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公式戦と同じで!
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第九話
ギルドハウス前の灯りが、四人の影を長く伸ばしていた。
扉の前に立つローズは、まるでそこが自分の庭であるかのように落ち着いている。
「こんばんは。突然の訪問、失礼しました」
丁寧な一礼。
声も表情も乱れない。
なのに、空気がきゅっと引き締まる。
ポルが一歩前に出る。
「……用件は?」
ローズは淡々と頷いた。
「練習試合を申し込みに来ました。チーム戦で」
秋星が「えっ」と声を漏らし、スノーは目を細める。
「練習、試合……?」
ポルが眉を寄せる。
「練習って言葉、軽くないか?」
ローズは煽らない。煽る必要がないという態度で、短く言った。
「公式戦の本戦と同じで。」
その一言が、やけに重かった。
ハルはハンマーの柄を握り直す。
胸がきゅっとなるのに、目はきらきらしていた。
その時。
ローズの少し後ろ――影から飛び出すように、元気な声が割り込む。
「おーっ!お前あの時のハンマーか!
ハンマーちゃん、よろしくなぁ!」
声の主は、太陽みたいに明るい気配。
花言葉の近接職、ひまわりだった。
ハルは一瞬きょとんとして――次の瞬間、笑顔になる。
目が宝石みたいに光って、前のめりに名乗った。
「わたしは、ハル!ハンマー使いのハルだよ!」
ポルが横でぼそっと呟く。
「……ハンマー使いって、職名みたいに言うな」
秋星がすかさず肩を叩く。
「それ、今言う?w」
スノーは小さく笑った。
「……いいじゃない。分かりやすいわ」
ひまわりはハルのハンマーを見て、さらに目を輝かせる。
「ええやん!めっちゃええやん!
うち、花言葉のひまわり!格闘家や!近接同士、燃えるなぁ!」
「格闘家!?パンチでモンスター殴るの!?」
「殴るで!蹴るで!気弾も撃つで!」
「えっ、気弾!?なにそれ!かっこいい!!」
「ハンマーも相当かっこええって!」
会ったばかりなのに、距離が近い。
もう友達みたいに笑ってる。
ポルは目を細めた。
「……なんで意気投合してんだよ」
ハルは振り返って、にっこり。
「だって、ひまわりちゃん、いい人だもん!」
「おお~!ハンマーちゃんも、ええ子や!」
秋星がニヤニヤする。
「近接は言葉より拳で通じ合う、ってやつやな」
スノーは肩をすくめる。
「平和……ではないけど、悪くないわね」
ローズは雑談を止めない。
止める必要がないと分かっているからだ。
「では、日程を。――一週間後で。場所は公式の練習闘技場。
地形は当日抽選で構いませんか」
ポルが腕を組む。
「……話が早すぎる」
ローズは淡々と答える。
「必要なことだけを決めます。無駄は好みません」
その冷静さに、逆に誠実さがにじむ。
ハルが一歩前に出た。
胸の奥が熱くなる。
「……わたし、負けないからね!」
――言った瞬間、ハルは自分の口を押さえる。
気合いのはずなのに、なぜか涙が出そうな感覚が湧いた。
(あ、これ、やばい。泣きそう……)
危険な言葉が漏れかける。
「あた――」
ポルが即座に顔を上げた。
「お前いま、“あた”って――」
ハルは慌てて両手をぶんぶん振る。
「ち、違う!違うの!
……あたしはあたぢじゃない!……いや、泣きそうな時だけ“あたぢ”になっちゃうんだけど!
わたしの脳内で“警告音”鳴った時の癖みたいな――!」
ポル「何の話だよ!!」
秋星「説明うまいの腹立つわw」
スノーが小さく笑って言った。
「はい、死亡」
「なんで!?まだ何もしてないのに!」
ひまわりは楽しそうに拳を鳴らした。
「ええやん!その気合い、好きや!
