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レグルス編
23 スターライト連続誘拐事件Ⅲ
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side リオン=アストラル
「全ては俺の責任だ。すまない」
ステラ叡団長は深々と謝罪をした。それは玄関前、僕たちの目の前で呆然と立ち尽くす人物に向けられていた。
「この国の第二王子として、僕からも謝罪を。僕たちの不甲斐なさから、あなたの大切な旦那さんを奪ってしまった。申し訳ない」
「……ふ……うぅ……そ、そんな……ううぅ……」
止めどなく流れる涙を、指の腹で懸命に拭き取ろうとする犬の亜人の女性。この人こそ、ペルロの奥さんだ。よく見ずとも、そのお腹は丸く大きく膨らんでいた。
「あ!……だ、大丈夫?」
突然の夫の訃報に、奥さんは空気の抜けた風船のように脱力してしまった。それに瞬時に対応したのは、ペルロの親友であるムースだった。ムースは奥さんを支えるように肩を貸した。
「え、え……っ……平気、よ……ぅ……」
大人げないとでも思っているのだろうか。奥さんは涙を我慢しようと、必死に堪えていた。
良心が、痛む。
「子どもにも、悪いことをした。すまない!」
再びステラ叡団長は深く頭を下げた。ステラ叡団長は情に熱く、仲間想いな人だ。普段は荒々しいが、こういった時には真摯に向き合う。
「ぅ……いいんです、もう……。守護叡団に勤めるということは、いつかこんな風に突然いなくなってしまうことを、覚悟していなくてはならないということですから……ステラ叡団長が謝る必要も、まして第二王子様が謝られる必要もないのです……」
少し平静を取り戻した奥さんは、その目に涙を溜めながらも、僕たちへの慰めの言葉を紡いでくれた。膨らんだお腹を優しくさすりながら。
「あ、いけない。私ったら。お客さんを、外に立たせる、なんて……どうぞ、中にお入りください。特段良いものは、お出しできませんが……」
「そこまで気をつかわなくても大丈夫だ。ありがとう。ただ、ペルロ……旦那さんのことで、少し話しておきたいことがあるんだ。奥さんのことも心配だから、中で座ってでもいいかな?」
「え、ええ。もちろんです、リオン様」
「ありがとう。……ステラ叡団長、ムース。君たちは戻って調査の続きを頼むよ」
「了解だ」
「わ、わかりました」
とりあえず二人を遠くにやり、奥さんに肩を貸しながら中へと入っていく。そしてソファーへゆっくりと下ろした後、僕も向かいに座った。
「それで、お話というのは、一体……?」
涙で目を腫らした奥さん。こんな想いをさせて、本当に申し訳ない。本当なら涙で顔を濡らすことも、心を痛める必要も全くなかったというのに。これも作戦の一環とはいえ、心苦しくて仕方ない。
けれどもう、ターゲットはいなくなった。つまり、今僕が奥さんに真実を明かしたところで、何の問題もないわけだ。
僕は奥さんの潤んだ目をまっすぐに捉えた。
「そうですね。実は……」
「調子はどうかな?ペルロ」
ベッドが規則的にいくつも並べられた大きめの部屋。その一角に、犬の亜人ペルロが横たわっていた。ペルロは真っ白な布団を首の下までかぶり、おとなしく寝ていた。
「気分は……最悪です。まさかあの薬の副作用がここまで酷いものだったなんて……うぅ、頭が……」
ペルロの周りは病室なだけあって綺麗に整えられていた。そしてリラックス効果の期待できる香木を空薫してもらっている。けれどその効果も虚しく、ペルロのその表情はかなり青ざめていた。
エルに紹介してもらった薬屋クマックの二人の薬師が処方した薬の効き目は、ペルロがこうして無事に生きている時点で証明されている。だけど、その副作用も聞いていた通り、かなり堪えるものみたいだね。
僕はベッドの横に置かれた木製の丸椅子に腰掛けた。
「体調もそうだろうけど、精神的にも辛いだろう、ペルロ」
「……はい…………」
それもそうだろう。何せ子どもの頃から親しかったはずの友に、ついさっき殺されかけたのだから。
「あの……その時の話、今してもいいですか?」
「いいのかい?君にとって言いふらしたい話でもないだろうに」
それもまだ自分の中で消化し切れてはいないはずだ。ペルロにとって単に裏切られたなんて、そんな生やさしいものではないだろうから。
「その、通りです。今でも信じられませんよ。ムースが、子どもたちを誘拐してたなんて。それに、ウルラまで手にかけてたなんざ……信じられるわけないじゃないですか!」
顔をぐちゃぐちゃにして声を荒げたペルロ。
「けど、俺の中だけじゃ、抱え切れないんです。もうわけがわからなくて、限界なんです。だから……」
彼にも辛いことを押し付けてしまった。ムースの本心を炙り出すためとは言え、ペルロには酷い役回りをさせてしまった。奥さんのことといい、ペルロ夫婦をたくさん悲しませてしまった。
「ぐ、うぅ……!」
ペルロは顔を少し歪めながら、自身の上体をなんとか起こそうとしていた。
「無理して起き上がらなくとも……」
「いえ、俺が話しにくいと思っただけですから、気にしないでください……っしょと。あー、ほんとあの薬すごいですね。副作用は最悪ですけど」
