碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

21 スターライト連続誘拐事件Ⅰ

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side ノア=オーガスト

「は……?今なんて言ったんだよ、リオン」

守護叡団ビースト・ロア専用の施設群にある、来客用のスペース。中央に置かれたテーブルを取り囲むように、オレたちノアズアークとリオンが座っている。さらにその中にひとり、部屋の端で顔を俯かせて咽び泣く者がいた。

「もう一度言うよ。……ボレアス所属の叡団員ペルロが亡くなった」

「ひっ……うぅ……」

ペルロさんの親友であったムースさんは、部屋の隅で身体を縮こまらせて泣いている。これはリオンのこの言葉が嘘ではないことを裏付けている。

「そ……か……」

「「「…………」」」

突然の訃報に、オレたちは自然と黙り続けてしまう。

「……みんなには別の叡団員をつける予定だけれど、今すぐには決まらない。もう少し待ってくれるとありがたい」

「自業自得だな」

重く沈んだ雰囲気の中で、セツナがその張り詰めた空気を思い切りぶち破った。

「昨日の夕方、突然用事を思い出したとか言って走り去って行ったんだろ、エル?」

「は、はい。すごく急いでいたみたいで、あっという間に姿が見えなくなってしまいました」

「そして次の日の朝、死体になって発見されたのなら……自業自得だと言う他に何を言えばいいんだ?」

「ちょっと、セツナー。流石にそんな辛辣な言葉はーーー」

「セツナさん!」

エルの鋭い一喝に嗜めようとしたカズハの言葉が遮られた。

「それはあまりにもひどい言葉です。取り消してください」

エルのいつになく怒り心頭な様子に、セツナは目を逸らした。

「……はぁ。めんどくさ」

そうぽつりと呟くと、セツナは椅子から立ち上がり扉へと向かおうとした。

「お、おい、セツナ……!」

オレはリーダーとして出て行こうとするセツナを引き止めようとした。しかし……。

「話、これだけなんだろ?」

セツナはオレの呼び止めを無視して、リオンにそう問いかけた。

「……そうだね」

「ならもういいだろ。……こんなとこ、一秒も長くいたくない」

そう言い残したセツナは、オレたちを軽く一瞥した後、何を気に留めることもなくこの部屋を出て行ってしまった。

「セツナお姉ちゃん……」

「ったく。まだまだガキだなぁ、あいつも」

「ごめんなリオン。変な空気にしちゃってさ」

「仲間なんだ。喧嘩をする時ぐらいあるよ。気にしないで」

リオンは真摯にオレの謝罪に応えてくれる。そして、セツナを不機嫌にしてしまったエルはといえば……。

「……私、セツナさんに嫌われてしまったでしょうか……」

案の定、ものすごく落ち込んでいた。

「大丈夫だって。私も怒らせたこと何回かあるしー、なんだかんだ許してくれるって」

すぐさまエルのフォローに入るカズハ。うちのムードメーカー様には、こうやっていつも助けられているのだ。ノアズアークにカズハがいなければ、このパーティはきっと自然崩壊していたに違いない。

「それで、国側は今後どう動くつもりだ?」

湊の重い一言に、再びこの部屋に緊張感が走った。

「誘拐された子どもたち以外に、二人もの犠牲者を出してしまった。こんなことは許されることではない。現在はステラ叡団長が、今朝発見されたペルロの事件を重点的に調べることになっている。それと、前々から決まってはいたけれど、ようやく『エウロス』のエヴァン=ブレイブ叡団長も加わることになった」

「叡団長は確かに強いだろう。当然兄さんの足元にも及ばないが……だが、ただ武力面で強いやつを集めた程度でこの事件が解決できると、本当に思っているのか?リオン」

シンが珍しく口を出した。
きっと相手がリオンだからだろうな。

「うわ、痛いところをつくね、シン。でも君の言う通りだ。いくら腕っぷしの強い者を集めたところで、この事件を解決できる保証なんてどこにもない。そんなことは僕でもわかる。けれど何もしないで無常に時間が過ぎるのを待つだけというのは、一番よくないことだ。だから少しでも新しい対策をしていくことで、事件解決に繋げるんだ。僕たちはもがき続けないといけないのだから」

唯一の情報源だった無精髭の男は爆死し、仲間を再び失って絶望に立たされてもなお、リオンの目は全く死んではいなかった。とても打ち破れそうにない脅威を前にしても、一歩も引かない。そんな強い心をリオンは持っていた。初めて出会ったあの時、暗い表情でオレたちを見つめていた光のない瞳をしていたあの時とは、全く違う。

