碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

24 スターライト連続誘拐事件Ⅳ

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side リオン=アストラル

「……コノ世ハ極楽ニアラズ。一木一草、地獄ナリ……」

白と黒の拳銃を二丁もった男が、銃口を僕たちへ向けた。かと思えば、僕らより先に走り出して、もうひとりの敵に斬りかかろうとしていたノアに、その拳銃を向けた。

させない……!

僕は加速しながら剣を抜き、男の懐に低い姿勢で入り込んだ。

「ハアッ!」

男の腕を斬り落とす勢いで、下から上に剣を振り上げた。

「……身軽な人だね」

男は照準を合わせるのをやめ、僕の攻撃を交わすと、一定の距離を保った。弓や拳銃使いなら、距離を取るのは自然なことだ。

避けられたことには別に驚きはしない。ただ懸念点があるとするなら、拳銃を使う相手とは対峙したことがないことだろうか。

そもそも拳銃を使う人はあまり見たことがない。攻撃手段である弾丸を手に入れるのには莫大な金が必要だ。氣の伝導性が高いなど、素材が良いものほど資金が必要になる。その点、弓矢は手頃な素材でも充分に戦える。

それにこの世界で最も脅威的な敵である魔物には、弾丸一発で死なないものも多く、弾丸を補充するだけで戦闘のたびに報酬以上の費用がかかる。

つまり主に資金的な意味で拳銃使いはその人口を減らしているわけだけど、今目の前にいるこの男、さっきステラ叡団長やペルロが受けた感じを見るに、物質的な弾丸を使っているようには見えなかった。

どういう原理の弾丸を使ってるのか、まずはこれを解明しないと、あの男を倒す手立ても思いつかなそうだ。

「兄さんを手伝おうと思ったせいで反応が遅れた。助かった、リオン」

「あはは。なんで僕の方が先に反撃できたのかなと思ったけど、そういうことか」

シンは僕の隣に立ち、こちらの様子を伺っているのかまだ動きを見せない男を睨んだ。

「兄さんを殺そうとしたあいつにはその罪を……己が死で贖ってもらう」

「おっと、発言が怖いよ、シン」

ほんとノアのこととなると、過激な発言が多くなるね、シンは。あの時もノアのことを大事に思っていることには気づいていたし、すごく仲が良くて羨ましいと思っていたけど、まさかここまでとはね。

まあでも、シンと共闘できることは心から嬉しく思う。

「悪いけど、ノアの邪魔はさせないよ。どうしてもノアのところに行きたいのなら……僕らをのしてから行くんだね」

僕は金装飾が施された愛用の剣の切先を、虚な目をした男へと真っ直ぐ向けた。

「先に行く」

そう一言告げたシンは、両手に量産品であろう鉄剣を握って、男へと突っ込んでいった。パッとみではあるけれど、その剣はかなり使い古されていそうだった。

僕も後に続こうか。

シンの邪魔にならないよう、僕は第二撃としてシンの動きに注視しながら駆けた。

シンに近接戦闘を任せて僕は後方支援に回ってもよかったけれど、まだシンの動きは正確には把握できてないし、というかそもそもシンたちと一緒に戦いに挑むのはこれが初だからね。

遠くから氣術を打ち込もうとすれば、シンも巻き込む可能性が高い。であるならば、物理的に距離を近くしてシンの動きを肌で感じつつ、僕が一歩引いて合わせながら戦う方が、まだ被害が少なく済む。連携において、互いの足を引っ張るのは悪手だからね。

消極的ではあるけど、現状はこれが最善のはずだ。

距離を詰め切ったシンが先制攻撃を畳み掛けた。そして僕もその後に続いて、剣撃をお見舞いする。この猛攻になす術がないのか、男は回避に徹するばかりだ。

なんで反撃をしてこないんだ。隙を作っているつもりはないけれど、手だれならこの程度の理不尽は簡単に跳ね除けてきそうなものだというのに……。

「……業火に焼かれ、極氷に凍てつけ……」

思考に集中していたけれど、僕の耳には確かに、そんな暗く掠れた呟きが聞こえた気がした。

その言葉の直後、回避にほとんどのリソースを割いていたはずの男は拳銃を早撃ちした。

『ズドン!』
『パンッ!』

重厚感のある音と軽快な音が同時に響いた。剣撃の最中とはいえ、拳銃を十分に警戒していた僕とシンは反応が間に合い、弾丸を喰らうことはなかった。とは言え、剣撃の嵐は止み、僕らは一旦そこから退いた。

