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レグルス編
25 スターライト連続誘拐事件Ⅴ
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side 九条湊
「二人の状態はどうだ?」
俺は寝かせられた二人を慎重に診察するエルに問いかけた。
「……正直言って、悪すぎます。ペルロさんの右腕の方は湊さんが炎を鎮火してくれたおかげで失わずには済んでいますが、ほぼ炭化していて形を保っているのもやっとの状態です。乱雑に扱ったりしたら、確実に崩れ落ちて右手がなくなります」
俺はエルの後ろからペルロの右腕を観察した。この暗闇に同化するかのうよに、黒い腕にはところどころに亀裂が走っており、エルの推察が間違っていないことを示していた。
あの数秒で腕を炭に変えるとはな。だが俺が水の氣術を使わなければさらに燃え広がり、最悪全身がこうなっていただろう。
「そしてステラ叡団長についてですが、ペルロさん以上にまずい状況です。左腕が見事なまでに凍りついています。正確には、腕が氷そのものに成り代わった感じです。……触れても問題はなさそうですが、このまま放っておけば全身が冷えて凍死する可能性があります」
エルの説明を聞きながら、俺はステラ叡団長へ目を向けた。確かにこれは腕が凍ったというよりは、腕が氷に変換されたと解釈した方が正しい。仮に火を近づければ、この氷の腕は水となって地面に流れ、左腕は失われるだろう。ペルロの時のように、ただ死に繋がる原因を消せばいいというものではない。
「デタラメな氣術だ」
「まったくその通りだと思います。こんなの、どんなに優秀な治癒術師や薬師でも諦めます。まして薬師としてまだまだひよっこの私がどうこうできるわけがないんです。私の理解の範疇をありえないくらいに、超えてます」
そうエルは弱音を吐いた。……いや、そうではない。
そこに諦めや悲壮感は一切感じられなかった。その声は、強く、そして確かな覚悟を背負っていた。
「でも私は、絶対に諦めません。今できる私の精一杯で、お二人を助けます。そしてあわよくば、元の状態に戻します!」
そう決意を表明した小さな少女は、長いピンクの髪を紐ゴムでまとめ、再び触診を始めた。
「…………」
強欲だ、と言いかけた。だが俺は開けた口をつぐみ、その言葉を飲み込んだ。そんな言葉、エルの覚悟を踏み躙るだけの、陳腐なものなのだから。
俺は今一度、懸命に患者を助けようと動くエルに目をやる。俺よりもはるかに小さな背中。だがそれは不思議と俺よりもはるかに大きく感じた。
……この強い覚悟に、俺はエルの仲間として応えなければならない。
「紫苑」
俺は友であり家族でもある頼もしい存在を起こす。
「……なんだ、ミナト」
「エルに二人の体内の詳しい氣の流れを教えてやってくれ。あの状態なら、氣にも必ず異変が起きているはずだ」
「ふむ。いいだろう」
拒否する素振りを全く見せず、紫苑は俺の首からシュルシュルと降り、触診を続けるエルのもとへと向かった。
あの触診はおそらく、体内の氣の流れを探っているのだろう。だがあの様子からするに、うまくできてはいない。焦っているのが背中越しにも伝わってきている。
そのサポートに関してトップクラスに適した者のひとりとして、紫苑は非常に優秀だ。紫苑の眼は氣の流れとともにその本質も見抜いてしまうのだから。
とりあえず怪我人の治療は信頼に足る二人に任せるとしよう。俺は俺の責務を全うするだけだ。
そう心に整理をつけたのち、ノアやシンが戦う様を見続けた。当然こちらに被害が及ばないよう、注意を払いながら。そして激しい戦いの最中ではあったが、俺の出番はないかもしれないとそう思い始めた…………瞬間、超スピードで飛んでくる攻撃が俺たちを襲った。
「……」
俺は瞬時に刀を抜き、タイミングを合わせて上から下へと刀を振り抜いた。確かにそのスピードには感心したが、防げないものではないと、そう確信していた。だが……。
……っ?!
