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ダスク・ブリガンド編
8 グリム・リーパー
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side ノア=オーガスト
「アリアさん。今グレンさんに面会ってできたりする?」
オレたちはEDENへ戻って早々、受付へと直行していた。
「ギルド長に面会ですか?たしか今お客さんがいたような……少々お待ちくださいね」
数分後、アリアさんはおそらくここの職員であろう若い男とともに戻ってきた。
「お待たせしました。ただいま確認したところ、先客がおられるそうですが問題ないみたいです。ミクリヤさんは今ちょっと忙しいので代わりの者をおつけしますね」
そんなに副ギルド長を顎で使っていいんだろうか……。アリアさんの胆力、恐るべし、だな。
「はじめまして。私はゼファーと申します。このギルドでグレンギルド長及びミクリヤ副ギルド長の補佐役を務めております」
丁寧な言葉遣いで優しく話しかけてくれたゼファーさん。落ち着いた紳士って感じでかっこいいな。物腰柔らかなとこも女性に人気がありそうだなー。
「はじめまして。オレはノアだ。ノアズアークってパーティのリーダーをやってる。よろしく!」
お互いに軽く握手を交わす。
「ではギルド長室にご案内いたしますので、私についてきてください」
ゼファーさんの後に続き、赤一色に染まった扉の前へと到着した。
『コンコンコン』
「グレンギルド長。ゼファーです。お客様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開き中へと入る。
「グレンさん。こんな遅くにごめんなんだけど、ちょっと聞きたいことが……ん?オスカーさん?なんでここに?」
先客ってオスカーさんのことだったのか。
「おお、ノアとシンじゃないか」
オレたちに背を向けた状態でソファーに腰掛けていたオスカーさんは、手にしていたカップを置き顔をこちらに向けた。
「ちょっとこいつに用があってな。とりあえず俺の用事は終わってっから心配すんな」
そう言ったオスカーさんはソファーから立ち上がり、オレたちにそこへ座るように促した。オレとシンはソファーに座り、蒼はその後ろに立った。
「ゼファー。新しくコーヒーを入れ直してくれ」
「かしこまりました」
黒っぽいテーブルに置かれた二つのカップを手に、ゼファーさんはこの部屋から出ていった。
「お。そういやそこの獣人は初めましてだなぁ。お前さん、名前は?」
……やっぱり蒼のことは気になるよな。グレンさんやオスカーさんには式神を見せたことは一度もなかったし。
でも秀に式神のことは伏せておくように言われてるから、本当のことは言えないんだよなー。
「吾輩は蒼。今はこの御二方のボディーガードを務めている」
オスカーさんは値踏みするように蒼を観察した。そして少し嬉しそうな顔で蒼に話しかけた。
「お前、相当強いだろ?」
「ふむ……。吾輩もそれなりの強者に位置付けられるやもしれぬが……吾輩などまだまだ未熟者。お主の足元にも及ばぬ」
「随分と謙虚だなぁ。そうだ、今度俺と勝負しないか?ノアとシンとの先約があるからその後にはなるが、どうだ?」
ん?先約……?オスカーさんと勝負する約束なんてしたか?
「あいにくと吾輩は忙しない身。それ故その申し出を受理することは叶わぬ」
蒼は自身の顎を摩り丁重に断った。
「そうかそうか。そりゃ残念だなぁ。ま、暇になったら言ってくれ。俺はいつでも大歓迎だからなぁ」
「ふむ……考慮はしよう」
「それでノア。俺に何か相談事があるのか?」
「えーとそれが……」
オレは今日起きた出来事を簡単に説明した。護衛任務で早朝に隣街に向けて出立したこと。危険を承知で夜も移動を続けたこと。そしてその時護衛対象が死亡してしまったこと。
グレンさんはオレの話を黙って聞き続けた。オスカーさんもちゃっかりその隣で腕を組んで座っていた。
「ーーーで、結局のところオレたちは、依頼が失敗した場合の対応を聞きたかったのと、今回の件はほぼ間違いなくダスクに関係あると思って伝えに来たんだ」
「……まず、依頼の方だがこちらからご遺族の方々に説明と謝罪をする。お前たちが責任を取るわけではないから安心してくれ。冒険者を取りまとめているのはEDENであり、EDENが冒険者として認可したのだから責任はむしろこちらにある。また、どの冒険者を選ぶのかの最終的な判断は依頼主に委ねられている。特に護衛任務はその典型だ。少しきつい言い方になるが、依頼主の自己責任でもある」
「真面目だなグレンは。さらっと処理すればいいのによ」
「冒険者を守るのもギルドの仕事だ。いくら自由を掲げているとはいえ、冒険者が困っているのなら介入する」
「ガッハッハッ。俺ならお前でなんとかしろって返しそうだ」
「……オスカーさんの話はどうでもいいとして……ノア。ダスクが関わっているというのは本当なのか?」
「ほぼ間違いないと思う。馬車内の有様が他三件のうちの二つと酷似してたから」
あの異様な光景は少し時間が経った今でも嫌ってほどに鮮明に脳裏に蘇る。
爆散したかのように身体の破片が車内に飛び散り、そこら中が血に染まっていた。爆発音が聞こえたかと言えば、かろうじてパンッと乾いた音がしたくらいだ。
蒼の話では、ブクブクと何やら水が沸騰した時に似た音が聞こえたらしく、その後すぐに大きな破裂音がしたらしい。ちなみに中はカーテンが閉められており、その時どうなっていたのかを視覚的に知ることは出来なかった。
「これで四件目か。手がかりが増えたと言えば聞こえはいいが、実際今回もなんの情報も得られないだろうなぁ」
「一応精霊術が関係しているか調べてみるか?」
「いや、どうせ他と同様無駄足になるだけだろ。これ以上グレンの……あー、ギルド長の時間をとらせるわけにはいかん」
「そうか」
今回の事件のためにグレンさんも何か協力したのかな?それでもなんの尻尾も掴めないなんて、やっぱり相当厄介な相手なんだな。
「あのさ……今回の一連の事件って全てグリム・リーパーってやつの仕業なんだよな?」
「その通りだ。やつはダスクの中でも一、二を争うほどの優れた暗殺者だ。そう簡単には捕まえられん。その証拠に俺たち師団員もお手上げ状態だからなぁ」
……まさかあんな小さな子がグリム・リーパーの正体なのか……?
