碧天のノアズアーク

世良シンア

文字の大きさ
56 / 126
グランドベゼル編

3 オスカーvs秀

しおりを挟む
side ノア=オーガスト

「て、手合わせ……?」

そういえば前にも言ってたような……。しかも半ば強引というか、勝手にというか……。

「そうだ!ここ最近は強い奴とやれてなくてな。退屈してんだ」

「えーと……」

うーん。正直言って、師団長っていうのがどのぐらい強いのか知りたいってのはあるんだよなー。手合わせだからオレもオスカーさんも本気の力量は測れないだろうけど、真に強いのか否かぐらいの検討はつくだろうし……うん。

せっかくの誘いだ。乗ってみるか!

「わかった。やってもいいよ、手合わせ」

「おお!わかってるじゃねえか、ボウズ!ボウズが終わったら次はそっちのボウズな」

そっち、と言いながら指を指した先にはシンがいる。

「兄さんに勝ってから言え」

「ガッハッハ。つれないやつだな。……おっとそうだ。そこの赤髪のボウズ」

次にオスカーさんが視線を向けたのは秀だった。ていうか、全員ボウズ呼びなのどうにかなんないかな。正直、紛らわしい。

「ん?」

「ボウズはたしか陰陽術とやらを使うらしいなー」

「そうだが?」

「是非俺にもその術を見せてもらいたいんだが、どうだ?」

「わりぃが俺の術は見せもんじゃねえんだ。他を当たってくれや……とまあ言いてぇところだが、見せてやってもいいぞ」

「ほお。それはありがたいことだ」

「ただし、俺が先にオスカーの旦那、あんたとやる。俺に勝てねぇようじゃ、俺らの主との手合わせなんて夢のまた夢だぞ」

不敵な笑みを浮かべる秀。

ったくほんと秀は過保護だなー。別に俺がやってもよかったのに。まあいいけどさー。

「ガッハッハ。面白いな、赤髪のボウズ。では早速鍛錬場へと向かおうか」

オスカーさんは豪快な笑いをした後、扉を思いっきり開けて部屋を出た。オレたちもその後に続く。長い廊下の左右にはいくつかの扉が並ぶ。ここは師団員の寮らしいからこんなにも部屋数があるんだろうな。

突き当たりの階段を降りて一階へと進む。そしてどこに寄り道をするでもなく真っ直ぐに玄関を出た。青っぽい色が目立つこの寮は陽の光に照らされてより一層、爽やかな雰囲気を出している気がする。

「この裏手にこの寮の鍛錬場がある。鍛錬場に行くには一回外に出ないと行けねぇってのはちょい面倒なんだよなー。繋げてくれって何回か頼もうとしたんだが、他の師団長たちにな、そんな些細なことに国家の財を使うわけないだろうと軽くあしらわれたわ。ガッハッハ」