『キンッ!ブォォゥン!』
その攻撃は刀によって軌道を変え、俺の足元へと叩き落とされた。そして地面へと着弾した直後に、勢いよく炎が舞い上がった。
「…………」
俺はメラメラと燃え上がる炎をまじまじと見つめる。
叩き切ったと思ったが……甘くみすぎたな。
「興味深い弾丸だ」
今度カイトとひと勝負するのも悪くない。だがまずはこの場を乗り切らなければな。
「……アクアショット」
手のひらを前に出し、炎を消化する。水系統の下級氣術だが、何発か打てばそのうち消えるだろう。
『…………』
予想通り、音を立てて燃えていた炎は消え、地面には黒い焦げ跡だけが残った。
ペルロはともかく、この国を守護する要のひとりであろう叡団長を、たったの一撃で戦闘不能にさせ、さらには九条家の宝剣でも完全には斬り落とせなかったこの攻撃……あの二丁の拳銃がネームド武器であることは確定だな。
ただ、それ以上の何かをあの弾丸からは感じ取れる。だがそれが何かまではわからない。ただ単に氣を練ってつくった弾丸では、燃え上がったり凍てつかせたりといった効果は付与できない。
……そういえば、以前やけに上から目線な少年からの依頼で桃兎とやらを捕獲しに行った際、秀がカイトについて言っていたな。
赤っぽい生物と白っぽい生物がカイトに力を貸していたように見えた、と。
魔物には見えなかったとは言っていたが……となると該当するのは精霊になるか。だが精霊は霊氣がない者には基本的に視認することはできないはずだ。紫苑と同様、精霊側から見せようと意識しない限りは。
霊氣が使えるのは、俺たちの中ではセツナだけだ。セツナか、もしくは契約精霊のセイに聞けば話は早い。特にセイは最上級精霊のようだから、精霊に関して右に出る者はいないはずだ。
とはいえ、残念ながら現状のこの状況では、カイトの力の正体を探ることはできそうにはない。セツナは秀率いる別働部隊として、この不毛な争いを終わらせるために動いているからな。
俺はエルたちの様子を気にしながらも、再び激闘を繰り広げる三人の様子に注視した。
そろそろ頃合いだぞ、秀。主人を待たせるなど、従者失格だ。
side シン=オーガスト
「獣狼化……!」
その言葉とともに、リオンの身体が金色の光を発した。
この闇夜では目に毒だな。
俺は軽く目もとを手で覆って隠した。
傷を回復しないと言った時は流石に耳を疑ったが……なるほど、まだこんな力を隠していたのか。
ただリオンは光を放っているわけではない。俺の肌がピリつくほどに、氣を昂らせているのがわかる。氣を外に放出しすぎるのは戦いにおいて悪手と言われるが、これはどちらかといえば、氣が身体という器から漏れ出てしまっているのだろう。
リオンの様子を観察していると、暗闇を照らしていた光が止み、リオンの姿が露わになった。
「ほう……」
そこにいたのは、あの柔らかな金の髪をした、まさに王子といった様相の人物ではなかった。言うなれば黒い体毛を全身に纏った、獣の人間だ。ところどころに金模様が目立つ。
ここからでは背中側しか分からないが、唯一元の姿と似通っているのはその模様の色くらいだろう。とはいえそれも、柔らかな金というよりは、強くたくましいといった表現が正しい、濃い色の金ではあるが。
「ふぅ……この姿になるのは、なんだかんだ久々だ」
「てっきり獅子の亜人だと思っていたが……眠っていたのは漆黒の狼だったか」
リオンが地面に刺さった剣を左手に持った。そして両手を大きく横に広げ、こう告げた。
「さあ、楽しい狩りの始まりだ……!」
その言葉を合図に、黒狼のリオンが駆け出した。その速さは、元の姿の時を凌駕している。
このリオンの変貌に危機感を察知したのか、カイトとかいう愚図も、リオンが駆け出す直前に動き出していた。
「ハァァッ!」
「…………」
剣と剣がぶつかり合う音が木々に囲まれたこの開けた空間に響く。雑魚には何が起きているのか分からないだろう。ただ剣撃の余波で風圧を感じるくらいか。
地面がひび割れ、木々がガサガサと揺れる。
「なかなかやるな、あんた。いい腕してる……!」
ふん……少し雰囲気が変わったか。なんと言うか、そうだな……攻めの姿勢が強い、という表現が合いそうだ。
別のやつが今のリオンを見れば、戦いの最中に笑顔を見せる変人だという感覚を抱くかもしれない。別人と思えるほどには、外見も雰囲気もさっきとは異なるからな。
それに所作が少し荒っぽくなった。
「おっと。今のはちょーっと危なかったな」
「…………」
とはいえ、剣筋は綺麗なまま、か。
なるほど、口調も態度も多少荒くはなったが、あの姿になる前の冷静さも大きく残っていそうだ。
「なあ」
「…………」
暴れるだけの獣になったのなら、あんな風に悠長に長引かせ、相手の動きを観察しようとはしない。性格が少し好戦的になった、というのが正しいか。
「なあ、おい」
「…………」
まあ、あの人の良さならあれぐらいがちょうどいい。
戦いに優しさなど不要。
死ぬやつは死に、生き残るやつは生き残る。それだけだ。
「あんたさ、人生楽しんでる?」
「…………」
激しい攻防の中、リオンがカイトに話しかける。