わかった!全力で勝負しよな!」
ローズはもう一度、丁寧に一礼した。
「では、一週間後。よろしくお願いします」
花言葉の二人は、まるで散歩の帰りのように優雅に背を向ける。
ひまわりは最後まで元気に手を振った。
「またなー!ハンマーちゃん!」
「またね!ひまわりちゃん!」
扉の前に残った春夏秋冬は、しばらく無言だった。
秋星がぽつり。
「……受けるしかない空気、できたな」
ポルは深く息を吐く。
「……ああ。受ける」
スノーが頷く。
「一週間。短いけど、やるしかないわ」
ハルはハンマーを握りしめて、目をまっすぐにした。
「いけるっしょ!」
ポルが反射で返す。
「だから違うって!」
⸻
それから一週間。
両チームはそれぞれ特訓に励んだ。
春夏秋冬は狩りの合間に連携の確認。
スノーは回復と支援の“最短手”を詰め、ポルは受け流しとカウンターの間合いを対人用に研ぎ直す。
ハルは、ひたすら叩いた。叩いて叩いて、叩き疲れて叩いた。
その努力は確かに形になっていく。
だが、ひまわりの背中はまだ遠い。
秋星が言う。
「ハル、伸びてる。けど……ひまわりは、近接の“質”が違う」
ハルは悔しそうに唇を噛んだ。
でも、目は折れていない。
「……うん。だから、もっとやる」
その差を少しでも埋めるために、ハルは猛特訓を続けた。
そして――秋星だけは、明らかに違う方向を向いていた。
夜のギルドハウス。
秋星は机の上に魔導書を広げ、星図みたいなスキルツリーを睨んでいる。
「……間に合わすには、これしかない」
新しい必殺技。
その名も――星に散った守護神。
小さな星屑が大量に舞い、敵を細かく削る。威力は小さい。
だが数が多く、視界を一瞬塞ぐ。
その隙に、味方一人へ“どんな攻撃も一回だけ防ぐ見えない盾”を付与する。
誰に付与したのかは、敵にも味方にも分からない。
――戦場での混乱を、味方の保険に変える技。
ただし、多段攻撃にはほぼ意味をなさない。
星屑の攻撃自体も、近い属性の攻撃魔法があるため、フェイントにも使える。
秋星は静かに言った。
「ひまわりの突撃を、一回だけ止める。
それができたら、ハルが殴れる」
ポルが腕を組む。
「取れるのかよ、それ」
秋星は目を逸らさない。
「取る。
……でも条件がある」
“星の守護神”を倒さなければならない。
しかも二人限定クエスト。
そして、最悪の制約。
――刀は通らない。
――銃も効かない。
スノーが冷静に結論を出した。
「ハルのハンマーなら通る。
秋星の魔法も通る。――二人で行くしかないわね」
ハルは「わたし!?」と一瞬目を丸くしたが、すぐに笑った。
「うん!行く!」
ポルが反射で言う。
「待て。危な――」
スノーが淡々と遮る。
「必要よ。秋星の新技は、チーム戦の鍵になる」
ポルは言葉を飲み込み、最後に短く言った。
「……無茶すんな。死ぬなよ」
ハルは胸をどん、と叩く。
「わたし、死なない!」
秋星は立ち上がり、軽く手を振った。
「ほな、行こか。ハル」
⸻
クエストゲートは、夜空みたいに暗い青だった。
入った瞬間、景色が変わる。
そこは、星が降っている遺跡。
空ではなく、天井のない“闇”に、星屑が静かに漂っている。
足元は白い石畳。
時々、星の欠片みたいな結晶が埋まっていて、踏むと小さく光った。
ハルが小声で言う。
「……綺麗」
秋星は周囲を見回し、短く言った。
「守護神は中央の円形広場におる。
道中も安全ちゃう。星屑が“視界”を奪う罠や」
「視界を奪う……?」
「そう。お前が一番苦手なやつ」