「そのようだね」
「でもそのおかげで、こうして生きてる。これが終わったら、クマックの宣伝しまくりますよ」
「お、それはいいね」
僕でも薬屋クマックの存在は名前ぐらいしか聞き及んではいなかった。基本、行きつけの場所にしか顔を出さないからね。
だけどあの薬屋は、もしかするとこの国一番の腕を持っているかもしれない。小さなところだったけれど、優秀な薬師が二人もいた。ただ、お孫さんのベアドルさんのせいで商売上がったりだと言っていたから、今までやってこなかった宣伝を積極的にやれば、きっと大勢の常連客ができるはずだ。
僕も微力ながら手伝おうと考えているけれど。
「…………その、あの時のこと、なんですけど……」
『ど、どしたの?ペルロ。急に、こんな……路地に呼び出して……』
ムースは相変わらず、おどおどとした様子で俺を見ていた。いつもと変わらない姿に、なぜか安堵感を覚えた。
『あのな……少し聞きたいことが、あってな……』
そうだ。ムースがあんな非道なことをするわけがない。きっとライアン宰相やリオン様が間違っておられるんだ。そうに違いない。
『この紙なんだがな……』
俺は胸ポケットから、くしゃくしゃの跡がついた紙を取り出した。
『……っ!』
ムースはなぜか、驚いたような顔をした。
なんで……なんで、そんな顔をするんだよ……。
『この裏のさ、この絵あるだろ?絵というか、サインか。俺さ、これを目にした時、どこかで見たなと、そう思ったんだよ』
俺は紙を見つめるムースから目を逸らさないように、意識的に見据えていた。でなければ……心がおかしくなってしまいそうだったから。
『でもそん時は全然思い出せなくてな。ほら、ウルラと違って俺は馬鹿だから、な』
『…………』
なんで、何も答えてくれないんだ……。
ムースの沈黙が茨となり、さらに俺の心を締め付ける。
『けど、自宅に戻って、何気なくみた、俺のヘッタクソな絵を見て、思い出したんだよ……』
そう、あれは俺たちがまだ出会って間もない頃。親同士が仲が良かったこともあり、俺たちはそれこそ赤子の頃からよく一緒にいた。
ある時、家族ぐるみでピクニックに出かけた。その森には太陽が反射して水面がキラキラと輝く湖があった。俺たちはそれに子どもながらに感動して、誰が一番上手く描けるかというゲームをしたんだ。
言わずもがな、俺の絵はとても湖とは言えないもので、色合いも濁っててわけがわからない毒のような湖が出来上がった。ウルラは簡素ではあったがよく特徴をとらえていて、上手いな、と素直に言葉が出た。
そしてムースはというと、まるで本物と見間違うほどに、美しい湖を描いていた。将来は画家としてやっていけるんじゃないかって、三人で笑い合ったことも覚えている。
それでその時に三人で、それぞれオリジナルサインを絵の中に入れたんだ。ムースのキザな顔をしたハムスターっぽいサインは、やっぱりうまくて、俺のミミズのようなサインとは大違いだった。
『このサインは、昔ムースが描いてたものと同じだ……ってな』
『…………』
ムースは俺の手のひらに置かれた紙を見つめたまま、沈黙を続けていた。
『けど……けどさ……何かの間違い、なんだろ?たまたま別の誰かが、ムースのサインと似たやつを使ってたとかそういう……な?』
俺は神に縋る思いで、声を震わせながらムースの両肩に手を置いた。持っていた紙はひらひらと暗闇の中を落下し、冷たい地面へと着地した。
『ぷぷ……』
『……?』
なんだ、今の笑い声は……?
一体どこから……?
俺はキョロキョロと首を回した。
『いいこと、教えてあげる、ペルロ……僕、そのサインはあの時以来、一回も使ってないんだ。みんなの前では、ね』
『ム、ムース……?』
ようやく口を開いてくれたムースに向き直る。けれどその口調に、違和感があった。
『あーあ。またこれでバレちゃった。命令書を持ち歩くなって言ったのに、最後の最後で余計なことをしてくれたな~。あの馬鹿』
ムースは俺の手を振り払い、落ちた紙を取り上げてゆらゆらと動かした。
『誰だよ、お前……』
『ぷぷっ。そんなブサイクな顔しないでよ~。誰ってそりゃ、君の親友のムース君に決まってるじゃん?』
軽い口調に、終始口元が緩み切った顔。これのどこがムースだというのか。
『ウルラもそうだけど、なんでそんな昔のこと覚えてるわけ~?意味わかんなーい!』
『…………』
俺はムースの豹変ぶりに脳がショートし、完全に動けなくなってしまった。
『ま、いいや。ペルロも殺しちゃえば~、もう誰も僕に辿り着けないってことだもんね~?』
『な、なに、言って……がはっ!』
俺は口から血を吐いて、そしてムースの方へと倒れ込んだ。ムースは「うわ、汚な!」と言いながら倒れる俺をぴょんっと避けた。
『……うっ…………く……』
俺の、心臓を……刺しやがった……!
本当に、俺を殺す気なのかよ……!
親友だったはずだろ?!親友がこんなことするわけ……。じゃあなんだ、親友じゃなかったってか?
いやそんなはずは……だって、ウルラと俺とムースと三人で、何でも一緒にやってきたじゃないか!馬鹿みたいに笑い合ったじゃないか……!!でも、こんなこと、俺の親友がするのか……?…………もうわけわかんねぇよ!
なんで……なんでだよ!ムース!!
