碧天のノアズアーク

世良シンア

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ダスク・ブリガンド編

7 訓練と暗殺

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※グロテスクな表現含まれますので、苦手な方はご注意下さい。



side 八神秀 

「掌に氣を練り上げることに集中しろ。……そう、そう……いい感じだ」

エルの構えた右手からは白氣が発せられ、球体状の物体へと形を変えていく。いわゆる氣弾ってやつだな。

氣弾はそいつの氣に関連する熟練度を見極める上で、最もわかりやすい指標だ。氣を練り上げる力が高ければ高いほどにその威力は増す。

世間一般的には氣弾は大きければ大きいほどに強いと言われてるらしいが、実際はそうじゃねぇ。例えば米粒程度の大きさだろうと、練り上げる能力が高い者なら、そこらにある一本の木を簡単に破壊できる。

とは言っても?あまりに小さすぎるとそこに込められる氣の量は減っちまうわけだから、結局ある程度の大きさがないと実戦では使えない。それに氣を練り終わる時間が短ければ短いほどに、実戦で登用しやすい。

……ま、氣弾は氣の消費が激しいから普通はある程度しか連発できないがな。

「よし。じゃああの木に向かって放ってみろ」

ある程度の大きさになったエルの氣弾が、掌から勢いよく放たれた。だが、目の前の木に着弾することはなく近くの地面へと当たった。そこには直径一メートルほどの穴が形成された。ちなみにこれで十個目になる。

「はぁはぁはぁ……また、ダメ、でした……」

エルは肩で息をしながら上体を曲げ、片側の膝に手をつけた。そしてもう片方の腕でたらたらと額から噴き出る汗を拭っている。

氣弾はその性質上コントロールが極めて難しく、消費する氣の量も比較的大きなことから、何度も何度も撃てるような代物でもない。これを極めたいのならそれこそ血の滲むような努力が必要となるだろう。

だがエルは支援氣術を行使してきたおかげもあってか、氣を制御する能力は人並みよりも高いみてぇだな。

支援氣術は支援対象を指定するという特性上、誰に何をかけるのかが重要になる。指定する対象が激しく動いていたとしても、その正確な位置に氣術を行使しなければならない。そこで必要になってくるのはやはり氣をコントロールする能力といえる。だからこそエルは自分でも気づかないうちに氣を制御する方法を身体に染み込ませているんだろう。