ハルはむっとした。
「苦手じゃないよ!」
秋星がにやりとする。
「なら証明し。ここで」
進むと、星屑が急に濃くなる。
目の前が一瞬、白く霞んだ。
「うわっ!」
足元がずるりと滑る。
ハルが転びかけた――が、すんでのところでハンマーを地面に叩きつけて体勢を戻す。
「……っし!」
秋星が頷く。
「今の、ええ」
ハルは胸を張る。
「ほら!成長してる!」
その時、星屑の中から“影”が飛び出した。
星屑でできた狼の魔物が二体。
秋星が指を鳴らす。
「先に雑魚や。行けるか?」
「いけるっしょ!」
「……言うな」
秋星のツッコミが一拍遅れる。
ハルはハンマーを振り上げ、片方の狼へ叩き込む。
「どーん!!」
鈍い音。星屑が弾けて散る。
だが狼は消えない。星屑がまた集まり、形を戻そうとする。
「えっ、復活する!?」
秋星が冷静に言う。
「核がある。胸の奥、青い光。そこ潰せ」
「りょーかい!」
ハルは踏み込み、狙いを胸へ。
「どすん!!」
青い光が割れて、狼はほどけるように消えた。
もう一体が秋星へ飛びかかる。
秋星は後ろへ下がりながら、星のような光弾を連射する。
「……散れ」
狼の形がぐらつく。
――が、狼は“消えるふり”をした。
星屑が薄く広がり、視界が白く霞む。
「っ、目くらまし!」
ハルが反射で前に出る。
「秋星!後ろ!!」
狼が秋星の死角から噛みつこうとする――
ハルはハンマーを地面に叩きつけて跳ね上げ、回転しながら横薙ぎ。
「せーのっ!」
「どん!!」
狼の核が砕け、完全に消えた。
秋星は短く息を吐いた。
「……今の連携、ええやん」
ハルは鼻の頭をこする。
「えへへ」
その笑顔が、少しだけ自信に変わっていた。
⸻
中央の円形広場。
そこだけは星屑が“静か”だった。
まるで舞台の幕が上がる前の沈黙。
円の中心に、石の像が立っている。
騎士の姿。胸に星の紋章。目は閉じられたまま。
秋星が一歩踏み出す。
「来るで」
像の目が開き、星の光が溢れた。
広場が昼みたいに明るくなる。
同時に、空から星屑が降り注ぐ。
「……侵入者」
声が、頭の中に直接響いた。
星の守護神。
ハルが喉を鳴らす。
「……でっか」
守護神は剣を抜く。
その剣は“光”でできている。
振るうたびに星屑が舞い、視界が白くなる。
秋星がハルに言った。
「役割、決める。
ハルは“止める”。わいは“削る”。核の露出を狙う」
「止めるって?」
「盾や。守護神の一撃、受け止めて隙を作れ」
守護神が踏み込む。
光の剣が振り下ろされる。
ハルは前に出た。
ハンマーを横にして受ける。
「ぐっ……!!」
衝撃で腕が痺れる。
でも、折れない。
秋星の詠唱が走る。
星屑の弾幕。小さな光が守護神の鎧を叩き、火花のように散る。
守護神は一歩下がり、次の一撃。
今度は横薙ぎ。星屑が視界を奪う。
「見え――っ」
ハルの目の前が白くなる。
次の瞬間、肩口をかすめた光が熱と痛みを残した。
体力ゲージが目に見えて削れていく。
(やば……だめ、まだ……)
もう一撃、来る。
避けきれない。
ハルは歯を食いしばって、ハンマーを前に出した。
受けた瞬間、腕が痺れて膝が沈む。
「……っ、重……!」
息が詰まる。
怖さが喉まで上がってきて、胸がぎゅっとなる。
その時、ハルの口から――泣きそうな声が漏れた。
「あたしね……」
星屑で霞む視界の向こうに、秋星がいる。
必死に詠唱して、状況を作ろうとしてくれている。
ハルは震える声で言った。
「あたしね、ぜつーったい、秋星に必殺技取ってもらうんだ。だから負けないよ!