「シン、見た?」

「ああ」

「あの白と黒の拳銃、よく見れば白い方には青に筋が、黒い方には赤い筋が入ってるね。それが弾丸が発射されたと同時に、薄っすらと光ったように見えた」

「おそらく、白い拳銃が氷、黒い拳銃が火の力を帯びている。後ろの木々が、さっき負傷した奴ら同様の有様になっているからな」

ちらと後ろを見れば、氷像と化した木々や業火で燃え盛る木々が視界に入る。

これはどう考えても普通の弾丸にはない現象だ。氣を込めたにしても、せいぜい幹をいくつか貫いたり、弾丸よりも一回りか二回り大きく削り取ったりと、普通の弾丸にできる力を大きく伸ばすことしかできない……はずだ。

「どう考えても、普通の拳銃じゃないね、あれ」

「ああ。セツナが矢を氣で作る修練をしているようだが、白氣で作るだけでは属性はつかない。……それが氣術として確立しているのなら話は別だが」

着弾時に火や氷を生み出す弾丸を生成する氣術なんて、既存の氣術を学校などで学ぶだけでは習得不可能だ。あの男が独学で編み出したんだろうね。

やっぱりただ者じゃない。

「ふぅ……慎重に行動することには変わりないみたいだね」

軽く呼吸を整え、男の動きに注視する。

「リオン」

「なんだい?」

「その剣、ネームド武器だろう?」

「ああ、その通りだよ」

これは長らく宝物庫に眠っていた武器。初代叡王にハクタク様が授けた代物で、数百年に一度しか、この武器を真に扱える者は現れなかったらしい。ハクタク様が「せっかく作ってやったんだからもっと使えー!」と愚痴っていた。子どもの頃に僕がこの剣に出会ったことで、ハクタク様は心底喜んでくれていたっけ。

「名は七輝グランシャリオ。能力は……そうだね、簡単に言えば全属性の力を使えるって感じだ」

「そうか。……これは俺の推測だが、あの拳銃もそれと同じくネームド武器の可能性が高い。そして俺の剣ではあの弾丸は弾けずに、何の役にも立つことなく終わるだろう」

「確かに、あの威力は並の武器ではだせないね」

「だからやり方を変える。リオン、お前が先陣を切ってあいつを追い詰めろ。俺はその支援に回る」

「それはつまり、さっきと逆になるわけか」

「ああ」

「はは、分かったよ」

僕は足に力を込め、ギュンッと距離を詰めた。シンが合わせてくれるのなら、僕は好き勝手に動いてしまおう。これが叡団員とかだったら僕もある程度自重してたけど、僕が身勝手に動いたところで、シンならなんてこともないだろうね。

「ハアッ!」

剣を斜めに振り抜く。脱力したように上体を曲げる男は、それをゆらりとかわす。僕は二撃、三撃と、畳み掛けていく。そして僕の動きにシンが完璧に合わせてくる。

「頼もしいよ、シン!」

「そんなことはどうでもいい。さっさとこいつをるぞ」

「ああ!」

二度目の剣撃の嵐に、男はどんどん後ずさる。だが焦った表情は全くなく、対峙してから終始無表情だ。

「…………」

男が銃口を向ける。

来る!

『ズドン!』
『パンッ!』

先と同じように弾丸が放たれる。だが今回は、僕たちに退くという選択はしなかった。

タイミングを図って僕とシンは左右へと散った。そして挟み込むようにして、身体をくるりと回転させ、その勢いのまま男へと水平に剣を振り抜く。

「…………」

「っ!」

これも避けるのか……!

両側から脅威が迫り来る中、男は跳躍することでうまく空中へと逃げた。

だが空中に飛んだのならもう避けることは……何?!