俺はうめき声を上げることしかできなかったが、心はカオス状態となっていた。親友を信じたい自分と、裏切られたことが辛くて憤る自分。それがごちゃまぜになって、さらに俺を苦しめた。
『何か言い……だね~、ペ……。でもご……よ?僕ってそんな…………じゃない……だ、こう見……さ。こんなきった…………に長居……、僕が殺った…………ちゃう……だし~?』
薄れる視界の中、ムースが何かを言っている。だけどその言葉は途切れ途切れで、聞こえてこない。聴覚には、自信があったはず、なんだけどな……。
『こ……もら…………ね~』
かすかに、足音が遠ざかるような音が耳に届いた。そして俺は、煮えたぎる想いを秘めながら、ついさっきまで温かかった身体が冷たくなっていくのを感じた……。
「……それで、目が覚めたらこの病室にいた、というわけです」
「そうか」
頃合いを見計らって僕が様子を見に行った時、そこにはペルロの仮死状態の遺体しかなかった。証拠のあの紙は持ち去られたんだろう。けれど、そんなものより確かな確証を得られた。ムースが犯人であるという決定的な確信が。
僕は作戦が成功したことをライアン宰相に伝書鳩で伝え、他の師団員たちを呼び、わざと事を荒立てた。こうすれば、ムースは確実にペルロが死んだと思ってくれるからね。
そして遺体を、ステラ叡団長にこの医務室へこっそり運ぶように命じた。
なぜこうしてペルロが生きているのかと言われれば、べアリーナさんとベアドルさんが特注してくれた薬のおかげだ。
効能を簡単に言えば、一時的に服用した対象を仮死状態にするというもの。これでムースや他の者をごまかしたわけだが、刺された傷がないのは単に近くで隠れていた僕が、すぐにエリクサーを瀕死のペルロに飲ませたからだ。王家の保管庫に数本しかない貴重なものだが、たったこれだけでこの国の平和を守れるのなら安いものさ。
「ムースは……いつから、俺たちを騙していたんでしょう……」
「それは本人に聞かなければわからないだろうね」
「そう、ですよね……はは、何言ってんだか、俺は……」
「長話をさせてしまったね。話を聞けて良かった。ありがとう、ペルロ。よく休んでくれ」
僕は身も心も疲弊し切ったペルロを休ませようと、話を切って医務室を出ようとした。
「あの……!」
「ん?なんだい?」
ペルロに呼び止められ、僕は扉の前で振り返った。
「この後、ムースを捕まえに行くんですよね」
「ああ。これ以上、野放しにはできないからね」
「なら……俺も行かせてください!」
「それはーーー」
「お願いします!」
ペルロは熱意のこもった声で願いを訴え、ガッと上体を前に倒した。まだ身体を思うようには動かせないだろうに、頭が布団に付くんじゃないかと思うくらい、深々と頭を下げている。
「……ふぅ。わかったよ。けれどせめて、次の作戦が始まるまではここで大人しくしていてくれよ?」
「っ!はい!ありがとうございます!」
ガバッと上半身を勢いよくあげたペルロは、心底喜んでいるみたいだ。
ペルロの熱意に押し切られた僕は、喜ぶ彼を他所にそっと医務室から出る。扉を閉める間際、「ぁイタタタッ!」というペルロの痛がる声が聞こえてきた。
まったく、無理をするなぁ。けれど……うん、こういう人は嫌いじゃない。
「昨日の朝に届けた文書は読んでいただけましたか?ライアン宰相」
樹宮殿の中にあるとある一室。両サイドの壁には天井に届くほどの本棚が設置されて、その中にぎっしりと本が敷き詰められている。加えて正面の机にはいくつもの書類が縦積みで高く置かれており、それが椅子に座っているであろう人物を覆い隠していた。
いつ来ても、息が詰まりそうな部屋だ。
「ええ。第一関門はクリア。犯人も私が言った通りの人物だったようで、ひとまず安心しましたよ」
ペンを走らせる音を鳴らしながら、白い壁の向こうからライアン宰相の声が耳に届いた。
「それでご用件は?次の作戦の最終確認でしょうか」
「それもありますが、それとは別に個人的に聞きたいことがあるんですよ」
「ほう」
ペンの走る音が止んだ。そしてその姿が僕の視界に入る。
「でしたら、これからレオン叡王も来るようなので、その時にお話ししましょう」
ライアン宰相は左側の本棚へ手を伸ばし、何やら色々と本を動かしている。僕には宰相が何をしているのかさっぱりわからない。
「これで最後……」
そう呟きながらライアン宰相が赤色の本を手前に引くと、どこからかカチッという音がした。そして、ライアン宰相の前にある本棚が縦に二つに割れ、扉が開くように奥側へと本棚が移動した。
「これは……」
その先には、見たこともない通路があった。薄暗いが、通路の両側に燭台が付けられているらしく、明かりを持ち込まなくとも通り抜けられる仕様となっているみたいだ。
「隠し部屋への隠し通路です。恥ずかしながら、ここはレオン叡王と子どもの頃に作った秘密基地みたいなものでして、今では内密な話し合いの際に使っているんです。とはいえ、ここの開け方を知るのは私とレオン叡王のみですが。……さて、行きましょうか」
そう簡単に説明したライアン宰相は、会議場所へと先導してくれる。
子どもの時にこれほどのからくりを作って、しかもこの先に部屋まで自作したなんて、ただものじゃない。すごいな……。
僕は二人のすごさに感心しながら、ライアン宰相のあとについていく。通路を歩いてすぐ、螺旋状の階段を下った。そして、下りきった先に、『おれたちのひみつきち!』と書かれた扉があった。
「本当に秘密基地だったんですね」