…支援頼んだよ、秋星」
秋星の指が、一瞬だけ止まった。
(……っ)
胸の奥が、きゅんと鳴る。
たった一言で、背中を押された気がした。
「……任せぇ」
返事は短い。
でも、いつもより少しだけ柔らかかった。
秋星の詠唱が速くなる。
星屑が舞い、守護神の視界が一瞬揺れた。
「今や、ハル!」
守護神の胸の紋章が開き、青い核が一瞬露出する。
ハルは踏み込んだ。
全身の力をハンマーに乗せる。
「うぉぉぉ!!」
「どおおん!!」
核に直撃。
青い光がひび割れ、守護神が膝をついた。
「……認める」
その声と同時に、星屑が爆発的に舞う。
視界が白く塞がれ、呼吸が止まる。
秋星はその瞬間、最後の詠唱を解き放った。
星屑が“攻撃”ではなく“円”になる。
光が盾の形を作り――しかし、その盾は見えない。
「……星に散った守護神」
星屑が静かに落ち、広場が暗闇に戻る。
守護神の像は元の石へ戻り、胸の紋章だけが淡く光って消えた。
――クエストクリア。
次の瞬間。
無数の星屑が、二人の上に降り注いだ。
攻撃じゃない。痛みもない。
ただ、静かな光の雨。
ハルは息を呑んで、顔を上げた。
「……綺麗だねえー」
その言い方が、子どもみたいで。
でも、さっきまで必死に耐えていたのを知っているから、余計に胸に来る。
秋星は少しだけハルの方を向いた。
心の中で、そっと思う。
(……やっぱ、ええ子やなぁ)
言葉にはしない。
言葉にすると、何かがこぼれそうで。
秋星はほんの少し切ない顔をしたまま、目の前に浮かぶ通知を見る。
【必殺技を獲得しました:星に散った守護神】
秋星は小さく息を吐いた。
「……取れたで」
ハルが振り返って、満面の笑みになる。
「やったぁ!秋星、やったよ!」
星屑が二人の肩に落ちて、静かに光って消える。
その光だけが、今の気持ちを代わりに言っているみたいだった。
二人はゲートへ向かって歩き出す。
外の夜が、いつもより少し近く感じた。
一週間後。
花言葉とのチーム戦。
ハルはハンマーを握り直して、小さく呟く。
「……ひまわりちゃん。絶対、楽しい勝負にする」
秋星は前を見たまま言った。
「勝って、楽しく終わらせよ」
星屑の遺跡を抜ける二人の背中に、光がひとつ、遅れて落ちた。
ギルドハウス前の灯りが、四人の影を長く伸ばしていた。
扉の前に立つローズは、まるでそこが自分の庭であるかのように落ち着いている。
「こんばんは。突然の訪問、失礼しました」
丁寧な一礼。
声も表情も乱れない。
なのに、空気がきゅっと引き締まる。
ポルが一歩前に出る。
「……用件は?」
ローズは淡々と頷いた。
「練習試合を申し込みに来ました。チーム戦で」
秋星が「えっ」と声を漏らし、スノーは目を細める。
「練習、試合……?」
ポルが眉を寄せる。
「練習って言葉、軽くないか?」
ローズは煽らない。煽る必要がないという態度で、短く言った。
「公式戦の本戦と同じで。」
その一言が、やけに重かった。
ハルはハンマーの柄を握り直す。
胸がきゅっとなるのに、目はきらきらしていた。
その時。
ローズの少し後ろ――影から飛び出すように、元気な声が割り込む。
「おーっ!お前あの時のハンマーか!
ハンマーちゃん、よろしくなぁ!」
声の主は、太陽みたいに明るい気配。
花言葉の近接職、ひまわりだった。
ハルは一瞬きょとんとして――次の瞬間、笑顔になる。
目が宝石みたいに光って、前のめりに名乗った。
「わたしは、ハル!ハンマー使いのハルだよ!」
ポルが横でぼそっと呟く。
「……ハンマー使いって、職名みたいに言うな」
秋星がすかさず肩を叩く。
「それ、今言う?w」
スノーは小さく笑った。
「……いいじゃない。分かりやすいわ」
ひまわりはハルのハンマーを見て、さらに目を輝かせる。
「ええやん!めっちゃええやん!
