碧天のノアズアーク

世良シンア

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レグルス編

36 リオンの決断

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side リオン=アストラル

ノアズアークのみんなが謁見の間を出てすぐ、僕たちは会議部屋へと移動をし、この国の未来について話し合った。

父上やライアン宰相が学生の頃から目標としていた夢……亜人と人間の交流を深め、互いを尊重し合う関係を築いていく。それが真にこの国の民が幸せに生きられる道だと信じて。

かくゆう僕もその思いに賛同している。レン兄さんは手放しでその方針に従っているわけではないけれど、概ね賛成の意を示してくれている。

レン兄さんが一番現実主義者なところはあるから、よく誰かと口論になりがちではあるけれど、レン兄さんの言い分は非の打ち所がないほどに正しいことがほとんどだ。だからこそ、レン兄さんは次の叡王になるに相応しいと僕は思う。

その補佐を僕がするのが理想的なんだろうけど、僕にも譲れない思いはある。ただ、これは本当に独りよがりな選択であって、王族という立場を、責任を放棄する行為に等しい。

父上や母上、レン兄さんは僕のことを大切に思ってくれているから、きっと最後には僕の選択を尊重してくれるだろう。だけれど、その優しさに果たして甘えていいのか、我を通していいのか、正直僕はまだ決めかねている。

ノアとシンがこの国に来ていると連絡をもらった時は、その場で飛び上がりたくなるほどに舞い上がった。その心のままにスターライトへと戻り、意気揚々と父上に啖呵を切った。僕はノアたちとともに冒険に出ると。

あの時は嬉しさのあまりその思いが強く反映されていたけれど、この事件の全貌を知った今では、僕自身どう生きていくのが正解なのか、あやふやになってしまった。

「確かに僕は父上が課した条件をクリアしました。ノアズアークとともに誘拐事件を解決するという条件を。まだ答えは聞けてないけれど、父上が約束を違えるような不義理なことはしないと思うんです。母上やレン兄さんだって、結局は……僕はどう生きるのが正しいんでしょうか、ハクタク様」

聖樹園のとある一角。この透き通った湖のほとりで僕は、ハクタク様に自分の迷いをぶつけていた。

ここはハクタク様がよくお休みになられるお気に入りの場所で、僕たち王族のみが入ることを許された空間だ。

「ふーん……なんかさ、リオンってば僕のことを忘れてない?」

ハクタク様が前足で何度も土を蹴っている。拗ねているのは明らかだった。

「?!いえ!決してそんなことは……」

「僕はリオンがどっか行くってなったら、とーっても寂しいのにー。なー、モモジロウ」

「キュイ!」

ハクタク様の真っ白な美しい毛並みの上でくつろぐ一体の桃兎が、元気な声を上げた。

「すみません。そこまで考える余裕がなく……」

「あはは!冗談だよー冗談。まったく、リオンは揶揄い甲斐があるなー」

「う……」

またハクタク様の言葉に惑わされた。神獣という立場のせいか、ハクタク様の言葉に間違いはないと錯覚してしまう自分がいる。

「ふむ、どう生きるのが正しいか、ねぇ……。そんな難しいこと、考えすぎるだけ無駄な気がするけどなー、僕は」

「無駄、ですか……」

自分にとっての大きな悩みを軽く一蹴され、少し落ち込む。

「そ。だって、自分が楽しい!って思うことをすればよくなーい?生きるってさ、どんだけ自分が楽しめたかに尽きると思うんだよねー」

「楽しむ……」

僕だってできることならそうしたい。
けれど、手放しでその道を選ぶことがどうしてもできないんだ。

「はるか昔からこの世界で生きてるけど、どうにも亜人や人間が苦しんだり辛くなったりするの、見てられないんだよねー。もっと笑って生きればいいのにって、ずーっと思ってるもん」

「そうだったんですね……確かにハクタク様に苦しむ姿は似合わない気がします」

ハクタク様はいつだって楽しそうに生きている。何千年もこの国に縛られているというのに。

「ふふん、そうだろ?なにせ君たちとおしゃべりしたり遊んだりするのが、僕の一番の楽しみなんだからねー」

ニコニコと口元を緩ませながら、ハクタク様は言葉を続ける。

「そういえば言ってなかったけど、僕がレグルスのやつと契約してあげたのは、あいつが僕の遊び相手になってくれるって言ったからなんだよねー」

「えっ?!」

そんなのは初耳だ。てっきり初代叡王の示した力を認めてとか、亜人たちを救いたいという強い思いに負けてとか、そういうものだと思っていた。

「だってあいつが現れるまで、だーれも僕のことを認識してくれなかったんだよー?ひどいよね!」

「キュイキュイ!!」

モモジロウが共感の声を上げる。

「アメギラス様に、できれば干渉しないようにって言われてたけど……流石に暇すぎたというか、つまんなくなったっていうか……そん時思ったね、やっぱ僕自身が楽しくないと生きてらんないやって」