中へと入り、ライアン宰相に促されて僕は中央に置かれたL字型のクラシックなソファーに座った。
「ええ。昔はここまで豪華なつくりでも、このソファーのように高い物も置いてなかったんですが、レオン叡王の趣味でいつのまにかこのようになったんです」
「俺の子に真っ赤な嘘を吹き込むな、ライアン。お前も乗り気だっただろう」
ライアン宰相とは違う、低音が室内に響いた。さきほど通路に入った時にライアン宰相があの隠し扉を閉めていたから、父上は本当にここの入り方を知っているらしいね。
二人は幼馴染だって話だったけど、やはり仲がいいみたいだ。
「さて、これで揃いましたね。……リオン様。私に聞きたいことというのは?」
ライアン宰相は父上の言葉を華麗に無視した。父上は特にそれを気にする様子もなく、静かにソファーに腰掛けた。
「そうですね。本来ならば、これは今聞くべきことではないとは思っています。ただどうしても聞かずにはいられず……」
僕は理性的な人だとよく周りから評価されている。きっと兄の背中を見て育ったから、そういう雰囲気を僕も漂わせてしまっているのかもしれない。
だが僕自身は、好奇心に振り回されやすい、感情的な人だと自分を分析している。ノアほどわかりやすく表には出ないだけで、興味が湧いたり知りたいと思ったりしたものは、すぐに経験したい、理解したいと思ってしまう。
この性格は、王という一国を治めるような存在には全く向いてないだろうなと常々思っていたから、レン兄さんがいてくれて本当に助かった。
「構いませんよ。よく皆から、私の考えは難しすぎて理解できない、なぜその考えに至ったのか説明が欲しい、などといった文句がきますから」
「宰相なだけあって、ライアンは頭がキレるからな。ただそれを周りに伝えるのはあまり得意ではない。不器用なことだ」
「……ちょっと黙っててもらえます?レオン叡王」
父上の横槍に、ライアン宰相は口調は丁寧なままだったが、軽く父上を睨んだ。
「僕が聞きたいことというのは、なぜライアン宰相はムース叡団員を犯人として目をつけたか、ということです。僕はつい先日から調査に参加しましたが、この約四ヶ月間、この国の誰もこの事件の犯人に目星をつけられていなかった。それにライアン宰相はご家族との旅行から帰ったばかりで状況を整理するところから……言わば僕と同じような立場にあったはずです」
父上の命令で三ヶ月の休暇を言い渡されたライアン宰相は、戻ってきてすぐに、見事に犯人を当ててしまった。その頭脳には感服するしかない。だけど僕は、そこで思考を止めたくないんだ。
「なるほど。私の思考力を分析して少しでも吸収したいと、そうお考えなのですね」
……そこまで見抜かれてるのか。
「はは。その通りです。流石のご慧眼だ」
「勉強熱心なことはいいことですね。では簡単に、私が犯人を捕捉した導線を説明いたしましょう」
ライアン宰相は、これでもかというくらいに事細かに説明してくれた。父上に不器用だと言われたのが気に障っていたのかもしれない。
ただ、詳細すぎて逆に話がややこしくはなっていた。僕は問題なかったけれど、もし今後あんな風に他の人に説明し始めたら、今度は居眠りするような人たちが出てきそうだ。
それはさておき、ライアン宰相の話は概ねこのようなものだった。
まず、三ヶ月以上経ってもほとんど情報が掴めないとなると、内部の誰かが関与している可能性を考慮すべきと考えた。実行犯でないにしろ、その黒幕に加担してなんらかの形で調査の邪魔をしているのではないか、と。
そして五日連続で徹夜をして、ついに不審な点が見られる報告書を発見した。それはボレアス所属の梟の亜人が指揮を取る、冒険者と合同で結成された班からのものだった。
その報告書は梟の亜人が死んだ日の昼間に提出されたものだ。班長の梟の亜人とは別の、彼の死体を見つけた第一発見者の者が書いたのだが、この時点ではまだ確定していなかったはずの死因が、なぜか明記されていた。
この書き手を呼び出しライアン宰相が問い詰めると、お金を大量にもらう代わりに、この内容で報告書を書けと言われた、という旨の話を聞き出せた。
さらに、死体の近くに落ちていた血のついた叡団員の制服の布切れを、その女性の叡団員は拾っていた。なぜその時言わなかったのかと問えば、単純に忘れていただけだということだった。そして、後日フードを目深に被った謎の人物に金をつかまされ、布も奪われてしまったらしい。
これで犯人につながる証拠がなくなってしまった。ライアン宰相の努力も無駄に思われたけれど、ライアン宰相は別の観点からみたことで、ムースの尻尾を掴んだ。
それが、叡団員が着る制服の申請書だ。
女性の叡団員から布の切れ端の情報を詳細に聞き出したライアン宰相は、その色合いから叡団員の制服であると断定し、ここ最近で新品の制服を申請した者を洗い出した。そしてその結果、見事ムースを見つけ出したということだ。
「……なるほど。そういう導線で真相を見抜いたんですね。これまで誰も気づかなかった手がかりを瞬時に見抜くそのご慧眼、僕も見習いたいものです」
僕が調査に参加してやったことと言えば、実際に調査に動いている人たちに情報を聞いたり、街の住民たちに聞き込みをしたりしたことぐらいだ。ライアン宰相のように、叡団員の中に犯人もしくはそれに加担する者がいるだなんて発想には至らなかった。
僕らの成果と言えば、名前・年齢不詳の無精髭の男を捕まえたことぐらい。とはいえその大事な証人も、勾留所で爆散してしまったけれど。