うち、花言葉のひまわり!格闘家や!近接同士、燃えるなぁ!」
「格闘家!?パンチでモンスター殴るの!?」
「殴るで!蹴るで!気弾も撃つで!」
「えっ、気弾!?なにそれ!かっこいい!!」
「ハンマーも相当かっこええって!」
会ったばかりなのに、距離が近い。
もう友達みたいに笑ってる。
ポルは目を細めた。
「……なんで意気投合してんだよ」
ハルは振り返って、にっこり。
「だって、ひまわりちゃん、いい人だもん!」
「おお~!ハンマーちゃんも、ええ子や!」
秋星がニヤニヤする。
「近接は言葉より拳で通じ合う、ってやつやな」
スノーは肩をすくめる。
「平和……ではないけど、悪くないわね」
ローズは雑談を止めない。
止める必要がないと分かっているからだ。
「では、日程を。――一週間後で。場所は公式の練習闘技場。
地形は当日抽選で構いませんか」
ポルが腕を組む。
「……話が早すぎる」
ローズは淡々と答える。
「必要なことだけを決めます。無駄は好みません」
その冷静さに、逆に誠実さがにじむ。
ハルが一歩前に出た。
胸の奥が熱くなる。
「……わたし、負けないからね!」
――言った瞬間、ハルは自分の口を押さえる。
気合いのはずなのに、なぜか涙が出そうな感覚が湧いた。
(あ、これ、やばい。泣きそう……)
危険な言葉が漏れかける。
「あた――」
ポルが即座に顔を上げた。
「お前いま、“あた”って――」
ハルは慌てて両手をぶんぶん振る。
「ち、違う!違うの!
……あたしはあたぢじゃない!……いや、泣きそうな時だけ“あたぢ”になっちゃうんだけど!
わたしの脳内で“警告音”鳴った時の癖みたいな――!」
ポル「何の話だよ!!」
秋星「説明うまいの腹立つわw」
スノーが小さく笑って言った。
「はい、死亡」
「なんで!?まだ何もしてないのに!」
ひまわりは楽しそうに拳を鳴らした。
「ええやん!その気合い、好きや!
わかった!全力で勝負しよな!」
ローズはもう一度、丁寧に一礼した。
「では、一週間後。よろしくお願いします」
花言葉の二人は、まるで散歩の帰りのように優雅に背を向ける。
ひまわりは最後まで元気に手を振った。
「またなー!ハンマーちゃん!」
「またね!ひまわりちゃん!」
扉の前に残った春夏秋冬は、しばらく無言だった。
秋星がぽつり。
「……受けるしかない空気、できたな」
ポルは深く息を吐く。
「……ああ。受ける」
スノーが頷く。
「一週間。短いけど、やるしかないわ」
ハルはハンマーを握りしめて、目をまっすぐにした。
「いけるっしょ!」
ポルが反射で返す。
「だから違うって!」
⸻
それから一週間。
両チームはそれぞれ特訓に励んだ。
春夏秋冬は狩りの合間に連携の確認。
スノーは回復と支援の“最短手”を詰め、ポルは受け流しとカウンターの間合いを対人用に研ぎ直す。
ハルは、ひたすら叩いた。叩いて叩いて、叩き疲れて叩いた。
その努力は確かに形になっていく。
だが、ひまわりの背中はまだ遠い。
秋星が言う。
「ハル、伸びてる。けど……ひまわりは、近接の“質”が違う」
ハルは悔しそうに唇を噛んだ。
でも、目は折れていない。
「……うん。だから、もっとやる」
その差を少しでも埋めるために、ハルは猛特訓を続けた。
そして――秋星だけは、明らかに違う方向を向いていた。
夜のギルドハウス。
秋星は机の上に魔導書を広げ、星図みたいなスキルツリーを睨んでいる。
「……間に合わすには、これしかない」
新しい必殺技。
その名も――星に散った守護神。
小さな星屑が大量に舞い、敵を細かく削る。威力は小さい。
だが数が多く、視界を一瞬塞ぐ。
その隙に、味方一人へ“どんな攻撃も一回だけ防ぐ見えない盾”を付与する。
誰に付与したのかは、敵にも味方にも分からない。