「……」

創世の神アメギラス。神々の頂点に立つ存在の言葉を、ハクタク様は自己の欲のために押し退けたということ。

果たして、僕にその選択が取れるのだろうか……。

「だからさ、笑ったもん勝ち、楽しんだもん勝ちのゲームだと思えばいいじゃん。それの何が悪いっていうのさ」

純真無垢なその答えはあまりにも輝かしく、僕にとっては甘美な蜜のようにも感じられた。

「……自分の本当の気持ちは、もうわかってるんです。王族の身分なんて脱ぎ捨てたいと。ノアとシン、二人と一緒に世界を冒険したいと。ただ、それを押し通すエゴが僕にはまだ足りないんです」 

思わず唇を噛み締めた。

「……お真面目さんだねー、君ってやつは。なんでそう生きづらい道を選ぼうとするのか……難儀な生き物だねー」

「すみません、ハクタク様。せっかくアドバイスをいただいたのに……」

「いいさ。こういう話もたまには、いい」

ハクタク様は僕の方に顔を向け、目を細めた。

「……それでは僕はそろそろ失礼します。お話を聞いていただき、ありがとうございました」

深くお辞儀をし、この場を後にする。背後からは「またおしゃべりしに来てねー」と、軽快な声がした。





「おや、リオン様。お久しぶりでございます」

「あ、ああ、ギルハルトか。久しぶりだね」

中庭に続く廊下を歩いていれば、ギルハルトにばったり出くわした。

ギルハルトはかつて僕の護衛隊の隊長を務め、幼い頃は特に世話になった。僕がまだ両親から嫌われていると勘違いしていた時は、ギルハルトが支えてくれたおかげで自暴自棄にならなくて済んだと思う。

それほどにギルハルトには感謝しているけれど、今だけは会いたくなかった。

ギルハルトならきっと……。

「……何かお悩みですか」

「君にはやはりバレてしまうね。昔よりはレン兄さんみたいに、自分の感情を隠せるようになったと思っていたけれど……」

僕はふぅ、とため息をつきながら壁に寄りかかる。ギルハルトもそっと隣に立った。

「ギルハルトは最近どう?叡団長として、いろいろ頑張ってる?」

「そうですね。なりたての頃よりは、守護叡団ビースト・ロアの皆も、私についてきてくれるようになりました。これも私の努力の成果と言えるのではないかと思っております」

「……!珍しいね、君がそんなことを言うなんて」

ギルハルトはその見た目から亜人たちからよく思われていない。かくゆう僕も亜人的特徴がない珍しい亜人のために、子どもの頃はいじめを受けた。

クリムゾン家はそういう定めだと誰もが認識するけれど、ギルハルトはその考えを変えさせるためにここに飛び込んできた。初めて会った時からその誓いは変わっていないらしい。

「そうですね。私も私らしくはないと思います。ただ、こんな私の生き方をかっこいいと、そう評してくれた人物がおりまして。それが少し、自信につながったと言いますか……」

首筋に手を置いて少し照れ臭そうな顔をする。

まさか……。

「もしかしてその人って……女性だったりする?」

「え、ええ……よくおわかりになりましたね」

「なるほど。ギルハルトにもようやく春が来たんだね」

このまま独り身で生涯を終えるんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど、どうやらその心配はいらないみたいだ。

「?!?!け、決してそのようなことは……っ!」

「はははっ。そんなに声を荒げて否定しなくてもいいじゃないか。嬉しいよ、僕は。恋なんてよくわからないって言ってた君が、かっこつけたくなるような相手を見つけられてさ」

「ぅ……まさか自分がこんなにもちょろい男だったとは思いませんでしたよ……」

「はは。運命ってやつかもね」

こんなに顔を赤くしている姿は見たことがない。周りからはクールでキリッとした男だと思われているだろうに、こんな一面があるとなったらきっと、女性陣からのアタックが止まらないだろうね。

