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レグルス編
32 スターライト連続誘拐事件ⅩⅡ
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side ムース
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!
「クソッ!」
屋敷のとある廊下では、ひとりの亜人がぶつぶつと文句を垂れながら足速に歩いていた。だが、段々とその歩みは遅くなり、停止する。そして次の瞬間、廊下の壁をドンッと勢い任せに叩いた。
「ペルロがなぜか生きてて?しかもここが急襲されるなんて……全くの計算外だ!」
この件が落ち着けば使い潰そうと考えていたあの二人に足止めを任せたムース。そんな彼は未だかつてない憤りを感じていた。なぜなら自身の計画がここまで破壊されたことなど、一度もなかったのだから。
この荒れっぷりには、先ほどまで屋敷の外で余裕綽々の態度をとっていた人物と同じだとは、誰も思わないだろう。
たしかに僕はトドメを刺した!刺したんだ!
ついこの前のとある夜。ムースはペルロを暗い路地に呼び出した。なぜならウルラに続いてペルロにも自身のサインを見られてしまったからだ。子どもの頃、たった一度だけ見せたあのサインを。
『これはたしか昔お前が……グハッ!』
『その下り、もう前にもやったから』
ムースが刺した剣はペルロの胸を深々と貫いていた。ムースには話し合う機会など、一切設ける気はなかった。
冷ややかな目が、血を吐きその場に崩れ落ちたペルロを射抜いた。そして、証拠品である血飛沫がついた紙を取り上げる。
『ったく、あんなに処分しろっていったのに……マジで使えなかったな~、あいつ。ほんと、クライアントに殺すよう頼んどいてよかった~』
ムースはクシャクシャに丸めた紙をズボンのポケットに入れ、倒れたペルロに背を向けたままこの場を後にした。
その後、薬屋クマックが調合した超瞬間回復ポーション(副作用で激痛と倦怠感が最低でも三日間は続く)によりペルロが息を吹き返したなどとは、ムースは露ほども思っていなかったのである。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」
何度も何度も大きく息を吐く。頂点に達した怒りのゲージを減らそうと。
「ふぅぅぅぅ…………」
一際大きく息をつき、どうにか平静を取り戻したムースは、拳を下ろして目的の部屋へと再び歩き出した。
「早く早く早く早く早く早く早く……!」
歩くスピードが上がる。歩幅は細かくなり、その目はどこか嬉々とした色とどこか気味の悪い色が混ざり合ったような恍惚さを孕んでいた。
『バンッ』
「やあやあ、待たせたね、マイフレンドたち~!」
ドアを勢いよく開け部屋のライトをつければ、そこには様々な剥製が飾られていた。
当然、鹿や熊といった動物ではない。
「はぁぁぁ……ごめんよこんなに来るのが遅くなって~。邪魔が入っちゃったんだ……え、心配してくれるのかい?あぁ!なんて優しいんだ!アンナ!」
扉に近い、部屋の左側に鎮座する剥製へ駆け寄ったムースは、その頬を自身の頬ですりすりとしたり、嬉しさのあまり抱きしめたりしていた。
その剥製は、まさに本物の人と見間違えるほどにそのままであり、まるでまだ生きているようだった。だがその目にはたしかに光はなく、息遣いも心臓の鼓動も何ひとつ感じることはない。
「あぁ、そんな目で見ないでよ、マーク。君にも僕の愛をちゃーんと注いであげるからさ!」
今度は別の剥製へと近づく。そして次、次、次、次………部屋は大広間のように広々としているわけではないものの、あちこちに剥製たちがおり、ムースはひとりひとりに声をかけていた。
この光景だけ見れば、単に遊びに来た大勢の友達に楽しそうに話しかけているように見えるだろう。その友達は決して返事を返してはくれないという点を除けば、の話ではあるが。
「あぁ!あぁ!あぁ!」
興奮冷めやまない様子のムースは、歪んだ愛でもって自分だけの世界を堪能していた。先ほどまでの怒りやストレスなど、どうでもよかったと高らかに宣言しそうなほどに。
そしてその油断が、彼の命取りになるのだ。
『ヒュンッ!』
「ガッ!」
有頂天になっていたムースの表情が、苦悶に満ちたものへと一転し床に倒れた。矢が放たれたような音の直後に。
「くっ……な、なんだこれは?!」
右太ももに刺さった矢の傷口からは、血がタラタラと太ももに沿って流れていく。ムースが懸命にその矢に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「何、あんた」
「っ!!」
冷淡な声が前方から聞こえてきた。恐る恐る顔を上げれば、青紫色の眼光がムースを見下ろしていた。背筋にゾッと悪寒が走る。
「どっかで見たな……まあ、いいか」
色黒で黒髪の女が距離を詰める。
「うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁあぁぁぁ!!!!」
なんとか立ち上がり、右足を引きずりながら必死に逃げる。
「動くの、ダメだよ」
「ガァァアァァァァ!!!」
少年の第一声が聞こえたと同時、ムースは人生で一度も出したことのない、心からの絶叫を上げた。出血した両腕はだらんと垂れ下がり、痛みに耐えられず膝から崩れ落ちた。頭を地面につけたその姿勢は、土下座をしているかのようにも見えた。
「な、なんで、僕の、腕に、け、剣が、刺さって……うぐっ!」
たしかにあの女以外に気配はなかった。なのになぜ、あのチビがいるんだ?!
いや待て、落ち着けよ僕。窮地に立たされた時こそ、何をすべきか冷静に考えるべきじゃないか!
