碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

27 スターライト連続誘拐事件Ⅶ

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side カナタ

すっかり静まり返ったパーティー会場を抜け出し、カイトとともに部屋に戻ろうとする。いつものように扉を開け、ベッドに腰掛けようとした時、妙な違和感があることに気づいた。

「……カイト、気づいたか」

「はい」

俺たちの視線は、部屋に置かれた一見なんの変哲もないクローゼットに注がれた。よく見ればわかる。ほんの少し、扉が開いていることに……。

戸締りはたいていカイトがやる。今回もそうだ。そして俺と違ってカイトは、やることなすことぬかりがない。

俺は警戒しながらクローゼットに少し近づいた。

「……誰かいるのか」

『バンッ!』

「タッタラ~。ムースちゃんの登場で~す!」

勢いよく扉が開かれた。そして俺の目の前には、見知らぬオレンジがかった髪の謎の人物がいた。背は低く声も少し高いが、おそらく男だろう。

「「…………」」

突然の出来事に、俺たちは声を出すことができなかった。

「あれれ?ちょっとちょっと、そこはさ~、『ぎゃー!びっくりしたぁぁ!!』ってなるとこじゃないの?」

大仰しく両手を上げ、目や口を大きく開ける男。そのわざとらしくのけ反った様子や表情が妙に癇に障った。

「なんなんだよ、お前……」

「あ、無視?酷いな~、僕って君たちのご主人様ってやつなのに、さっ!」

「は……?」

ご主人様、だと……?
それはつまり、ノートリアスの……。
まさか、ノアに助けを求めたことがバレたのか?!

「ぷぷぷ。二人してそんな目を丸くしなくても~。……あ、言っとくけど僕はノートリアスの人間じゃないから。まあ顧客ではあるから、関係者ってとこは間違ってないけどね~」

……どうやら俺の取り越し苦労だったらしい。だが状況が最悪なことに変わりはない。

なぜ今更依頼主様が俺たちの前にやってくる。連絡役だった無精髭の男が捕まったところで、ノートリアスのやつらはバカみたいにいるだろ。なんで下っ端を寄越さないんだ……?

「なぜ、依頼主だと名乗られるあなたがここへ?私たちに顔をバラすのは、かなりリスクが伴うのではありませんか?」

「そうなんだよ~。僕ってばこう見えて賢いからさ、本来なら君たちに顔を見せる必要は全くなかったんだけど、ちょっと困ったことになったんだよね~。だから直々に命令を下しに来たよ~」

なんなんだ、この飄々として鼻につく態度。ストレスが溜まってしょうがねぇ。

「あ、困ったことについては触れないで!禁忌だよ、き・ん・き!オーケー?」

「「…………」」

「いやー、物分かりのいい手駒でほんと助かるな~」

こいつ、マジでイライラすんな。こんなにもうぜぇ言動をするやつは初めてだ。

「でねでね、早速命令するんだけど、僕が戻るまであの屋敷に籠っててね」

「あのおんぼろのとこかよ」

「あ、そうそう、つるとか苔とか生えてるとこ~。中はまだマシだったでしょ?」

あそこは毎回無精髭の男から命令を下される場所だ。無駄にデカいただの古びた家だと思ってたが……何があるのか……?

「籠るって、なんでだよ」

「うーん……教えてあーげない」

天井を見上げて考える素振りを見せたかと思えば、口角をぐっと上げ、こっちを向いてベロを出してきた。

コイツッ……!

「あとあと、僕が玄関に石を入れたら侵入者撃退の合図だから、しっかり出てきてね~」

「は……?」

こいつは一体、何がしたいんだ。

「みなまで言わなくても分かると思うけど、ちゃーんと言うとおりにしてないと………………」

『バンッ!』

男は一瞬静かになった空間で、一度両手の掌を叩いた。その音はやけに重く聞こえ、俺たちはビクッと肩を震わせた。

「じゃ、よろしくね~」

そう言い残し、ムースと名乗った男はひらひらと手を振りながら部屋の扉から去っていった。

俺たちはただただ、その背中を見送ることしかできなかった。





「マジで来んのかよ、あの訳のわからねぇ合図……」

後日、あいつの言う通りに屋敷で何日か待つと、本当に玄関に石が入ってきた。正確に言えば正面扉に少しの隙間ができてたから、その近くであいつが何かした結果、こうなったんだろう。