始めたばかりでここまでできる奴はそうはいない。

「いや、かなり良くなってるぞ。初めの方に撃った氣弾と比べれば、命中している場所が標的にかなり近くなってるからな」

普通ならたかだか十発撃った程度ではこうもうまくいくことなんてない。下手をすれば氣弾を放つ前に自身の掌付近で爆発し、最悪命を落とす危険性もある。

「それに一度も休まずに十発も撃ち続けるとはな。正直驚いた」

この調子なら氣弾をある程度実戦で使えるようにはなるまで、そう時間はかからねぇかもしれねぇな。

「はぁはぁ……あ、ありがとう……ござい、ます……」

エルは足裏に地面を付け、なんとか立ちあがろうとするも、腰を曲げ両膝に手をついた状態で苦しそうに呼吸を繰り返す。汗がぽたぽたと顎先から垂れていた。

どうやらこちらに顔を向けられないほどに疲れ切っているみてぇだ。

今日はここまでにすっか。

「今日はこれで終わりにするぞ。一度に詰め込みすぎても……おっと」

エルに近づきながら声をかけると、エルは突然重心を後方へと倒した。俺はすぐにその身体を支え、地面に倒れ込まないようにした。どうやら気絶してしまったようだ。

「こりゃぁだいぶ無理をさせちまったな。……良く頑張った」

俺は汗ばんだ顔で細かく息をするエルを抱きかかえ、心からの賞賛を送った。






side 九条湊

「……これで俺の十勝だ。勝負ありだな」

俺は木刀を地面に突き立て、倒れ込んでいたカズハに手を差し伸べる。カズハの斜め後ろには俺と同様の木刀が落ちている。その木刀には無数の傷が刻まれていた。

「もー、なんでいつも勝てないのかなー。十回勝負で一回も勝てないなんてことあるー?」

不満をもらしつつ俺の手を取り立ち上がるカズハ。俺の一撃で吹き飛んだ木刀を拾い、自身の目の高さに持ち上げた。

「見てよこの刃こぼれの多さ。よく折れなかったなーって感心しちゃうよ」

「初めの頃はあっさりと折れていただろう。その頃に比べれば随分と上達した」

俺は木刀を再び握り、その刃先をカズハに見せる。

「見ろ。俺の木刀にも僅かだが傷がある。これもお前の刀術の熟練度が上がってきている証拠だ」

「それはそうかもしれないけどさー……やっぱり一度でいいから湊に勝ちたいんだよ」

「その気持ちはわからんでもない。俺もそう思っていた時期があったからな」

「え?湊でも敵わない傑物がいたの?!」

信じられないと言いたげな顔をするカズハ。

どうやら俺は柄にもなく感傷に浸ってしまったらしい。

「……まあな。と言っても子供の頃の話だが」

「へぇー。その人ってどんな人だったか聞いてもいい?」

「あいつは……輝夜は俺や秀の友であり姉のような存在だった。歳はひとつしか違わないがな。だが当時の俺は、輝夜に刀術で一度も勝てなかった」

今のように氣術無しの一対一で行う純粋な刀術勝負だ。力、スピード、判断力、反射神経……どの点においても俺は輝夜に劣っていた。

「輝夜は誰もが認めるほどの戦いの天才だったからな。特に刀術は群を抜いていた」

「ただでさえ強すぎる湊よりさらにその上をいく人間がこの世にいるなんて……とても信じられないよ」

この世に、か……。

「そうだな。もしかしたら今の俺なら勝てるかもしれないな」

「その勝負私も見てみたいなー。本気の湊の戦い振りが見られるかもしれないし」

「ふっ……。との勝負など到底不可能だがな」

「……!」

俺の乾いた笑いとその予期せぬ言葉に、カズハは途端に顔をこわばらせた。先ほどまでのウキウキした様子はどこにもない。それもそうか。まさかもうとっくに死んでいるとは思わなかっただろうからな。

「っ……ごめん。無神経だった」

「謝る必要はない。輝夜の話を持ち出したのは俺自身だからな」

……この話をするのは賢明ではなかったか。

少しばかり肌寒い風が吹き抜ける。その間俺たちはただただその場に立っていた。周囲はなんともいえない空気に包まれている気がした。

「ミナト、カズハ。辺りも少し暗くなってきた。そろそろ宿に戻ったらどうだ?」

風に揺れる木々の微かな音のみが支配するこの空間に、ようやく新たな音が響き渡る。今まで寝ていたであろう紫苑のものだ。紫苑はこの微妙な空気を瞬時に察し、助け舟を出したのかもしれないな。

「ああ」
「そう、だね」

紫苑の提案で膠着した状態を抜け出せたかと思ったが、カズハは宿に戻りそれぞれの部屋に入るまで、終始その顔に影を残していた。





side シン=オーガスト

アオはなんか好きな食べ物ってないのか?」

大帝国グランドベゼルの東に生い茂る森の中、俺と兄さん、そして秀の式神である蒼の三人で、ある依頼をこなしていた。この依頼は端的にいえば護衛任務だ。

冒険者が受注する依頼には魔物の討伐がダントツで多いが、今回のような護衛・護送系のものも割とある。少数でと書かれていたため、最初は俺と兄さんだけで十分だと言ったのだが、相も変わらず秀と湊の過保護ぶりが発動し、大丈夫だと言い張る兄さんと絶対にダメだと頑に態度を変えない秀たちとで言葉の応酬が勃発した。

俺はもちろん兄さんに賛成派だった。カズハとエルはといえば、この論争をただただ見守っていた。

開始から数分ほど経ち、結局は秀の式神を一体同行させることでその場は収まった。

「吾輩の好物……熟考したこともありませぬが……強いて言うのであれば……焼き魚やもしれませぬ」

「魚かー。俺はどっちかと言えば肉の方が好きだな。シンはどっち派?」

「………魚」

本当は兄さんと同じで肉だと言いたかったが、そうなれば俺は兄さんに嘘をついたことになる。些細なことだとしても兄さんに嘘をつくことなど、俺には簡単にできることではない。

「結構悩んだな。つまりシンはどっちも同等に好き派だったってことか」

「お、おい!アンタら。し、しっかり護衛してくれよな。た、高い金払って、い、依頼したんだからよ!」

馬車の中から目の下にクマをつけた顔が現れた。オドオドとしながら雑談をしていた俺たちを注意した。

「あー、悪い。気をつける」

「ったく。こ、こ、ここれだから未熟で新米の冒険者に、た、た頼みたくはなかったんだ」

……なんだ?この愚物は……?