「ん?どうしたノア。何か思うところでもあるのか?」
「ああいや、なんでもないなんでもない」
……びっくりしたー。
グレンさんに心の内を見抜かれたのかと思った。
「兄さん。そろそろ宿に戻らないと秀たちが心配する」
そういやとっくに夜回ってたんだったな。
「じゃあオレたちはこれで」
「ああ。気をつけてな」
「また事件に関して何かあればこの俺、オスカーに伝えてくれ」
オレ、シンはソファーから立ち上がり、蒼とともに部屋を後にした。
EDENから出ると辺りは暗く、街灯がポツポツと灯っているだけで、昼間のような賑わいは嘘のように静かだった。
「よかったのか?」
「ん?何が?」
シンの言わんとしてることはわかってる。オレは先ほどの会話の中で最も重要であろう情報を渡していないんだから。
「グリム・リーパー……兄さんなら見えただろ?」
「まあな。ちょうど眼の力を発動したら車内から去る黒いローブを着たやつが見えたよ。それにチラッとだけだが赤く光る不思議な目もな」
これでグリム・リーパーがかつて死神と呼ばれたマーダーブラッドという一族の者であることは、ほぼ確定したと言っていい。
「ただな……そいつ小さかったんだよ」
「子どもか」
「そういうこと」
「ふむ。確かに吾輩が察知した草木のさざめく音は大人のものにしては軽く小さき音であった。童子であれば合点がゆく」
「その子の表情がさ、とても辛そうだったんだ。苦しい、助けてって、そう訴えてるような気がしてな」
仮にこの情報を渡してグリム・リーパーが捕まれば処刑される可能性が極めて高い。あの子は誰かを殺したくて殺しているわけじゃないはずだ。おそらくダスクの命令に逆らえない理由があるんだろう。
これはオレのわがままだけど、小さく尊い命を奪うようなことはしたくない。
それに……
「それに……なんだかあの子、昔のシンに似てたんだよ。誰かに頼ることができなくて独りで泣いてたお前にさ」
「……泣いてない」
「いやいや泣いてたって。目では見えないところがさ」
「……」
少し不満そうな様子のシン。
まったく……兄ちゃんの目は誤魔化せないんだからな。
「とにかく、オレはグリム・リーパーを大帝国師団に渡すつもりはない。けどダスクを潰しはしたい。あの優しい子を救うために、な」
side 白髪の少年
大帝国グランドベゼルの東方に位置する広大な森。そこに月光が差し掛かり、深淵のごとく暗い森の中をぼんやりとだけ明るくしている。そこには黒いローブに身を包み、少し太めで頑丈そうな木の枝に幹を背にして座るひとりの少年の姿があった。
夜の森が危険なこと。これは誰もが感じることであり、この時間に森にいる人間はほとんどいないだろう。冒険者のような危険を承知の者でない限りは。
だがこの少年は冒険者ではない。装備品は黒いナイフを複数本のみ。残りはと言えば、とても身を守れそうにない少し擦り切れた漆黒のローブだけだ。冒険者にしては装備が心許ない。
そして最大の違和感は、この少年が少年であることだろう。普通の大人でも決して入らないこの夜の森に、小さくか弱い子どもが平然と足を踏み入れているのだから。
夜という要素だけでもおおかたの子どもにとっては恐怖に値するものだ。まして夜の森などはもっての外だろう。しかしこの少年はまるでそれが当たり前であるかのようにまったく動じない。
「これが終われば……少しは、休めるかな」
少年は空を見上げた。葉と葉の間から垣間見える月をその目に映す。
『ガラガラガラ』
アクロポリスが位置する方向から車輪が走る音がわずかに聞こえてくる。その道はきちんと整備されていないためか、ゴロゴロと石が散乱し、所々に凹凸が見受けられる。そのためたまにガタンッと車輪が石に乗り上げた、あるいは穴に嵌まった音がしている。
先ほどまで蝶の羽音のように小さかったこの音は徐々に大きくなっていく。少年は自身の標的が迫っていることに気づき、懐に備えたナイフを握りしめた。
「あの御者も大変だなー。上に立つ者がへっぽこだと下にいる者の苦労が絶えないのも当然だ」
この声……ノア?
「吾輩は秀の主がこのように素晴らしき御方々であったこと、大変誇り高い」
「お!いいこと言うじゃん、蒼ー。すげー嬉しい」
少年は自身に課せられた任務を忘れ、本当にノアなのかどうかを確かめるために、身を隠していた木から軽々と降りた。
「ふむ。吾輩は至極当然のことを述べたまで。……ん?」
蒼が振り向きこちらを窺うそぶりを見せる。少年はこれに驚いた。
ぼくは術を使って自分の音を消してるのに。なんで気づいたんだろう……?