「カイト、侵入者とやらが来たらしい」

「……そのよう、ですね……」

二階で待機するカイトのもとへ向かい声をかければ、カイトは窓を見つめたまま歯切れの悪い返事をした。

「なんだよ、その反応。一体何が……っ!」

気になって窓を覗き込む。その瞬間から、やけに心臓が早鐘を打ち始めた。

「まさかとは思うが、俺たちが今からするのは……」

「きっと彼らを……殺すこと、です……」

「…………」

口も身体も動かない。思考も、途端にうまくできなくなった。

「すぅぅぅぅ…………ふぅぅぅぅぅぅぅ…………」

深呼吸をしてどうにか自分を落ち着ける。

「うだうだ言っても仕方ねぇ。ここまで来たらもう、あいつらが俺らの願いを叶えてくれてることを祈るだけだろ」

「ですね。……私から先に出ます」

「おう」

カイトが自身のネームド武器を手に持った。すでにあいつらを宿していたらしく、黒の銃には赤い線、白の銃には青い線が浮かび出ていた。

そしてカイトは、正気を無くした。

この姿、何度見ても心が痛む。

『ズドン!』
『パンッ!』

ムースが二人の人物に襲われかけた直前、カイトが構えた銃から弾丸が放たれた。窓はその直後にカイトが体当たりしながら飛び降りた衝撃で、大きな音を立てて割れた。その大きく空いた穴から、俺も飛び降りる。

「久しいな、ノア」

そう声をかけた相手は、動揺と驚きと悲しさ、そんな感情が入り混じったような目をしていた。

ああ、最悪な気分だな……。






「ぐっ……チッ。やっぱ反動が大きいな」

氣術を撃つために構えた腕を下ろす。すると腕に一際鋭い痛みが走り、俺は思わず声を漏らした。だがすぐに吹っ飛ばしたノアの後を追った。

ノアの怒涛の上級氣術攻め。あれには正直びっくりしたぜ。土系統の上級氣術コメット・ストーンと氷系統の上級氣術アイシクル・ストリームを撃てるだけでもなかなかの腕前だってのに、それが通常通りの威力じゃねぇなんてな。前者はこのネームド武器『霊頂シャスティフォル』で斬ることができたが、その隙に背後に回られ、後者の攻撃を喰らっちまった。

氣を防御に常に回すのは昔から慣れているから、クリティカルヒットはしなかったが、無傷とは当然いかなかった。

飛ばされた俺が起きたら周りはハチャメチャになってた。地面は抉れ、木々は倒れ、どこも瓦礫まみれって感じにな。

幸いノアは俺を本気で殺す気はなかったみてぇだから、すぐに追撃が来ることはなかった。

まあそんなことは、最初からわかってたがよ……。

だが俺にはもう後戻りすることはできなかった。あいつのために、俺は全力でノアを潰さなきゃならなかった。


『事情は……えと……わかんねぇけど、カナタたちにも何かあったんだろ?だからあんな、クズな男の言いなりだったんだよな?でももう大丈夫だ。オレやオレの頼れる仲間、それに守護叡団ビースト・ロアが来たんだ。あの気持ちの悪い奴に負ける未来なんてありえない』

俺がわざと鳴らした音のした方へとノアが来た。そして、大きな瓦礫の山の前で見えない俺に何か話しかけている。そしてその瓦礫に手を伸ばした。

『だからカナタはーーー』

『安心していいんだ、てか?』

木々に隠れていた俺は、ノアの無防備な背後に立った。そして咄嗟に振り向いたノアに、強力な一撃をお見舞いしてやった。

『エアロ・サイクロン!』


霊頂シャスティフォルの練った氣は確かに強力だが、いかんせん、こういう使い方をすると身体への負担がな……」

さっき撃った上級氣術はただのエアロ・サイクロンではない。この剣が練り上げた極上の氣を用いたものだ。威力は通常よりも当然上がっている。だが元々この剣は、断罪される神の首を斬り落とすために造られた武器という話だ。