昔、クロードが「戦うこと、それ即ち相手との対話である」と、言っていたか。
俺に対話の意思は一切ない。敵は葬るのみだ。
だが兄さんは熱心にクロードの話を聞いていた。そしてリオンは今、兄さんと同じ理念を持って戦っているのかもしれない。
やはり人が良いな、あいつは。いい意味でも悪い意味でも。
「そんな深海の奥底みたいな、なんの光も希望もないみたいな目してんなって。僕、そういうの嫌いなんだわ」
「……キ、ボウ……?」
人形のような男から初めて肉声がした。
「なんだ、話せるじゃん。……あー、このまま撃ち合うのも楽しいが…………なんか悩みでもあんなら僕が聞いてやるぜ?」
「……キボウ、は……ハルカ、ムカシに……ハイとカシタ……ゼツボウ、コソが……ワガミチ、だ……」
「……っ!」
意識がなかったかと思われた人形から、片言の言葉が紡がれた。だがそれと同時に、その剣速が跳ね上がった。
「くっそ速いな、おい!」
リオンが押され始めたな。カイトの剣撃に対応しきれていない。腹の傷は治っているようだから、単純に剣術で負けている。
やはり、あいつもあいつの片割れもただの亜人じゃないな。というより、亜人かどうかさえも危うい。
魔人の線は、氣が白氣の時点でない。魔人は黒氣を使うからだ。となれば可能性としてあがるのは……銀嶺の民とか白魔とか言われている、大帝国グランドベゼルよりもさらに北方にある、ドロモスと呼ばれる地域に住む種族、か。
それでも不可解な点は多く残るが……まあこの際あいつが誰だろうと関係ない。仮にリオンが倒されたなら、俺が処理すれば良い話だ。
「くっそぉ……僕の剣術が一歩及ばないのは認めようじゃないか。だが意志のない剣では、僕には勝てないぜ!」
ふん、ようやく分析が終わったらしい。
リオンが反撃に出る。
「ハァァァッッ!」
リオンの一際力の入った声が響いた。それと同時に、下から上へと勢いよく剣が振り抜かれた。
「……ッ……」
剣で耐えようとしたカイトだったが、リオンの剣から伝わる大きすぎる力に、後方に飛ばされた。地面をザザザッと擦る音が聞こえる。そして間髪入れず、まだ不十分な体勢のカイトをリオンの追撃が襲う。
「ハァァッ!」
「……ッ……!」
カイトはかろうじてかわす。だがその一撃だけでリオンの攻撃が終わるわけもなく、形勢は逆転した。
「あんたの剣は、たしかに速いが……一撃一撃が軽いんだよなァ。そんなんじゃ、俺がちっと気合い入れただけで、こうなっちまうぜェ?」
「……っ…………!」
カイトに焦りのようなものが見え始めた。人間味が出た、とも言い換えられるな。
「……っ、デュオ・スフェラ」
半面が白、半面が黒の剣が、瞬時に二丁の銃へと切り替わる。先ほどの剣にもあったが、白には青い筋、黒には赤い筋が入っているのが特徴のようだ。
「また銃に戻んのかよォ!面白いなァ!」
リオンは先ほどと違い、驚愕して判断が遅れるということはなく、むしろその驚きさえも楽しんでいた。
なんとなくではあるが、最初からあの武器にはネームド武器としてのオーラとは別に、何かの気配を感じていた。特殊な氣を直感した。これが何を意味するかまではわからないが。
『ズドン!ズドン!』
『パンッ!パンッ!』
「うお!あぶねッ!」
「…………」
弾丸が四つ、こちらに飛んできた。
ん……流れ弾か。
氣を左の手のひらに集中させ、すべての弾を掴み取って消失させる。
……現状、軍配が上がるのはリオンだろう。
カイトが焦りを見せ始めてきた。それはリオンの攻撃に対応ができなくなったこともあるが、それ以前に体内の氣がなくなってきたためだろう。
「弾は流石にもらいたくないな」
リオンが黒狼となってからは、リオンは常に氣をだだ漏れにさせているが、これは体内では抑えきれずに勝手に出てしまうもの。つまり、氣はまだ大量に残っている。
「……く……は……ぁ……はぁ…………ぁぁ……」
対してカイトは、あの二人に弾丸を放ってから今に至るまで、氣を無駄に垂れ流していた。相手を威嚇するためやリオンのように扱いきれないものを外に出すことはなんら問題のないことだが、ろくにコントロールもできずにちょろちょろと流すのは、愚図のすることだ。
だから、ああやって限界が来る。
「動きが鈍くなったな?」
剣撃を止めないリオンには、まだまだ戦う余裕はあるが、カイトは呼吸が乱れ動きが段違いに鈍くなった。
「……っ!」
カイトがどうにかわずかな隙を見つけ、銃口をリオンへ向けた。
『カチ……』
『カチ……』
決死の抵抗として、カイトは拳銃の引き金を引いた。だが、あの重い音と軽い音が聞こえることはなく、弾丸がなくなったことを告げる虚しき音が鳴っただけであった。
カイトの目が、大きく開かれた。リオンの剣はすでにカイトの頭上にセットされていた。
「これで、終いだ……!」
剣が、勢いよく振り下ろされた。その瞬間……。
「……はは……」
死を悟ったカイトは目を閉じ、口の端を上げた。それは誰から見ても、安らかな表情に映るだろう。
『ガァァンッッッ!』
地面を砕くような音が響いた。だがその斬撃は、それよりはるかに柔らかいはずの肉塊を貫通してはいなかった。