逃げた獲物を狙うハンターが如く見上げれば、男はバランスが取りづらいはずの空中で攻撃体勢を取っていた。腕を交差させた状態で、男は僕らへと正確に銃口を向けている。

『ズドン!ズドン!ズドン!』
『パンッ!パンッ!パンッ!』

この暗闇に溶け込んだと錯覚させるあの黒い銃から、赤い光を放つ複数の弾丸が僕の息の根を止めようと容赦なく向かってくる。僕は咄嗟に剣を構えた。

『カッ!』
『キンッ!』
『カンッ!』

弾丸が音を立てて跳ね返り、四方八方へと跳弾した。

「一発ずつしか打ってこないから、てっきり連射はできないものと考えていたけど、甘かったみたいだね……」

あやうく全身が消し炭になるところだった。

『ブォォゥン!』

跳ね返った弾がどこかに着弾したんだろう。大きな音を立てて、炎が舞い上がった。その熱気が薄っすらと肌に伝わってくる。ふと、炎上した箇所のひとつを見た。その瞬間、僕の全身に焦燥感が走った。

「……っ!」

僕は、焦らず冷静に物事に対処することを常としている。それは父や兄の背中に憧れたからでもある。けれど、僕はあることを隠したくて、もう誰にも見せたくなくて、二人のまねを始めたんだ。

だけど所詮はただのまねっこだったらしい。今のように仲間の命が危機に晒された途端、僕の表情も心も簡単に乱されてしまった。

「ステラ叡団長!ペルロ!」

メラメラと燃え盛る炎。今にも燃え尽くされそうなあの場所は、僕の記憶が正しければ湊さんやエルが二人を運んでくれた所だ。

「……なんて……なんて……愚かなんだ……」

僕は愚鈍な行動をした馬鹿な自分を心底嫌悪した。

この剣なら弾丸を跳ね返すことができると踏んでいた。ネームド武器は不死身の武器として目されている。それは一度生み出されたネームド武器が、一度たりともこの世界から失われたことがないからだ。

いくらあの拳銃が僕の剣と同等のもので、その弾丸が特殊だとしても、この剣ならば……そう思い、あの弾丸を弾いた。避けるという選択が間に合わないと、そう直感したから……。

けれど結果はどうだ?

僕が余計な跳弾を生み出したせいで、負傷した仲間に追い撃ちをかけた。少し考えれば、わかったはずだ。弾丸を無闇に弾けば周りに被害が及ぶことくらい。

……いや、あの爆炎、追い撃ちでは済ませられない。直撃なら死んだも同然じゃないか。

「……はっ……はっ、ぁ……」

呼吸が荒くなる。息を整えたくとも、なぜだかうまくいかない。落ち着け、と心の中で何度唱えても、身体は言うことを聞いてはくれない。

ふと、遠い昔の嫌な記憶がフラッシュバックした。


『な、なんで、こんなこと、するの……』

地面に座り込む僕。何度も殴られ蹴られた身体はとっくに悲鳴をあげていた。

『ああ?このグレック様に文句があんのかよ。獅子の亜人のくせして俺らより弱いとか、なっさけねぇぜ。こんなやつがこの国の将来を担うかと思うと、涙がちょちょぎれちまうってもんだ。な、ガンダール』

サメの亜人であるグレックが、座り込む僕の頭の横に足をガンッと着けた。その力の強さに、背にした木が震えた。そしてそんな身体の大きいグレックの威圧に、非力な僕は身体をビクつかせ、萎縮してしまう。

『はっ、全くだ。歴代のライオンの亜人に、お前のようなきっしょい目の叡王はいなかったはずだ。お前ほんとに叡王の血を受け継いでんのかよ』

ハイエナの亜人のガンダールが、舌を出して僕を上から睨んだ。僕は思わず目を逸らしてしまう。

『はは。それは前々から俺も思ってたわ。なんなら俺が叡王族として生きた方が、お前の親も安心すんじゃねぇの?』

『ハハハッ!言えてんな。グレックはやっぱ言うことが違うぜ。……んで、今回はどう痛ぶるんだよ』

『そうだな……なーんか今日はイライラしてっし?サンドバッグの刑を執行だ!』

『ハハッ。どうせ今日返されたテストの点が悪かったんだろ?』

『ちっ、うっせぇな。だがま、今からこいつをもっともっとボコせば少しは俺の気も晴れるってもんだ。……どうだ?俺の役に立てるのは嬉しいだろ?なんせ、この国の民のために尽くすことが幸せな叡王族様なんだからよ?』