神の首を斬るほどの威力を持った氣を、剣から自分の身体へと通し、氣術を撃てば、その強すぎる氣に身体が耐えられない。その結果、腕が破裂するかのように血や細胞が沸騰し、傷口から血液が噴き出す。

一瞬ならこの程度で済むが、もし何度もこれを繰り返したり長い間この練られた氣を身体に留めれば、俺は確実に爆散する。この剣は確かに強力だが、それ以上に危険が隣り合わせになっている。

なぜそんな無茶をしたかと言えば、そうでもしなければきっとあの男は倒せないと、そう判断したからに他ならない。

「どうだ?ノア。俺の氣術もなかなかだろ?」

倒れた状態からなんとか立ち上がろうとするノア。だがほぼ地面と平行なままで、すぐに立ち上がれるほどの力は残ってないことが目に見えてわかった。

「あ、あ……そ……だな……ぐっ!」

俺は無慈悲にも頑張って起きあがろうとするノアを足で踏みつけた。

「万事休すだな、ノア」

そう言いながら、抜いた剣を倒れ伏すノアの首筋に当てる。

「なんで、あんなやつに、従ってんだ……!」

地面に顔を埋めているはずのノアの、振り絞った声が耳を貫く。

「おいおい、今更聞くのかよ、それ……。そうだな…………」

本当なら俺だって、こんな後味の悪いことはしたくなかった。そんなのは、子どもを誘拐し始めたあの時からずっと考えていたことだ。

恐怖に怯える目。
助けてと必死に叫ぶ声。
抵抗しようともがく小さな力。

子どもたちの苦しげな姿は、俺の心に深く刻まれている。その苦痛に満ちた血は俺の全身にこびりつき、いくら時間が経とうと、それは錆となって俺の身体と心を蝕み、自由を奪う。

あんなクソみてぇな男のせいで、俺たちは俺たちの願いを託した相手に、危害を加えなければならなかった。それがどんなに悔しいことか。どんなに苦しいことか。どんなに惨めなことか。どんなに馬鹿なことか。俺もカイトも、痛いほどにわかっていた。

だが最後に浮かんだのは……あいつの、白い歯をいっぱいに見せた屈託のない笑顔だった。

『にししっ……!』

「ははっ……絆されちまったからなんだろうな……」

俺たちは長い時を生きる。あいつと……クロエと過ごした時間なんて、俺たちにとっては一瞬と言っても過言じゃない。だがあの笑顔を思い出すだけで、この醜く錆びついた身体は、不思議とまだまだ動かせんだよなぁ……。