本心から思う。かっこよすぎる、と。

「私もさ、ちょっと前までは生きる意味を失ったまま、楽しくもないのに笑うような、そんな毎日を送ってた。でもそこにノアたちが現れて、私を見つけてくれた。だからさ、きっと絶望の中にいたってちゃんと光は差し込むんだよ」

「カズハの言う通りです。私もお母さんが病気で危うく亡くなりかけた時、ノアさんたちに助けていただきました。私は運が良かったと、奇跡だったとしか言いようがありませんでしたが、希望は絶対にあります。諦めるなんてまだ早いです!」

カズハは感慨深そうに微笑み、エルはみんなを鼓舞するように声を上げた。

「二人の言葉、とても嬉しく思うよ。ありがとう。……図々しいかもしれないけれど、引き続きこの凶悪な事件を解決するために、みんなの力を貸して欲しい」

どこまでも真摯に向き合うリオンに、オレたちが出す答えなんて決まってる。

「はは。そんなんあたりまえだろ、リオン。友達の頼みを無碍にする馬鹿がどこにいる?」

「兄さんの言う通りだ。そして兄さんはいつも正しい」

「はは。ノアとシンからその言葉をもらえるのは……なんだかむずがゆいね……すごく嬉しいよ」

リオンはそう言葉を漏らしながら晴れやかな顔ではにかんだ。

「……水を差すようでわるいが、エヴァン叡団長が応援に来る他に、何か策は用意していないのか?」

「……耳がいたいです……」

「「「…………」」」

湊の的確かつ鋭い一言に、リオンは真剣な面持ちではあったが、どこか心に影を落としているような気がした。そしてこのどんよりとした空気に、誰もが不安気に黙り込んでいた。部屋の隅でうずくまったまま啜り泣くムースさんを除いて。

諦めない。オレたちはそう決意した。だけどそれは当然、単純な話ではなかった。口でならなんとでも言えるのだ。四ヶ月に渡る誘拐事件の貴重な手がかりを入手した矢先にその人物は死亡し、さらには再び叡団員が死んでしまった。奥さんと新たな命を残したまま……。








side ???

深い深い森の中。スターライトから北にやや離れたこの暗い夜道に、あるひとりの男がいた。

「ふんふふん~」

不気味な夜の森だというのに、その男は軽やかな足取りでとある目的地へと向かっていた。側から見ただけでも、今にも踊り出しそうなくらいに、この男が上機嫌なことがわかるだろう。

「まさかあんなにもうまくいくなんて……ぷぷぷ。あのどんよりとした空気を思い出すだけで、心が弾んじゃうな~」

男はおもしろおかしそうに口もとを緩ませながら、目的地へと向かってステップする。

「にしても、パパが変なとこに別荘をつくるもんだから、移動がめんどくさいったらないよ」

男は文句を言いつつ、獣道をうまく使いながら進んでいく。慣れたその足取りは、ここを何度も通っている表れだろうか。

「ま、おかげでこの国のわんころどもに嗅ぎつけらてないけどね~。いやー、僕ってばなんて恵まれてるんだろ~!」

いつも以上に浮き足だった心境に、男はただただ身を任せる。これまでは慎重すぎるくらいに動いていたのだが、今回ばかりはそんなことに労力を割きたくはなかったのである。

数分して、男はようやく少し開けた場所へと出た。そして山小屋というにはあまりに大きな、だがそれでいて苔やつたがところどころに生えており、まだ人が住んでいるようには感じられない木造の家を目の前にした。

「とうちゃ~く!」

男はぴょーんと一歩前へジャンプした。そして着地時に夜空へと大きく両手を広げた。

「ぷぷぷ。なんだか子どもの頃に戻ったみたいだね~。気分爽快だ~!」

子どものようにはしゃぐ男は、軽やかな足取りで目の前の屋敷の玄関前まで進んで行った。そしてドアノブへと手をかける。

「無様に死んでったバカな男のおかげでここまでうまくいくんだから、世の中とことん腐ってるな~」

『ガチャ』

「ペルロもバカなやつだ。僕の正体にあのまま気づかなかったら、命を落とすこともーーー」

「ムゥゥゥゥスゥゥゥゥ!!!!!!」

「……っ?!」

男がドアノブを回し扉を開けようとした瞬間だった。誰もいないはずの夜の森に全く似つかわしくない怒号が、男の背後から鳴り響いた。木々からは羽休めをしていたであろう鳥たちが、一斉に飛び立っている。