少年は暗殺に特化した術をいくつか所持していた。これはいわゆる特殊氣術に分類されるもので、マーダーブラッドなら感覚的に使える常識的な術である。
今少年が使っている氣術は『サイレント』と呼称される特殊氣術であり、自身が発する全ての音を無にすることができる。ただ少年は本当にその効果があると思っているようだが、実際にはそうではない。
この術の真の効果は、自身が発する音を人間では感知できないほどに小さくするというものだ。決して、無にすることではないのである。
とはいっても人間には感じ取れないのだから暗殺者としては十分強力な術と言えるだろう。現に誰ひとりとして、少年が発するほんのわずかな音に気づくことはなかったのだから。
しかし今回は蒼という聴覚に優れたイレギュラーな存在がいた。それ故少年の発する音に気づき、そのことに少年は動揺してしまったのである。
「どうした?蒼」
「何やら後方から微かに葉がさざめく音が致した。しかしそれはすぐに消滅。……何かあるやもしれぬ」
察知されたと感じ取った少年は、相手が対応する前に目標を始末することにした。少年はマーダーブラッドの中でも選ばれたものにしか扱えないと言われる秘伝の氣術を行使する。
少年の姿はこれにより完全に見えなくなり、彼が発するはずの音も無とかした。
まるでそこには最初から何もいなかったかのように……。
「蒼が言うなら間違いないはずだ。二人とも気を引き締めろ。オレも眼をーーー」
少年は馬車の中へ壁をすり抜けて侵入しその姿を現した。懐から黒く輝く小型のナイフを取り出し、殺害目標へと近づいた。
「な、なんだよお前!……や、やめーーー」
少年は赤黒く光る眼で目標を見つめ続けた。殺害目標は何かを言いかける前に首をナイフで掻っ切られた。そしてみるみるうちにブクブクと身体中が膨らんでいく。
「な、何事ですか?!」
少年はナイフを投げ捨て、再び術を使いその場を後にする。そして外へ出た一瞬、ノアと目が合う。
……僕のこと、見てる……?
少年は疑問を感じたが気のせいだろうと思い無視した。そのことよりも少年の頭には、先ほどの男の死に様がありありと浮かんでいたのだ。
そのため少年は目標を始末できたことに喜んでいる素振りは全くなく、むしろその顔は苦しそうであった。右手で心臓の辺りを握りしめ、苦痛に歪んだ顔をしているのだ。
暗殺者にしてはあまりに優しすぎるその心。このまま暗殺を続けていけば、少年の心は疲弊しやがてただ機械のように命令に従い命を刈り取るだけの殺戮人形と化してしまうだろう。
少年は木から木へと飛び移りながら、どんどん現場から遠ざかっていく。向かうその先は一寸先も見えない闇に包まれていた。
side ノア=オーガスト
「ん?随分と早い帰りだな。もう依頼は済んだのか?」
宿へと戻り宿泊部屋に入るとそこには談笑する二人の姿があった。
「いやそれがさー……」
オレはここに至るまでの経緯を二人に説明した。
「グリム・リーパーの正体がまさか子どもだったとはなぁ」
「しかもオレとシンは二回も会ってるんだ」
「……あの灰色の目の子どものことか」
やっぱ湊は察しがいいな。見目麗しいその容姿だけでも羨ましがられるだろうに、さらには頭も良くて戦闘スキルも高いときてる。
天は湊に二物どころか三物……いや、もう数えきれないくらいほどの物を与えてる気がする。
「そう。オレ、その子のことを救ってやりたくてさ」
「なるほどなぁ。ノアらしいじゃねぇか」
「主は特段お優しい御方。苦しむ子を見捨ててはおけぬ性分なのでしょう」
蒼は秀の隣で背筋をピンと伸ばし美しく正座をし、テーブルに置かれた湯気の立つ茶を啜った。
「む……!」
蒼がピンッと両の耳と尻尾を立たせた。普段は落ち着き払っていて冷静な蒼にしては珍しい反応だ。
「ははは。蒼、お前猫舌だってのに何で熱い茶なんか飲んだんだよ」
蒼のその様に秀は呆れつつも笑っていた。
「ノアの意見にはもちろん賛同だ。だが、具体的な策がなければそれを達成することは難しいだろう」
湊の冷静な判断にオレは納得する。
「はぁあ。やっぱそうだよなー」
『救いたい』と思っても、それを実現するための力や方法がなければ意味がない。口ではなんとだって言えるからな。
だけどこれといっていい案が全く思いついてないのもまた事実だ。
一番手っ取り早いのはやっぱダスク壊滅だろうけど、その場所が不明である以上これは不可能だよな。
ならあの子を探し出して連れ去るか?
……いやいや、それじゃほぼ誘拐だろ。何言ってんだオレは。
それに全くもって現実的じゃない。あの子の居場所がわかる情報なんてほぼ皆無に等しいだろ。ダスクの場所さえわかってないってのに、その所属メンバーのひとりを見つけ出すなんて以ての外だ。
ああもう、結局どうしたらいいんだよー……?!