「…………?」
リオンの剣は、カイトの左側面の足下付近の地面を叩き壊したのみ。そこは蜘蛛の巣のようなひび割れがしっかりと残されている。
「いやいや、そんな困惑することないぜ?別に僕にお前を殺す理由なんざ、特にないんだし?」
リオンは剣を肩上に置き、何度か自分の肩を軽く叩いた。
決着はついたな。
俺は二人の戦士のもとへと歩き出す。
「……は、ははは……」
リオンの素直な回答に、カイトは乾いた笑いを漏らしながら、白と黒の二丁の拳銃を落とした。
ほう。青と赤の筋がなくなってるな。それに、拳銃の色も白と黒から、灰色に変化している。
「なぜ……なぜ、私を殺してくれなかったのですか。リオン王子……」
正気に戻ったカイトは、膝から崩れ落ちるようにして地面に項垂れた。
「おいおい、さっき言ったろ?あんたを殺す理由が僕にはないって」
「…………」
「なら、俺が殺してやろう、愚図」
俺は左の手のひらに氣を集中させる。
「……シン、さん」
そしてカイトの頭へと左手を伸ばした。これで頭を握り潰せばこいつは……兄さんに銃口を向け、殺そうとしたこの愚図は……。
「ガルルッ!」
カイトの頭に指が触れる寸前、俺の左腕に何かが噛みついた。しかもそれなりに重さがある。
見れば、金模様の美しい黒い狼が仁王立ちをして、俺の腕に噛み付いていた。鋭い爪の生えた両手も、しっかり俺の腕を掴んでいる。
「……リオンか」
「ガル!」
「なんだ、殺すなと言いたいのか?」
「ガル!」
赤い右目と紫の左目が俺の目をまっすぐに見つめる。
なんだ、このオッドアイの目は変わってないのか。
俺は左腕を下ろした。おそらくさっきの力の影響で狼になったリオンは「ガルッ!」と嬉しそうな声を上げながら、四つ足を地面につけた。
「運がいいな、お前。リオンが俺を止めなければ、俺はお前をただの肉塊にしていた」
俺は少しかがみ、狼の頭を軽く撫でた。
「……いっそ、殺していただけた方が、よかったです。これ以上、この力で人を殺したくなんて、ない……!」
カイトは地面に落ちた銃を見つめながら、涙をぽたぽたと流した。
「クゥーン……」
それを見かねた狼リオンは、カイトに寄り添うように近づき、カイトの小さくなった背中を頭を使ってさすっていた。
「は?お前がどんな人生送って、ここでどう後悔しようが、俺の知ったことじゃない。俺はお前を楽にするための処刑道具じゃない。死ぬなら勝手に死ねばいい」
本来ならば、兄さんを殺そうとした罪をその命で贖ってもらうつもりだった。だが、怒りで忘れていだが、こいつには生きていてもらわなければならない理由があった。それは兄さんの願いでもある。これと天秤にかければ、流石にこいつを手にかけられない。
リオンが俺を止めたおかげで気付けた。あの一瞬の間で、俺は兄さんを失望させずに済んだ。
「クゥーン……」
それに自ら死ぬ気もない奴が殺してくれとは、なんとも虫のいい話だ。
「リオン、王子……」
今度はカイトの涙を拭おうと、狼リオンはカイトの顔を舌で舐め始めた。
「……すみません。お二人を傷つけてしまい、本当に申し訳ない……」
「ガル!」
「わ……!」
慰めていたのだろう狼リオンは突然カイトに飛びついた。カイトはそれに驚きながらも、抵抗する様子は見せない。むしろ、このまま喰われて死にたいように見える。
「ガル!ガル!ガル!!」
狼リオンはカイトを押し倒したまま、首を左右に勢いよく振った。
「……?リオン王子?」
「ガル!ガル!ガル!」
「……?」
別にこのままにして兄さんのもとに向かってもいいんだが……。
俺は必死に何かを伝えようとするリオンを一瞥する。
……………………仕方ない。
「気にしていない」
「え……」
「リオンはお前がしたことをひとつも気にしていないと言ったんだ」
「……そうなのですか、リオン王子」
「ガル!!」
狼リオンは機嫌良くうなづいた。
「そ、そんな……私はあなた方を殺そうとしたんですよ?!」
「ガルルル、ガルガル!」
「大丈夫だ、誰も死んでいないから」
「そ、そういう問題ではなく……!」
……通訳も面倒だな。
それにこいつ頭は回る方だと思ってたが、どうにも察しが悪いな。
「いい加減、この不毛な時間を早く終わらせろ」
「…………」
「お前が折れない限り、リオンはずっと吠え続ける」
「ガル!」
その通り、と言わんばかりに狼リオンがひと吠えした。
「…………」
「これ以上赦されたくないなどと駄々を捏ねるなら、勝手にその業を生涯背負ってろ。それでこの話は終いだ」
俺は困惑するカイトを鋭く一瞥し、これ以上関わる意味はないと考え、視線を周囲に向けた。
途中から兄さんの姿が見えなくなった。兄さんも大きな一撃を入れていたみたいだが……。
俺は遠目から一直線に木も地面も抉り取られた跡を見つける。ここも眼前の屋敷以外は荒れ果てているため、当初訪れた時の木々は見る影もない。ただ、兄さんがいるであろう方向もわかりやすいほどには、あの場所もなかなかに酷い有様だ。一瞬にして全く整備されていない道ができた感じだ。
「……私の負けです。リオン王子、あなたの寛大な心に感謝します」
「ガル!!」