「そ、そそそれに、そこの亜人!」

「吾輩が何か?」

「あ、亜人なんて所詮は、お、お、俺たち人間の劣等種なんだ。の、の、の呑気に喋ってないでしっかり働きやがれ!」

正確には蒼は亜人ではないが、ここの人間からすれば蒼の見た目は亜人とかなり似通っているようだ。

「成程。それは失敬」

「わ、わかればいいんだ。わかれば……」

そう言った貧弱な男は馬車の中へと戻っていった。

「……兄さん。あれ、殺していいか?」

「正直言えば、オレも息の根止めてもいいんじゃ……?とは思った。蒼を罵りやがったんだからな。けどダメだ。これはオレたちが責任を持って受けた依頼だ。なら最後までやり遂げなきゃならない」

兄さんがそう言うのなら仕方がない。仕方がない、が……そのうち死なない程度にそれ相応の罰は与えてやろう。

「ふむ。あの人間の面様おもようから察するに、なにやら誰かに狙われる覚えがあると見受けられる」

蒼は先程の言葉を気にすることなく、冷静な観察から得られた自身の推測を話した。

「だな。けどまあ、どんな刺客が何人来てもこの三人ならなんの問題もないさ。なんならオレのもあるしな」







森に入ってからかれこれ数時間が経過し、辺りは少し暗くなった。ひんやりとした風がほのかに吹き抜けている。

「そろそろ進むのはやめて野宿の準備をしましょう。ガダゲール様もそれで宜しいでしょうか」

「そうだな。オレたちもそれでーーー」

「いいや!ダメだ!!」

俺たちが護衛していた馬車を操っていた御者の提案を兄さんが呑もうとした途端に、あの男が声を張り上げて拒否した。

「ガ、ガダゲール様…?もう辺りが暗くなってまいりました。夜の森は危険でございます。無闇に進むよりは明日を待つ方がーーー」

「う、ううるさい!お前はただの従者だろ!しゅ、主人である僕に逆らうんじゃない!」

「……かしこまりました。すみませんが、冒険者の皆さんもそれで宜しいでしょうか」

部下の諫言を考慮しないとは……コイツは主の器ではないな。

俺には関係のないことだが。

「別に構わないけど」

「本当に申し訳ないです」

「おい!は、は、早く馬車を進めろ!ぼ、僕は一刻も早くおうちに帰りたいんだ!」

「かしこまりました!……では引き続き護衛のほどよろしくお願いします」

御者はすぐに馬車へと戻り手綱を引いて馬車を走らせた。誰かの氣術により馬車の周りは明るくなっており、視界の方は近場ならば問題がなさそうだ。

「あの御者も大変だなー。上に立つ者がああもへっぽこだと、下にいる者の苦労が絶えないのも当然だ」

「吾輩は秀の主がこのように素晴らしき御方々であったこと、大変誇り高い」

「お!いいこと言うじゃん、蒼ー。すげー嬉しい」

「ふむ。吾輩は至極当然のことを述べたまで。……む?」

ピクピクと耳を動かし辺りを見渡し始める蒼。蒼は式神の中でも特に聴覚に優れている。これは神仙族たる俺たちも持ち合わせない体質だ。

「どうした?蒼」

「何やら後方から微かに葉がさざめく音が致した。風に揺れた音とは別の何か……しかしそれはすぐに消滅……何かあるやもしれぬ」

「蒼が言うなら間違いないはずだ。二人とも気を引き締めろ。オレも眼をーーー」

「な、なんだよお前!……っや、やめーーー」

「な、何事ですか?!」

突如馬車の中から護衛対象の甲高い悲鳴が聞こえてきた。続いて御者の困惑した声が辺りに散っていく。御者は事態を確認するためか、すぐさま急ブレーキをかけた。

馬の鳴き声とともに馬車は止まったが、中からあの男の声は聞こえはしなかった。このような雑な止まり方をすれば、あの男はすぐに文句を言うはずだからな。だが、それがないということは……。

「……マジか」

停止した馬車の中を確認した兄さんはその惨状に絶句していた。中には人の影などどこにもなく、車内の床や壁中に肉片と血痕が飛び散っていたからだ。

とてもそれを集合させて元の姿に戻すには、あまりにも原型がなさすぎた。惨たらしいその光景を見た御者は、よほど衝撃的だったのか泡を吹いて倒れた。

そして兄さんが扉を開けたことにより、内部に充満した血生臭いにおいが車内から吹き出している。

正直コイツがどうなろうとどうでもいいことだが、コイツを殺した奴の気配を微塵も感じなかったのは留意すべき点だ。

殺気があれば迅速な対応ができたが、あの男が雄叫びを上げるまで……いや、殺されるまで刺客の殺気を感じ取れはしなかった。完全なる無の心でただただ任務をこなしたということになる。まるで機械のようにな。