痛みに息も絶え絶えになりながらも、ムースはどうにか状況を把握しようとする。さらに声を無理やり出して、敵とのコンタクトを図りつつ、これからどうすればいいのかを脳内で演算する。
「その術、やはりすごいな。私にも全くわからなかった」
「よくわかんないけど、秘術みたい。ぼくの一族の……」
「そう。規格外すぎて、私でも勝てる気がしない。なんなら、同じ規格外の秀や湊も殺せそうだ」
「そ、そんなことしないよ……!」
「ふ。わかってる」
この状況に柔らかな笑みを浮かべる黒髪の女。そしてその人物に懐いている様子の白髪の少年。
二人の侵入者が今、絶体絶命に追い込まれたムースの前に立ちはだかっていた。
「くっ……!」
会話をする気がないというのなら……。
今しか、ない!
ムースは近くにあった剥製の台座にどうにか手を伸ばす。小さな長方形の突起物に指先が触れた。
『ドゴゴゴォォオォォン!!!!』
「「……っ……!」」
謎の爆音と身体に電撃が走ったかのような強烈な振動に、侵入者たちは身構える。
『プシューッッ!!』
その直後、部屋の四隅や壁、床のあちこちから勢いよく白い煙が噴き出した。
「チッ……」
女の舌打ちが届いたのを最後に、生への執念で壁際まで這いずっていたムースは、最奥の壁に設置された回転扉を使い、この剥製部屋を脱出した。這いずっていた際、か細いながらも自身の友達へ別れの挨拶をすませながら。
「うっ!」
身体がごろごろと階段を転がる。
「うが……っ……!」
そこまで長くはなかったが、傷ついた身体にさらに鞭を打つこの衝撃は、十分にムースの体力と精神を削った。
「ちっ……早く、外へ、出て……傷も、治さ……っ……!」
両腕に短剣、右ふくらはぎに矢が刺さった状態のムース。それでも前へ前へと壁伝いに進んでいく。
「あぁ、クソッ!」
思考を遮るようにガンッガンッと痛みが走る。右腕、左腕、右足から。歩くたびにその振動で痛みが膨れ上がる。
ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって!!!!!!!!
苛立ちはますます募るばかりだった。
「クソ。階段にするんじゃ、なかった」
そう文句をこぼし、呼吸がより荒々しくなった頃、ようやく階段を登り切った。
これを使えば……!
外への出口を塞ぐ天井に左手首につけたブレスレット型のエスパシオをくっつければ、そこそこのサイズの岩が異空間へと消えた。
「外、だ……!」
外の空気と月の光を浴びたムースは、怪しく口角を上げながら外へと出た。目の前に広がる木々に安堵したが、なぜだかなんとなく、違和感があった。
だからムースは屋敷がある方向……つまり後ろを振り返った。
「な、なんだ、これ……?!」
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
本来ならば、この隠し通路から出た先は周囲を完全に木々や草花で覆った、どこにでもある森が広がっていたはずだった。
な、なぜ、木も草も花も、何もかもがない?!
なぜ、焼け野原の荒野と化しているんだ?!?!
「驚くよな、こんなの見たら。逃げた先がこんな焦土に変わってるなんて、一体誰が想像できるというのやら」
この、声は……。
息つく暇もなく、次々と新手がやってくる。満身創痍のムースは、一気に怒りのボルテージを跳ね上げた。
ゆっくりと、自然と出た苦笑を湛えながら振り向き、怒りの咆哮を上げた。
「ははっ……なんで、なんで、お前がいるんだっっっっっっ!!!」
side セツナ
「音、すごい」
「そうだな。戦いの匂いがこの森のあちこちからしてる」
「うん。強い気配が、たくさんある」
「全くだ。どうせなら私もそいつらと殺り合いたかったけど、仕方ない。任務は完璧にこなす。行けるな?リュウ」
「うん!」
戦禍に紛れ、私とリュウは目的の屋敷へと向かっていた。ノアたちが木々に残したのだろう目印を頼りに、目標地点へと一気に駆け抜けていく。
「あれか」
森に入ってから十分も経たないうちに、目当ての建造物が見えた。それは苔や蔓を纏った大きな屋敷だった。
このまままっすぐいけばあいつらに出くわすな。迂回するか。
「左に大きく旋回する」
「わかった」
いい返事だな。
隣を走るリュウに安心感を覚えていれば、一分も経たず屋敷の裏手へと到着した。
「ここから入る。なるべく音は消せ」
「うん」
集中しやすいように目を閉じながら、一階の大きめの窓に手を触れ体内の氣を流し、浸透させていく。
サイズは……これくらいでいいか。
自身が侵入できるほどの扉の形をイメージしていく。
目を開けて状況を確認すれば、白い扉のようなものができていた。これはブリガンドにいた頃に身につけた技術。侵入口がないのなら、自分でつくればいい。
