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7話  これはピンチでは……!?

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次の日。
一睡もできなかった。寝不足で頭が痛い。
鏡を見ると目の下に隈ができてしまっている。
これは不味い。旦那様のことだ。何があったか聞いてくるに違いない。
そうしたら誤魔化せる気がしない。
薄くメイクしよう。隈を隠すぐらいで。そのぐらいなら旦那様も気付かないだろう。
身支度を終え、旦那様を起こしに行く。
昨日帰って来たのも遅かったし、起こすのに苦労するだろう。
そう思っていたのだが。
 
「旦那様。おはようござい……。」
「ああ、おはよう。」
 
扉を開けると身支度を終えた旦那様がいた。
思わず時計を確認する。時間はいつも通りだ。わたしが遅刻したわけではない。
 
「ず、ずいぶん早いですね。いつもなら寝てらっしゃるのに。」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあってな。」
「…なんでしょう?」
 
そこで旦那様が近づいてくる。真剣な表情。昨日の表情が蘇り、思わず後ずさりする。
しかし旦那様は止まらず、壁に追いやられ、顔の横に手を置かれた。
これは壁ドン……!?一瞬頭をよぎるが、そんな余裕はすぐに消し飛ぶ。
近い。また心臓がバクバクする。
顔が熱くなる。不味い。
 
「だ、だんなさま……。近いです…。」
「何故逃げる?」
「…いや、そんな表情で来られたら誰でも逃げると思います。…あと、こういうことを執事にすると誤解される恐れがありますよ。」
 
声が震えそうになるのを堪えながら言葉を絞り出す。早く離れて欲しい。
顔を上げてられず、下を向く。
暫くすると旦那様は小さく息を吐いて離れた。
思わずこちらも息が漏れる。
 
「すまない。ちょっと考え事をしていてな。」
「だ、大丈夫です。……頼みたいこととはなんですか?」
「人探しをしてほしい。」
 
収まりかけた心臓がまた跳ねる。
 
「昨日、女性とぶつかってしまってな。お詫びをしようと思うのだが、どこの人かわからないのだ。」
 
やはり、わたしのことだ。だが、お詫びか……。そんなのいらないし、何ならそのまま忘れて欲しい。
どうにか諦めてもらえないかと考える。
 
「ぶつかったお相手は怪我をされたのですか?」
「いや、転んだりはしていないから怪我はないはずだ。」
「怪我をしていないのならそこまで気にされる必要はないのでは?お相手も気にして無いかもしれませんし。」
「いや、俺の気が収まらん。それに……。」
 
そこまで言ってまたこちらを見る。
 
「いや、とにかく探してほしい。レイジならすぐに見つかるはずだ。」
 
これは今までのことを考えると諦めてくれなさそうだ。どうしよう。
 
「わたくし、人探しは専門外なのです。お力沿いにはなれないかと…。」
「レイジならわかる。まるで月下美人のような女性だ。」
 
ああ、もうこれは諦めてもらえない。というか月下美人……。確か夜に咲く香りの強い花だったな……。わたしが……?確かに香水つけていたけど…そんなに強いやつではないし。もしかして違う人か?
いや、そんなに何人もぶつかるか?それに今までの流れなら全員にお詫びとか言うと思うし…。
と、思わず考え込んでいると、名前を呼ばれる。
 
「は、はい。」
「頼んだぞ。」
 
説得できなかった。というかそもそも詳しい身なりを聞いていない。
 
「いや、旦那様!それだけでは流石に探せませんよ!もっと見た目を詳しく教えていただかないと…。」
「レイジならわかるだろう。」
 
なぜそんなことを言えるのだろうか。
まさか……?



 
「さあ、食事の時間だ。行くぞ。」
 



ばれている……!?
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