グレックはそう告げながら目を合わせないように下を向いていた僕の顎を掴み、無理やり前へ向かせた。その言葉は、僕を心の底から恐怖させるには十分すぎるものだった。

『……っ!』

僕は叡王族としてのプライドからなのか、恐怖に震えながらも精一杯の抵抗として、流れそうになる涙を必死に堪えた。

『んじゃま……』

グレックが一歩僕から遠ざかる。脅威が離れた。けれどそれは、当然脅威が去ったことを意味しているわけではなかった。

『おら、よ!』

構えられた拳が僕目掛けてとんでくる。僕は必死に腕を前に構えて、防御態勢を取る。弱い僕にはそれしか方法がなかった。

『ピェー!』

『イッテ!』

聞き覚えのある鳴き声がしたかと思うと、とっくに僕の身体にきてもおかしくないはずの衝撃が届いていないことに気づいた。僕は構えた腕をゆつまくりと下ろし、状況を把握しようとした。

『ジーク!』

そこには、子どもにしては太いグレックの腕に噛み付く、僕の友達の姿があった。ジークはグレックよりも小さな身体で、グレックに牙を立てていた。

『クソ!んだよ、こいつ!』

グレックが腕をぶんぶんと振り回す。けれどジークは離すまいと必死に喰らいついていた。

ジークはグリフォンという聖なる動物で、僕が物心ついた頃からずっと一緒だった。叡王族の力になってもらうための存在だって授業では習ったけど、僕はジークを道具のように扱ったことはなかった。僕とジークは友達なんだから。

そんなジークが、僕のために今、必死に戦ってくれてる。僕が不甲斐ないばっかりに……。

『グレック、止まれ』

『あ?ガンダールてめぇ、誰に口をーーー』

『ピギャ!』

ガンダールの言葉にイラつき、ガンダールを睨みながら思わず静止したグレックに、ガンダールはその鋭い爪を一振りした。それは懸命に戦うジークに当たり、ジークは悲鳴をあげて地面へと落下した。

『ジークッ!!』

『ハッ、小動物が余計な水差すなよ。いいとこだったってのに。な、グレック』

『ちっ、こんな雑魚、俺一人でやれたってのに、よ!』

『ピギャッ!』

血を流してぐったりと倒れるジークを、無慈悲にもグレックが思いきり蹴り飛ばした。ジークは近くの木に身体を打ちつけ、落下した。僕の耳に小さく『ドサッ』という冷酷な音が届いた。

『ジーク!!!!!』

僕は痛いと叫ぶ身体に喝を入れ、ジークのもとへ駆け寄ろうとする。けれどこんなにもふらふらとした足取りでは、ジークとの距離がなかなか詰まらない。足を一歩前に出すだけでも、危うく地面に倒れ込みそうになる。視界はぼやけ、感覚もあやふやになってきた。

それでも僕は、僕なんかのために身体を張ってくれた友達を見捨てることなんてできなかった。それは弱く醜い僕に残された、なけなしの強さだったのかもしれない。

『おっせぇよ!カス!』

『うっ!!』

側面から肩を押され、地面に身体を打ちつけた。そんな僕の首を掴み、ガンダールが軽々と持ち上げた。

『っ……』

僕は苦しさのあまり、ガンダールの手を掴むことしかできず、邪魔なそれを引き剥がせはしなかった。そして、グレックが僕を見てにやっと口角を上げたかと思うと、ジークにゆっくりと近づいていった。僕はただただそれを見ていることしかできない。

なんで、どうして僕は、こんなにも無力なんだよ……。

『どうやらあのちびはお前にとってよほど大事な存在みたいだな。けど残念!弱っちいお前はここで大人しくあの小動物が死ぬ様を指を咥えてみてろ!ハハハハハッ!』

耳障りな声が耳元から聞こえてくる。けれど僕にはそんなものより、目の前で起こるであろう悲劇に神経を注いでいた。そしてそれと同時に、自分の非力さに嘆き心底嫌悪した。

なんで僕には父上のような威厳も風格もないんだ。
なんで僕には母上のような胆力も勇気もないんだ。
なんで僕にはレン兄さんみたいに、誰かを守れる力も脅威を跳ね除ける強さもないんだ。