この人が師団長で大丈夫なのか?この国は。ちょっと不安になってくる。

「さて、ここが鍛錬場だ」

眼前には後ろにある寮よりは小さいが、雰囲気の似た建物がある。中からは今もなお鍛錬を積んでいるのであろう人たちの声が聞こえてくる。

『キィィ』

オスカーさんが扉を開けた。すると中には数人の男女がいた。師団員服は着ておらず、動きやすそうな格好だ。それと全員一様に体中に汗をかいているみたいだ。

「おう。頑張ってるなー、お前ら」

「あれ?オスカー師団長。珍しいですね」
「ほんとだー。私たちがいつも誘っても来ないのに、どういう風の吹き回しですかー?」

額にかいた汗を拭きながら、今まで手合わせをしていたのであろう二人組がオスカーさんへと話しかける。

「ガッハッハ。俺だって身体を鍛えたい時はあるぞー。今日はそういう気分だったんだよ」

「嘘ですね。先程僕らが誘った時は忙しいからとかなんとか言ってたじゃないですか」
「そうですよー。だから私たちいつも通りのメンツで鍛錬してるんですから」

「あぁ、そういえばそうだったかもな……。まあ気にするな。ガッハッハ」

ほんっっっとにこの人が師団長で大丈夫かなー。

「あれ?ノア君じゃない?」

名前を呼ばれ声のする方へ顔を向ける。するとそこにはこの国大帝国グランドベゼルへの入国を歓迎してくれたあの女性がいた。

「ジンさん……?!」

「おう、ジン。久しいなー」

オスカーさんはジンさんに近づくとポンポンッと肩を軽く叩いた。

「何言ってんですか、オスカーさん。三日前に会ったばかりでしょ。ほらオスカーさんのやけ酒に付き合って……」

うーんうーんと唸りながらなんとか思い出そうとしていたオスカーさんは、ついになにかをひらめいたかのようなスッキリとした面持ちになった。

「ああ!思い出したわ。ダスクの居場所が全くわからん!つって飲みまくったなー」

「それです。もう、付き合わされたこっちの身にもなってください。この寮まで運んだの、私ですからね」

「ガッハッハ。それはすまなかったなー」

「はぁ。まあいつものことですから、別に構わないですけどねー……。それでこちらには何をしに?」

「それはこっちのセリフだぞ。ここは『ナギ』の師団員が使う鍛錬場だろー?『シロガネ』のはここから真反対じゃなかったか?」

「だからですよ。だって面倒くさいじゃないですか。ここから私の寮まで行って鍛錬をするのは。今すぐ身体動かしたかったんですよねー」

「なるほどなぁ。わからんでもないなー、その気持ちは。まあこの寮に所属していない師団員が使ってはいけないなどという規則はないからなー……。お、そうだ。俺と久々にひと勝負でも……」

「おい。あんたは今から俺とやるんだろ?やるならとっとと済ませたいんだが?」

「ガッハッハ。そうであった、そうであった。ジンよ、また後でな」

秀の一言で漸くここにきた目的を思い出したらしいオスカーさん。……やっぱり不安だ。

「はぁ。……で、今から手合わせでもするの?あの二人」

ジンさんはオスカーさんから離れオレたちの方へと来た。腰まで届く銀色がかった髪をなびかせる。

「そうなんだけど……というか久しぶりだな、ジンさん」

「そうだねー。まさかこんなところで再会するとはね。前からオスカーさんがノア君たちのことを話してたのは知ってたし、手合わせするぞーって張り切ってたとはいえ……それが今日だなんてね。びっくりよ」

「本当はオレが相手するはずだったんだけど、秀に取られたっていうか……」

「あらら。それは残念だったねー。でもまあ、ここに来てラッキーだったかも」

「え?」

「実はまだ来たばかりで身体動かしてはいなかったんだけど……とてもいいものが見れそうだから」





side シン=オーガスト

「おう、お前ら。悪いが今からここ使うぞ」

「それは構わないですけど……もしよければ拝見させてもらっても?」
「あ、私も!」
「僕も!」
「俺も俺も!」

今まで鍛錬をしていたであろう師団員たちが次々に手を上げる。

「ガッハッハ、構わんぞ。きっと面白いものになるからなー」

師団員たちはさっさと部屋の隅へと移動した。そして一列になって正座をしている。

「んで?勝負内容はどんな感じにするんだぁ?」

秀は首を左、右と伸ばしている。

「そうだなー。ここは大帝国師団式のもので行こうか。ルールは三つ。ひとつ、相手を殺してはならない。ひとつ、相手に参ったと言わせるかもしくは戦闘不能に追い込むか、どちらかが成立した場合のみ、この手合わせを終了とする。ひとつ、武器の使用及び氣術の使用は自由とする。以上だ」

要は相手を殺さなければ何をしてもいいというわけだ。例えば相手の四肢を全て折っても構わないということ。まあこれは極論だが。

「意外に何でもありだな」

俺と同じようなことを思ったのか、俺の背後にいたセツナがつぶやく声が聞こえた。

「そうだな。なるべく実践的な手合わせを心がけているのかもな」

セツナのもらした感想に湊が応える。

「実践的?」

「ああ。例えば武器は真剣ではなく木刀で氣術の使用は禁止、相手を死に至らしめることはもちろんのこと重傷も負わせてはならない、といったルールであった場合を考えてみろ」

「……本来の力が制限されるってことか」

「それもあるだろう。リュウはどう思う?」

「成長しづらい……と思う」

「そうだな。本気を出しあえた方が双方の成長の糧になるのはまず間違いない。……エルはどうだ?」

「私は……そうですね。師団員の方々はどんな脅威からもこの国を守り抜かねばなりませんから、木刀を使うことや氣術が使えないというのは正直意味がないと思います」

「いい意見だな。カズハはどうだ?」

「私?えー、そうだなー。そのルールで手合わせってなると、あんまり楽しくないかなー」

「楽しくない、か。たしかにそうだな。俺もこのルール下での手合わせは避けたいところだ……。シンはどう思う?」

「ただでさえ、手合わせというのは本気で戦えないものだ。命のやり取りをするわけではないからな。だというのにそんなへなちょこなルールを科せば、何の役にも立たないただのゴミも同然だろう」

