそよぎっていいます! 名前聞かれちゃったんで、もう生きて帰す訳にはいかないんすけど、これから短いお時間、どうぞよろしくっす!」

 
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