「まったく、揶揄わないでください。……それで、リオン様はなぜ気を落としていたんです?」

「あーあ、せっかく誤魔化せたと思ったのにね……」

「丸わかりですよ。あなた様と何年の付き合いだとお思いで?」

こうなっては仕方がない。

「はぁ……ちょっと、どう生きてけばいいのか悩んでてね」

「……!随分と重い話ですね」

「まあ……以前から言っていただろう?ノアとシン、彼ら二人と一緒に冒険するのが僕のやりたいことだと」

「ええ。そのためにリオン様はずっと努力されていましたから。よく存じておりますよ」

「もし今回のような大きな騒動がなければ、僕も我を通して旅立てたんだ。だけれど、国民の平和が脅かされ、王族としての責務を明確に問われるこの局面と向き合って……後はよろしくと手を振って後腐れなしに立ち去ることには、少し、抵抗があるんだ」

ハクタク様が言っていたように、どれだけ楽しめたかが人生の醍醐味だという論は、僕の本心と合致しすぎて聞き心地が良すぎた。その甘い言葉に、もう流されてしまいたいと思う自分がいる。

「なるほど……リオン様はご自身に課されたお立場を鑑みているのですね。とても立派なことです」

「いやそうじゃないさ。ただ罪悪感を背負いたくないだけなんだよ」

父上や母上、ライアン宰相や叡団長ら、そしてレン兄さん……みんなが国民のために動く中、僕だけが自分の欲のために生きる。

そんなことが許されていいというのか。

答えは、否だ。我儘に生きられるのは子どもの特権。大人になった……ましてや王族の子として生まれた僕が、気ままに旅をするのは、どう足掻いても申し訳なさが湧いてくる。

「……では、そのお立場から降りればよい」

「っ……」

強い言葉が心に刺さる。思わず眉間に皺がよった。

「重荷に感じるその身分を捨てれば、晴れてあなた様は自由になられる。そうすればそのような感情を抱かずに済む。そのように苦しまずにすみますよ?」

突き放すような冷たい声。まるでお前などこの国に必要ないと突きつけられているみたいだ。

「そ、れは……」

息が詰まってうまく言葉が紡げない。心臓の鼓動がやけにうるさい。

「それが嫌だと言うのなら、その自責の念を背負う覚悟を胸に、あなた様のエゴを突き通すしか道はありません」

鋭い眼光が僕を射抜く。その威圧感に一瞬、心臓が止まったかのような感覚がした。
けれどそれが逆に僕の頭を冷静にしてくれた。

「……君の言うとおりだ。ぐうの音が出ないほどの正論すぎて、何も言い返せないよ」

ギルハルトの目から逃げるように僕は地面に視線を落とした。

冷静になって、やっぱり落ち込んだ。自身の優柔不断さが嫌になる。

「下を向いてもそこに答えなんてありませんよ」

「……っ!」

ビクッと身体が震えた。そしてゆっくりともう一度ギルハルトの顔を見る。その顔はどこか厳しく、その上優しさも孕んでいるように見えた。

「あなた様がお優しいのは承知しておりますが……曲げたくない思いがあるのならば、後はその決心を固めるだけではないのですか?」

迷いに沈む僕から決して目を逸らさない。
ああ、どうやら僕はまた、君に助けられてしまったみたいだ……。

「……」

顔を正面に戻して一度目を閉じる。

『笑ったもん勝ち、楽しんだもん勝ちのゲームだと思えばいいじゃん。それの何が悪いっていうのさ』

『曲げたくない思いがあるのならば、後はその決心を固めるだけではないのですか?』

そしてふぅ、っと軽く息をつき再びギルハルトの方を見た。

「ありがとう、ギルハルト。うん……自分に嘘をつくのはやめだやめ。僕は、僕だけの道を進むことにするよ」

覚悟……大袈裟かもしれないけれど、それは国民を裏切るという最低な行為。王族としてのあるまじき失態。家族やこの国を支える人たちを見捨てる恥ずべき行い。

だけれどその責務を放ってでも叶えたい夢が僕にはある。僕が僕らしく生きるために、僕はこの国を、みんなを裏切るんだ。

「良い表情をなさる。覚悟が決まったようで何よりです」

口角を少し上げ、柔らかく微笑んだ。

「ああ。ギルハルト、やはり君は僕の尊敬する良き友人だ。悔しいけれど、君を追い越せる日はまだまだ先になりそうだ」

「ふふ、私もまだまだ若いですから。そう簡単に抜かせはしませんよ。……ではそろそろ、私はこれで失礼します。この後、叡団長会議に行かねばなりませんので」

「そうだったのか。引き止めて悪かったね」

「いえ、とんでもない。有意義な時間を過ごさせていただきましたので。それでは」

軽く一礼したギルハルトは、そのまま廊下の先へと姿を消した。

「さて、そうと決まれば早速父上たちにーーー」

「リオン兄様!」
「リオン兄ちゃん!」

「ぅお……!」