周囲を観察していれば嬉しそうなひと吠えが耳に届いた。
さて、まずは兄さんを探しにーーー
『ズダダダダダダダッッッ!!』
屋敷の正面を掠るギリギリのラインに、氷の嵐が吹き荒れた。これはまさしく、上級氣術アイシクル・ストームだ。そしてこの凄まじい威力は、兄さんにしか出せない。
「……ぅ…………」
「カナタ様!」
吹き抜けた氷の嵐の跡から、兄さんの相手をしていた男が満身創痍で倒れていた。そこへふらふらとした足取りでカイトが近づこうとする。
当然の結果だな。
「もう諦めてくれよ、カナタ」
そんな悲しそうな声が聞こえた。振り向けばそこには、傷だらけの兄さんがいた。服には血液が飛び散り、楽な戦いではなかったことを物語っていた。
……本気を出せば兄さんなら誰だろうと片手で捻り潰せる。だがそれをしないのは、秀たちとの約束もあるが、それ以上に兄さんがあの男を気に入ってしまったためだ。
この森よりもはるかに心の広い兄さんのおかげで、今の今まで死なずに済んだことを、あの愚鈍な男は誠心誠意をもって感謝すべきだ。
だというのに、あの愚かな男は兄さんをあんなにも傷つけている。これは万死に値する行いだ。地獄に落ちても罪を償いきれない。
だがここで俺があの男を殺せば、兄さんを失望させることは目に見えている。それだけは決して許されない。
……この葛藤は何度経験しても、気分が晴れないな。
「二人の状態はどうだ?」
俺は寝かせられた二人を慎重に診察するエルに問いかけた。
「……正直言って、悪すぎます。ペルロさんの右腕の方は湊さんが炎を鎮火してくれたおかげで失わずには済んでいますが、ほぼ炭化していて形を保っているのもやっとの状態です。乱雑に扱ったりしたら、確実に崩れ落ちて右手がなくなります」
俺はエルの後ろからペルロの右腕を観察した。この暗闇に同化するかのうよに、黒い腕にはところどころに亀裂が走っており、エルの推察が間違っていないことを示していた。
あの数秒で腕を炭に変えるとはな。だが俺が水の氣術を使わなければさらに燃え広がり、最悪全身がこうなっていただろう。
「そしてステラ叡団長についてですが、ペルロさん以上にまずい状況です。左腕が見事なまでに凍りついています。正確には、腕が氷そのものに成り代わった感じです。……触れても問題はなさそうですが、このまま放っておけば全身が冷えて凍死する可能性があります」
エルの説明を聞きながら、俺はステラ叡団長へ目を向けた。確かにこれは腕が凍ったというよりは、腕が氷に変換されたと解釈した方が正しい。仮に火を近づければ、この氷の腕は水となって地面に流れ、左腕は失われるだろう。ペルロの時のように、ただ死に繋がる原因を消せばいいというものではない。
「デタラメな氣術だ」
「まったくその通りだと思います。こんなの、どんなに優秀な治癒術師や薬師でも諦めます。まして薬師としてまだまだひよっこの私がどうこうできるわけがないんです。私の理解の範疇をありえないくらいに、超えてます」
そうエルは弱音を吐いた。……いや、そうではない。
そこに諦めや悲壮感は一切感じられなかった。その声は、強く、そして確かな覚悟を背負っていた。
「でも私は、絶対に諦めません。今できる私の精一杯で、お二人を助けます。そしてあわよくば、元の状態に戻します!」
そう決意を表明した小さな少女は、長いピンクの髪を紐ゴムでまとめ、再び触診を始めた。
「…………」
強欲だ、と言いかけた。だが俺は開けた口をつぐみ、その言葉を飲み込んだ。そんな言葉、エルの覚悟を踏み躙るだけの、陳腐なものなのだから。
俺は今一度、懸命に患者を助けようと動くエルに目をやる。俺よりもはるかに小さな背中。だがそれは不思議と俺よりもはるかに大きく感じた。
……この強い覚悟に、俺はエルの仲間として応えなければならない。
「紫苑」
俺は友であり家族でもある頼もしい存在を起こす。
「……なんだ、ミナト」
「エルに二人の体内の詳しい氣の流れを教えてやってくれ。あの状態なら、氣にも必ず異変が起きているはずだ」
「ふむ。いいだろう」
拒否する素振りを全く見せず、紫苑は俺の首からシュルシュルと降り、触診を続けるエルのもとへと向かった。
あの触診はおそらく、体内の氣の流れを探っているのだろう。だがあの様子からするに、うまくできてはいない。焦っているのが背中越しにも伝わってきている。
そのサポートに関してトップクラスに適した者のひとりとして、紫苑は非常に優秀だ。紫苑の眼は氣の流れとともにその本質も見抜いてしまうのだから。
とりあえず怪我人の治療は信頼に足る二人に任せるとしよう。俺は俺の責務を全うするだけだ。
そう心に整理をつけたのち、ノアやシンが戦う様を見続けた。当然こちらに被害が及ばないよう、注意を払いながら。そして激しい戦いの最中ではあったが、俺の出番はないかもしれないとそう思い始めた…………瞬間、超スピードで飛んでくる攻撃が俺たちを襲った。
「……」
俺は瞬時に刀を抜き、タイミングを合わせて上から下へと刀を振り抜いた。確かにそのスピードには感心したが、防げないものではないと、そう確信していた。だが……。
……っ?!