「ふっ。相変わらず口が悪いな、お前は。だがまあその通りだ」

珍しく笑う湊。別に面白いことなんて言ってはいないはずだがな。

「まあ大体が似たような意見だったな。要約するなら、俺が提示したルールでは何の役にも立たないということだ。何のために手合わせをするのか。これを押さえてなければ意味がない」

師団員なら国を守るためだろう。冒険者なら自分自身をより強くするため、とかだろうな。ただ相手の力量を測るというのもあるだろうが、その場合だろうと本来の力量を測りたいのならば、より実践的である方が正確だろう。

目的のない手合わせなどやる価値もない。時間の無駄だ。

「お、何の話してるんだー?」

ジンとの会話が済んだのか、兄さんが会話に参加してきた。

「ただの手合わせ雑談だ」

全員を代表して湊がその問いに答える。

「へ?手合わせ雑談?なんだそれ?」

兄さんははてなマークを頭に浮かべていそうな様子。そんな言葉聞いたことあるわけがないのだから、当然の反応だ。

「それよりも兄さん。そろそろ始まるぞ、手合わせ」

「あ、ああ」

鍛錬場の中央へ目を向けると、準備万端な二人の様子が見てとれた。秀は特に何の武器も持っていない。いつものスタイルだな。対してオスカーは背に携えていた大剣を構えている。

「さあ始めるか。式神招来『ゴウ』・『キラ』」

「おれっち参上だぜー!!」
「俺をまた呼んでくださるとは!」

「ほお。それが例の陰陽術というやつか?!面白いなー!」

「ふん。まあな」

「ガッハッハ。赤髪のボウズ。名を何と言ったかな」

「秀だ。オスカーの旦那」

「秀か。ガッハッハ、気に入った。俺の全身全霊を持って手合わせをするとしようか」

「ふん。望むところだぜ」

両者ともにニヤついた顔をする。そして同時に攻撃を開始した。

「ジャブ!ジャブ!ジャブ!」

毅の豪快なパンチングの連続。毅は犬神という人型の式神。主に拳で戦う。この三人のなかで先制攻撃を仕掛けるなら、やはり毅だろう。

「うおっ……!速いな!」

「からのー……ストレート!!」

右拳から繰り出された渾身の一撃。これにオスカーは避けるではなく、大剣で防ぐという手段に出た。

「ぐっ……!」

オスカーの位置は後方へと下がる。重い一撃だったようだ。

「カーッ。いい一発だ!ここまで押されるとは思わなんだ」

「おれっちの攻撃を凌ぐとはなー。秀様!結構やるぜ、あいつ」

「わーってるよ。毅はそのまま畳み掛けろ。煌はその援護だ」

「オッケー!」
「承知!」

「おりゃあ!ジャブ!ジャブ!ストレート!ジャブストレート!ジャブ……」

ジャブ、ストレートという言葉を何度も何度も口にしながらとめどない攻撃を続ける毅。そしてその間隙には……。

「ガルル!」

「うおっっと!」

煌が毅の連撃に合わせるようにして、鋭い爪を突き出しながらオスカーに飛びかかった。オスカーは弾くのは厳しいと判断したのかサイドに大きく跳び、すぐに後方へと退いた。

「こりゃあきつい。反撃する暇もないぞー」

毅の怒涛の拳の連続。そこに煌の容赦ない攻撃が加われば、防戦一方になるのは必然。秀は基本式神を前衛、自身を後衛にして戦う。だから必然的に人数が増える。人数差があり有利だからここまで一方的になっているだけだと思われがちだが、秀は単体でも十分に強い。なんと言っても神仙族だ。その辺の奴らに負けるほどやわではない。

だが、強者相手にはそうもいかないのも事実。秀には秀の戦い方がある。秀はオスカーを相手にするにはひとりでは厳しいと判断したのだろう。他に考えられるのは、秀ひとりではオスカーに失礼だと感じたとかか。