家族に会いに行こうと足を踏み出そうとした直後、足に二つの衝撃を感じ、思わず声が出た。

振り返って下を見れば、愛しい妹と弟がそこにいた。

「どうかしたかい?エマ、シリウス」

「この前の約束忘れちゃったのかよ、リオン兄ちゃん!」

「シリウスの言う通りよ。わたしたちずっと楽しみにしてたのに……!」

ぷぅっと頬を膨らませてこちらを睨む二人。威圧感なんてものは微塵もなく、むしろ可愛いとさえ思ってしまう。

「そうだったね。ごめんよ」

話し合いはまた今度かな。

「今なら手が空いているから、二人のしたいこと何でもしてあげるよ」

「ほんとか?!やったぜ!」

「じゃ、じゃあ、あの本読んで!続きが気になって仕方なかったの」

二人とも子どもらしく、目を輝かせて喜んでくれた。

「えー!本より鍛錬がいいって。おれ、もっと強くなって、早くみんなを守れるようになるんだから」

「だめよ。前回はわたしが譲ったんだから、今度はわたしのお願いを聞いてもらうの。そういう決まりでしょ?」

「うぅ……わ、わかったよ」

相変わらずシリウスはエマには強く出れないみたいだ。拐われかけたと聞いた時は肝を冷やしたけれど、いつも通り笑って過ごせているようで安心した。

「じゃあ行こう!リオン兄様」

エマに手を引かれて二人の部屋へと導かれる。後ろからはぶつぶつと文句を言いながらついてくるシリウスがいた。

……あとでこっそり稽古してあげようか。





「えーっと……あった!これこれ」

シリウスとともにソファに座って待っていれば、エマは引き出しにしまってあったらしい本をテーブルの上に置いた。

「はは。やっぱりアルマーの冒険か。この本、本当に大好きだね、エマは」

「おれも好き!」

「何よ、鍛錬がしたいとか言ってたくせに」

「だって、今日は身体を動かしたい気分だったんだもん……」

「はいはい、喧嘩しない。それにしても、よく今日まで我慢できたね。前に読んでからたしか、一ヶ月は経っているはずなのに」

本を手に取り、パラパラと適当にページをめくりながら、どこまで読んであげたかを記憶を頼りに思い出す。

「おれ、まだ難しい字読めないもん!」

「何自慢げに言ってんのよ。そんなの誇っても意味ないんだから」

「えー、じゃあ姉ちゃんはなんで自分で読まないのさー」

「そ、それは……な、何でもいいでしょ、別に!」

また口喧嘩を始めてしまった。いつもの光景ではあるけれど、あまりヒートアップしないことを祈るばかりだ。

内心そわそわしつつも、読み聞かせの準備のために本の内容を軽く確認していく。

「わー、顔真っ赤っかだー!!」

「う、うるさい!シリウスのくせに生意気なのよ!この……!!」

「うわ!」

「…………」

トンッと側頭部に軽い衝撃が走った。その勢いに少し首が傾いた。視線を上げれば、床に銀色のフサフサとした毛並みをもった、狼のぬいぐるみが横たわっていた。

「あ……」

「ふふん、そんな遅いの、おれなら簡単に避けちゃうもんねーだ」

僕は本を閉じ、ぬいぐるみを拾ってソファの上に戻す。

「エマ……シリウス……」

「はい……」

「へ?……っ!」

ソファの上に立つシリウスが振り返った。そしてその直後、顔を引きつらせてすぐにソファに座った。ピシッと背筋を伸ばして。

「喧嘩するのはいいけれど、何事も限度というものがある。それに物を投げつけるのはよくない。相手にも物にも失礼だ。賢いエマならわかるね?」

「は、はい……ごめんなさい、リオン兄様……」

相当落ち込んだらしく、エマは萎れた花のように項垂れてしまった。声にもいつもの覇気がまったくない。

「やーい、姉ちゃん、怒られてやんのー」

「シリウス」

「ぅ……」

「相手の心を傷つけるような言動には気をつけること。なぜエマがこんな行動に出たか、よく考えなさい」

「う、うん……」

早く僕たちのような大人になりたいと二人は口癖のように言ってくれるけれど、こういうところはまだまだ甘い。

でも僕はこんな風にレン兄さんとじゃれあったことはなかったから、なんだか羨ましくも感じてしまう。

「ごめんよ、姉ちゃん」

「ううん。わたしこそ、やりすぎてしまったわ。ごめんなさい」

「うん、謝れることはいいことだ。もし二人とも謝れなかったら、危うくここを出ていくところだったよ」

「「え……!」」

そう冗談混じりに言えば、二人は悲しそうな顔をした。

「はは、冗談だよ冗談」

テーブルに戻した本を再び手に取り、ちょうどさっき思い出せた内容と同じページを開く。

「ほら、もっと近くにおいで」

そう手招きすれば、シリウスは金色のフサフサとした毛並みをもった獅子のぬいぐるみを抱えて、僕の左隣に座った。一方、エマは僕の右隣にやってきて、そこにあった狼のぬいぐるみを大事そうに抱えて座った。