手を触れたまま待ち続ければ、次第に窓にヒビが入っていく。それも何か強い衝撃を与えたかのように、こと細かい蜘蛛の巣のようなヒビ割れが。
こじ開け始めてから一分後。
窓ガラスは白氣によって完全に粉々になり、最終的には溶けたように消えてなくなった。
伸ばした腕を下ろし、ひとつため息をつく。
「すごい……!」
この技術はたしかに有用だけど、時間がかかること、集中力がいること、精密な氣のコントロールをし続けなければならないことなどが、難点に挙げられる。
「……行くよ」
この疲労感、何度やってもかったるい。
侵入してから数分後。一階から二階へと移動して探索していた際、下の階から、バンッ、とドアを開け放つような音がした。
リュウと顔を見合わせ、お互いに一度うなづく。そして異音のした場所へと向かえば、遠目に一箇所だけ、部屋の明かりが廊下に漏れていた。
この屋敷の主人か、あるいは使用人、あるいは客か……。いずれにせよ、関係者であることはまず間違いない。
この屋敷をより十全に探索するには、邪魔者は早急に排除した方が効率的だ。
気配を消し、そっと例の部屋をのぞけば、背の低いオレンジがかった髪と小さな楕円形の耳をもった男が、狂乱していた。
おそらくは連れ去られた亜人の子どもたちの剥製なんだろうが、思ったより数がある。報告に上がってないだけで、戦争孤児や貧民街で暮らす親のいない子どもなんかも、アレに変えられた可能性が高そうだ。
部屋には……剥製が十八体。天井には照明、壁や床にも今のところは特に気になる点はない。
ざっと観察し、私は慎重に矢を一本つがえた。その直前には、リュウに中へ突入するという旨のジャスチャーをしてある。たいして強そうな気配もなかったが、どうやらリュウはあの氣術を使ったようだ。
とはいえこれで手筈は整った。
軽く矢を引いた腕の震えが、止まる。
まずは敵の機動力を殺ぐ。
『ヒュンッ!』
「ガッ!」
狙い通り、真っ直ぐに放たれた矢は、小躍りしていた敵の右足へと着弾した。敵は不様に倒れ込んむ。
「くっ……な、なんだこれは?!」
苦痛と驚きで混乱するオレンジ頭。
「何、あんた」
「っ!!」
恐怖に怯えた目。ビクビクと身体も震えている。魔物の方がよほど脅威だ。しかも、さっき倒したノートリアスの構成員よりも雑魚そうだ。
「どっかで見たな……まあ、いいか」
つまらないな。どうせなら外の奴らと殺り合いたかった。
とりあえず、距離を詰める。
「うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁあぁぁぁ!!!!」
悲鳴を叫び散らしながら、標的は逃げ出した。私は特に追いかける意思はなかったために立ち止まり、静観を決め込んだ。
わざわざ矢をつがえる必要はない。なにせ、今は頼りになる相棒がついてるのだから。
「動くの、ダメだよ」
「ガァァアァァァァ!!!」
リュウの第一声目が聞こえたと思った次の瞬間、敵の両腕にはそれぞれ黒い短剣が突き刺さっていた。正確には、何の前触れもなく両腕を貫いた状態で短剣が出現した。さらに言えば、リュウの声がするまで、その気配を感じ取ることが全くできなかった。
ノアズアークに入り、リュウとともに魔物を討伐する中で私は、一度だけその氣術を見た。あの時は我ながら腰が抜けるんじゃないかと錯覚するほどに驚いた。そのあまりの規格外さに。
「な、なんで、僕の、腕に、け、剣が、刺さって……うぐっ!」
……そそられないな。
興味が完全に失せたオレンジ頭を無視し、急にそこに現れたとしかいいようがない芸当をやってのけたリュウに目を向けた。
「その術、やはりすごいな。私にも全くわからなかった」
さっきのリュウはまさしく、完全にこの世界から消えていた。存在がなくなったと言ってもいい。
「よくわかんないけど、秘術みたい。ぼくの一族の……」
マーダーブラッドは、その眼だけでも特殊な一族だというのに、そんなステルス技術の究極形と言っても過言ではない氣術を編み出し、受け継いでいるなんて、まさに国家級、いや世界級の暗殺者と呼ぶに相応しい。
リュウからすれば、そんな称号は嬉しくないだろう。むしろ嫌悪するかもしれないな。
「そう。規格外すぎて、私でも勝てる気がしない。なんなら、同じ規格外の秀や湊も殺せそうだ」
『人を殺す』という土台に立った場合、まず確実にリュウに軍配があがる。今回は腕にやっていたが、生命の維持装置たる心臓に剣を置いて術を解除すれば、簡単に息の根を止められるのだから。
この小さな存在は、この世界でどんな景色を見てどこまで羽ばたいていくのか。その成長を近くで見守ることが、やはり今の私の生きる指針となっているのかもしれない。
「そんなことしないよ……!」
「ふ。わかってる」
「くっ……!」
たまたま聞こえた声に反応してみれば、オレンジ頭が懸命に這いずっていた。
台座に手を伸ばして……何をする気だ?