『キンッ!ブォォゥン!』
その攻撃は刀によって軌道を変え、俺の足元へと叩き落とされた。そして地面へと着弾した直後に、勢いよく炎が舞い上がった。
「…………」
俺はメラメラと燃え上がる炎をまじまじと見つめる。
叩き切ったと思ったが……甘くみすぎたな。
「興味深い弾丸だ」
今度カイトとひと勝負するのも悪くない。だがまずはこの場を乗り切らなければな。
「……アクアショット」
手のひらを前に出し、炎を消化する。水系統の下級氣術だが、何発か打てばそのうち消えるだろう。
『…………』
予想通り、音を立てて燃えていた炎は消え、地面には黒い焦げ跡だけが残った。
ペルロはともかく、この国を守護する要のひとりであろう叡団長を、たったの一撃で戦闘不能にさせ、さらには九条家の宝剣でも完全には斬り落とせなかったこの攻撃……あの二丁の拳銃がネームド武器であることは確定だな。
ただ、それ以上の何かをあの弾丸からは感じ取れる。だがそれが何かまではわからない。ただ単に氣を練ってつくった弾丸では、燃え上がったり凍てつかせたりといった効果は付与できない。
……そういえば、以前やけに上から目線な少年からの依頼で桃兎とやらを捕獲しに行った際、秀がカイトについて言っていたな。
赤っぽい生物と白っぽい生物がカイトに力を貸していたように見えた、と。
魔物には見えなかったとは言っていたが……となると該当するのは精霊になるか。だが精霊は霊氣がない者には基本的に視認することはできないはずだ。紫苑と同様、精霊側から見せようと意識しない限りは。
霊氣が使えるのは、俺たちの中ではセツナだけだ。セツナか、もしくは契約精霊のセイに聞けば話は早い。特にセイは最上級精霊のようだから、精霊に関して右に出る者はいないはずだ。
とはいえ、残念ながら現状のこの状況では、カイトの力の正体を探ることはできそうにはない。セツナは秀率いる別働部隊として、この不毛な争いを終わらせるために動いているからな。
俺はエルたちの様子を気にしながらも、再び激闘を繰り広げる三人の様子に注視した。
そろそろ頃合いだぞ、秀。主人を待たせるなど、従者失格だ。
side シン=オーガスト
「獣狼化……!」
その言葉とともに、リオンの身体が金色の光を発した。
この闇夜では目に毒だな。
俺は軽く目もとを手で覆って隠した。
傷を回復しないと言った時は流石に耳を疑ったが……なるほど、まだこんな力を隠していたのか。
ただリオンは光を放っているわけではない。俺の肌がピリつくほどに、氣を昂らせているのがわかる。氣を外に放出しすぎるのは戦いにおいて悪手と言われるが、これはどちらかといえば、氣が身体という器から漏れ出てしまっているのだろう。
リオンの様子を観察していると、暗闇を照らしていた光が止み、リオンの姿が露わになった。
「ほう……」
そこにいたのは、あの柔らかな金の髪をした、まさに王子といった様相の人物ではなかった。言うなれば黒い体毛を全身に纏った、獣の人間だ。ところどころに金模様が目立つ。
ここからでは背中側しか分からないが、唯一元の姿と似通っているのはその模様の色くらいだろう。とはいえそれも、柔らかな金というよりは、強くたくましいといった表現が正しい、濃い色の金ではあるが。
「ふぅ……この姿になるのは、なんだかんだ久々だ」
「てっきり獅子の亜人だと思っていたが……眠っていたのは漆黒の狼だったか」
リオンが地面に刺さった剣を左手に持った。そして両手を大きく横に広げ、こう告げた。
「さあ、楽しい狩りの始まりだ……!」
その言葉を合図に、黒狼のリオンが駆け出した。その速さは、元の姿の時を凌駕している。
このリオンの変貌に危機感を察知したのか、カイトとかいう愚図も、リオンが駆け出す直前に動き出していた。
「ハァァッ!」
「…………」
剣と剣がぶつかり合う音が木々に囲まれたこの開けた空間に響く。雑魚には何が起きているのか分からないだろう。ただ剣撃の余波で風圧を感じるくらいか。
地面がひび割れ、木々がガサガサと揺れる。
「なかなかやるな、あんた。いい腕してる……!」
ふん……少し雰囲気が変わったか。なんと言うか、そうだな……攻めの姿勢が強い、という表現が合いそうだ。
別のやつが今のリオンを見れば、戦いの最中に笑顔を見せる変人だという感覚を抱くかもしれない。別人と思えるほどには、外見も雰囲気もさっきとは異なるからな。
それに所作が少し荒っぽくなった。
「おっと。今のはちょーっと危なかったな」
「…………」
とはいえ、剣筋は綺麗なまま、か。
なるほど、口調も態度も多少荒くはなったが、あの姿になる前の冷静さも大きく残っていそうだ。
「なあ」
「…………」
暴れるだけの獣になったのなら、あんな風に悠長に長引かせ、相手の動きを観察しようとはしない。性格が少し好戦的になった、というのが正しいか。
「なあ、おい」
「…………」
まあ、あの人の良さならあれぐらいがちょうどいい。
戦いに優しさなど不要。
死ぬやつは死に、生き残るやつは生き残る。それだけだ。
「あんたさ、人生楽しんでる?」
「…………」
激しい攻防の中、リオンがカイトに話しかける。
昔、クロードが「戦うこと、それ即ち相手との対話である」と、言っていたか。
俺に対話の意思は一切ない。敵は葬るのみだ。
だが兄さんは熱心にクロードの話を聞いていた。そしてリオンは今、兄さんと同じ理念を持って戦っているのかもしれない。
やはり人が良いな、あいつは。いい意味でも悪い意味でも。
「そんな深海の奥底みたいな、なんの光も希望もないみたいな目してんなって。僕、そういうの嫌いなんだわ」
「……キ、ボウ……?」