「じゃあ読むよ」

「「うん!」」






「…………こうして水面の乙女とアルマーは見事、湖に住み着いた恐ろしい魔物を退治することに成功しました。そして乙女は自身がエルフであることをアルマーに明かし、エルフの国に招待しました。そこでアルマーはエルフたちとともに、一日中宴を楽しんだのです」

「「……すぅ…………ぅ……」」

「……寝ちゃったか。よく見たらもう夕方じゃないか」

窓から差し込むオレンジ色の光が部屋を包んでいた。

パタンと本を閉じてテーブルの上に置き、二人を起こさないようにそっと立った。そしてそれぞれのベッドへと二人を運んでいく。

衛兵には無理に起こさないよう言いつけておこう。

「おやすみ、エマ、シリウス」

そう言って僕は部屋の扉をそっと閉めた。そして扉前に立っていた衛兵に、夕食時まで起こさないようにと念を押しておく。

……少し風に当たろうかな。

再び中庭に戻り、指を口に咥えて息を吹く。

『ピーーー!』

甲高い笛のような音が響いた。その数秒後、バサッバサッと翼を大きくはためかせる音がした。

「クォーン!」

中庭に、大きな獣が降り立った。グリフォンという生物に属するこの子は、白と焦茶色の毛並みをもち、大きな白い翼を持った僕の最初の友達だ。

「来てくれてありがとう、ジーク。久々に僕を空の世界に連れて行ってはくれないかい?」

翼に優しく手を置く。フサフサしたその感触に少し心が安らぐ。

「クォーッ!!」

やったー!、と嬉しそうに声を上げた。

「はは。最近かまってやれなかったからね。ちょうどよかったかもしれない」

乗りやすいように地面に伏せてくれたジークにそっとまたがる。しっかりと乗ったことを確認したジークは、足を立てて飛び上がる準備をする。

「今日はノトス領の方へ飛ぼうか。レン兄さんがある程度花魄獣を討伐したらしいけれど、一応様子は見ておきたいしね」

「クォーン!!」

翼を大きく広げ、地面に翼を叩きつけるかのようにして勢いよくジークが飛び立った。

肌や髪に風が撃ちつける感覚が走る。高度が保てるまでは、この強い風が続くからしっかりとつかまっていないといけない。

「うん……風が心地いいね……」

十分な高さまで飛び上がり、ジークは南を目指して水平方向に優雅に進んでいく。スピードはそこそこで、いい感じの風が全身を包んでいた。

「そうだ。ジークにも言っておかないとね」

「クォ?」

「僕はこの国を出ようと思うんだ」

「クォォ……」

寂しそうな声に、眉を落とす。

「ジークを連れていきたいのは山々だけれど、ジークはこの国を長く離れられないからね。悲しいけれどもう少しでお別れだ」

ジークたちグリフォンは、ハクタク様の氣が及んだ地域でしか正常に生きていけない。生命の源がハクタク様の氣なんだ。

人間も亜人も……魔人だって食べ物や水分を取らなければ生命活動が維持できないし、いつか餓死して死んでしまう。

グリフォンたちもそれと同じで、一日にある程度ハクタク様の氣を摂取しないといつか心臓が止まってしまう。

だから僕のエゴを突き通すと決めた時点で、ジークとは離れ離れになってしまうことは分かっていた。

「クォォォン……」

「親友の君を置いていくのはとても心苦しい。だけど僕は、自分の夢を叶えると決めたんだ。これはもう曲げられない。ごめんよ」

「……クォックォッ!クォォッ!!」

少し荒い声。

「……!そっか。謝るなんて逆に君に失礼だったね。ありがとう、ジーク」

「クォッ!」

嬉しそうな声。
ジークの頭を撫でてやれば、グルルッとご機嫌に喉を鳴らした。

「ははっ」

僕は本当にいい友達をもったよ。

「今日はめいいっぱい飛び回ろうか……!」

「クォーン!!」





















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