こんな弱い僕には、友達のひとりも救えないっていうのかよ……。

『ピ……ェ…………』

ジークの弱々しい鳴き声が聞こえた。それと同時に、僕と同じようにジークがグレックに掴まれているのがぼやける視界の中で見えた。

ジークと僕は遠く離れているのに、なぜか鮮明に友達の助けを求める声が僕の耳に届いた。そしてその瞬間、『パリンッ!』と、僕の中で何かが壊れる音がした。

『……返せ』

『は?なんて言ってか聞こえーーー』

『僕の友達を返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

その後のことは、よく覚えていない。ふと周りを見たら、先生や叡団員が忙しそうに走り回ってた。それから、大量の血を流して倒れるグレックとガンダールが見えた。

嫌な予感がして、今度は自分の手を見たら、真っ赤に染まっていた。こんな悍ましい光景はこの時初めて味わった。

なに、これ……。

『……はっ……はっ、ぁ……』

動悸が激しくなり息がしにくくなる。

『ピェ!』

身に覚えのあるぬくもりが、僕の頬に当たった。

『ジー、ク……?』

それは瀕死だったはずのジークだった。ジークは白く整った毛並みの頭を僕の頬に優しく擦り付けていた。

良かった、無事だったんだね……。

僕は友達を抱きしめようと手を伸ばした。けれど、それはジークに届くことはなかった。

『ピ?』

ジークは不思議そうな声を上げた。けれど僕にはそれに気遣えるほどの余裕がなかった。

赤、赤、赤、赤、赤、赤…………。

どれだけ見たって、僕の手は禍々しい赤に染まっていた。

記憶はない。けれど僕は確かにジークを救い、あの悪者たちを退治した。ジークはこんなにも元気になって、あいつらは傷つけられたジークと同じ痛みを受けた。こんなの、今までの弱い僕には絶対になしえなかったことだし、友達を僕の手で守れたんだ。こんなにも嬉しいことはない。そう、ないはず、なんだ……。

なのにどうして、こんなにも苦しいんだ!

僕は唇をギュッと固く閉じ、赤い右手で左胸の服を掴んだ。

血なんて、鍛錬で何度も見てた。僕はやっと、自分の力で誰かを守れたんだ。父上や母上、そしてレン兄さんのように、強くなれたんだ。憧れた家族の一員に、ようやくなれたんじゃないか!

……………………本当に、そうなのか?
僕は……レン兄さんたちと同じなのか?

を守れる強さを手に入れた?

『はは…………はははははははははは!』

僕は愚かな自分自身に嘲笑した。

誰かって……誰を指してるんだよ。

父上も母上もレン兄さんも……叡王族はみんな、この国に生きる者すべてを守っている。その強大な力を使って、襲いかかる脅威から、みんなを守ってるんだ。

それなのに、僕は……なんて独りよがりなんだ。自分に好意的な者だけを守って、それ以外は暴力でねじ伏せる。しかも下手したら、僕はこの手でクラスメイトの命までも……。

『っ……』

憧れた存在とは、僕はかけ離れてしまった。
守るべき民を、過剰に傷つけた。

ああ、どうして僕はこんなにも弱いんだろう。


「お……リ……!」

誰かが僕の名を呼んでいる気がする。けれど、聴覚までも鈍ったせいか、その声が正しく届くことはない。

僕はその言葉を気にする余裕を失っていた。ただただ、無機質に燃え上がる火に囚われていたのだ。

「ちっ……」

『パキンッ!』

「くっ……!」

『……ダンッダンッダンッ…………!』

遠くで、何かが勢いよくぶつかっていく音がした気がした。

「しっかりしろ、リオン。あの程度の火で、湊たちは炭にならない」

肩を叩かれた。振り向けば、シンのいつも通りのクールな顔が見える。

「シ、ン……ああ、僕は……」

「リオンお前、人が良すぎるな。聖人か何かか?」

「え……?」

「降りかかる火の粉も払えないような雑魚は、元からいないのと同じだろうに」

シンの言葉を飲み込もうとしても、自分の愚かさに打ちのめされてしまう。

こういうところはまだまだ子どもの頃のままだ。弱虫だったあの頃に逆戻り。必死に取り繕ったところで、必死に隠したところで……結局、僕という個の本質は変わりはしないのだろうか。