人形のような男から初めて肉声がした。
「なんだ、話せるじゃん。……あー、このまま撃ち合うのも楽しいが…………なんか悩みでもあんなら僕が聞いてやるぜ?」
「……キボウ、は……ハルカ、ムカシに……ハイとカシタ……ゼツボウ、コソが……ワガミチ、だ……」
「……っ!」
意識がなかったかと思われた人形から、片言の言葉が紡がれた。だがそれと同時に、その剣速が跳ね上がった。
「くっそ速いな、おい!」
リオンが押され始めたな。カイトの剣撃に対応しきれていない。腹の傷は治っているようだから、単純に剣術で負けている。
やはり、あいつもあいつの片割れもただの亜人じゃないな。というより、亜人かどうかさえも危うい。
魔人の線は、氣が白氣の時点でない。魔人は黒氣を使うからだ。となれば可能性としてあがるのは……銀嶺の民とか白魔とか言われている、大帝国グランドベゼルよりもさらに北方にある、ドロモスと呼ばれる地域に住む種族、か。
それでも不可解な点は多く残るが……まあこの際あいつが誰だろうと関係ない。仮にリオンが倒されたなら、俺が処理すれば良い話だ。
「くっそぉ……僕の剣術が一歩及ばないのは認めようじゃないか。だが意志のない剣では、僕には勝てないぜ!」
ふん、ようやく分析が終わったらしい。
リオンが反撃に出る。
「ハァァァッッ!」
リオンの一際力の入った声が響いた。それと同時に、下から上へと勢いよく剣が振り抜かれた。
「……ッ……」
剣で耐えようとしたカイトだったが、リオンの剣から伝わる大きすぎる力に、後方に飛ばされた。地面をザザザッと擦る音が聞こえる。そして間髪入れず、まだ不十分な体勢のカイトをリオンの追撃が襲う。
「ハァァッ!」
「……ッ……!」
カイトはかろうじてかわす。だがその一撃だけでリオンの攻撃が終わるわけもなく、形勢は逆転した。
「あんたの剣は、たしかに速いが……一撃一撃が軽いんだよなァ。そんなんじゃ、俺がちっと気合い入れただけで、こうなっちまうぜェ?」
「……っ…………!」
カイトに焦りのようなものが見え始めた。人間味が出た、とも言い換えられるな。
「……っ、デュオ・スフェラ」
半面が白、半面が黒の剣が、瞬時に二丁の銃へと切り替わる。先ほどの剣にもあったが、白には青い筋、黒には赤い筋が入っているのが特徴のようだ。
「また銃に戻んのかよォ!面白いなァ!」
リオンは先ほどと違い、驚愕して判断が遅れるということはなく、むしろその驚きさえも楽しんでいた。
なんとなくではあるが、最初からあの武器にはネームド武器としてのオーラとは別に、何かの気配を感じていた。特殊な氣を直感した。これが何を意味するかまではわからないが。
『ズドン!ズドン!』
『パンッ!パンッ!』
「うお!あぶねッ!」
「…………」
弾丸が四つ、こちらに飛んできた。
ん……流れ弾か。
氣を左の手のひらに集中させ、すべての弾を掴み取って消失させる。
……現状、軍配が上がるのはリオンだろう。
カイトが焦りを見せ始めてきた。それはリオンの攻撃に対応ができなくなったこともあるが、それ以前に体内の氣がなくなってきたためだろう。
「弾は流石にもらいたくないな」
リオンが黒狼となってからは、リオンは常に氣をだだ漏れにさせているが、これは体内では抑えきれずに勝手に出てしまうもの。つまり、氣はまだ大量に残っている。
「……く……は……ぁ……はぁ…………ぁぁ……」
対してカイトは、あの二人に弾丸を放ってから今に至るまで、氣を無駄に垂れ流していた。相手を威嚇するためやリオンのように扱いきれないものを外に出すことはなんら問題のないことだが、ろくにコントロールもできずにちょろちょろと流すのは、愚図のすることだ。
だから、ああやって限界が来る。
「動きが鈍くなったな?」
剣撃を止めないリオンには、まだまだ戦う余裕はあるが、カイトは呼吸が乱れ動きが段違いに鈍くなった。
「……っ!」
カイトがどうにかわずかな隙を見つけ、銃口をリオンへ向けた。
『カチ……』
『カチ……』
決死の抵抗として、カイトは拳銃の引き金を引いた。だが、あの重い音と軽い音が聞こえることはなく、弾丸がなくなったことを告げる虚しき音が鳴っただけであった。
カイトの目が、大きく開かれた。リオンの剣はすでにカイトの頭上にセットされていた。
「これで、終いだ……!」
剣が、勢いよく振り下ろされた。その瞬間……。
「……はは……」
死を悟ったカイトは目を閉じ、口の端を上げた。それは誰から見ても、安らかな表情に映るだろう。
『ガァァンッッッ!』
地面を砕くような音が響いた。だがその斬撃は、それよりはるかに柔らかいはずの肉塊を貫通してはいなかった。
「…………?」
リオンの剣は、カイトの左側面の足下付近の地面を叩き壊したのみ。そこは蜘蛛の巣のようなひび割れがしっかりと残されている。
「いやいや、そんな困惑することないぜ?別に僕にお前を殺す理由なんざ、特にないんだし?」
リオンは剣を肩上に置き、何度か自分の肩を軽く叩いた。
決着はついたな。
俺は二人の戦士のもとへと歩き出す。
「……は、ははは……」
リオンの素直な回答に、カイトは乾いた笑いを漏らしながら、白と黒の二丁の拳銃を落とした。
ほう。青と赤の筋がなくなってるな。それに、拳銃の色も白と黒から、灰色に変化している。
「なぜ……なぜ、私を殺してくれなかったのですか。リオン王子……」
正気に戻ったカイトは、膝から崩れ落ちるようにして地面に項垂れた。
「おいおい、さっき言ったろ?あんたを殺す理由が僕にはないって」
「…………」
「なら、俺が殺してやろう、愚図」
俺は左の手のひらに氣を集中させる。
「……シン、さん」