これもきっと、ムースが仕組んだことなのだろう。普段のあの気弱そうな態度や、ノアたちにペルロが死んだことを伝えたあの時泣きじゃくっていたことも、すべて演技だったわけだね。
……なんて恐ろしいやつなんだ。
「はは。そうリオン様が反省しているのならば、いつかきっと私のような優秀な人物になれますよ」
「ありがとうございます」
ライアン宰相の期待に応えられるよう、これからもいろいろと精進していかないと。
「して、これでリオンの気は晴れたようだな。では、本格的にムースを捕えるため、次なる策の再確認を行うこととしようか」
「ええ」
「はい、父上」
父上の重低音の一言で、僕の心は一層引き締まった。
これから行われる作戦を成功させねば、ライアン宰相に用心深く厄介な相手だと揶揄された犯人を捕えることはできないだろう。
僕はそんな緊張感を抱えながら、この国の二人の大黒柱とともに話を詰めた。
ここからが本格的な逮捕劇の始まりだ。
「全ては俺の責任だ。すまない」
ステラ叡団長は深々と謝罪をした。それは玄関前、僕たちの目の前で呆然と立ち尽くす人物に向けられていた。
「この国の第二王子として、僕からも謝罪を。僕たちの不甲斐なさから、あなたの大切な旦那さんを奪ってしまった。申し訳ない」
「……ふ……うぅ……そ、そんな……ううぅ……」
止めどなく流れる涙を、指の腹で懸命に拭き取ろうとする犬の亜人の女性。この人こそ、ペルロの奥さんだ。よく見ずとも、そのお腹は丸く大きく膨らんでいた。
「あ!……だ、大丈夫?」
突然の夫の訃報に、奥さんは空気の抜けた風船のように脱力してしまった。それに瞬時に対応したのは、ペルロの親友であるムースだった。ムースは奥さんを支えるように肩を貸した。
「え、え……っ……平気、よ……ぅ……」
大人げないとでも思っているのだろうか。奥さんは涙を我慢しようと、必死に堪えていた。
良心が、痛む。
「子どもにも、悪いことをした。すまない!」
再びステラ叡団長は深く頭を下げた。ステラ叡団長は情に熱く、仲間想いな人だ。普段は荒々しいが、こういった時には真摯に向き合う。
「ぅ……いいんです、もう……。守護叡団に勤めるということは、いつかこんな風に突然いなくなってしまうことを、覚悟していなくてはならないということですから……ステラ叡団長が謝る必要も、まして第二王子様が謝られる必要もないのです……」
少し平静を取り戻した奥さんは、その目に涙を溜めながらも、僕たちへの慰めの言葉を紡いでくれた。膨らんだお腹を優しくさすりながら。
「あ、いけない。私ったら。お客さんを、外に立たせる、なんて……どうぞ、中にお入りください。特段良いものは、お出しできませんが……」
「そこまで気をつかわなくても大丈夫だ。ありがとう。ただ、ペルロ……旦那さんのことで、少し話しておきたいことがあるんだ。奥さんのことも心配だから、中で座ってでもいいかな?」
「え、ええ。もちろんです、リオン様」
「ありがとう。……ステラ叡団長、ムース。君たちは戻って調査の続きを頼むよ」
「了解だ」
「わ、わかりました」
とりあえず二人を遠くにやり、奥さんに肩を貸しながら中へと入っていく。そしてソファーへゆっくりと下ろした後、僕も向かいに座った。
「それで、お話というのは、一体……?」
涙で目を腫らした奥さん。こんな想いをさせて、本当に申し訳ない。本当なら涙で顔を濡らすことも、心を痛める必要も全くなかったというのに。これも作戦の一環とはいえ、心苦しくて仕方ない。
けれどもう、ターゲットはいなくなった。つまり、今僕が奥さんに真実を明かしたところで、何の問題もないわけだ。
僕は奥さんの潤んだ目をまっすぐに捉えた。
「そうですね。実は……」
「調子はどうかな?ペルロ」
ベッドが規則的にいくつも並べられた大きめの部屋。その一角に、犬の亜人ペルロが横たわっていた。ペルロは真っ白な布団を首の下までかぶり、おとなしく寝ていた。
「気分は……最悪です。まさかあの薬の副作用がここまで酷いものだったなんて……うぅ、頭が……」
ペルロの周りは病室なだけあって綺麗に整えられていた。そしてリラックス効果の期待できる香木を空薫してもらっている。けれどその効果も虚しく、ペルロのその表情はかなり青ざめていた。
エルに紹介してもらった薬屋クマックの二人の薬師が処方した薬の効き目は、ペルロがこうして無事に生きている時点で証明されている。だけど、その副作用も聞いていた通り、かなり堪えるものみたいだね。
僕はベッドの横に置かれた木製の丸椅子に腰掛けた。
「体調もそうだろうけど、精神的にも辛いだろう、ペルロ」
「……はい…………」
それもそうだろう。何せ子どもの頃から親しかったはずの友に、ついさっき殺されかけたのだから。
「あの……その時の話、今してもいいですか?」
「いいのかい?君にとって言いふらしたい話でもないだろうに」
それもまだ自分の中で消化し切れてはいないはずだ。ペルロにとって単に裏切られたなんて、そんな生やさしいものではないだろうから。
「その、通りです。今でも信じられませんよ。ムースが、子どもたちを誘拐してたなんて。それに、ウルラまで手にかけてたなんざ……信じられるわけないじゃないですか!」
顔をぐちゃぐちゃにして声を荒げたペルロ。
「けど、俺の中だけじゃ、抱え切れないんです。もうわけがわからなくて、限界なんです。だから……」
彼にも辛いことを押し付けてしまった。ムースの本心を炙り出すためとは言え、ペルロには酷い役回りをさせてしまった。奥さんのことといい、ペルロ夫婦をたくさん悲しませてしまった。
「ぐ、うぅ……!」