『ドゴゴゴォォオォォン!!!!』
「「……っ……!」」
この尋常じゃない音と振動……おそらく外の戦闘で何かあったんだろうけど、ついついニヤけてしまう。
どこまで自分がやれるのか、外の連中で試してみたい。そんな欲求を身体中の細胞が叫んでいるのを感じる。
『プシューッッ!!』
間髪入れず、部屋の四隅や壁、床のあちこちから勢いよく白い煙が噴き出した。視界が瞬時に真っ白になる。
あのスイッチが起動の合図。そして……。
「いない」
一応、軽く見回してオレンジ頭を探すも、やはり視認することはできない。ただ、『ガコンッ』という異音が僅かにしたことから、この煙に乗じてどこかしらに逃げたと考えられる。
ふん……追う必要はないな。
「セツナお姉ちゃん」
「ん?」
白煙の中から近づいてきた人影はリュウだった。この視界では、相当近づかないと相手を正確に判断できない。
シンプルだか、厄介だな。
「さっきの人に、子どもたちの場所、聞かなくてよかった?」
尋問の話か。正直言えばやってもよかったけど、どうせ吐いてもそれが真実かなんてわからない。もしかしたらトラップが仕掛けてある部屋に誘導される可能性だってある。
情報は確かに重要だが、その真偽を見極めることもまた重要。あの泥臭く逃げた執念深さを見るに、あのオレンジ頭が真実を語るとは考えにくい。
つまりは時間の無駄というわけだ。
「ああ。どうせ碌なことは言わなかったから。それより、この屋敷の探索を再開しよう。ここには手遅れの子どもしかいないようだからな」
「……うん」
近くにあった剥製に、リュウは悲しげな目を向けていた。
「行くよ」
だがその肩にポンッと優しく手を置けば……。
「うん……!」
力強い返事が返ってきた。
その声音からは、リュウの中で何か覚悟が決まったように感じた。
探索を再開して十数分。一階のとある部屋にあった隠し扉から地下へ降りたところ、さっきの部屋と物の配置や造りが同じ部屋に出た。机には卓上ランプが置かれ、部屋を淡いオレンジ色で照らしていた。
その部屋にも隠し扉があり、そこを開けて中に進めば、今度は下へ続く階段ではなく、窓のない灰色の空間が続いていた。通路のような細長い造りだけど、その右側には鉄格子がびっしりと等間隔に並んでいた。
「どうやらここが監禁部屋みたいだ。そっちの方は頼んだ」
「うん」
とある牢屋で足を止めれば、中には倒れた状態で息も絶え絶えの子どもが二人いた。ここから奥の牢屋はリュウに見に行かせた。
「……」
牢屋には、当たり前だが鍵がかかっていた。今から鍵を探すのは面倒だったため、氣を使って適当に鋭利なやじりのついた矢を形成し、鉄格子を切り裂いた。
氣で作ったおかげか、手に矢が引っかかるような感覚は全く伝わらず、鉄格子は紙のように簡単に切り裂かれ、その残骸がバラバラと音を立てて地面に落ちた。
「ん……」
カランカランという甲高い音に、苦しむように寝ていた二人の子どもも目を覚ましたらしい。最初は「だれ……?」と少女が言ったかと思えば、隣にいた少年が「妹に、近づくな……!」と、なんとか振り絞ったと言ってもいいほどに掠れた声で、私の前に立ち塞がった。
「……」
少年の足は子鹿のように震えていた。
「それ、あんたの妹?」
そう言いながら顎でしゃくる。
「そ、そうだ」
「そ」
妹だけは守る、と虚勢を張っている少年を無視し、妹だと言う少女の方へ近づく。
「だ、だめだ!絶対、行かせない!!」
避けようとすれば小さな邪魔がはいる。
はぁ。家族というのはみんなこうなのだろうか。任務の邪魔をされた身からすれば、面倒なことこの上ない。
ただ、これが家族の真の形だというのなら、なぜだか私の心は苛立ちと嫉妬がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、そんな感覚に支配されそうになる。
「……威勢がいいのは結構だけど大人しくしろ。抵抗されるのはあまり好まない」
「お、おれたちにまた何かする気だろ!そうは、させないぞ!!」
睨みつけるその目には、しっかりと闘志の炎が灯っていた。
自分もふらふらなくせに、何がそんなにもこの子どもの身体を奮い立たせているのか。
……全く理解ができない。
「はぁ……家族ってそんなに大切?」
「当たり前だろ!!」
「…………」
そう間髪入れずに大声を上げてきた。
家族……家族、ねぇ…………。
「へぇ……それはよくわからないけど……その子、助けたい?」
もう一度、妹の方を顎でしゃくる。
「……?そ、そんなん当たり前だっ!」
少し警戒心が和らいだ。こっちの意図が悪意のあるものなのかわからなくなってきたか、あるいは冷静になって、私がこいつらに危害を加えたやつとは違うと気づいたか……まあどっちでもいい。
「そ。なら……」
背中に掛けていた矢筒を外し、ズボンに引っ掛けていたブレスレット型のエスパシオに収納する。そして少年に背を向けてしゃがむ。
「……?な、なに?」
「乗れ」
「え……?」
「ちっ。早くしろ」
物分かりの悪さに少し苛立ちを覚える。
「は、はい……!」
これだからガキは嫌いなんだ。
背中から重量を感じる。その直後、おそるおそる首に手が回された。
「首を絞めてでもいい。落ちるなよ」
「え……おわっ」
立ち上がって少年の足を掴み、軽く持ち上げる。そしてゆっくりと再びかがんで、さっき上体を起こした少女を抱き上げた。
「ふぅ……」
……こんなに荷物を持ったのは初めてだ。
「セツナお姉ちゃん。他の牢屋には、誰もいなかったよ!」
「そう」
だったらほとんどはもう、あの無機質で気味の悪い像に作り替えられたわけか。
「はは……」
やはり世の中は残酷無比。悪鬼が蔓延り、今もどこかで世界を食い破り腐らせている。
ほんと救えない世界だな。
いや……ははっ、それは私も同じか。
「大丈夫?セツナお姉ちゃん」
俯きながら薄笑みを浮かべる私の前に、リュウの心配そうな顔が覗き込んできた。
「なんでもない。任務はこれでほぼ完了。あとはこの屋敷から出るだけ。行くよ」
「……う、うん」
灰色の廊下を進む私の背後から、ぎこちない小さな返事がなぜだか大きく反響した気がした。
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!