ああでもないこうでもないとグダグダ考えていると、隣からオレの思考を静止する声が聞こえてきた。
「兄さん。もう寝た方がいい。身体に障る」
オレたち神仙族は一日寝なかったからといって体調を崩したりパフォーマンスが落ちたりはしないのだが、どうもシンは過保護がすぎるらしく、オレが夜更かししようものならこうやって寝かせにくるのだ。
けどまあ、今日はあんなことがあったし精神的に疲弊してるところはあるかもしれない。
ここはシンの言う通りにするのもアリかもな。
「そうだな」
「ええ?!グリム・リーパーに出くわした?!?!」
「ちょ、声でかいって」
「あー、ごめんごめん」
朝食を済ませ、例の件をカズハとエルにも話しておこうと部屋に呼び、昨夜のことを話していたのだが、あまりにも驚いたカズハは両隣の宿泊部屋にも難なく届きそうなほどの大声を出した。
同じ話を聞いていたエルはといえば、カズハ同様に驚愕を隠せないといった面持ちをしているが、手で口を覆っており、さらには声もほとんど出ていなかった。
こうも正反対な驚き方もあるのか……。
「二人とも無事だったの?!あ、でも普通にここにいるんだから無事に決まってるのか」
たぶん動揺しすぎて自分でも何を言っているのかよくわかってないやつだな。
「まあなー。殺害対象はオレたちじゃなかったし」
「そっかー。なら良かったよー」
ようやく落ち着いたのか、先ほどのようなテンパる姿は消え、カズハは心からホッとしたような表情を浮かべた。
「大丈夫か?エル」
「ふぇ?!しゅ、秀さん。す、すみません。ビックリしすぎて固まってしまいました……」
秀がエルの肩にポンッと手を置くと、エルはビクッと身体を揺らした。そして顔を赤くし「は、恥ずかしい……」と俯きながら小さく震えた声をもらした。
「でさ、これはオレのわがままでしかないんだけどさ……オレ、どうしてもグリム・リーパーを助けたいんだ。だからみんなの力を借りたい」
このわがままで仲間に迷惑がかかることはわかっていた。もちろん、リーダーであるオレがこんなにも自己中心的な行動をとることはあまりよくないことも。
けどオレは自分の心に正直でいたい。自分自身に嘘をつき続けられる自信がオレにはないし、モヤモヤしたままなんて性に合わない……!
みんなを巻き込む形にはなるけど、オレは今どうしても、自分のエゴを押し通したい。
オレはみんなの返答をちょっぴり不安になりながら待った。正直、みんながどんな反応をするかを直視したくはなかったから下を向きたかったけど、お願いをする身として俯くことなどできはしないから、堂々と前を向いていた。
少し顔はこわばっていたかもしれないけどな。
「いいかノア。ここにいるやつらってのは大なり小なりお前のことが好きな連中ばかりなんだ。そんなやつらがお前の頼みを無碍にするなんてこと、あるわけねぇだろう?」
「秀さんの言う通りです。私はノアさんにすごく感謝してるんです。私は恩人であるノアさんの力になりたいです」
「私もエルと同意見だよー。もう独りでいいやって思ってた私の心を救ってくれたのはノアたちなんだからさー。もっと私たちのこと頼ってくれていいんだからねー」
「俺はノアの頼み事をわがままなどと思ったことは一度もない。むしろもう少し甘えてくれた方が俺は嬉しい」
「おお?なんだなんだ湊。いつものクールな言動はどこに行ったんだよ?てか、甘えてほしいなんてのは俺だって同じだってーの」
秀は湊の肩に腕を回しうざ絡みを始めた。
相変わらず仲がいいな、あの二人。根源界にいた頃も、よくこんな風に戯れてよな。
「……分かったから離れろ」
湊は肩に回された腕を振り解き、右側に少しずれる。秀は「んだよ、相変わらずつれねぇなぁ」と不満をぼやきながらも、それ以上湊にちょっかいをかけることはなかった。
「兄さん」
シンはそんな秀たちの様子を無視するかのようにオレの名前を呼んだ。
「ん?」
「俺は兄さんの望みを全て叶えたい。兄さんと一緒なら俺は他に何もいらない。そのぐらい兄さんのことを大事に思ってる」
側から見ればシンのこの言動はブラコンの域を超えているレベルだろう。けどオレだってシンのことを自分自身よりも大事な存在だと思ってるし、シンがオレのことをこんなにも大切に思ってくれてるってのは、やっぱすごく嬉しいんだよな。
基本無口で無愛想。自分が認めたもの以外には無関心な弟が、自分にはこんなにも思いやりを持って接してくれる。生まれた時からずっと一緒にいて、どちらかが傷付けば同じように苦しみ、赫怒する。そんな切ってもきれない表裏一体の存在。その片割れをどうしたら愛さずにいられるだろうか。
「それと俺には及ばないが、秀、湊、カズハ、エル、全員が兄さんの力になる覚悟はできている。たとえそこが死地だとしても関係ない。兄さんは自分勝手に俺たちを振り回せばいい。ついていけない軟弱なやつはここにはいないからな」
シンらしい強気な発言。みんなの反応をうかがってみると、皆一様にシンを肯定するように頷いた。
「そっか」
……オレってやっぱ、本当にいい仲間を持ったな。オレなんかには勿体無いくらいだ。
「オレさ、みんなに迷惑かけたくないとか、もしオレのわがままでみんなを危険に晒したらとかいろいろ……ウジウジ考えてた。やっぱ仲間を傷つけることはしたくないからさ」
誰かが苦しむ姿なんて……ましてや身内が危殆に瀕するなんてことオレには許容できない。
けど……。
「……けど、そうじゃなかった。みんなはオレのエゴに巻き込まれる覚悟を持ち合わせてるってのに、オレにはその覚悟がなかった。それに….…どうやらオレは仲間を信じるっていう至極当たり前なことを忘れてたみたいだ」
ほんの少しの静寂が暖かな日差しが入り込む部屋を包み込む。外は買い物客や冒険者、商人や観光客といった人々の往来が多くあり、普段通りの賑わいをみせている。
「ひとつ言わせてもらうぞノア。俺たちは冒険者だ。要は危険と隣り合わせで生きる存在っつうことだ。だからノアが仲間を心配する気持ちはありがてぇが、そもそもの話、自分自身の命を危機に晒す覚悟のねぇ奴らに、冒険者を名乗る資格はねぇんだよ」
ははっ……やっぱ秀はカッコいいな。頼りになる兄貴って感じだ。