ペルロは顔を少し歪めながら、自身の上体をなんとか起こそうとしていた。
「無理して起き上がらなくとも……」
「いえ、俺が話しにくいと思っただけですから、気にしないでください……っしょと。あー、ほんとあの薬すごいですね。副作用は最悪ですけど」
「そのようだね」
「でもそのおかげで、こうして生きてる。これが終わったら、クマックの宣伝しまくりますよ」
「お、それはいいね」
僕でも薬屋クマックの存在は名前ぐらいしか聞き及んではいなかった。基本、行きつけの場所にしか顔を出さないからね。
だけどあの薬屋は、もしかするとこの国一番の腕を持っているかもしれない。小さなところだったけれど、優秀な薬師が二人もいた。ただ、お孫さんのベアドルさんのせいで商売上がったりだと言っていたから、今までやってこなかった宣伝を積極的にやれば、きっと大勢の常連客ができるはずだ。
僕も微力ながら手伝おうと考えているけれど。
「…………その、あの時のこと、なんですけど……」
『ど、どしたの?ペルロ。急に、こんな……路地に呼び出して……』
ムースは相変わらず、おどおどとした様子で俺を見ていた。いつもと変わらない姿に、なぜか安堵感を覚えた。
『あのな……少し聞きたいことが、あってな……』
そうだ。ムースがあんな非道なことをするわけがない。きっとライアン宰相やリオン様が間違っておられるんだ。そうに違いない。
『この紙なんだがな……』
俺は胸ポケットから、くしゃくしゃの跡がついた紙を取り出した。
『……っ!』
ムースはなぜか、驚いたような顔をした。
なんで……なんで、そんな顔をするんだよ……。
『この裏のさ、この絵あるだろ?絵というか、サインか。俺さ、これを目にした時、どこかで見たなと、そう思ったんだよ』
俺は紙を見つめるムースから目を逸らさないように、意識的に見据えていた。でなければ……心がおかしくなってしまいそうだったから。
『でもそん時は全然思い出せなくてな。ほら、ウルラと違って俺は馬鹿だから、な』
『…………』
なんで、何も答えてくれないんだ……。
ムースの沈黙が茨となり、さらに俺の心を締め付ける。
『けど、自宅に戻って、何気なくみた、俺のヘッタクソな絵を見て、思い出したんだよ……』
そう、あれは俺たちがまだ出会って間もない頃。親同士が仲が良かったこともあり、俺たちはそれこそ赤子の頃からよく一緒にいた。
ある時、家族ぐるみでピクニックに出かけた。その森には太陽が反射して水面がキラキラと輝く湖があった。俺たちはそれに子どもながらに感動して、誰が一番上手く描けるかというゲームをしたんだ。
言わずもがな、俺の絵はとても湖とは言えないもので、色合いも濁っててわけがわからない毒のような湖が出来上がった。ウルラは簡素ではあったがよく特徴をとらえていて、上手いな、と素直に言葉が出た。
そしてムースはというと、まるで本物と見間違うほどに、美しい湖を描いていた。将来は画家としてやっていけるんじゃないかって、三人で笑い合ったことも覚えている。
それでその時に三人で、それぞれオリジナルサインを絵の中に入れたんだ。ムースのキザな顔をしたハムスターっぽいサインは、やっぱりうまくて、俺のミミズのようなサインとは大違いだった。
『このサインは、昔ムースが描いてたものと同じだ……ってな』
『…………』
ムースは俺の手のひらに置かれた紙を見つめたまま、沈黙を続けていた。
『けど……けどさ……何かの間違い、なんだろ?たまたま別の誰かが、ムースのサインと似たやつを使ってたとかそういう……な?』
俺は神に縋る思いで、声を震わせながらムースの両肩に手を置いた。持っていた紙はひらひらと暗闇の中を落下し、冷たい地面へと着地した。
『ぷぷ……』
『……?』
なんだ、今の笑い声は……?
一体どこから……?
俺はキョロキョロと首を回した。
『いいこと、教えてあげる、ペルロ……僕、そのサインはあの時以来、一回も使ってないんだ。みんなの前では、ね』
『ム、ムース……?』
ようやく口を開いてくれたムースに向き直る。けれどその口調に、違和感があった。
『あーあ。またこれでバレちゃった。命令書を持ち歩くなって言ったのに、最後の最後で余計なことをしてくれたな~。あの馬鹿』
ムースは俺の手を振り払い、落ちた紙を取り上げてゆらゆらと動かした。
『誰だよ、お前……』
『ぷぷっ。そんなブサイクな顔しないでよ~。誰ってそりゃ、君の親友のムース君に決まってるじゃん?』
軽い口調に、終始口元が緩み切った顔。これのどこがムースだというのか。
『ウルラもそうだけど、なんでそんな昔のこと覚えてるわけ~?意味わかんなーい!』
『…………』
俺はムースの豹変ぶりに脳がショートし、完全に動けなくなってしまった。
『ま、いいや。ペルロも殺しちゃえば~、もう誰も僕に辿り着けないってことだもんね~?』
『な、なに、言って……がはっ!』
俺は口から血を吐いて、そしてムースの方へと倒れ込んだ。ムースは「うわ、汚な!」と言いながら倒れる俺をぴょんっと避けた。
『……うっ…………く……』
俺の、心臓を……刺しやがった……!
本当に、俺を殺す気なのかよ……!
親友だったはずだろ?!親友がこんなことするわけ……。じゃあなんだ、親友じゃなかったってか?
いやそんなはずは……だって、ウルラと俺とムースと三人で、何でも一緒にやってきたじゃないか!馬鹿みたいに笑い合ったじゃないか……!!でも、こんなこと、俺の親友がするのか……?…………もうわけわかんねぇよ!
なんで……なんでだよ!ムース!!