「クソッ!」
屋敷のとある廊下では、ひとりの亜人がぶつぶつと文句を垂れながら足速に歩いていた。だが、段々とその歩みは遅くなり、停止する。そして次の瞬間、廊下の壁をドンッと勢い任せに叩いた。
「ペルロがなぜか生きてて?しかもここが急襲されるなんて……全くの計算外だ!」
この件が落ち着けば使い潰そうと考えていたあの二人に足止めを任せたムース。そんな彼は未だかつてない憤りを感じていた。なぜなら自身の計画がここまで破壊されたことなど、一度もなかったのだから。
この荒れっぷりには、先ほどまで屋敷の外で余裕綽々の態度をとっていた人物と同じだとは、誰も思わないだろう。
たしかに僕はトドメを刺した!刺したんだ!
ついこの前のとある夜。ムースはペルロを暗い路地に呼び出した。なぜならウルラに続いてペルロにも自身のサインを見られてしまったからだ。子どもの頃、たった一度だけ見せたあのサインを。
『これはたしか昔お前が……グハッ!』
『その下り、もう前にもやったから』
ムースが刺した剣はペルロの胸を深々と貫いていた。ムースには話し合う機会など、一切設ける気はなかった。
冷ややかな目が、血を吐きその場に崩れ落ちたペルロを射抜いた。そして、証拠品である血飛沫がついた紙を取り上げる。
『ったく、あんなに処分しろっていったのに……マジで使えなかったな~、あいつ。ほんと、クライアントに殺すよう頼んどいてよかった~』
ムースはクシャクシャに丸めた紙をズボンのポケットに入れ、倒れたペルロに背を向けたままこの場を後にした。
その後、薬屋クマックが調合した超瞬間回復ポーション(副作用で激痛と倦怠感が最低でも三日間は続く)によりペルロが息を吹き返したなどとは、ムースは露ほども思っていなかったのである。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」
何度も何度も大きく息を吐く。頂点に達した怒りのゲージを減らそうと。
「ふぅぅぅぅ…………」
一際大きく息をつき、どうにか平静を取り戻したムースは、拳を下ろして目的の部屋へと再び歩き出した。
「早く早く早く早く早く早く早く……!」
歩くスピードが上がる。歩幅は細かくなり、その目はどこか嬉々とした色とどこか気味の悪い色が混ざり合ったような恍惚さを孕んでいた。
『バンッ』
「やあやあ、待たせたね、マイフレンドたち~!」
ドアを勢いよく開け部屋のライトをつければ、そこには様々な剥製が飾られていた。
当然、鹿や熊といった動物ではない。
「はぁぁぁ……ごめんよこんなに来るのが遅くなって~。邪魔が入っちゃったんだ……え、心配してくれるのかい?あぁ!なんて優しいんだ!アンナ!」
扉に近い、部屋の左側に鎮座する剥製へ駆け寄ったムースは、その頬を自身の頬ですりすりとしたり、嬉しさのあまり抱きしめたりしていた。
その剥製は、まさに本物の人と見間違えるほどにそのままであり、まるでまだ生きているようだった。だがその目にはたしかに光はなく、息遣いも心臓の鼓動も何ひとつ感じることはない。
「あぁ、そんな目で見ないでよ、マーク。君にも僕の愛をちゃーんと注いであげるからさ!」
今度は別の剥製へと近づく。そして次、次、次、次………部屋は大広間のように広々としているわけではないものの、あちこちに剥製たちがおり、ムースはひとりひとりに声をかけていた。
この光景だけ見れば、単に遊びに来た大勢の友達に楽しそうに話しかけているように見えるだろう。その友達は決して返事を返してはくれないという点を除けば、の話ではあるが。
「あぁ!あぁ!あぁ!」
興奮冷めやまない様子のムースは、歪んだ愛でもって自分だけの世界を堪能していた。先ほどまでの怒りやストレスなど、どうでもよかったと高らかに宣言しそうなほどに。
そしてその油断が、彼の命取りになるのだ。
『ヒュンッ!』
「ガッ!」
有頂天になっていたムースの表情が、苦悶に満ちたものへと一転し床に倒れた。矢が放たれたような音の直後に。
「くっ……な、なんだこれは?!」
右太ももに刺さった矢の傷口からは、血がタラタラと太ももに沿って流れていく。ムースが懸命にその矢に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「何、あんた」
「っ!!」
冷淡な声が前方から聞こえてきた。恐る恐る顔を上げれば、青紫色の眼光がムースを見下ろしていた。背筋にゾッと悪寒が走る。
「どっかで見たな……まあ、いいか」
色黒で黒髪の女が距離を詰める。
「うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁあぁぁぁ!!!!」
なんとか立ち上がり、右足を引きずりながら必死に逃げる。
「動くの、ダメだよ」
「ガァァアァァァァ!!!」
少年の第一声が聞こえたと同時、ムースは人生で一度も出したことのない、心からの絶叫を上げた。出血した両腕はだらんと垂れ下がり、痛みに耐えられず膝から崩れ落ちた。頭を地面につけたその姿勢は、土下座をしているかのようにも見えた。
「な、なんで、僕の、腕に、け、剣が、刺さって……うぐっ!」
たしかにあの女以外に気配はなかった。なのになぜ、あのチビがいるんだ?!
いや待て、落ち着けよ僕。窮地に立たされた時こそ、何をすべきか冷静に考えるべきじゃないか!