「は……?」

男はそれまでのおもしろおかしそうな表情とは打って変わって、目を大きく見開き、ありえない出来事を目の当たりにしたかのような、驚愕に満ち満ちた顔をした。

「ペ、ルロ……?」

その男……ムースは、自分がつい先日殺したはずの男が生きていることに、心底驚いた。
なぜ、あいつが生きて……いや、今考えるべきはそこじゃない。

「……あ、あれ?ペルロ……ど、どうしたの?こんな、何もない、とこに……あ、それに、生きてたんだね!よ、良かった!!」

ムースはあくまでいつも通りの……今まで作り上げてきたムースという人物像を、目の前にいる男に見せつけた。そして安堵した顔で涙を一粒流す。

「それはこっちのセリフだ!まさか本当にお前が、誘拐事件の、犯人、だったなんて……」

ペルロは苦悶に耐えるような顔で俯いた。ペルロは真実を目の当たりにし、ムースが今回の事件の首謀者であると、そう断定したのだ。

「な、何を、言ってるの?ペルロ……!」

だがムースはそれに少しでも反抗する。なぜなら今まで通りであれば、この弱々しい、庇護したくなるような振る舞いをしていれば、誰にも咎められることなどなかったのだから。

「しらばっくれなくていい!でもう……ムース、お前がやったってことにしかならないんだよ!!」

「ひっ……!」

うーん。いつもだったらこれで絆されて引き下がるはずなのに、今回は違うみたいだね~。このやり方じゃ逃れられそうにないな~。護衛とかいつもつけてないし、今日はルンルン気分すぎて警戒し損ねたな~。まさかこの僕が尾行に気づかないなんて~。

ま、反省は後にしよっと。今はどうやってこの場を乗り切るか、だよね~。手っ取り早いのはちゃっちゃと逃げちゃって、国外逃亡をすることだけど~、そこまでの準備はしてないから、逃げるのは難しそう~。それにあいつ、犬の亜人だから僕よりも速いんだよな~。でもあれか、たしか屋敷の中に……。

ムースはいつものへなちょこな仮面を被ったまま、心の内ではこの場をどう切り抜けるかを熟考していた。

「ムース。がっかりだよ。まさかライアン宰相が言っていた通りだったなんてね」

暗い暗い木々の間からその姿を見せたのは、この国の第二王子であるリオン=アストラルであった。その優しい金色は、月明かりに負けないほどに存在感を示していた。

「リオン、様……?!」

あちゃー。これはまずいな~。ますますひとりで逃げるのは難しそう~。もう呼んじゃうしかないか~。

「おーい、まさかペルロさんとリオンだけでお前みたいな凶悪犯を捕まえにきたとか思ってないよな?」

「……!」

ムースは暗がりから再び複数の人物が現れたことに目を見開いた。

うげー。なんかうじゃうじゃ湧いてきたんだけど~。

ムースの眼前にはペルロとリオンに加えて、後からやってきたノア、湊、シン、エルといったノアズアークの面々、そしてステラ叡団長が揃っていた。

「ムース!なぜ……なぜ仲間を殺したぁぁぁぁぁ!!」

ステラ叡団長は感情のままにムースに怒号を浴びせた。自身の大切な仲間を、同じく大切だったひとりの仲間の手によって殺された。これは彼女にとって、どんな痛みよりも辛く苦しいことであった。

うわ、声でっか。しかも何あの顔~。ブサイクすぎ~。

「……あーあー、もう~、うるさいな~。そんな大声出さなくても聞こえてるってば~」

「「「……?!」」」

ついにムースはその本性をあらわにした。飄々としたその態度は、先ほどまでの小動物のような、弱々しい姿とはまるで違っていた。別人であったと言われた方が、まだ納得ができるというものであろう。