俺はうめき声を上げることしかできなかったが、心はカオス状態となっていた。親友を信じたい自分と、裏切られたことが辛くて憤る自分。それがごちゃまぜになって、さらに俺を苦しめた。
『何か言い……だね~、ペ……。でもご……よ?僕ってそんな…………じゃない……だ、こう見……さ。こんなきった…………に長居……、僕が殺った…………ちゃう……だし~?』
薄れる視界の中、ムースが何かを言っている。だけどその言葉は途切れ途切れで、聞こえてこない。聴覚には、自信があったはず、なんだけどな……。
『こ……もら…………ね~』
かすかに、足音が遠ざかるような音が耳に届いた。そして俺は、煮えたぎる想いを秘めながら、ついさっきまで温かかった身体が冷たくなっていくのを感じた……。
「……それで、目が覚めたらこの病室にいた、というわけです」
「そうか」
頃合いを見計らって僕が様子を見に行った時、そこにはペルロの仮死状態の遺体しかなかった。証拠のあの紙は持ち去られたんだろう。けれど、そんなものより確かな確証を得られた。ムースが犯人であるという決定的な確信が。
僕は作戦が成功したことをライアン宰相に伝書鳩で伝え、他の師団員たちを呼び、わざと事を荒立てた。こうすれば、ムースは確実にペルロが死んだと思ってくれるからね。
そして遺体を、ステラ叡団長にこの医務室へこっそり運ぶように命じた。
なぜこうしてペルロが生きているのかと言われれば、べアリーナさんとベアドルさんが特注してくれた薬のおかげだ。
効能を簡単に言えば、一時的に服用した対象を仮死状態にするというもの。これでムースや他の者をごまかしたわけだが、刺された傷がないのは単に近くで隠れていた僕が、すぐにエリクサーを瀕死のペルロに飲ませたからだ。王家の保管庫に数本しかない貴重なものだが、たったこれだけでこの国の平和を守れるのなら安いものさ。
「ムースは……いつから、俺たちを騙していたんでしょう……」
「それは本人に聞かなければわからないだろうね」
「そう、ですよね……はは、何言ってんだか、俺は……」
「長話をさせてしまったね。話を聞けて良かった。ありがとう、ペルロ。よく休んでくれ」
僕は身も心も疲弊し切ったペルロを休ませようと、話を切って医務室を出ようとした。
「あの……!」
「ん?なんだい?」
ペルロに呼び止められ、僕は扉の前で振り返った。
「この後、ムースを捕まえに行くんですよね」
「ああ。これ以上、野放しにはできないからね」
「なら……俺も行かせてください!」
「それはーーー」
「お願いします!」
ペルロは熱意のこもった声で願いを訴え、ガッと上体を前に倒した。まだ身体を思うようには動かせないだろうに、頭が布団に付くんじゃないかと思うくらい、深々と頭を下げている。
「……ふぅ。わかったよ。けれどせめて、次の作戦が始まるまではここで大人しくしていてくれよ?」
「っ!はい!ありがとうございます!」
ガバッと上半身を勢いよくあげたペルロは、心底喜んでいるみたいだ。
ペルロの熱意に押し切られた僕は、喜ぶ彼を他所にそっと医務室から出る。扉を閉める間際、「ぁイタタタッ!」というペルロの痛がる声が聞こえてきた。
まったく、無理をするなぁ。けれど……うん、こういう人は嫌いじゃない。
「昨日の朝に届けた文書は読んでいただけましたか?ライアン宰相」
樹宮殿の中にあるとある一室。両サイドの壁には天井に届くほどの本棚が設置されて、その中にぎっしりと本が敷き詰められている。加えて正面の机にはいくつもの書類が縦積みで高く置かれており、それが椅子に座っているであろう人物を覆い隠していた。
いつ来ても、息が詰まりそうな部屋だ。
「ええ。第一関門はクリア。犯人も私が言った通りの人物だったようで、ひとまず安心しましたよ」
ペンを走らせる音を鳴らしながら、白い壁の向こうからライアン宰相の声が耳に届いた。
「それでご用件は?次の作戦の最終確認でしょうか」
「それもありますが、それとは別に個人的に聞きたいことがあるんですよ」
「ほう」
ペンの走る音が止んだ。そしてその姿が僕の視界に入る。
「でしたら、これからレオン叡王も来るようなので、その時にお話ししましょう」
ライアン宰相は左側の本棚へ手を伸ばし、何やら色々と本を動かしている。僕には宰相が何をしているのかさっぱりわからない。
「これで最後……」
そう呟きながらライアン宰相が赤色の本を手前に引くと、どこからかカチッという音がした。そして、ライアン宰相の前にある本棚が縦に二つに割れ、扉が開くように奥側へと本棚が移動した。
「これは……」
その先には、見たこともない通路があった。薄暗いが、通路の両側に燭台が付けられているらしく、明かりを持ち込まなくとも通り抜けられる仕様となっているみたいだ。
「隠し部屋への隠し通路です。恥ずかしながら、ここはレオン叡王と子どもの頃に作った秘密基地みたいなものでして、今では内密な話し合いの際に使っているんです。とはいえ、ここの開け方を知るのは私とレオン叡王のみですが。……さて、行きましょうか」
そう簡単に説明したライアン宰相は、会議場所へと先導してくれる。
子どもの時にこれほどのからくりを作って、しかもこの先に部屋まで自作したなんて、ただものじゃない。すごいな……。
僕は二人のすごさに感心しながら、ライアン宰相のあとについていく。通路を歩いてすぐ、螺旋状の階段を下った。そして、下りきった先に、『おれたちのひみつきち!』と書かれた扉があった。
「本当に秘密基地だったんですね」
中へと入り、ライアン宰相に促されて僕は中央に置かれたL字型のクラシックなソファーに座った。
「ええ。昔はここまで豪華なつくりでも、このソファーのように高い物も置いてなかったんですが、レオン叡王の趣味でいつのまにかこのようになったんです」
「俺の子に真っ赤な嘘を吹き込むな、ライアン。お前も乗り気だっただろう」
ライアン宰相とは違う、低音が室内に響いた。さきほど通路に入った時にライアン宰相があの隠し扉を閉めていたから、父上は本当にここの入り方を知っているらしいね。