「ああ、そうだよな。ありがとな、みんな!」
「アリアさん。今グレンさんに面会ってできたりする?」
オレたちはEDENへ戻って早々、受付へと直行していた。
「ギルド長に面会ですか?たしか今お客さんがいたような……少々お待ちくださいね」
数分後、アリアさんはおそらくここの職員であろう若い男とともに戻ってきた。
「お待たせしました。ただいま確認したところ、先客がおられるそうですが問題ないみたいです。ミクリヤさんは今ちょっと忙しいので代わりの者をおつけしますね」
そんなに副ギルド長を顎で使っていいんだろうか……。アリアさんの胆力、恐るべし、だな。
「はじめまして。私はゼファーと申します。このギルドでグレンギルド長及びミクリヤ副ギルド長の補佐役を務めております」
丁寧な言葉遣いで優しく話しかけてくれたゼファーさん。落ち着いた紳士って感じでかっこいいな。物腰柔らかなとこも女性に人気がありそうだなー。
「はじめまして。オレはノアだ。ノアズアークってパーティのリーダーをやってる。よろしく!」
お互いに軽く握手を交わす。
「ではギルド長室にご案内いたしますので、私についてきてください」
ゼファーさんの後に続き、赤一色に染まった扉の前へと到着した。
『コンコンコン』
「グレンギルド長。ゼファーです。お客様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開き中へと入る。
「グレンさん。こんな遅くにごめんなんだけど、ちょっと聞きたいことが……ん?オスカーさん?なんでここに?」
先客ってオスカーさんのことだったのか。
「おお、ノアとシンじゃないか」
オレたちに背を向けた状態でソファーに腰掛けていたオスカーさんは、手にしていたカップを置き顔をこちらに向けた。
「ちょっとこいつに用があってな。とりあえず俺の用事は終わってっから心配すんな」
そう言ったオスカーさんはソファーから立ち上がり、オレたちにそこへ座るように促した。オレとシンはソファーに座り、蒼はその後ろに立った。
「ゼファー。新しくコーヒーを入れ直してくれ」
「かしこまりました」
黒っぽいテーブルに置かれた二つのカップを手に、ゼファーさんはこの部屋から出ていった。
「お。そういやそこの獣人は初めましてだなぁ。お前さん、名前は?」
……やっぱり蒼のことは気になるよな。グレンさんやオスカーさんには式神を見せたことは一度もなかったし。
でも秀に式神のことは伏せておくように言われてるから、本当のことは言えないんだよなー。
「吾輩は蒼。今はこの御二方のボディーガードを務めている」
オスカーさんは値踏みするように蒼を観察した。そして少し嬉しそうな顔で蒼に話しかけた。
「お前、相当強いだろ?」
「ふむ……。吾輩もそれなりの強者に位置付けられるやもしれぬが……吾輩などまだまだ未熟者。お主の足元にも及ばぬ」
「随分と謙虚だなぁ。そうだ、今度俺と勝負しないか?ノアとシンとの先約があるからその後にはなるが、どうだ?」
ん?先約……?オスカーさんと勝負する約束なんてしたか?
「あいにくと吾輩は忙しない身。それ故その申し出を受理することは叶わぬ」
蒼は自身の顎を摩り丁重に断った。
「そうかそうか。そりゃ残念だなぁ。ま、暇になったら言ってくれ。俺はいつでも大歓迎だからなぁ」
「ふむ……考慮はしよう」
「それでノア。俺に何か相談事があるのか?」
「えーとそれが……」
オレは今日起きた出来事を簡単に説明した。護衛任務で早朝に隣街に向けて出立したこと。危険を承知で夜も移動を続けたこと。そしてその時護衛対象が死亡してしまったこと。
グレンさんはオレの話を黙って聞き続けた。オスカーさんもちゃっかりその隣で腕を組んで座っていた。
「ーーーで、結局のところオレたちは、依頼が失敗した場合の対応を聞きたかったのと、今回の件はほぼ間違いなくダスクに関係あると思って伝えに来たんだ」
「……まず、依頼の方だがこちらからご遺族の方々に説明と謝罪をする。お前たちが責任を取るわけではないから安心してくれ。冒険者を取りまとめているのはEDENであり、EDENが冒険者として認可したのだから責任はむしろこちらにある。また、どの冒険者を選ぶのかの最終的な判断は依頼主に委ねられている。特に護衛任務はその典型だ。少しきつい言い方になるが、依頼主の自己責任でもある」
「真面目だなグレンは。さらっと処理すればいいのによ」
「冒険者を守るのもギルドの仕事だ。いくら自由を掲げているとはいえ、冒険者が困っているのなら介入する」
「ガッハッハッ。俺ならお前でなんとかしろって返しそうだ」
「……オスカーさんの話はどうでもいいとして……ノア。ダスクが関わっているというのは本当なのか?」
「ほぼ間違いないと思う。馬車内の有様が他三件のうちの二つと酷似してたから」
あの異様な光景は少し時間が経った今でも嫌ってほどに鮮明に脳裏に蘇る。
爆散したかのように身体の破片が車内に飛び散り、そこら中が血に染まっていた。爆発音が聞こえたかと言えば、かろうじてパンッと乾いた音がしたくらいだ。
蒼の話では、ブクブクと何やら水が沸騰した時に似た音が聞こえたらしく、その後すぐに大きな破裂音がしたらしい。ちなみに中はカーテンが閉められており、その時どうなっていたのかを視覚的に知ることは出来なかった。
「これで四件目か。手がかりが増えたと言えば聞こえはいいが、実際今回もなんの情報も得られないだろうなぁ」
「一応精霊術が関係しているか調べてみるか?」
「いや、どうせ他と同様無駄足になるだけだろ。これ以上グレンの……あー、ギルド長の時間をとらせるわけにはいかん」
「そうか」
今回の事件のためにグレンさんも何か協力したのかな?それでもなんの尻尾も掴めないなんて、やっぱり相当厄介な相手なんだな。
「あのさ……今回の一連の事件って全てグリム・リーパーってやつの仕業なんだよな?」
「その通りだ。やつはダスクの中でも一、二を争うほどの優れた暗殺者だ。そう簡単には捕まえられん。その証拠に俺たち師団員もお手上げ状態だからなぁ」
……まさかあんな小さな子がグリム・リーパーの正体なのか……?