痛みに息も絶え絶えになりながらも、ムースはどうにか状況を把握しようとする。さらに声を無理やり出して、敵とのコンタクトを図りつつ、これからどうすればいいのかを脳内で演算する。
「その術、やはりすごいな。私にも全くわからなかった」
「よくわかんないけど、秘術みたい。ぼくの一族の……」
「そう。規格外すぎて、私でも勝てる気がしない。なんなら、同じ規格外の秀や湊も殺せそうだ」
「そ、そんなことしないよ……!」
「ふ。わかってる」
この状況に柔らかな笑みを浮かべる黒髪の女。そしてその人物に懐いている様子の白髪の少年。
二人の侵入者が今、絶体絶命に追い込まれたムースの前に立ちはだかっていた。
「くっ……!」
会話をする気がないというのなら……。
今しか、ない!
ムースは近くにあった剥製の台座にどうにか手を伸ばす。小さな長方形の突起物に指先が触れた。
『ドゴゴゴォォオォォン!!!!』
「「……っ……!」」
謎の爆音と身体に電撃が走ったかのような強烈な振動に、侵入者たちは身構える。
『プシューッッ!!』
その直後、部屋の四隅や壁、床のあちこちから勢いよく白い煙が噴き出した。
「チッ……」
女の舌打ちが届いたのを最後に、生への執念で壁際まで這いずっていたムースは、最奥の壁に設置された回転扉を使い、この剥製部屋を脱出した。這いずっていた際、か細いながらも自身の友達へ別れの挨拶をすませながら。
「うっ!」
身体がごろごろと階段を転がる。
「うが……っ……!」
そこまで長くはなかったが、傷ついた身体にさらに鞭を打つこの衝撃は、十分にムースの体力と精神を削った。
「ちっ……早く、外へ、出て……傷も、治さ……っ……!」
両腕に短剣、右ふくらはぎに矢が刺さった状態のムース。それでも前へ前へと壁伝いに進んでいく。
「あぁ、クソッ!」
思考を遮るようにガンッガンッと痛みが走る。右腕、左腕、右足から。歩くたびにその振動で痛みが膨れ上がる。
ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって!!!!!!!!
苛立ちはますます募るばかりだった。
「クソ。階段にするんじゃ、なかった」
そう文句をこぼし、呼吸がより荒々しくなった頃、ようやく階段を登り切った。
これを使えば……!
外への出口を塞ぐ天井に左手首につけたブレスレット型のエスパシオをくっつければ、そこそこのサイズの岩が異空間へと消えた。
「外、だ……!」
外の空気と月の光を浴びたムースは、怪しく口角を上げながら外へと出た。目の前に広がる木々に安堵したが、なぜだかなんとなく、違和感があった。
だからムースは屋敷がある方向……つまり後ろを振り返った。
「な、なんだ、これ……?!」
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
本来ならば、この隠し通路から出た先は周囲を完全に木々や草花で覆った、どこにでもある森が広がっていたはずだった。
な、なぜ、木も草も花も、何もかもがない?!
なぜ、焼け野原の荒野と化しているんだ?!?!
「驚くよな、こんなの見たら。逃げた先がこんな焦土に変わってるなんて、一体誰が想像できるというのやら」
この、声は……。
息つく暇もなく、次々と新手がやってくる。満身創痍のムースは、一気に怒りのボルテージを跳ね上げた。
ゆっくりと、自然と出た苦笑を湛えながら振り向き、怒りの咆哮を上げた。
「ははっ……なんで、なんで、お前がいるんだっっっっっっ!!!」
side セツナ
「音、すごい」
「そうだな。戦いの匂いがこの森のあちこちからしてる」
「うん。強い気配が、たくさんある」
「全くだ。どうせなら私もそいつらと殺り合いたかったけど、仕方ない。任務は完璧にこなす。行けるな?リュウ」
「うん!」
戦禍に紛れ、私とリュウは目的の屋敷へと向かっていた。ノアたちが木々に残したのだろう目印を頼りに、目標地点へと一気に駆け抜けていく。
「あれか」
森に入ってから十分も経たないうちに、目当ての建造物が見えた。それは苔や蔓を纏った大きな屋敷だった。
このまままっすぐいけばあいつらに出くわすな。迂回するか。
「左に大きく旋回する」
「わかった」
いい返事だな。
隣を走るリュウに安心感を覚えていれば、一分も経たず屋敷の裏手へと到着した。
「ここから入る。なるべく音は消せ」
「うん」
集中しやすいように目を閉じながら、一階の大きめの窓に手を触れ体内の氣を流し、浸透させていく。
サイズは……これくらいでいいか。
自身が侵入できるほどの扉の形をイメージしていく。
目を開けて状況を確認すれば、白い扉のようなものができていた。これはブリガンドにいた頃に身につけた技術。侵入口がないのなら、自分でつくればいい。