そしてカイトの頭へと左手を伸ばした。これで頭を握り潰せばこいつは……兄さんに銃口を向け、殺そうとしたこの愚図は……。
「ガルルッ!」
カイトの頭に指が触れる寸前、俺の左腕に何かが噛みついた。しかもそれなりに重さがある。
見れば、金模様の美しい黒い狼が仁王立ちをして、俺の腕に噛み付いていた。鋭い爪の生えた両手も、しっかり俺の腕を掴んでいる。
「……リオンか」
「ガル!」
「なんだ、殺すなと言いたいのか?」
「ガル!」
赤い右目と紫の左目が俺の目をまっすぐに見つめる。
なんだ、このオッドアイの目は変わってないのか。
俺は左腕を下ろした。おそらくさっきの力の影響で狼になったリオンは「ガルッ!」と嬉しそうな声を上げながら、四つ足を地面につけた。
「運がいいな、お前。リオンが俺を止めなければ、俺はお前をただの肉塊にしていた」
俺は少しかがみ、狼の頭を軽く撫でた。
「……いっそ、殺していただけた方が、よかったです。これ以上、この力で人を殺したくなんて、ない……!」
カイトは地面に落ちた銃を見つめながら、涙をぽたぽたと流した。
「クゥーン……」
それを見かねた狼リオンは、カイトに寄り添うように近づき、カイトの小さくなった背中を頭を使ってさすっていた。
「は?お前がどんな人生送って、ここでどう後悔しようが、俺の知ったことじゃない。俺はお前を楽にするための処刑道具じゃない。死ぬなら勝手に死ねばいい」
本来ならば、兄さんを殺そうとした罪をその命で贖ってもらうつもりだった。だが、怒りで忘れていだが、こいつには生きていてもらわなければならない理由があった。それは兄さんの願いでもある。これと天秤にかければ、流石にこいつを手にかけられない。
リオンが俺を止めたおかげで気付けた。あの一瞬の間で、俺は兄さんを失望させずに済んだ。
「クゥーン……」
それに自ら死ぬ気もない奴が殺してくれとは、なんとも虫のいい話だ。
「リオン、王子……」
今度はカイトの涙を拭おうと、狼リオンはカイトの顔を舌で舐め始めた。
「……すみません。お二人を傷つけてしまい、本当に申し訳ない……」
「ガル!」
「わ……!」
慰めていたのだろう狼リオンは突然カイトに飛びついた。カイトはそれに驚きながらも、抵抗する様子は見せない。むしろ、このまま喰われて死にたいように見える。
「ガル!ガル!ガル!!」
狼リオンはカイトを押し倒したまま、首を左右に勢いよく振った。
「……?リオン王子?」
「ガル!ガル!ガル!」
「……?」
別にこのままにして兄さんのもとに向かってもいいんだが……。
俺は必死に何かを伝えようとするリオンを一瞥する。
……………………仕方ない。
「気にしていない」
「え……」
「リオンはお前がしたことをひとつも気にしていないと言ったんだ」
「……そうなのですか、リオン王子」
「ガル!!」
狼リオンは機嫌良くうなづいた。
「そ、そんな……私はあなた方を殺そうとしたんですよ?!」
「ガルルル、ガルガル!」
「大丈夫だ、誰も死んでいないから」
「そ、そういう問題ではなく……!」
……通訳も面倒だな。
それにこいつ頭は回る方だと思ってたが、どうにも察しが悪いな。
「いい加減、この不毛な時間を早く終わらせろ」
「…………」
「お前が折れない限り、リオンはずっと吠え続ける」
「ガル!」
その通り、と言わんばかりに狼リオンがひと吠えした。
「…………」
「これ以上赦されたくないなどと駄々を捏ねるなら、勝手にその業を生涯背負ってろ。それでこの話は終いだ」
俺は困惑するカイトを鋭く一瞥し、これ以上関わる意味はないと考え、視線を周囲に向けた。
途中から兄さんの姿が見えなくなった。兄さんも大きな一撃を入れていたみたいだが……。
俺は遠目から一直線に木も地面も抉り取られた跡を見つける。ここも眼前の屋敷以外は荒れ果てているため、当初訪れた時の木々は見る影もない。ただ、兄さんがいるであろう方向もわかりやすいほどには、あの場所もなかなかに酷い有様だ。一瞬にして全く整備されていない道ができた感じだ。
「……私の負けです。リオン王子、あなたの寛大な心に感謝します」
「ガル!!」
周囲を観察していれば嬉しそうなひと吠えが耳に届いた。
さて、まずは兄さんを探しにーーー
『ズダダダダダダダッッッ!!』
屋敷の正面を掠るギリギリのラインに、氷の嵐が吹き荒れた。これはまさしく、上級氣術アイシクル・ストームだ。そしてこの凄まじい威力は、兄さんにしか出せない。
「……ぅ…………」
「カナタ様!」
吹き抜けた氷の嵐の跡から、兄さんの相手をしていた男が満身創痍で倒れていた。そこへふらふらとした足取りでカイトが近づこうとする。
当然の結果だな。
「もう諦めてくれよ、カナタ」
そんな悲しそうな声が聞こえた。振り向けばそこには、傷だらけの兄さんがいた。服には血液が飛び散り、楽な戦いではなかったことを物語っていた。
……本気を出せば兄さんなら誰だろうと片手で捻り潰せる。だがそれをしないのは、秀たちとの約束もあるが、それ以上に兄さんがあの男を気に入ってしまったためだ。
この森よりもはるかに心の広い兄さんのおかげで、今の今まで死なずに済んだことを、あの愚鈍な男は誠心誠意をもって感謝すべきだ。
だというのに、あの愚かな男は兄さんをあんなにも傷つけている。これは万死に値する行いだ。地獄に落ちても罪を償いきれない。
だがここで俺があの男を殺せば、兄さんを失望させることは目に見えている。それだけは決して許されない。
……この葛藤は何度経験しても、気分が晴れないな。
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