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レグルス編
44 ハクタクの祝福
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side ノア=オーガスト
突然の乱入者によって、オレとレンさんの戦いは決着がつかずに幕引きとなった。その後乱入者vsセツナの戦闘に入ったわけだ。
結果的にセツナが勝ったことになるんだろうけど……にしてもセツナ、すごかったなー!そりゃ亜人たちが声をあげたくもなるよ。
とまあ、オレも亜人たちも気分上々でいたんだけど、しっかりと堪能する間もなく次なる介入者が姿を現した。それも空からだなんて、誰でも注目しちゃうよな。
しかもそれが聖なる生き物っぽい奴だったら、余計にな。
「ハクタク様!!」
「ハクタク様が参られたぞ!」
「いつ見てもお美しいっ!」
「溢れ出る神々しさに目が潰れちまいそうだぜっ!!」
あーだこーだと亜人たちは各々の思いを吐き出していく。この国の人間ではない俺たちからすると、この異様な熱気には興味や好奇心のほかにも、少しだけ居心地の悪さを覚えてしまう。
「あれがハクタクか。この国の守り神……紫苑と同列の存在と言ってもいいわけだ」
「言われてみればそうだよなー。紫苑は九条家の守り神だーって、前に湊が教えてくれたし。てか、紫苑と比べると、ハクタクは身体が大きいなー」
なんか微妙に言い表しにくい見た目なんだよなー。目の数は六つで牛のような体型に真っ白な体毛、そして立派な三本の角……少なくともあんな見た目の生物は、実物はもちもん、図鑑ですら見たことがない。
「っ、驚いた。決まった時期にしか民衆の前に姿を見せないハクタク様がお見えになるなんて……」
暢気に感想を述べるオレとシンの傍で、リオンは漏らした言葉の通り、驚いた顔で空を見上げていた。そして釘付けとなったその視線は、徐々に下へ降りていく。
「ふむ。我が守護するこの地を踏み荒らさんとする愚か者どもがいると、風の噂で耳にしたが……なかなかに面白い」
そうして、純白なるその存在は固い口調で言葉を紡ぎながら、ゆっくりと地面に降り立った。
「「「おお……!」」」
亜人たちが一様に声を上げる。この反応を見るに、亜人たちの全員が本当にハクタクに対し敬意を持っているらしい。
同じ何かを守護する神である紫苑は、九条という、いわゆるその血族のみを守る存在だけど、今目の前で息をするハクタクという神は、国という広大な土地だけでなく、そこに住む全ての亜人たちに、いわば加護を与えている。だからこそ、こうやってみんなから尊敬の眼差しを向けられるんだろうな。
「桃色の髪の女は、清く温かな心根を持っているようだ。白髪の少年は、小さいながらも溢れんばかりの優しい光をその身に宿している」
ハクタクは値踏みするように、オレたちに評価を下していく。声色は淡々としていて冷たい印象を与えるけど、紡がれる言葉に嫌な感じは全くしなかった。
「薄水色の髪の男は、決して折れることとない、揺るがぬ剣を内に突き立てている。赤髪の男は、闇夜を照らす炎のような男だが、その燃えたぎる炎は近づく者を焼き尽くさんとしているようにも感じるな」
しかも意外と的を得てる。概念的というか、抽象的な表現ではあるけど。流石に神様なだけあるな。
「黒髪の女は、強い信念で磨き上げられた鋭き刃をすでに秘めているというのに、第二第三の刃を磨き続けている。橙色の女は、周囲を明るく照らすだけでなく、悲しむ皆に寄り添う陽だまりのような慈悲深さを持ち合わせている」
感心して聞いていれば、ついにその黄金の瞳がオレたちを捉えた。
「そして黒髪のお前たち……見たところ、兄弟だな。お前たちは、なんとも複雑奇怪な星のもとに生まれたようだな」
え?みんなには気持ちのいい褒め言葉を並べてたのに、オレたちにはそういうのはないのか……?