まあいずれにしろ、この戦いは圧倒的に秀が優勢。始まる前から目に見えていたことだ。

さて、オスカーとやらはここからどう挽回するのか。

「おれっちのジャブ&ストレートが悉く防がれてるぜ」
「大きな図体の割にはよく動く……」

「それでいいぞ、お前ら。あいつに反撃のチャンスを与えるな。最後は俺が決めてやる」

「ハハッ!オッケー!」
「承知!」

再び二人の猛攻がオスカーを襲う。だがその時……。

「困るぞ、それは。アクアスプラッシュ!」

空いた手を前に出し、氣術を放つ。あれは水系統の中級氣術だな。

「ついに反撃したね、オスカーさん」

勢いよく放たれた水は直線上に並んでいた毅と煌の両方を射抜かんと噴射された。

「よっと。こんな攻撃どうとでもなるぜ……って、あっ!」

毅と煌は余裕綽々とかわしたものの、前衛としての仕事を果たすことはできなかった。

「秀様!」

煌が声を荒げた。その目線の先には今にも大剣の餌食になりかけている、秀の姿があった。

「おらっ!」

「ちっ!」

大剣が振り抜かれる瞬間、秀はその寸前で後方へと飛び退く。

「まだまだまだー!」

秀に整えさせる暇を与えず、今度はオスカーの猛攻が始まった。ブンブンと音を立てながら振り抜かれる大剣。その一撃がいかに重いかがよく伝わってくる。

秀はどの攻撃も寸前でかわしている。ただ余裕で、とはいかない様子だ。それだけオスカーの剣速が速いのだろう。

オスカーの剣によって床にはいくつもの剣傷ができていた。しかもかなり散り散りだ。湊のスマートな刀術とは全く異なる。豪快な剣だな。

「ストレートォォォォ!」
「雷哮!」

「おっと」

毅の渾身のパンチングと煌の雷系の氣術がオスカー目掛けてとんでいく。それにすぐさま反応したオスカーは身体をのけぞらせてかわし……。

「いい攻撃だ」

毅の出しっぱの右腕を左手で掴んだ。

「しまっ……!」

「おらぁ!」

オスカーはぐるっと体を回転させ、毅を煌のいた場所目掛けて思いっきり投げ飛ばした。雷哮のおかげで大体の場所は把握したのだろう。

「ガハッ……!」
「クゥッ……!」

二人は鍛錬場の壁まで飛ばされた。オスカーは俊敏さだけでなく、その体躯に見合った馬鹿力ももっているようだ。

「おいおい。やってくれんじゃねぇか、オスカーの旦那」

「ガッハッハ。なかなかいい攻撃だったが、ちょいとばかり単調すぎたなー。俺も腐っても師団長。この大帝国のいわば守護神だ。簡単には負けられん」

そう言葉を交わした二人はすぐさま手合わせを再開する。今度は秀が避けオスカーが攻撃するという、最初とは真逆の事態となった。

「いい試合だね、これは」

「ジン師団長もそう思う?オレもだ。秀が式神を招来させてここまで押されるのってなかなかないからさ」

「へぇー。じゃあ秀君大ピンチってことね」

「いえ!秀さんは絶対に勝ちます!」

一際大きな声をあげたエル。戦闘に集中する二人以外の全員がエルを見た。

「あっ……は、恥ずかしいっ……!」

エルはこの場の全員の視線を集めたことに気づき、顔を赤らめ両手で隠す。当然、二人は戦いに集中しているが。

「よく言った!私もエルと同じだよー!秀!がんばれー!!」

カズハは先程のエルと同じような大声で秀を応援した。

「負けたら夕飯抜きなー!」

それに兄さんも続く。

「ん?どうした、リュウ」

リュウがちょこっと湊の袖を引っ張った。

「秀兄ちゃん、負けちゃうの?」

「ふっ。あいつはノアと同じでかなりの負けず嫌いだ。このままやられっぱなしで終わるような玉じゃない」

「うん……!」

「ガッハッハ。随分と元気なエールが、聞こえてくるなっ!」

「ははっ。ありがてぇな、おい。こりゃぁますます負けらんねぇな」

回避と攻撃の連続。両者に疲れは見られない。体力の底が見えないな。だがそろそろ動きがあっもおかしくないはずだ。ずっとこのままではジリ貧だからな。