それでも唯一刺客を捉えることを可能にしたのは蒼の桁外れに鋭敏な聴覚だ。とはいえそれさえも途中で捕捉することはできなくなったが……。

要は普通の方法で感知することは不可能であり、非常に優れた感覚を持つ者でも捉えられない、それなりに厄介な相手というわけだ。

「ふむ……吾輩たちの目を掻い潜りターゲットを手際よく始末するその手腕、実に見事」

蒼は自身の顎を撫でながら悲惨な車内をまじまじと見つめ、刺客に賛辞を送った。

「……とりあえずEDENに戻ってこのことを報告しよう。これはたぶん、アクロポリスで起きたあの事件と同じものだろうからな」







side オスカー=レナード

『ガチャッ』

「久しいなグレン。俺としては後輩に頭を下げるようなマネをしたくはないんだが……どうもそうは言ってられない状況でなぁ……悪いが力を貸してもらうぞ」

「オスカーさん。俺はもう大帝国師団の一員ではなくこのギルドのトップに立つ男なんだ。いくら師団員時代の先輩といえど、しっかりと手続きをとってから訪ねてきてもらわないとだな……」

「ガッハッハッ。固いことを言うな。今度パーッと酒でも飲んで昔語りでもしようじゃないか」

グレンは呆れた様な顔をし、部屋の右側に置かれたソファーへと座った。

「それで、要件は?」

グレンは俺の誘いをあっさりと無視し、早く本題に入れと言わんばかりの物言いだ。

……相変わらずのこの態度。実に懐かしいではないか。

俺はグレンの真向かいにドサっと音を立てて座った。

「ほう。いい座り心地だ。俺の部屋にもひとつ欲しいぐらいだ」

「……」

「ガッハッハッ。そう睨むな。俺のこのような戯れはいつものことだろ?……とまあお遊びはこれくらいにして、本題に入るとしよう。帝都で起きている例の事件は知ってるな?」

「ああ。聞くところによればかなり惨たらしいものなんだろ?」

「その通りだ。俺たち第三師団だけでなく陛下直属の裏部隊……近衛衆にも調査に加わってもらったが一向に進展しなくてなぁ」

「それで?なぜ俺のところに来たんだ?俺は探知系の術は得意ではないんだが……」

もちろん知っている。グレンは完全なる戦闘特化のアタッカーだ。グレンが師団員に成り立ての頃で俺の次に強かったんだからなぁ。だが俺が頼りたいのはそこじゃない。

「少し視点を変えてみることにしたんだよ。これだけ調べてもなんの手がかりも掴めねぇんだ。もしかしたら精霊術が関係してるのかもしれないと思ってだな……」

「なるほど。それで俺を訪ねたのか」

「お前は大帝国内でトップクラスの精霊術士だ。俺には霊氣が全くない。それに加えそもそも探知系の術が得意ではない。仮に精霊の力で標的を殺し自身の痕跡を残さずに消えているのなら、同じ精霊術を扱う者に見てもらった方が早いだろ?」

「霊氣がないと言っても、オスカーさんほどのものなら精霊を感じることはできるのでは?」

「事がそう単純なものならわざわざお前に会いにきたりはしないさ。……俺の団にも精霊術士はいるが、皆下位精霊と契約したものばかりでなぁ。俺にはわからんが精霊との意思疎通が難しいらしい」

下位精霊は霊氣をもつ者なら誰でも契約できる。精霊界クヴェルに住む大半がこの下位精霊らしい。下位精霊の見た目は光り輝く小さな玉だ。俺も部下が精霊術を行使した時に見たことがある。

部下が言うにはなんとなく喜怒哀楽といった感情はわかるものの、会話をすることはできないそうだ。

だが上位精霊となれば話は別だ。

「……そうだな。下位精霊は人間の言葉を話すことはできないからな。精霊たち特有の意思疎通の方法があるとは聞いてるが」

「お前の契約精霊にか?」

「まあな。……とりあえず要件は分かった。俺が現場に行って精霊術が使われた痕跡が残っているか調べればいいんだな?」

「そうだ。話が早くて助かるぞ」

グレンは後方の茶色に塗られた扉を開き中へと入っていく。おそらくは身支度を整えているのだろう。

数分してグレンが現れ、俺たちは早速現場に向かった。

「あ、オスカー師団長。お疲れ様です」

「おう。警備ご苦労。これは俺からの差し入れだ」

人の顔ほどの大きさはあるであろう握り飯を、現場の見張りをしていた部下に渡す。

「あ、ありがとうございます……」

部下を尻目に俺たちは武器屋の扉を開けた。部屋の中は未だに血痕等が散乱したままだ。流石に腐臭を残すのは付近の帝都民の生活に悪影響を与えるため、氣術で消している。ただまあ、敵を捕らえるまではずっとこのままになるだろうなぁ。