「とりあえずあいつは吹っ飛ばしておいた。おかげで剣は両方折れはしたが、これで多少時間は稼げる」

そう説明してくれるシンの言葉を、今度こそはと、ゆっくり丁寧に噛み砕き、理解していく。

ちらと周りに目を向ければ、シンがあの男を飛ばしたのであろう。直線上にいくつもの木々が折れ曲がっていた。そして両手に持つ剣はたしかに、その鋭い剣先を失っていた。

「そ、うだね」

僕はなんとか、受け答えをした。

「それから、あれを見ろ」

低音で落ち着いた声が耳に届く。僕はその声の通りに、シンが顎をしゃくった方向を見た。

「え……」

いつのまにかあの炎は消えていた。そしてそこには確かに、仲間たちがいた。負傷して倒れているステラ叡団長とペルロ、それを懸命に治療しようとしてくれているエル、そしてそれを守るかのように前方に立つ湊さんの姿があった。湊さんは何事もなかったかのように、平然と焦げ跡の上に立っている。

僕は視界いっぱいに広がるこの光景に心底安堵しつつも、なぜみんなが無傷でいられたのかと困惑した。

「燃えて、ない……?」

「当然だ。しっかりと見たわけではないが、湊が跳弾した弾を斬り落としたんだろう。つまり燃え上がった場所はエルたちに到達する直前の地面だった、というわけだ」

「斬り落とすって……」

そんな神業みたいな芸当が……?

「あれくらいこなしてもらわなければ、こちらが困る」

さも当然と言わんばかりのシン。

「は……ははは……」

僕は無意識に安堵と驚きが入り混じった、弱々しい笑い声をもらしていた。

「すごい人だね……」

湊さんが僕のミスをいとも簡単に尻拭いしてくれたことには、感謝しても感謝しきれない。みんなが無事だったことも、心からほっとしている。

ただ、まさかここで僕の心底嫌悪する惨めな自分が出てくるなんて、思いもしなかった。

「僕なんかとは、全然違うね……」

「は?何の話をしてるんだ、お前は」

弱音を吐けば、シンの鋭い言葉が僕の傷心した心に容赦なく突き刺さる。

「そんなことはどうでもいいだろう。呑気に無駄な反省をする暇があるなら、あいつを潰す策を練れ。身体を動かせ。生産性のない余計な思考をするな」

僕の弱気な発言に、シンはいつも以上に強い口調で咎めた。表情からはわからないけれど……これはたぶん、怒ってる。

馬鹿だなぁ、僕は……。

『パァッン!』

高く軽い音が鳴る。頬がじんじんとしている。

「ごめん。変なところ見せたね」

なよなよしてる場合じゃない。
反省は後。
今は目の前の敵に集中だ!

「ふん。今度は足を引っ張るなよ」

「ああ」

僕は剣を胸の前に構え、剣に氣を集中させる。

ミザール

そう呟けば、剣の柄に埋め込まれた、柄杓型に並んだ灰色の七つの石のうちのひとつが、白い輝きを放った。

「来たぞ」

直線的に木々が折れていたことで、そこは最初から道があったかのようだった。そんな開けた暗がりから、俯いた男が現れた。その服はボロボロではあったけれど、本人はそこまでダメージを負っていないようだった。

「……っ!」

消えた?!

ついさっきまで真正面に捉えていたはずの男の姿が、忽然と消えた。

それなら、炙り出すまでだ……!

僕は高々と空いている右手を空へ掲げた。

「シャインブラスト……!」

光を帯びた巨大な光線が放たれる。それは光の速さが如く空を突き抜けた。これにより、地上から天空に光の柱が立った。

光は決して悪を逃しはしない……!

「……そこか」

視界が一時的に良好となったことで、シンは瞬時に男を発見した。だがそれは相手も同じだった。

『カランカラン……』

剣が落ちる音がした。

さっきあの男を吹っ飛ばした影響で、シンの剣は本来の力を使えなくなった。そして剣を手放したことにより、今のシンに近接手段はもうなくなった。つまり、相手と同じ土俵で戦うしかない状況になった。

氣弾で対抗するか、あるいは適性属性の火か雷系統の氣術で……。

「ムスプルヘイム……」

そうシンが発した瞬間、僕はこの場の空間がどっと重く、そして燃え上がるように熱くなったような感覚に陥った。

……っ?!これは、一体……?!