「ム、ムース……?」

この豹変ぶりに一番の衝撃を受けたであろうペルロは、案の定戸惑いを隠せずにいた。

「はーい。ムースだよ~。やだな、ペルロ。ずぅっと一緒にいたのに、僕のこと忘れちゃったの~?」

「い、いや、そんなことはーーー」

「そうだよね~。だって嘘で塗り固められたよわっちい僕のこと、ずっとずっと守ってくれたもんね~」

ムースは口の両端をこれでもかというくらいに吊り上げたかのような、邪悪な笑みを浮かべていた。ペルロはその笑顔に、背筋がぞっとしたような感覚を抱いたことだろう。

「う、嘘ってそんな……そ、そうだ!ウルラ!ウルラをなんで殺したんだよ!」

ペルロは親友が犯人であったことを受け止めきれずにいながらも、もうひとりの親友の死の謎を確かめようと声を張った。

「そんなの……バレちゃったからに決まってるじゃん」

ムースはペルロの気持ちを馬鹿にするかのように、悪びれもなくそう口にした後、口を開けながら舌をべーっと出した。



『あーあ、今日から五日間、夜の警備担当のせいであの子たちと遊べないのか~。残念だな~』

スターライトのとある路地。担当場所をひとりで見回っていたムースは、本性をさらけ出したままのんびりとテキトーに歩いていた。いつも通りの職務をこなして、それが終わったらあの古びた屋敷の中に置いてあるおもちゃで遊ぶ。それがムースにとっての日常であった。

だがこの日、その安寧が崩されかける。

『ムース』

背後から聞き覚えのある声。

『……あ、あれ?ウルラ?なんで……?』

ムースは後ろを振り向きながら、すぐさま仮面をかぶった。

今の、聞かれた……?

『少し、聞きたいことがあってな』

『き、聞きたいこと?』

急にどうしたんだろ~?ウルラが自分の仕事を放り出してまで来るなんて~。

この時のムースは、少しの違和感は持っていたものの、ほとんど警戒はしていなかった。それもそうだろう、まさかウルラからこんな言葉が飛び出してくると、そう予想できるはずもなかったのだから。

『この一連の誘拐事件、お前がやったんだな』

『は……?』

ムースの化けの皮が剥がれた瞬間だった。だが、ムースは平静をすぐに取り戻し、取り繕おうとする。

『ちょ、ちょ、ちょっと、待って、よ。な、なんの、話をして……そ、それは、何?』

ムースが会話を試みようすると、それを遮るかのように、ムースの眼前に一枚のボロボロの紙が広がった。

これは……!!

『これは先ほどある不審者が落としていった物だ。この紙には不思議な文字が書かれており、残念ながら読むことはできなかった。だが、この裏面……』

ウルラは紙をひっくり返す。そしてムースにわかるように、空いた手でとある場所を指差した。

『この絵……これは昔ムースが描いていたサインと同じだ』

『……!!』

この指摘に、ムースは動揺を隠せなかった。まさかあんなに小さな頃の、しかもたった一度しか見せなかったはずのこの絵を覚えているなんて思いもしなかったのだから。

『その顔……そうか。俺の記憶違いであればいいと思っていたんだが……そうか……』

ウルラは、冷静な顔や声ではあったが、なんとかこの事実を受け入れようと無理をしているようにも見えた。

『……はぁーあ。なんでそんなむっかしのこと、覚えてたんだよ~。意味がわかんなーい!』

『…………それがお前の正体か』

『あれあれ?全然驚かないね~。ぷぷぷ。ウルラはやっぱりクールだな~』

ムースはウルラの顔を覗き込むような体勢をとった。ウルラはそれに無反応であったが、それは単に彼が表に感情が出ないタイプであったためであろう。親友だと思っていた男が実は連続誘拐事件の犯人でしたなど、笑い話で済むことでは決してないのである。

『……なぜ、こんなことを』

『あ、やっぱ気になる~?気になるよね~?でも残念……』

『ぐっ……!』

『僕今、超超超怒ってるから~、教えてあーげない!』

ゼロ距離から心臓に短剣を刺されてしまったウルラは、苦痛に顔を歪ませながら倒れた。短剣が刺さった場所を中心にして、叡団員専用の新品同様に整った服が赤く染まっていく。そしてそれを笑顔の悪鬼が見下ろした。

『こんなことでバレちゃっうなんてさ~。僕の大事な趣味を奪うなんて、いくらウルラでも許さないよーん』

ムースは、べーっと舌を出す。倒れたウルラは、なんとかムースをその朧げな視界に捉えてはいるが、息は絶え絶えであり、もう限界に近かった。

『じゃ、これはもらってくね~。……あのバカのせいで、危うく僕の人生が破滅するとこだったな~』

ムースはウルラの心臓付近に落ちた暗号文の書かれた紙を取り、それをヒラヒラと見せつけながら、ウルラのもとから離れていった。そこには親友であったウルラを刺した罪悪感などは微塵もなく、今にも死にかけているウルラに対して何の感情も抱いてはいなかった。