「ん?どうしたノア。何か思うところでもあるのか?」
「ああいや、なんでもないなんでもない」
……びっくりしたー。
グレンさんに心の内を見抜かれたのかと思った。
「兄さん。そろそろ宿に戻らないと秀たちが心配する」
そういやとっくに夜回ってたんだったな。
「じゃあオレたちはこれで」
「ああ。気をつけてな」
「また事件に関して何かあればこの俺、オスカーに伝えてくれ」
オレ、シンはソファーから立ち上がり、蒼とともに部屋を後にした。
EDENから出ると辺りは暗く、街灯がポツポツと灯っているだけで、昼間のような賑わいは嘘のように静かだった。
「よかったのか?」
「ん?何が?」
シンの言わんとしてることはわかってる。オレは先ほどの会話の中で最も重要であろう情報を渡していないんだから。
「グリム・リーパー……兄さんなら見えただろ?」
「まあな。ちょうど眼の力を発動したら車内から去る黒いローブを着たやつが見えたよ。それにチラッとだけだが赤く光る不思議な目もな」
これでグリム・リーパーがかつて死神と呼ばれたマーダーブラッドという一族の者であることは、ほぼ確定したと言っていい。
「ただな……そいつ小さかったんだよ」
「子どもか」
「そういうこと」
「ふむ。確かに吾輩が察知した草木のさざめく音は大人のものにしては軽く小さき音であった。童子であれば合点がゆく」
「その子の表情がさ、とても辛そうだったんだ。苦しい、助けてって、そう訴えてるような気がしてな」
仮にこの情報を渡してグリム・リーパーが捕まれば処刑される可能性が極めて高い。あの子は誰かを殺したくて殺しているわけじゃないはずだ。おそらくダスクの命令に逆らえない理由があるんだろう。
これはオレのわがままだけど、小さく尊い命を奪うようなことはしたくない。
それに……
「それに……なんだかあの子、昔のシンに似てたんだよ。誰かに頼ることができなくて独りで泣いてたお前にさ」
「……泣いてない」
「いやいや泣いてたって。目では見えないところがさ」
「……」
少し不満そうな様子のシン。
まったく……兄ちゃんの目は誤魔化せないんだからな。
「とにかく、オレはグリム・リーパーを大帝国師団に渡すつもりはない。けどダスクを潰しはしたい。あの優しい子を救うために、な」
side 白髪の少年
大帝国グランドベゼルの東方に位置する広大な森。そこに月光が差し掛かり、深淵のごとく暗い森の中をぼんやりとだけ明るくしている。そこには黒いローブに身を包み、少し太めで頑丈そうな木の枝に幹を背にして座るひとりの少年の姿があった。
夜の森が危険なこと。これは誰もが感じることであり、この時間に森にいる人間はほとんどいないだろう。冒険者のような危険を承知の者でない限りは。
だがこの少年は冒険者ではない。装備品は黒いナイフを複数本のみ。残りはと言えば、とても身を守れそうにない少し擦り切れた漆黒のローブだけだ。冒険者にしては装備が心許ない。
そして最大の違和感は、この少年が少年であることだろう。普通の大人でも決して入らないこの夜の森に、小さくか弱い子どもが平然と足を踏み入れているのだから。
夜という要素だけでもおおかたの子どもにとっては恐怖に値するものだ。まして夜の森などはもっての外だろう。しかしこの少年はまるでそれが当たり前であるかのようにまったく動じない。
「これが終われば……少しは、休めるかな」
少年は空を見上げた。葉と葉の間から垣間見える月をその目に映す。
『ガラガラガラ』
アクロポリスが位置する方向から車輪が走る音がわずかに聞こえてくる。その道はきちんと整備されていないためか、ゴロゴロと石が散乱し、所々に凹凸が見受けられる。そのためたまにガタンッと車輪が石に乗り上げた、あるいは穴に嵌まった音がしている。
先ほどまで蝶の羽音のように小さかったこの音は徐々に大きくなっていく。少年は自身の標的が迫っていることに気づき、懐に備えたナイフを握りしめた。
「あの御者も大変だなー。上に立つ者がへっぽこだと下にいる者の苦労が絶えないのも当然だ」
この声……ノア?
「吾輩は秀の主がこのように素晴らしき御方々であったこと、大変誇り高い」
「お!いいこと言うじゃん、蒼ー。すげー嬉しい」
少年は自身に課せられた任務を忘れ、本当にノアなのかどうかを確かめるために、身を隠していた木から軽々と降りた。
「ふむ。吾輩は至極当然のことを述べたまで。……ん?」
蒼が振り向きこちらを窺うそぶりを見せる。少年はこれに驚いた。
ぼくは術を使って自分の音を消してるのに。なんで気づいたんだろう……?