「それから遠い記憶の中に置いてきた、懐かしき匂いも感じる」
ハクタクは軽く鼻を鳴らし、目を瞑りながら何か過去に浸っているらしい。
あ、本当にオレたちには何もないのな。
「えーっと、ハクタク……様は、どうしてここに来たんだ?さっきのリオンの反応的に、基本的には顔を出さないもんなんだろ?」
ちょっと残念に思いつつ、オレは思い切ってハクタクに声をかけてみた。
「なんと無礼な!」
「ハクタク様の許可も得ず勝手に話しかけるなどっ!」
「ありえん!!」
なんだか周りからヤジが飛んできてる気がするが、一旦無視を決め込む。
「その通りだ。我はこの国の行く末を見守る存在。過度な干渉はしない。だが、いい加減頃合いだと思ってな」
「頃合い?」
「ああ。何千、何万年と続いたこの不毛な諍いは、今日をもって我が終止符を打とう」
ハクタクは、地面を一度軽く蹴った。それと同時に温かな光が地面を伝って、波紋のように一気に広がった。
「聞け!この国に生きる全ての亜人たちよ。我はあの日、この国の初代叡王と契約を交わしてから今日に至るまで、お前たちの行く末を見続けてきた。そしてお前たちがどんな選択を取ろうと、我は全て肯定してきた。たとえ我からすれば愚かとしか言いようがない道筋だったとしても」
「「「……っ」」」
視界の端で亜人たちの様子を見れば、驚きで口が塞がらない者や、真っ直ぐにハクタクの言葉を聞く者、微動だにせず固唾を飲んでいる者もいた。
「だが、そろそろあの時の約束は時効としてもよいだろう……。我、ハクタクの名の下に、愛しきお前たちにあえて命ずる。表面だけに囚われるな、お前の日常で生きる者の本質を見ろ」
重く厚みのある言葉とともに、真剣な眼差しが亜人たちに向けられる。まるで自分の心の底に沈めたはずの、人には見せられない醜さまでも覗かれているかのような視線に、肩を震わせている者さえいた。
「さすれば、今よりずっと……呼吸がしやすい」
優しげで澄み切った双眸に、凛とした声が上乗せされる。この言動には、この場に居合わせた誰もが神々しさを覚えてもなんら不思議じゃない。なんなら、その声音だけでも卒倒してる亜人がいるかもな。
「はうっ」
おっと、マジか。
軽い気持ちでそんなことを思っていたら、近くに立っていた亜人が感極まったような声を上げて倒れた。その表情は、まさに天にも昇るような……ってやつだな。
「手始めに、このような催しはどうだ?」
その一言とともに、空から白と薄ピンク色が折り重なった花びらが舞い降りてきた。ゆらゆらと優雅に降りてくるそれらは、ここにいる全員が手にするのに十分に有り余るほどだった。
……なんかこの光景前にも見たことあるな。
花びらの色も桃兎探しの時の桃とよく似てるし……。
手のひらの器に乗った一枚の花びら。片手にすっぽりと……というよりも片手で簡単に握り込めてしまう程度の大きさしかない、ごく普通の花びらだが、瞬きした次の瞬間、手に重みが加わった。花びらからは想像もできない重みが。
だけどそれもそのはず。何せ目と鼻の先には、桃色の液体が入ったグラスが出現していたのだから。
「え、すごっ」
思わず感嘆の声が漏れた。世の中にはマジックっていう奇術?があるって本で読んだけど、肌感的にはなんとなくそれに近しい気がする。
まあ相手が神様な時点で何でもアリだとは思ってるけど。
「ハクタク様からの贈り物だ!!」
「これは貴重だぞ!」
「おいおい、一気に飲むのはもったいないって。もっとひと口ひと口味わってだな……」
周囲はこの不思議なサプライズ?に、口々に歓喜の声を上げていた。そしてかくゆうオレもそのひとりだったりする。
「うまそー!桃のジュースかな?」
「ハクタク様は桃が大の好物なんだ。世界中の桃を使った料理を食べるのが生涯の夢らしいよ」
「ほへー。変わってるけどいい夢じゃん」
食べ物巡りって意味だとカズハもそのクチなんだよな。単純にオレたちといるのが楽しいからうちのチームに来てくれたわけだけど、何かと料理の話をしてくるからなー。
何か勝負事で賭けをしたら、絶対に食べ物を要求してくる。それだけグルメなカズハならハクタクとも気が合いそうだ。
「ん。毒は入ってないな」
「っ!シン!」
グラスを口もとから離して軽く回すシン。
毒味をしようなんて発想、もし近くの亜人に聞こえてたらぶん殴られてもおかしくないぞ?!