僕はその威圧感に耐えながらも、ゆっくりと首を上へと向けた。

そいつは、黒い炎で構成されていた。人のような形をとっていたが、その大きさは尋常ではなかった。シンの背後に、謎の黒炎の巨人が現れたのだ。それもそのサイズは、森の木々よりもはるかに大きい。規格外にも程がある……!

『…………』

黒炎の巨人は沈黙したまま、ゆっくりとその手に持っていたメラメラと揺らめく黒炎の弓を構え、矢を引いた。

「呑まれろ、愚図が」

その一言が合図となった。

『ビュンッ!』

黒炎の矢がほぼ垂直方向に、光に照らされたあの男方向へと放たれた。巨大な黒炎の矢が地面へと刺さる。けれどなぜかその矢は、男の後方のやや離れた森の中にに刺さった。

外した……?

『ボガァァァァンッッッッ!!!』

僕が困惑したその直後、矢を中心とした周囲の地面が爆発音とともにひび割れ、一気にせり上がった。木々はあっという間に黒炎に包まれ、割れた地面の隙間という隙間からは凶々しい黒炎が、全てを呑み込むかのように音を立てて燃え上がっていた。

「こ、これは……」

僕は驚きも相まって掲げていた手を下ろし、口を半開きにして、この信じられない光景に目を奪われた。

なんて凄まじい威力なんだ。地面が地中から燃え上がるなんて、見たことがない。なんなんだ、この氣術は……!!

「ちっ。数年ぶりに使ったせいか……手加減しすぎた」

今、なんて言ったんだ……?

「手加減、だって?」

「ああ。近くにお前や負傷者ども、それにあそこには屋敷があったからな。ある程度距離を置き、念の為威力も抑えたが……」

シンは自身の顎に手をやりつつ、眼前に広がる漆黒に染まった世界を眺めていた。

「………………」

僕はシンの言っている意味がわからず、ただ黙ることしかできなかった。そしてふと威圧感がなくなったことに気づき空を見れば、いつのまにかあの黒炎の巨人は姿を消していた。

「まあいい。それより、あの愚図はどこにいった」

「矢が刺さる直前まではあそこから一歩も動いていなかったはずだ。おそらく僕と同じように、あの恐ろしく異様な雰囲気に呑まれていたんだろうね」

「異様な雰囲気だと?そんなもの微塵も感じないが?」

「えーっとね、要はあの巨人の気迫に気圧されたってことだよ」

「ほう。あの程度で怖気付くとは、やはり愚図だったか」

「うっ……」

僕は心にグサリと刃が刺さったような感覚に陥った。

「ん?どうした」

「あ、いや、なんでも……っ!」

僕の背後から、背筋が凍るかのような凄まじい殺気がした。僕はすぐさま振り返り、剣を構えた。

「レディーレ……」

低い姿勢をとって僕の懐へと迫り来る男が、何かを呟いた。その瞬間、予想外のことが起きた。

な、何?!

「ぐっ……!」

不覚をとった僕は、腹を下から斜めに。大きな傷口からは血がだらだらと流れ出し、地面を赤く汚していく。

僕はその痛みに耐えきれず、傷口を右手で押さえながら、膝をついてしまった。

今、あの白と黒の拳銃が、一瞬にして一本の剣に変わった。あれがあのネームド武器の能力、なのか……?いやそんなことを考えてる暇なんかない。

このままだと、マズイ……!