少年は暗殺に特化した術をいくつか所持していた。これはいわゆる特殊氣術に分類されるもので、マーダーブラッドなら感覚的に使える常識的な術である。
今少年が使っている氣術は『サイレント』と呼称される特殊氣術であり、自身が発する全ての音を無にすることができる。ただ少年は本当にその効果があると思っているようだが、実際にはそうではない。
この術の真の効果は、自身が発する音を人間では感知できないほどに小さくするというものだ。決して、無にすることではないのである。
とはいっても人間には感じ取れないのだから暗殺者としては十分強力な術と言えるだろう。現に誰ひとりとして、少年が発するほんのわずかな音に気づくことはなかったのだから。
しかし今回は蒼という聴覚に優れたイレギュラーな存在がいた。それ故少年の発する音に気づき、そのことに少年は動揺してしまったのである。
「どうした?蒼」
「何やら後方から微かに葉がさざめく音が致した。しかしそれはすぐに消滅。……何かあるやもしれぬ」
察知されたと感じ取った少年は、相手が対応する前に目標を始末することにした。少年はマーダーブラッドの中でも選ばれたものにしか扱えないと言われる秘伝の氣術を行使する。
少年の姿はこれにより完全に見えなくなり、彼が発するはずの音も無とかした。
まるでそこには最初から何もいなかったかのように……。
「蒼が言うなら間違いないはずだ。二人とも気を引き締めろ。オレも眼をーーー」
少年は馬車の中へ壁をすり抜けて侵入しその姿を現した。懐から黒く輝く小型のナイフを取り出し、殺害目標へと近づいた。
「な、なんだよお前!……や、やめーーー」
少年は赤黒く光る眼で目標を見つめ続けた。殺害目標は何かを言いかける前に首をナイフで掻っ切られた。そしてみるみるうちにブクブクと身体中が膨らんでいく。
「な、何事ですか?!」
少年はナイフを投げ捨て、再び術を使いその場を後にする。そして外へ出た一瞬、ノアと目が合う。
……僕のこと、見てる……?
少年は疑問を感じたが気のせいだろうと思い無視した。そのことよりも少年の頭には、先ほどの男の死に様がありありと浮かんでいたのだ。
そのため少年は目標を始末できたことに喜んでいる素振りは全くなく、むしろその顔は苦しそうであった。右手で心臓の辺りを握りしめ、苦痛に歪んだ顔をしているのだ。
暗殺者にしてはあまりに優しすぎるその心。このまま暗殺を続けていけば、少年の心は疲弊しやがてただ機械のように命令に従い命を刈り取るだけの殺戮人形と化してしまうだろう。
少年は木から木へと飛び移りながら、どんどん現場から遠ざかっていく。向かうその先は一寸先も見えない闇に包まれていた。
side ノア=オーガスト
「ん?随分と早い帰りだな。もう依頼は済んだのか?」
宿へと戻り宿泊部屋に入るとそこには談笑する二人の姿があった。
「いやそれがさー……」
オレはここに至るまでの経緯を二人に説明した。
「グリム・リーパーの正体がまさか子どもだったとはなぁ」
「しかもオレとシンは二回も会ってるんだ」
「……あの灰色の目の子どものことか」
やっぱ湊は察しがいいな。見目麗しいその容姿だけでも羨ましがられるだろうに、さらには頭も良くて戦闘スキルも高いときてる。
天は湊に二物どころか三物……いや、もう数えきれないくらいほどの物を与えてる気がする。
「そう。オレ、その子のことを救ってやりたくてさ」
「なるほどなぁ。ノアらしいじゃねぇか」
「主は特段お優しい御方。苦しむ子を見捨ててはおけぬ性分なのでしょう」
蒼は秀の隣で背筋をピンと伸ばし美しく正座をし、テーブルに置かれた湯気の立つ茶を啜った。
「む……!」
蒼がピンッと両の耳と尻尾を立たせた。普段は落ち着き払っていて冷静な蒼にしては珍しい反応だ。
「ははは。蒼、お前猫舌だってのに何で熱い茶なんか飲んだんだよ」
蒼のその様に秀は呆れつつも笑っていた。
「ノアの意見にはもちろん賛同だ。だが、具体的な策がなければそれを達成することは難しいだろう」
湊の冷静な判断にオレは納得する。
「はぁあ。やっぱそうだよなー」
『救いたい』と思っても、それを実現するための力や方法がなければ意味がない。口ではなんとだって言えるからな。
だけどこれといっていい案が全く思いついてないのもまた事実だ。
一番手っ取り早いのはやっぱダスク壊滅だろうけど、その場所が不明である以上これは不可能だよな。
ならあの子を探し出して連れ去るか?
……いやいや、それじゃほぼ誘拐だろ。何言ってんだオレは。
それに全くもって現実的じゃない。あの子の居場所がわかる情報なんてほぼ皆無に等しいだろ。ダスクの場所さえわかってないってのに、その所属メンバーのひとりを見つけ出すなんて以ての外だ。
ああもう、結局どうしたらいいんだよー……?!