「アグニ」

「ナンダ?」

グレンの呼び声に答えたのは、赤い皮膚をもったトカゲのような精霊だ。その身は燃え盛る炎を纏っている。大きさはグレンの半分程度だ。

基本的に、精霊というのは霊氣をもつ者にしか見えも触れもしないのだが、上位精霊ともなると、放つオーラの激しさからか、霊氣のない俺でもその姿を認知することができる。

「この部屋に精霊術の痕跡は残っているか?」

「スコシマテ」
 
アグニと呼ばれた上位精霊はその前足で地面を一度叩いた。その足元からはオレンジ色の光が波紋のように部屋中に広がっていく。

「……ナイゾ」

「精霊術でもなかったか……これは思った以上に厄介な相手だなぁ。だがまあ、とりあえずは他の現場も調査しに行くぞ」

この後グレンとともに他二件の現場にも向かったが、結果は武器屋の時と同じだった。

周囲はすっかりと暗くなり街灯の灯りが仄かに照らす中、俺たちはEDENへの帰路へと着いていた。

グリム・リーパー……あのダスクの中でも一、二を争う暗殺者と呼ばれるだけのことはある。自身の居場所がわかるような痕跡を一切残さず姿をくらます。

俺たち師団員は国を守り民を守ることを使命としている。だから暗殺関連の知識は正直乏しいと言わざるを得ない。そのためそういった類に詳しい近衛衆にも協力してもらってはいるが、未だなんの進展もない。

なら何かしら掴んでくれるだろうが、今あいつは陛下から秘密裏の勅命を受けており協力を要請することは叶わない。

……これはお手上げだなぁ。

「どうやら三件とも精霊術の関与は認められないようだが……これからどうするんだ?オスカーさん」  

ギルド長室内にある薄紅色のソファーの真向かいに座るグレン。目の前の黒っぽいテーブルには先程副ギルド長であるミクリヤが入れた紅茶が置かれている。そのティーカップは白を基調とし金色の線が縁取られ、美しい華柄が施された、裕福でない者には到底手の届かない代物と窺える。

俺はカップを手に取り一口だけ紅茶を飲んだ。そしてひとつ、深いため息をついた。

最近はこの変死事件につきっきりだ。民の安全を守ることはもちろんのことだが、これまで尻尾を掴ませなかったダスクを壊滅させるチャンスでもある。

何度かダスクのやつらを捉えたことはあるが、これといった情報を得られはしなかった。理由は簡単だ。ダスクのやつらは自身が負けると感じた時点で口内に隠してある小さな白いカプセルを噛んで自殺するからだ。その中身はほんの一滴でも身体内に摂取すれば即死する猛毒だ。

詳しいことはよく知らんが、この毒はポイズンスネークが内包する毒を特殊な方法で熟成させることでできると、EDENの薬屋のスザンヌが言っていたな。

「……聞いてるか?オスカーさん」

「……お、おお。なんだ?」

「しっかりしろよ。師団長のあんたが士気を落とす様な真似するな」

どうやらグレンが何か俺に聞いていたようだ。考え事をしていたせいで全く気づかなかったなぁ。

「……そうだな」

「おいおい。いつものあの暑苦しい調子はどこいったんだ?今回の件はそこまで思い詰めることでもないだろう?」

「いやな。ただでさえ手がかりが掴みにくい事件だというのに、これ以上ないくらい調査してもなんの進展も得られない状況だぞ。そりゃ気分を落としたくもなるだろ」

「戦闘ならわけないが、今回ばかりはそうもいかない、か」

「そういうことだなぁ」

さて、これからどうするべきか……。

『コンコンコン』

静まり返った室内に来訪者の知らせが届いた。

「お忙しいところ失礼致します、グレンギルド長。ノアズアークの方々が至急お話がしたいとのことです」

こいつはたしか……Aランクパーティエリュシオンに所属している……名前はたしかゼファーだったか?前にグレンがミクリヤとゼファーには頭が上がらんとか言ってたような気もするなぁ。

この来訪がダスク壊滅への一歩であったことをこの時の俺はまだ知りもしなかった。


















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