手を触れたまま待ち続ければ、次第に窓にヒビが入っていく。それも何か強い衝撃を与えたかのように、こと細かい蜘蛛の巣のようなヒビ割れが。
こじ開け始めてから一分後。
窓ガラスは白氣によって完全に粉々になり、最終的には溶けたように消えてなくなった。
伸ばした腕を下ろし、ひとつため息をつく。
「すごい……!」
この技術はたしかに有用だけど、時間がかかること、集中力がいること、精密な氣のコントロールをし続けなければならないことなどが、難点に挙げられる。
「……行くよ」
この疲労感、何度やってもかったるい。
侵入してから数分後。一階から二階へと移動して探索していた際、下の階から、バンッ、とドアを開け放つような音がした。
リュウと顔を見合わせ、お互いに一度うなづく。そして異音のした場所へと向かえば、遠目に一箇所だけ、部屋の明かりが廊下に漏れていた。
この屋敷の主人か、あるいは使用人、あるいは客か……。いずれにせよ、関係者であることはまず間違いない。
この屋敷をより十全に探索するには、邪魔者は早急に排除した方が効率的だ。
気配を消し、そっと例の部屋をのぞけば、背の低いオレンジがかった髪と小さな楕円形の耳をもった男が、狂乱していた。
おそらくは連れ去られた亜人の子どもたちの剥製なんだろうが、思ったより数がある。報告に上がってないだけで、戦争孤児や貧民街で暮らす親のいない子どもなんかも、アレに変えられた可能性が高そうだ。
部屋には……剥製が十八体。天井には照明、壁や床にも今のところは特に気になる点はない。
ざっと観察し、私は慎重に矢を一本つがえた。その直前には、リュウに中へ突入するという旨のジャスチャーをしてある。たいして強そうな気配もなかったが、どうやらリュウはあの氣術を使ったようだ。
とはいえこれで手筈は整った。
軽く矢を引いた腕の震えが、止まる。
まずは敵の機動力を殺ぐ。
『ヒュンッ!』
「ガッ!」
狙い通り、真っ直ぐに放たれた矢は、小躍りしていた敵の右足へと着弾した。敵は不様に倒れ込んむ。
「くっ……な、なんだこれは?!」
苦痛と驚きで混乱するオレンジ頭。
「何、あんた」
「っ!!」
恐怖に怯えた目。ビクビクと身体も震えている。魔物の方がよほど脅威だ。しかも、さっき倒したノートリアスの構成員よりも雑魚そうだ。
「どっかで見たな……まあ、いいか」
つまらないな。どうせなら外の奴らと殺り合いたかった。
とりあえず、距離を詰める。
「うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁあぁぁぁ!!!!」
悲鳴を叫び散らしながら、標的は逃げ出した。私は特に追いかける意思はなかったために立ち止まり、静観を決め込んだ。
わざわざ矢をつがえる必要はない。なにせ、今は頼りになる相棒がついてるのだから。
「動くの、ダメだよ」
「ガァァアァァァァ!!!」
リュウの第一声目が聞こえたと思った次の瞬間、敵の両腕にはそれぞれ黒い短剣が突き刺さっていた。正確には、何の前触れもなく両腕を貫いた状態で短剣が出現した。さらに言えば、リュウの声がするまで、その気配を感じ取ることが全くできなかった。
ノアズアークに入り、リュウとともに魔物を討伐する中で私は、一度だけその氣術を見た。あの時は我ながら腰が抜けるんじゃないかと錯覚するほどに驚いた。そのあまりの規格外さに。
「な、なんで、僕の、腕に、け、剣が、刺さって……うぐっ!」
……そそられないな。
興味が完全に失せたオレンジ頭を無視し、急にそこに現れたとしかいいようがない芸当をやってのけたリュウに目を向けた。
「その術、やはりすごいな。私にも全くわからなかった」
さっきのリュウはまさしく、完全にこの世界から消えていた。存在がなくなったと言ってもいい。
「よくわかんないけど、秘術みたい。ぼくの一族の……」
マーダーブラッドは、その眼だけでも特殊な一族だというのに、そんなステルス技術の究極形と言っても過言ではない氣術を編み出し、受け継いでいるなんて、まさに国家級、いや世界級の暗殺者と呼ぶに相応しい。
リュウからすれば、そんな称号は嬉しくないだろう。むしろ嫌悪するかもしれないな。
「そう。規格外すぎて、私でも勝てる気がしない。なんなら、同じ規格外の秀や湊も殺せそうだ」
『人を殺す』という土台に立った場合、まず確実にリュウに軍配があがる。今回は腕にやっていたが、生命の維持装置たる心臓に剣を置いて術を解除すれば、簡単に息の根を止められるのだから。
この小さな存在は、この世界でどんな景色を見てどこまで羽ばたいていくのか。その成長を近くで見守ることが、やはり今の私の生きる指針となっているのかもしれない。
「そんなことしないよ……!」
「ふ。わかってる」
「くっ……!」
たまたま聞こえた声に反応してみれば、オレンジ頭が懸命に這いずっていた。
台座に手を伸ばして……何をする気だ?