ああでもないこうでもないとグダグダ考えていると、隣からオレの思考を静止する声が聞こえてきた。
「兄さん。もう寝た方がいい。身体に障る」
オレたち神仙族は一日寝なかったからといって体調を崩したりパフォーマンスが落ちたりはしないのだが、どうもシンは過保護がすぎるらしく、オレが夜更かししようものならこうやって寝かせにくるのだ。
けどまあ、今日はあんなことがあったし精神的に疲弊してるところはあるかもしれない。
ここはシンの言う通りにするのもアリかもな。
「そうだな」
「ええ?!グリム・リーパーに出くわした?!?!」
「ちょ、声でかいって」
「あー、ごめんごめん」
朝食を済ませ、例の件をカズハとエルにも話しておこうと部屋に呼び、昨夜のことを話していたのだが、あまりにも驚いたカズハは両隣の宿泊部屋にも難なく届きそうなほどの大声を出した。
同じ話を聞いていたエルはといえば、カズハ同様に驚愕を隠せないといった面持ちをしているが、手で口を覆っており、さらには声もほとんど出ていなかった。
こうも正反対な驚き方もあるのか……。
「二人とも無事だったの?!あ、でも普通にここにいるんだから無事に決まってるのか」
たぶん動揺しすぎて自分でも何を言っているのかよくわかってないやつだな。
「まあなー。殺害対象はオレたちじゃなかったし」
「そっかー。なら良かったよー」
ようやく落ち着いたのか、先ほどのようなテンパる姿は消え、カズハは心からホッとしたような表情を浮かべた。
「大丈夫か?エル」
「ふぇ?!しゅ、秀さん。す、すみません。ビックリしすぎて固まってしまいました……」
秀がエルの肩にポンッと手を置くと、エルはビクッと身体を揺らした。そして顔を赤くし「は、恥ずかしい……」と俯きながら小さく震えた声をもらした。
「でさ、これはオレのわがままでしかないんだけどさ……オレ、どうしてもグリム・リーパーを助けたいんだ。だからみんなの力を借りたい」
このわがままで仲間に迷惑がかかることはわかっていた。もちろん、リーダーであるオレがこんなにも自己中心的な行動をとることはあまりよくないことも。
けどオレは自分の心に正直でいたい。自分自身に嘘をつき続けられる自信がオレにはないし、モヤモヤしたままなんて性に合わない……!
みんなを巻き込む形にはなるけど、オレは今どうしても、自分のエゴを押し通したい。
オレはみんなの返答をちょっぴり不安になりながら待った。正直、みんながどんな反応をするかを直視したくはなかったから下を向きたかったけど、お願いをする身として俯くことなどできはしないから、堂々と前を向いていた。
少し顔はこわばっていたかもしれないけどな。
「いいかノア。ここにいるやつらってのは大なり小なりお前のことが好きな連中ばかりなんだ。そんなやつらがお前の頼みを無碍にするなんてこと、あるわけねぇだろう?」
「秀さんの言う通りです。私はノアさんにすごく感謝してるんです。私は恩人であるノアさんの力になりたいです」
「私もエルと同意見だよー。もう独りでいいやって思ってた私の心を救ってくれたのはノアたちなんだからさー。もっと私たちのこと頼ってくれていいんだからねー」
「俺はノアの頼み事をわがままなどと思ったことは一度もない。むしろもう少し甘えてくれた方が俺は嬉しい」
「おお?なんだなんだ湊。いつものクールな言動はどこに行ったんだよ?てか、甘えてほしいなんてのは俺だって同じだってーの」
秀は湊の肩に腕を回しうざ絡みを始めた。
相変わらず仲がいいな、あの二人。根源界にいた頃も、よくこんな風に戯れてよな。
「……分かったから離れろ」
湊は肩に回された腕を振り解き、右側に少しずれる。秀は「んだよ、相変わらずつれねぇなぁ」と不満をぼやきながらも、それ以上湊にちょっかいをかけることはなかった。
「兄さん」
シンはそんな秀たちの様子を無視するかのようにオレの名前を呼んだ。
「ん?」
「俺は兄さんの望みを全て叶えたい。兄さんと一緒なら俺は他に何もいらない。そのぐらい兄さんのことを大事に思ってる」
側から見ればシンのこの言動はブラコンの域を超えているレベルだろう。けどオレだってシンのことを自分自身よりも大事な存在だと思ってるし、シンがオレのことをこんなにも大切に思ってくれてるってのは、やっぱすごく嬉しいんだよな。
基本無口で無愛想。自分が認めたもの以外には無関心な弟が、自分にはこんなにも思いやりを持って接してくれる。生まれた時からずっと一緒にいて、どちらかが傷付けば同じように苦しみ、赫怒する。そんな切ってもきれない表裏一体の存在。その片割れをどうしたら愛さずにいられるだろうか。
「それと俺には及ばないが、秀、湊、カズハ、エル、全員が兄さんの力になる覚悟はできている。たとえそこが死地だとしても関係ない。兄さんは自分勝手に俺たちを振り回せばいい。ついていけない軟弱なやつはここにはいないからな」
シンらしい強気な発言。みんなの反応をうかがってみると、皆一様にシンを肯定するように頷いた。
「そっか」
……オレってやっぱ、本当にいい仲間を持ったな。オレなんかには勿体無いくらいだ。
「オレさ、みんなに迷惑かけたくないとか、もしオレのわがままでみんなを危険に晒したらとかいろいろ……ウジウジ考えてた。やっぱ仲間を傷つけることはしたくないからさ」
誰かが苦しむ姿なんて……ましてや身内が危殆に瀕するなんてことオレには許容できない。
けど……。
「……けど、そうじゃなかった。みんなはオレのエゴに巻き込まれる覚悟を持ち合わせてるってのに、オレにはその覚悟がなかった。それに….…どうやらオレは仲間を信じるっていう至極当たり前なことを忘れてたみたいだ」
ほんの少しの静寂が暖かな日差しが入り込む部屋を包み込む。外は買い物客や冒険者、商人や観光客といった人々の往来が多くあり、普段通りの賑わいをみせている。
「ひとつ言わせてもらうぞノア。俺たちは冒険者だ。要は危険と隣り合わせで生きる存在っつうことだ。だからノアが仲間を心配する気持ちはありがてぇが、そもそもの話、自分自身の命を危機に晒す覚悟のねぇ奴らに、冒険者を名乗る資格はねぇんだよ」
ははっ……やっぱ秀はカッコいいな。頼りになる兄貴って感じだ。
「ああ、そうだよな。ありがとな、みんな!」
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