「んじゃまあそろそろ反撃させてもらうぞ。陰陽術岩壁」

秀が氣術を唱える。するとオスカーの足元の床から瞬時に壁が迫り上がってきた。

「おおっ」

オスカーは飛び退いて回避する。

「おお。天井までしっかりと伸びてるなー。あのままいたら……確実に潰れてたな」

「陰陽術霧海きりうみ!」

辺りが一瞬にして霧に包まれる。この鍛錬場の隅から隅まで霧の世界となった。

「なんだこれ?前が見えないぞ!」
「え?隣にいるはずのあんたも見えないんだけど?!」
「ほ、ほんとだ?!」
「どうなってんだー?!」

師団員たちの騒ぐ声が耳につく。うるさいやつらだ。

「霧海を使ったか、秀」

「霧海?」

セツナは聞きなれなかったであろう湊のこの言葉に疑問を抱いた。

「ああ。秀の陰陽術のひとつだ。簡単に言えば目くらまし、というところか」

「目くらまし……」

「おお!すごいな。一寸先すら見えん!!これでは暗闇にいるのとなんら大差がないなー。ガッハッハ。面白い!!」

オスカーは状況把握をしながら笑っているようだ。声が無駄に大きいおかげで見えなくても大体の位置がわかるな。

「陰陽術火柱!」

秀の声が聞こえた。そしてほぼ同時にゴオオッと炎が燃え上がる音がした。しかも複数聞こえてきた。

「うお、あっつ!」

当たったのか?いやもしくは触れる寸前で避けたか。あの男なら反射で避けられそうだしな。

この状況を見通せる者はいない。見えているのはわずかぐらいか。

「危ない危ない。危うく丸焦げになるところ……あっつぅ!」

ゴオオッという音は間隔を開けながらも絶えず聞こえてくる。こうなれば誰もが音で判断するしかなくなる。普段使い慣れた危機回避能力のひとつを潰されるのは非常に厄介だろう。目、というのは特に重要な能力だからな。

だが流石というべきか、オスカーは音と反射だけで秀の攻撃を避けている。もしかしたら今までに培ってきた戦闘センス的なものも含まれているのかもしれない。

「なあ」

「なんだセツナ」

セツナの呼びかけに湊が応えた。

「この霧海って、さっき目くらましって言っていたが、攻撃されたら見えるんじゃないか?霧の動きとかで」

たしかにただの霧なら剣を振り抜く時や拳を放つ時に生じる風の流れによって、多少なりとも気流が発生する。それが見えれば秀がどこにいるかわかるかもしれない。だがこの霧はただの霧ではない。なにせ氣術で作り出した特殊な霧だからな。

「……っ!」

セツナの息を呑む音がわずかに耳に届く。

「これでわかっただろう。この霧の中でどう動こうと気流は発生しない。よってこの霧に包まれた者には、秀の攻撃は突然目の前に現れたようにしか見えることはない。つまり、秀の動きや場所をで捉えることは不可能だ」

「……なるほどな」

おそらく湊はセツナに実演してみせたのだろう。眼前に拳を突き出すとかしてな。俺も湊も神仙族とは言え、この霧の中では秀の動きを目で捉えることは不可能だ。オスカーのように別の感覚を使えば話は別だが、それも正確とは言い難い。そのあたりは本人の実力次第といったところか。

そういう意味で、オスカーが目以外の察知能力でおそらく秀の攻撃をギリギリかわしているのは、オスカーの戦闘センスの高さを物語っていると言える。

「これでチェックメイトだ」

その瞬間、バチバチという明らかに火柱とは異なる音が聞こえてきた。

「何?……ぐはぁぁっ!」

オスカーのものと思われる悲鳴が聞こえた。その数秒後にはカンッという金属音がした。そしてその直後霧が徐々に晴れていくのがわかった。どうやら決着がついたらしいな。

目前には背中を上に向けて倒れ伏す大きな体躯をもつ男と、近くの床には大剣が転がっていた。あの悲鳴と金属音の正体は、目の前にあるこの光景から大方察することができそうだ。