『ドゴゴゴォォオォォン!!!!』
「「……っ……!」」
この尋常じゃない音と振動……おそらく外の戦闘で何かあったんだろうけど、ついついニヤけてしまう。
どこまで自分がやれるのか、外の連中で試してみたい。そんな欲求を身体中の細胞が叫んでいるのを感じる。
『プシューッッ!!』
間髪入れず、部屋の四隅や壁、床のあちこちから勢いよく白い煙が噴き出した。視界が瞬時に真っ白になる。
あのスイッチが起動の合図。そして……。
「いない」
一応、軽く見回してオレンジ頭を探すも、やはり視認することはできない。ただ、『ガコンッ』という異音が僅かにしたことから、この煙に乗じてどこかしらに逃げたと考えられる。
ふん……追う必要はないな。
「セツナお姉ちゃん」
「ん?」
白煙の中から近づいてきた人影はリュウだった。この視界では、相当近づかないと相手を正確に判断できない。
シンプルだか、厄介だな。
「さっきの人に、子どもたちの場所、聞かなくてよかった?」
尋問の話か。正直言えばやってもよかったけど、どうせ吐いてもそれが真実かなんてわからない。もしかしたらトラップが仕掛けてある部屋に誘導される可能性だってある。
情報は確かに重要だが、その真偽を見極めることもまた重要。あの泥臭く逃げた執念深さを見るに、あのオレンジ頭が真実を語るとは考えにくい。
つまりは時間の無駄というわけだ。
「ああ。どうせ碌なことは言わなかったから。それより、この屋敷の探索を再開しよう。ここには手遅れの子どもしかいないようだからな」
「……うん」
近くにあった剥製に、リュウは悲しげな目を向けていた。
「行くよ」
だがその肩にポンッと優しく手を置けば……。
「うん……!」
力強い返事が返ってきた。
その声音からは、リュウの中で何か覚悟が決まったように感じた。
探索を再開して十数分。一階のとある部屋にあった隠し扉から地下へ降りたところ、さっきの部屋と物の配置や造りが同じ部屋に出た。机には卓上ランプが置かれ、部屋を淡いオレンジ色で照らしていた。
その部屋にも隠し扉があり、そこを開けて中に進めば、今度は下へ続く階段ではなく、窓のない灰色の空間が続いていた。通路のような細長い造りだけど、その右側には鉄格子がびっしりと等間隔に並んでいた。
「どうやらここが監禁部屋みたいだ。そっちの方は頼んだ」
「うん」
とある牢屋で足を止めれば、中には倒れた状態で息も絶え絶えの子どもが二人いた。ここから奥の牢屋はリュウに見に行かせた。
「……」
牢屋には、当たり前だが鍵がかかっていた。今から鍵を探すのは面倒だったため、氣を使って適当に鋭利なやじりのついた矢を形成し、鉄格子を切り裂いた。
氣で作ったおかげか、手に矢が引っかかるような感覚は全く伝わらず、鉄格子は紙のように簡単に切り裂かれ、その残骸がバラバラと音を立てて地面に落ちた。
「ん……」
カランカランという甲高い音に、苦しむように寝ていた二人の子どもも目を覚ましたらしい。最初は「だれ……?」と少女が言ったかと思えば、隣にいた少年が「妹に、近づくな……!」と、なんとか振り絞ったと言ってもいいほどに掠れた声で、私の前に立ち塞がった。
「……」
少年の足は子鹿のように震えていた。
「それ、あんたの妹?」
そう言いながら顎でしゃくる。
「そ、そうだ」
「そ」
妹だけは守る、と虚勢を張っている少年を無視し、妹だと言う少女の方へ近づく。
「だ、だめだ!絶対、行かせない!!」
避けようとすれば小さな邪魔がはいる。
はぁ。家族というのはみんなこうなのだろうか。任務の邪魔をされた身からすれば、面倒なことこの上ない。
ただ、これが家族の真の形だというのなら、なぜだか私の心は苛立ちと嫉妬がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、そんな感覚に支配されそうになる。
「……威勢がいいのは結構だけど大人しくしろ。抵抗されるのはあまり好まない」
「お、おれたちにまた何かする気だろ!そうは、させないぞ!!」
睨みつけるその目には、しっかりと闘志の炎が灯っていた。
自分もふらふらなくせに、何がそんなにもこの子どもの身体を奮い立たせているのか。
……全く理解ができない。
「はぁ……家族ってそんなに大切?」
「当たり前だろ!!」
「…………」
そう間髪入れずに大声を上げてきた。
家族……家族、ねぇ…………。
「へぇ……それはよくわからないけど……その子、助けたい?」
もう一度、妹の方を顎でしゃくる。
「……?そ、そんなん当たり前だっ!」
少し警戒心が和らいだ。こっちの意図が悪意のあるものなのかわからなくなってきたか、あるいは冷静になって、私がこいつらに危害を加えたやつとは違うと気づいたか……まあどっちでもいい。
「そ。なら……」
背中に掛けていた矢筒を外し、ズボンに引っ掛けていたブレスレット型のエスパシオに収納する。そして少年に背を向けてしゃがむ。
「……?な、なに?」
「乗れ」
「え……?」
「ちっ。早くしろ」
物分かりの悪さに少し苛立ちを覚える。
「は、はい……!」
これだからガキは嫌いなんだ。
背中から重量を感じる。その直後、おそるおそる首に手が回された。
「首を絞めてでもいい。落ちるなよ」
「え……おわっ」
立ち上がって少年の足を掴み、軽く持ち上げる。そしてゆっくりと再びかがんで、さっき上体を起こした少女を抱き上げた。
「ふぅ……」
……こんなに荷物を持ったのは初めてだ。
「セツナお姉ちゃん。他の牢屋には、誰もいなかったよ!」
「そう」
だったらほとんどはもう、あの無機質で気味の悪い像に作り替えられたわけか。
「はは……」
やはり世の中は残酷無比。悪鬼が蔓延り、今もどこかで世界を食い破り腐らせている。
ほんと救えない世界だな。
いや……ははっ、それは私も同じか。
「大丈夫?セツナお姉ちゃん」
俯きながら薄笑みを浮かべる私の前に、リュウの心配そうな顔が覗き込んできた。
「なんでもない。任務はこれでほぼ完了。あとはこの屋敷から出るだけ。行くよ」
「……う、うん」
灰色の廊下を進む私の背後から、ぎこちない小さな返事がなぜだか大きく反響した気がした。
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