下を向いていた頭を、どうにか上へ動かす。その視界には、今にも剣を振り下ろそうとする、あの男の姿があった。

これは……流石に無理だ……。

だが僕の目に、"絶望"なんてものはなかった。

「ちっ……世話が焼ける」

血を流し、身動きが取れず膝をつく僕の後ろから、そんな一言が聞こえてきた。そしてその直後、白く光り輝く球体が、僕に斬りかかろうとする男の無防備な胸元へと放たれた。

「…………」

男はうめき声も上げずに、シンの氣弾によって遠くの木々へと飛ばされていった。

「防がれたな。腹に氣を集中させていたか。暴走状態のようなものかと思ったが、存外頭は回るらしい」

シンが僕の前に立つ。その背中はやけに大きく見えた。

「情けないな、リオン」

シンはこちらに視線を向けず、ただ敵だけを見て僕へそう言った。

図星すぎて耳が痛い。

このままじゃ、またシンの足を引っ張ってしまう。

こんなかっこ悪いところばかり見せていいのか、リオン=アストラル……!
お前はこの国の第二王子で、ノアやシンの親友だろ?!

僕は左手に持った剣を地面へと刺した。その剣の柄へ、腹にできた傷口を押さえていた右手を添える。柄も左手も、右手同様に血に濡れた。だがそんなことはどうでもいい。

このままただ座って見ているだけで、いられるわけがない……!

「……うっ……ぐっ……!」

剣に体重をかけ、痛みに耐えながらも僕はどうにか立ち上がった。

「はぁ、はぁ……っ……はぁ……」

「ポーションは?」

「はは……あいにくと、それは……苦手、でね……」

僕とポーションの相性はなぜだかとても悪い。だから普段からポーションは持ち歩いていない。

「なら治癒系の氣術はどうだ。お前、適性に光があるだろ」

光と闇属性の適性者はその数が少ないと言われる。ただし、天界ウィジェルや、魔界ニライカナイの住人たちは例外だ。そしてこの二つの属性の適性者は、特別な効果をもたらす氣術を習得できる。例えば光なら治癒、闇なら状態異常といったように。

「たしかに僕は、ヒールを使える。……けれど、今回は……使わない」

「は?」

何を言ってるんだ、こいつ……と言いたげな目が、僕を射抜いた。僕のこの愚かすぎる発言に、シンも思わず敵から目を離した。

「このまま情けない姿だけ晒して終わるのは……僕のプライドが許せない」

シンの両の目を、真っ直ぐに捉える。普段から鋭い目つきをしており、さらに今は僕の一言で冷徹さが増してるように感じた。だけどそれでも、僕は決して目を逸らさない。

「…………」

「僕を信じてくれ、シン」

「…………」

長い沈黙が続く。

次から次へと醜態を晒し続ける僕に、シンは今更期待などしていないのかもしれない。僕への信頼はとうの昔に跡形もなく消え去ったかもしれない。

虫のいい話なのはわかってる。それでも僕は、シンに僕という存在を信じてもらいたい。

「……名誉を挽回したければ好きにしろ。ただし、俺は手を出さない。いいな」

「っ……!ありがとう、シン……!」

シンは僕の後方へと歩いていく。

僕に任せてくれた。もう一度信頼を置こうとしてくれている。それだけで僕には十分だった。

いつのまにか、痛みは消えていた。血は流れ、傷はまだ残っているというのに。

「スゥゥ…… ハァァァ……」

目を閉じ、呼吸を整え、精神を統一させる。

獣狼化ビーステッド・ウルフ……!」

僕の身体が金色の光に包まれる。その間、身体はその姿を大きく変化させていた。

僕は歴とした亜人ではあるが、その見た目は人間となんら変わらない。けれどこの力は亜人にしかない、強大な力。

自身の奥底の体内に眠るとされる、獰猛な獣の力を解き放つ。それがこの氣術だ。別名、『先祖返り』とも呼ばれている。

これは誰しもが使えるわけじゃない。けれど己の内に眠る獣の力は想像以上に強力で、この氣術を使えるものは、亜人たちから尊敬の目で見られる。

もちろん、その代償はあるけれど。

暗闇を照らしていた光が止み、僕の新たな姿が明らかとなった。

「ほう……」

「ふぅ……この姿になるのは、なんだかんだ久々だ」

視界に映った黒い手を何度か、握っては開いた。

この血が沸騰しているかのように力がみなぎる感覚は、やっぱり気持ちがいい……!

「てっきり獅子の亜人だと思っていたが……眠っていたのは黒い狼だったか」

僕は地面に刺さった剣を左手に持つ。そして両手を大きく横に広げた。

「さあ、楽しい狩りの始まりだ……!」


























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