二人は幼馴染だって話だったけど、やはり仲がいいみたいだ。
「さて、これで揃いましたね。……リオン様。私に聞きたいことというのは?」
ライアン宰相は父上の言葉を華麗に無視した。父上は特にそれを気にする様子もなく、静かにソファーに腰掛けた。
「そうですね。本来ならば、これは今聞くべきことではないとは思っています。ただどうしても聞かずにはいられず……」
僕は理性的な人だとよく周りから評価されている。きっと兄の背中を見て育ったから、そういう雰囲気を僕も漂わせてしまっているのかもしれない。
だが僕自身は、好奇心に振り回されやすい、感情的な人だと自分を分析している。ノアほどわかりやすく表には出ないだけで、興味が湧いたり知りたいと思ったりしたものは、すぐに経験したい、理解したいと思ってしまう。
この性格は、王という一国を治めるような存在には全く向いてないだろうなと常々思っていたから、レン兄さんがいてくれて本当に助かった。
「構いませんよ。よく皆から、私の考えは難しすぎて理解できない、なぜその考えに至ったのか説明が欲しい、などといった文句がきますから」
「宰相なだけあって、ライアンは頭がキレるからな。ただそれを周りに伝えるのはあまり得意ではない。不器用なことだ」
「……ちょっと黙っててもらえます?レオン叡王」
父上の横槍に、ライアン宰相は口調は丁寧なままだったが、軽く父上を睨んだ。
「僕が聞きたいことというのは、なぜライアン宰相はムース叡団員を犯人として目をつけたか、ということです。僕はつい先日から調査に参加しましたが、この約四ヶ月間、この国の誰もこの事件の犯人に目星をつけられていなかった。それにライアン宰相はご家族との旅行から帰ったばかりで状況を整理するところから……言わば僕と同じような立場にあったはずです」
父上の命令で三ヶ月の休暇を言い渡されたライアン宰相は、戻ってきてすぐに、見事に犯人を当ててしまった。その頭脳には感服するしかない。だけど僕は、そこで思考を止めたくないんだ。
「なるほど。私の思考力を分析して少しでも吸収したいと、そうお考えなのですね」
……そこまで見抜かれてるのか。
「はは。その通りです。流石のご慧眼だ」
「勉強熱心なことはいいことですね。では簡単に、私が犯人を捕捉した導線を説明いたしましょう」
ライアン宰相は、これでもかというくらいに事細かに説明してくれた。父上に不器用だと言われたのが気に障っていたのかもしれない。
ただ、詳細すぎて逆に話がややこしくはなっていた。僕は問題なかったけれど、もし今後あんな風に他の人に説明し始めたら、今度は居眠りするような人たちが出てきそうだ。
それはさておき、ライアン宰相の話は概ねこのようなものだった。
まず、三ヶ月以上経ってもほとんど情報が掴めないとなると、内部の誰かが関与している可能性を考慮すべきと考えた。実行犯でないにしろ、その黒幕に加担してなんらかの形で調査の邪魔をしているのではないか、と。
そして五日連続で徹夜をして、ついに不審な点が見られる報告書を発見した。それはボレアス所属の梟の亜人が指揮を取る、冒険者と合同で結成された班からのものだった。
その報告書は梟の亜人が死んだ日の昼間に提出されたものだ。班長の梟の亜人とは別の、彼の死体を見つけた第一発見者の者が書いたのだが、この時点ではまだ確定していなかったはずの死因が、なぜか明記されていた。
この書き手を呼び出しライアン宰相が問い詰めると、お金を大量にもらう代わりに、この内容で報告書を書けと言われた、という旨の話を聞き出せた。
さらに、死体の近くに落ちていた血のついた叡団員の制服の布切れを、その女性の叡団員は拾っていた。なぜその時言わなかったのかと問えば、単純に忘れていただけだということだった。そして、後日フードを目深に被った謎の人物に金をつかまされ、布も奪われてしまったらしい。
これで犯人につながる証拠がなくなってしまった。ライアン宰相の努力も無駄に思われたけれど、ライアン宰相は別の観点からみたことで、ムースの尻尾を掴んだ。
それが、叡団員が着る制服の申請書だ。
女性の叡団員から布の切れ端の情報を詳細に聞き出したライアン宰相は、その色合いから叡団員の制服であると断定し、ここ最近で新品の制服を申請した者を洗い出した。そしてその結果、見事ムースを見つけ出したということだ。
「……なるほど。そういう導線で真相を見抜いたんですね。これまで誰も気づかなかった手がかりを瞬時に見抜くそのご慧眼、僕も見習いたいものです」
僕が調査に参加してやったことと言えば、実際に調査に動いている人たちに情報を聞いたり、街の住民たちに聞き込みをしたりしたことぐらいだ。ライアン宰相のように、叡団員の中に犯人もしくはそれに加担する者がいるだなんて発想には至らなかった。
僕らの成果と言えば、名前・年齢不詳の無精髭の男を捕まえたことぐらい。とはいえその大事な証人も、勾留所で爆散してしまったけれど。
これもきっと、ムースが仕組んだことなのだろう。普段のあの気弱そうな態度や、ノアたちにペルロが死んだことを伝えたあの時泣きじゃくっていたことも、すべて演技だったわけだね。
……なんて恐ろしいやつなんだ。
「はは。そうリオン様が反省しているのならば、いつかきっと私のような優秀な人物になれますよ」
「ありがとうございます」
ライアン宰相の期待に応えられるよう、これからもいろいろと精進していかないと。
「して、これでリオンの気は晴れたようだな。では、本格的にムースを捕えるため、次なる策の再確認を行うこととしようか」
「ええ」
「はい、父上」
父上の重低音の一言で、僕の心は一層引き締まった。
これから行われる作戦を成功させねば、ライアン宰相に用心深く厄介な相手だと揶揄された犯人を捕えることはできないだろう。
僕はそんな緊張感を抱えながら、この国の二人の大黒柱とともに話を詰めた。
ここからが本格的な逮捕劇の始まりだ。
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