「ははっ、シンらしいね。大丈夫だよ、ノア。幸い誰にも聞かれてないみたいだから」
「ほっ……」
「シン、味はどうだった?」
「……すっきりとした味わいだな。誰でも飲みやすい」
「そっかそっか。気に入ってくれたなら良かったよ。ハクタク様もきっと喜んでくださる」
「ん?別に気に入ったわけでは……」
「確かに!これ美味いな!!」
リオンたちの会話に大きな声が割って入る。
何を隠そう、それはオレの口から発せられた場違いな大声だ。
「ほう、そんなに気に入ったか、ノア」
「おお、ハクタク……様。これはあんた……あなた様がお作りに?」
「神にできぬことなどない」
「やっぱ神様ってすげーんだな。じゃあさ、例えばこの桃のジュースを滝のように出せたりするのかー?」
オレはただいつものように好奇心に身を委ねた。毎度のことながらオレの学習能力は皆無と言っても過言ではないんじゃなかろうか……。
「……ふん。とくとその目で見るがよい。これが神の御業だ!」
ハクタクの身体が光の粒子で包まれた。純白と黄金が重なり合ったベールに誰もが目を奪われる。だがその数瞬の息を呑む静けさは泡沫に消えることになる。
「「「ッッッ?!?!」」」
突如上空から薄桃色の滝が音を立てて勢いよく流れ落ちてきた。しかも、バカみたいに規模がでかい!
こんなの誰が予想できるって言うんだ。それにこれは滝ってよりも……!
「こんなんもはや津波じゃねぇかっ!!」
オレの嘆きの叫びも虚しく、オレたちはざぶんざぶんと、桃のジュースの荒波に飲まれて流された。服はびしょ濡れ、肌はベタベタになっただけでなく、押し流された勢いのままにあちこちでみんなとぶつかり合う。
こんなの誰だって不快になってもおかしくないんだけど、騒ぐオレたちの口と喉に入り込んだ水は甘くスッキリとした味わいで、不思議とざわつく心が落ち着いてくる。
「ぶはっ……ハクタクマジでスゲ~!」
荒ぶる桃ジュースの波の上で凛と立つハクタクに、オレはキラキラと輝く熱い視線を送った。
良くも悪くも、こんな体験はもう二度とないことだろう。そんで個人的にはみんな巻き込んでしまったを申し訳なさよりも、オモロい体験ができて嬉しい気持ちの方が強かったりする。
……まあ、口には絶対に出さないけどな。
「いやー、全く酷い目にあっちゃったなー。さっきはごめんな、みんなー!」
桃のジュースを全身で被ったオレたちは、樹宮殿の大浴場を借りた後、現在リオンたち王族とともに食事のテーブルを囲んでいた。全員となるととんでもなく大きなテーブルが必要になるから、二つの丸テーブルに別れてそれぞれが自由に席を変えるスタイルで食事を楽しむらしい。
そしてあの場にいた多くの亜人たちも、ベタベタになったことで家に帰らざるを得なくなり、一旦はオレたちとの争いが中断されることとなった。ただ何も収穫がなかったわけじゃなく、最後にとある亜人から声をかけられた。
悪かったな、と。
たった一言だけだったけど、差し出された手をオレはニッコニコで取った。だってオレたちのことを少しでもわかってくれたんだぜ?こんなに嬉しいことはない!