――戦場での混乱を、味方の保険に変える技。
ただし、多段攻撃にはほぼ意味をなさない。
星屑の攻撃自体も、近い属性の攻撃魔法があるため、フェイントにも使える。
秋星は静かに言った。
「ひまわりの突撃を、一回だけ止める。
それができたら、ハルが殴れる」
ポルが腕を組む。
「取れるのかよ、それ」
秋星は目を逸らさない。
「取る。
……でも条件がある」
“星の守護神”を倒さなければならない。
しかも二人限定クエスト。
そして、最悪の制約。
――刀は通らない。
――銃も効かない。
スノーが冷静に結論を出した。
「ハルのハンマーなら通る。
秋星の魔法も通る。――二人で行くしかないわね」
ハルは「わたし!?」と一瞬目を丸くしたが、すぐに笑った。
「うん!行く!」
ポルが反射で言う。
「待て。危な――」
スノーが淡々と遮る。
「必要よ。秋星の新技は、チーム戦の鍵になる」
ポルは言葉を飲み込み、最後に短く言った。
「……無茶すんな。死ぬなよ」
ハルは胸をどん、と叩く。
「わたし、死なない!」
秋星は立ち上がり、軽く手を振った。
「ほな、行こか。ハル」
⸻
クエストゲートは、夜空みたいに暗い青だった。
入った瞬間、景色が変わる。
そこは、星が降っている遺跡。
空ではなく、天井のない“闇”に、星屑が静かに漂っている。
足元は白い石畳。
時々、星の欠片みたいな結晶が埋まっていて、踏むと小さく光った。
ハルが小声で言う。
「……綺麗」
秋星は周囲を見回し、短く言った。
「守護神は中央の円形広場におる。
道中も安全ちゃう。星屑が“視界”を奪う罠や」
「視界を奪う……?」
「そう。お前が一番苦手なやつ」
ハルはむっとした。
「苦手じゃないよ!」
秋星がにやりとする。
「なら証明し。ここで」
進むと、星屑が急に濃くなる。
目の前が一瞬、白く霞んだ。
「うわっ!」
足元がずるりと滑る。
ハルが転びかけた――が、すんでのところでハンマーを地面に叩きつけて体勢を戻す。
「……っし!」
秋星が頷く。
「今の、ええ」
ハルは胸を張る。
「ほら!成長してる!」
その時、星屑の中から“影”が飛び出した。
星屑でできた狼の魔物が二体。
秋星が指を鳴らす。
「先に雑魚や。行けるか?」
「いけるっしょ!」
「……言うな」
秋星のツッコミが一拍遅れる。
ハルはハンマーを振り上げ、片方の狼へ叩き込む。
「どーん!!」
鈍い音。星屑が弾けて散る。
だが狼は消えない。星屑がまた集まり、形を戻そうとする。
「えっ、復活する!?」
秋星が冷静に言う。
「核がある。胸の奥、青い光。そこ潰せ」
「りょーかい!」
ハルは踏み込み、狙いを胸へ。
「どすん!!」
青い光が割れて、狼はほどけるように消えた。
もう一体が秋星へ飛びかかる。
秋星は後ろへ下がりながら、星のような光弾を連射する。
「……散れ」
狼の形がぐらつく。
――が、狼は“消えるふり”をした。
星屑が薄く広がり、視界が白く霞む。
「っ、目くらまし!」
ハルが反射で前に出る。
「秋星!後ろ!!」
狼が秋星の死角から噛みつこうとする――
ハルはハンマーを地面に叩きつけて跳ね上げ、回転しながら横薙ぎ。
「せーのっ!」
「どん!!」
狼の核が砕け、完全に消えた。
秋星は短く息を吐いた。
「……今の連携、ええやん」
ハルは鼻の頭をこする。
「えへへ」
その笑顔が、少しだけ自信に変わっていた。
⸻
中央の円形広場。
そこだけは星屑が“静か”だった。
まるで舞台の幕が上がる前の沈黙。
円の中心に、石の像が立っている。
騎士の姿。胸に星の紋章。目は閉じられたまま。
秋星が一歩踏み出す。
「来るで」
像の目が開き、星の光が溢れた。
広場が昼みたいに明るくなる。
同時に、空から星屑が降り注ぐ。
「……侵入者」
声が、頭の中に直接響いた。
星の守護神。
