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第一章 木嶋真奈の日記より抜粋①

第十八話 思い出したところで、何もないんだろうけど

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 待て待て待て待て。落ち着け。落ち着こう一旦。
 後頭部に鋭い痛みが走る。触ると血が出ていた。しかし、とりあえず軽く皮膚が切れているだけのようで、出血も気にするほどではない。めまいや吐き気といった症状は……。
 うん、大丈夫。あとで病院に行くとして、現在動作に支障はない。
 よし、状況を整理しよう。
 まず、時間だ。スマホは17:58を指している。まだ三十分も経っていない。私の仕込みナイフは軽い麻酔薬が塗られている。あの悠斗を連れて行った方は、薬が効いていればかなり動きに制限がかかるはず。となると、そこまでの距離は移動できていないはずだ。
 次に、問題となるのは、敵の技量、だ。正直、私の詰めが甘かった。まさかここまでの実力の人間が、二人もこの事件に関わっているとは、想像もしていなかった。はっきり想定外だ。この先追って、犯人を見つけたとして、片方が手負いでも勝てるかどうかも怪しい……。
 因みに今頬に謎の液体が伝っているが、これは悔し涙などでは断じてない。汗。汗である。うん、汗でしかない。あ、汗だからな!
 だめだ、気持ちで負けるな、真奈よ。お前はこの大学No.2のアサシンだ。少なくとも一対一なら負けない自信もある。最悪片方は仮死にすれば……、可能性は、ある。
 よし!
 
「もしもしカルビ!」
『はいよ』
「私が言いたいこと、わかるよね」
『まあ、ね。一人前追加で。いい?』
「うん。蒔田悠斗の現在地を、知りたい」
『りょーかい。……ところで、さ』
「何?」
『プラスで何か注文する気は……、ない?』
「……口止め、か……」
『そゆこと~』
 
 情報屋は一般人が考えるより遥かに多くのデータを仕入れ、信憑性の高いモノを抽出している。そしてその中には、誰かどうしても世に出回ってほしくない、と思う情報もあるだろう。そういった場合、情報屋に追加注文という形で肉以外のアラカルトの注文により、口止めが可能なのである。手芸サークルも、その誰かに含まれ、その活動の詳細は一月につき飲み放題一人分で口止めしている。
 ところが、この口止めには知る人ぞ知る抜け道がある。口止め分で支払わられた金額より高く追加注文をすると、口止めされている情報をこっそり教えてくれるという、なんとも恐ろしいルールである。
 
「……いくら?」
『ふふん、さってね?』
 
 私も抜け道を使うのは初めてなのだが、おそらく一発で口止め料を超えることが条件なのだろう。しかし、大丈夫。私にはパトロンが付いている。むしろ、ここで聞き出せないと、金銭的に私が困る!
 ここは、迷わずいっちゃん高いのを行くべきだ!
 
「人気の四種盛り! どうだ……!」
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