『ゴボッゴボッ…………ペルロ……あとは……ま……かせ……た…………』

ムースが去る寸前、ウルラは虚しくも闇夜に染まった天に向けて左手をかかげ、たったひとりの親友に最後の言葉を残し、絶命した。息絶える直前の瞳には絶望の色など決してない。そこには届くことのない親友への、一縷の希望の光が浮かんでいた。







side ノア=オーガスト

「……でさでさ、ウルラってば最後になんて言ったと思う?『ペルロ~、あとは任せた~』だってさ!ぷぷぷ。あの時は僕以外誰もいなかったってのに、何言ってんだかって感じだよね~!」

ペルロさん、リオン、オレ、シン、エル、湊、そしてステラさんという大人数の圧がかかっているはずなのに、目の前でケタケタと笑う小柄な男ムースは、このプレッシャーをものともせず、自身が殺した親友を馬鹿にしていた。

「ふざけるな……」

「えー?なんて~?」

ムースはペルロさんを煽るように首を傾げながら耳に手を当てた。

「ウルラを……俺の親友を馬鹿にしてんじゃねぇぞ!ムース!!」

ペルロさんは天にも突き刺さるかのような大声を張り上げた。もしオレがペルロさんの立場であっても、きっとこの人みたいに憤っていたに違いない。

目の前にいるあのへらへらと口もとを歪めた悪鬼は、もはや人なんかじゃない。人に仇をなす魔物と何ら変わらない。あいつと仲良くなるのは絶対無理だ。

オレは嫌悪感を抱きながら、ふと隣に立つ真顔のシンを見た。

あー、シンだったら、今から害虫駆除をするのか、とか思ってそうだ。

「さっきからぴーぴーわーわー、うるさいな~」

ムースは両耳を手で塞ぐ動作をした。その動きの最中、微かに開いた背後の扉の隙間に、何かを投げ入れた気がした。

今、何をした?

「人は誰だっていつか死ぬんだからさ~、そんなキレなくてもよくなーい?」

それになんなんだ、この余裕は。七体一のこの状況、普通なら何かしら策を講じて逃げるはずだ。だけどあいつはオレたちとの会話を楽しんでるかのようにこの場に留まってる。……もしかして、時間を稼いで援軍を待ってるのか?

「あ、ちなみに君たちもこの世界からバイバイしちゃうみたいだから~、せいぜい足掻いてみてね~」

「何を余裕ぶってるんだ!貴様ァァ!!」
「ムースゥゥゥ!!」

へらへらと笑いながら手を振るムースに対し、ステラさんとペルロさんが一斉に襲いかかった。ステラさんはその拳を突き出そうとし、ペルロさんは腰に下げていた剣を振り抜こうとする。

『パリンッ!』

その刹那、ガラス製の何かが割れる音がした。

「「……っっ!!」」

その音が鳴ったとほぼ同時に、ステラさんとペルロさんの腕に、何者からかの攻撃が着弾した。二人は痛みを押し殺すようにしながら、後方に飛び退いた。

「大丈夫か?!二人とも!」

「くそ、油断した」

「だ、大丈夫です」

二人にリオンが駆け寄り、怪我の様子を確認した。オレたちも新たな手勢に対応するため、臨戦態勢をとった。

「グゥあぁァァ!」
「ドゥわぁァァァァァ!」

平気だと、そう言った二人は突然苦痛に満ちた声を張り上げた。その悲鳴にオレたちも近くに駆け寄った。

「これは……!」

リオンは二人のひどい有様に驚く。それはここにいる誰もがそうだった。

ステラさんの左腕はまるで氷そのものかのように、完全に凍りついていた。そしてペルロさんの右腕からはゴウゴウと炎が燃え上がっており、その火は消えるどころかますます火力を増しているようだった。

「……何をしたんだ!ムース!」

「やだな~、リオン様~。僕ひとりじゃ勝てるわけもないから~、助っ人を呼んだんですよ~。あ、もう出てきてもいいよ~!」

ムースは、さっき攻撃が放たれた、屋敷の二階の窓の方へと顔を向けた。するとそこから、二人の人物が飛び降りてきた。

……結局、こうなるのかよ…………。

「いや~、ほんと助かったよ~。カナタくんにカイトくん」

ムースを守るようにオレたちに立ちはだかったのは、オレたちのよく知る人物で、それはまごうことなき本人たちだった。

カナタとカイトさん。

カナタはただ真顔で、カイトさんはだらんと銃を持った腕を下ろしながら、光のない空虚な目でオレたちを見つめていた。

























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