ハルが喉を鳴らす。
「……でっか」
守護神は剣を抜く。
その剣は“光”でできている。
振るうたびに星屑が舞い、視界が白くなる。
秋星がハルに言った。
「役割、決める。
ハルは“止める”。わいは“削る”。核の露出を狙う」
「止めるって?」
「盾や。守護神の一撃、受け止めて隙を作れ」
守護神が踏み込む。
光の剣が振り下ろされる。
ハルは前に出た。
ハンマーを横にして受ける。
「ぐっ……!!」
衝撃で腕が痺れる。
でも、折れない。
秋星の詠唱が走る。
星屑の弾幕。小さな光が守護神の鎧を叩き、火花のように散る。
守護神は一歩下がり、次の一撃。
今度は横薙ぎ。星屑が視界を奪う。
「見え――っ」
ハルの目の前が白くなる。
次の瞬間、肩口をかすめた光が熱と痛みを残した。
体力ゲージが目に見えて削れていく。
(やば……だめ、まだ……)
もう一撃、来る。
避けきれない。
ハルは歯を食いしばって、ハンマーを前に出した。
受けた瞬間、腕が痺れて膝が沈む。
「……っ、重……!」
息が詰まる。
怖さが喉まで上がってきて、胸がぎゅっとなる。
その時、ハルの口から――泣きそうな声が漏れた。
「あたしね……」
星屑で霞む視界の向こうに、秋星がいる。
必死に詠唱して、状況を作ろうとしてくれている。
ハルは震える声で言った。
「あたしね、ぜつーったい、秋星に必殺技取ってもらうんだ。だから負けないよ!
…支援頼んだよ、秋星」
秋星の指が、一瞬だけ止まった。
(……っ)
胸の奥が、きゅんと鳴る。
たった一言で、背中を押された気がした。
「……任せぇ」
返事は短い。
でも、いつもより少しだけ柔らかかった。
秋星の詠唱が速くなる。
星屑が舞い、守護神の視界が一瞬揺れた。
「今や、ハル!」
守護神の胸の紋章が開き、青い核が一瞬露出する。
ハルは踏み込んだ。
全身の力をハンマーに乗せる。
「うぉぉぉ!!」
「どおおん!!」
核に直撃。
青い光がひび割れ、守護神が膝をついた。
「……認める」
その声と同時に、星屑が爆発的に舞う。
視界が白く塞がれ、呼吸が止まる。
秋星はその瞬間、最後の詠唱を解き放った。
星屑が“攻撃”ではなく“円”になる。
光が盾の形を作り――しかし、その盾は見えない。
「……星に散った守護神」
星屑が静かに落ち、広場が暗闇に戻る。
守護神の像は元の石へ戻り、胸の紋章だけが淡く光って消えた。
――クエストクリア。
次の瞬間。
無数の星屑が、二人の上に降り注いだ。
攻撃じゃない。痛みもない。
ただ、静かな光の雨。
ハルは息を呑んで、顔を上げた。
「……綺麗だねえー」
その言い方が、子どもみたいで。
でも、さっきまで必死に耐えていたのを知っているから、余計に胸に来る。
秋星は少しだけハルの方を向いた。
心の中で、そっと思う。
(……やっぱ、ええ子やなぁ)
言葉にはしない。
言葉にすると、何かがこぼれそうで。
秋星はほんの少し切ない顔をしたまま、目の前に浮かぶ通知を見る。
【必殺技を獲得しました:星に散った守護神】
秋星は小さく息を吐いた。
「……取れたで」
ハルが振り返って、満面の笑みになる。
「やったぁ!秋星、やったよ!」
星屑が二人の肩に落ちて、静かに光って消える。
その光だけが、今の気持ちを代わりに言っているみたいだった。
二人はゲートへ向かって歩き出す。
外の夜が、いつもより少し近く感じた。
一週間後。
花言葉とのチーム戦。
ハルはハンマーを握り直して、小さく呟く。
「……ひまわりちゃん。絶対、楽しい勝負にする」
秋星は前を見たまま言った。
「勝って、楽しく終わらせよ」
星屑の遺跡を抜ける二人の背中に、光がひとつ、遅れて落ちた。
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