「オ、オスカー師団長!」
「オスカー師団長が、負け、たの?」
「う、嘘だろ?!大帝国で五本の指にはいる強さを持つオスカー師団長が?!」
「そんな、馬鹿な!」

師団員たちはみな同じように驚き動揺していた。まあ自分たちの上官がやられればそうなるのも必然か。うるさいのは迷惑極まりないがな。

「奇襲作戦大成功!やったぜ、秀様!」

ガッツポーズを掲げる毅。隣には煌もいた。

「俺、役に立てましたか?」

「ああ。毅、煌。お前らのおかげで勝てたぜ。ありがとな」

「ノープロブレムだぜ!秀様」
「お役に立てたのであれば何よりです!」

「また頼むわ」

そう言うと二人の姿は跡形もなく姿を消してしまった。

「まさかオスカーさんが負けるなんて、ね。しかも私には最後何が起こったのか全然わからなかった」

「安心してよ、ジンさん。ここにいるほとんどはジンさんと同じだからさ」

兄さんの一言にジンは目をパチパチとさせる。

「ほとんど?」

「あ、あー、ほら。流石に術者本人には見えてるからさ」

「たしかにそうね。秀君が見えてなかったら本末転倒よね」

見えていたのは秀だけじゃないけどな。

「……いたたたたっ」

「「「「オスカー師団長!」」」」

背中をさすりながらゆっくりと起き上がったオスカー師団長。それを見た師団員たちは安堵の大声を上げた。

「なんつーう重い一撃だ。数秒とはいえこの俺が気絶するとは……カーッ、背中が痛いわ」

「そりゃあ不意打ちってのも加味すれば当然だろう。毅は俺の式神の中でも一、二を争うほどの馬鹿力の持ち主だ。見た目からじゃあ、なかなかわかんねぇだろうけどな」

毅はオスカーに比べればあまりに細い身体つきだ。だが、おそらくはオスカーに匹敵するレベルに力が強い。見た目のみで侮るのは危険だろう。

「ま、つーわけで俺の勝ちだな、オスカーの旦那」

秀はオスカーに腕を伸ばした。一瞬その手に戸惑ったオスカーだったが「ガッハッハ」と疲れたように笑いながら秀の手を取った。

「いい手合わせであった。またやりたいものだ」

「ふん。いつでも大歓迎だ、って言いてぇとこだが、あんま手の内は晒したくねぇからな。しっかりとインターバルは取ってもらいてぇとこだ」

秀がオスカーを引っ張り上げる。

「ほお。まだまだやりようはあると」

「はっ。それはお互い様だろ?」

「ガッハッハ。それもそうだなー」

「秀!お疲れー!」

真っ先に声をかけに行ったのは兄さんだ。俺たちもその後に続く。

「お疲れ様です!秀さん!」

「おお。ありがとな、お前ら。応援すげぇ嬉しかったぞ」

「秀殿!今度ぜひ僕とも一手お相手を……」
「あ、私もお願いします!」
「俺も!」
「おい俺だってやりたいぞ!」

隅にいたはずの師団員たちも俺たち同様に秀たちのもとに集まっていた。そして秀との手合わせを望んでいるらしい。秀は師団員たちに囲まれていた。

「ああ?おいおい勘弁してくれ。俺は便利屋じゃなくて冒険者だぞ」

「じゃあEDENに依頼したら受けてくれますか?!」

断ったにも関わらず、師団員たちは別の方法を提示しどうにか秀との手合わせを実現しようとする。

「EDENって個別指名の依頼みたいなのができるのか?」

兄さんはカズハに問いかけた。

「まあねー。できるけど、通常よりかなり依頼料かかるよー。詳しいことは分からないけど、Sランクとかになるともうありえない金額らしいねー」

「へぇー」

「ではこういうのはどうだ?大帝国第三師団『凪』から秀にうちの指導員として指名依頼をするというのは。そして日程に関しては秀の自由でよいという条件付きだ。どうだ?」

オスカーから妙案が投げかけられた。これはもう秀が受けるかどうかの話。俺にはどうでもいいことだ。

「……そんなキラキラした目で見るんじゃねぇよぉ。……ったく、しょうがねぇな。オスカーの旦那に免じて、暇な時なら顔を出してやってもいい」

秀は後頭部をぽりぽりとかきながら、渋々了承した。

「「「ありがとうございます!」」」

ピシッと九十度のお辞儀をする師団員たち。

「おう」

「おっと、そうだ。秀に聞きたいことがあったんだが……」

「ん?なんだ?」

「蒼という猫の亜人はもしかして……」

「ああ。お察しの通り、俺の式神だ。ちなむとオスカーの旦那がさっき戦った毅や煌よりも、単純な戦闘力は上だぞ」

「なに?!本当か?!……ますます手合わせ願いたいものだ」

「ああ、そうだ。俺が勝ったんだから、ノアやシンとは戦えねぇってこと忘れんなよぉ」

秀はまだ確実に治っていないオスカーの負傷部分を思い切り叩いた。

「うぅっ……!いててて。わかっている。俺は約束は守る男だからな!ガッハッハ」

「まーたてきとうなこと言ってるね、オスカーさんは……」























しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

処理中です...