「ほだ……された?」

「それが最後の言葉でいいのか?なんなら俺がお前の仲間に伝えてやってもいいんだぜ?」

「…………」

ノアは、何も答えない。この様子ではきっと、俺たちの願いは叶わなかったんだろう。

「はっ。そうかよ」

俺は剣を振り上げる。

身勝手なことだが、ここでお前の人生は終いだ。せめて墓くらいはきっちり建ててやる。

「お前を殺すことになるなんて、本当に残念だ。じゃあな、ノア」

スッと剣を振り下ろした。しかし、これがノアの首に届くことはなく、結局俺は再びノアの氣術で吹っ飛ばされた。

意識は飛ばずに済んだが、視界はぼやけ無数の傷口からは多量の血が流れ出しているのがわかった。それでも俺は立ち上がろうとあがく。

『……オレはまだ、カナタと友達らしいことなんもできてないぞ!!』

まさかそんなことを言われるとは思わなかった。嬉しくないと言えば嘘になるが、そんな言葉を素直に受け取るなんざ、俺には到底許されていない。

「もう諦めてくれよ、カナタ」

そんな悲しみに歪む表情が、ぼんやりとした視界の中で、遠くに見えた気がした。

「……ぅう……俺は、まだ……っ!」

俺はどうにか立とうとする。だが張った糸がぷつんと切れたかのように、俺は脱力してしまった。

「カナタ、様!」

だが待っていた衝撃は地面に叩きつけるものではなく、見知った温かなぬくもりだった。

「もう十分です。ロイ騎士シュヴァリエよりも先に死ぬなど、私は決して許しません」

たったひとりの親友が、まるで癇癪を起こした子どもをあやすような優しげな声で、俺を止めようとする。

「……は、なせ、カイト……俺が、やんなきゃなんねぇんだ……じゃねぇと、あいつは……!!」

「カナタ様……」

不死身のバケモノか、と自分でもツッコミたくなるくらい、俺の身体は俺の心に呼応して動こうとする。

「この戦いにはもう、意味なんてありません。私もカナタも、もう限界です。私たちは精一杯、やったんですよ」

「何が精一杯だ!まだなんも終わってねぇよ!もう後戻りなんて、できねぇんだよ!!」

「ぐっ……」

前に行きたいのに、カイトが俺にしがみついて全然離さない。お互い弱ってるってのに、よくやる……。

「いい加減、離せやぁぁ!!」

「カナタ様!」

「っう"ぁ……!」

カイトを振り切った。足は引きずっていたが、知ったことではない。

「もうやめろって、カナタ!」

「…………」

俺は、止まらねぇ……もう、止められねぇんだよ!

「海、行くんだろ!カイトさんと……クロエって子とさ!!」

「なっ……?!」

反射的に足が止まった。

その名前、は……!

「あの時、言ってたじゃんか。あいつに……クロエに海を見せてやりたいって!」

あの時……あのパーティの時か。確かにあの時はいろいろあってノアに怪しまれるような言動をしちまった。なんとか手紙は仕込めたが、それが届いたかどうかは確証がない。とはいえ、俺の最も隠したかった事がこんなあっさりと暴かれるなんてな……。

「……見抜かれてた、のかよ」

「バレバレだっつーの」

悪戯っ子のような笑顔。歯を見せるその笑い方は、どこかクロエを彷彿とさせた。

「そうかよ…………ハハ……」

執着で濁った俺の目に、不思議と光が差した気がした。

「……すぅ……ふぅ……」

夜空を見上げ軽く深呼吸をする。そしてノアに向き直る。

「ひとつ、聞いてもいいか」

「ああ、もちろん」

「願いは、届かなかった……そういうことなんだよな……?」

もし届いたのなら、一言、「無事だよ」とそう告げて欲しい。
そんな淡い期待を、心の片隅でどうしても思ってしまう。

「その答え、オレじゃ正確なことは出せない。だけどーーー」

「俺になら完璧な解答を用意できるぜ?カナタ」

不意に現れた声の主を見る。あの赤髪はたしか……秀だ。……ん?肩になぜカラスがいるんだ?

そんな風になんの気構えもなく観察していた。だがその腕の中で抱かれている人物に視線を向けた瞬間、その少女に釘付けになった。

汗や汚れでべたべたになってしまっている長い長い髪。
ボロ雑巾のように汚くなってしまった身体。
本来あるはずの二つの手と足が無惨にもなくなった姿。
 
そんな無事と言っていいのかもわからないクロエへと、俺は足を引きずりながらも走った。感情の波が一気に押し寄せ、理性という名の防波堤をあっけなく決壊させる。

涙が、止まんねぇよ、クソッたれ……!

「カナタ、それにカイトも。お前らが必死に探してたお姫様を、連れてきてやったぜ?」

秀が俺の腕にクロエを預けてくれる。俺は倒れそうになりながらも、なんとか立ってクロエを抱き抱えた。

「クロエ……!」

力が抜けた。地面に膝をつく。だが決してクロエは離さない。クロエの背中に涙いっぱいのくしゃくしゃの俺は自分の顔を埋めた。

悪かった、クロエ。こんなに、迎えが遅くなって……!

「ごめんな……っ!」

「その手、もう離すんじゃねぇぞ」

肩に誰かの手が当たった気がした。

もう絶対、お前の側から離れたりしねぇから……。























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