ちなみに、湊と秀、エルとリュウは桃ジュースの波に飲まれていない。なぜなら湊と秀がエルとリュウをはじめとした治療に当たってくれた人たちや怪我人たちをまとめて氣術で守ってくれたのだ。
いやー、優秀な仲間がいるって素晴らしいことだよなー。
「なんだその浮かれた声は。謝る気ねぇだろ、ノア」
やっべ。
「いやあるってある。べ、別にオモロかったなー、なんてぜーんぜん、これっぽっちも思ってないけど?」
「あぁん?ノア、もう一度俺の目を見て言ってみろ」
ギラついた秀の両の眼が宙を彷徨うオレの目を捉える。
ちょっと、秀さん?まるで殺してやると言わんばかりのそれ、やめてくんない?!?!
「うっ……っと、えーっと…………す、すんまーーー」
「黙れ秀。従者風情が、兄さんのやることにいちいち口出しをするな。全ての生物は兄さんのために存在する。兄さんの意思を邪魔立てする道理などありはしない」
いつもの如く、説教モードに入った秀にシンが横槍を入れる。睨み合う二人だが、最近はもう誰も止めようとしなくなった。もはやノアズアークの名物と言ってもいい。止められるのは湊くらいだ。湊が重い腰を持ち上げてくれない限り、永遠にこの罵り合いは続くのである。
にしても弟よ。生き物全部がオレのためにいるってのは、さすがのオレでもおかしいと思うぞ。兄ちゃんは時々、お前のことがわからんくて、ちょっぴり怖いぞ。
「やったー!この国のさいっこーに腕のいいシェフの豪華料理が味わえるーっっ!!」
「そんなに嬉しいのか、カズハ」
「え、逆にギルハルトは嬉しくないわけー?」
「ん、ここに出向いた時には食べさせてもらっているが、嬉しいと思ったことは……ないな。美味しいとは思うが」
「うわ、いいなー、羨ましい!王族お抱え料理人の料理なんて、私ら庶民からしたら天上の食べ物みたいなもんなのにー」
「そ、そうなのか……」
カズハの料理に対する熱い勢いに押されている様子のギルハルトさん。二人の対決はほとんど見られなかったけど、最後はカズハが勝利したことは聞いた。この国の守護者のひとりに勝つなんて、やっぱカズハは頼もしいなー。その戦いっぷりをこの目に収められなかったことが惜しい!
「エルといったな。亜人たちの治療に心血を注いでくれたこと、彼らを代表して礼を述べよう。ありがとう」
「いえそんな!頭をお上げください、レン王太子!私は自分のしたいことをしただけで、感謝されることなど何もっ……」
「気にしないで、エル。これはレン兄さんなりの敬意なんだ。そんなに戸惑わなくても大丈夫だよ」
「あ……え、と……みなさんがご無事なら、私はそれで……」
「あなたはどのようにしてその治癒の技術を身につけたのだ?」
「へ?」
「技術だけではない。あなたは何故他人を救おうとする。何故あの時迷わずに行動に移せた?何故嫌われているとわかっていたはずの亜人たちへ、何の見返りも求めず治療を施した?」
「え、え、え、っと…………?!」
「レン兄さん!そんなに質問攻めにしたら、エルが困ってしまうよ」
ちょうどレンさんとリオンと席が近かったエルは、混乱したように目を回している。会話はうまく聞き取れなかったけど、リオンがレンさんを落ち着かせているようには見えた。あの三人が揃って一体何の会話をするんだろう。
「さっきの桃のジュースのプール、楽しかったなー!しかも間違って飲んじゃっても美味しいなんて、めっちゃサイコーじゃね?ハクタク様、またやってくんないかなー!」
「まったく、シリウスはお子ちゃまね。急にあんなことになったら、普通はあんたみたいにノーテンキに喜ばないわ」
「えー!嘘だー!姉ちゃんはわかってないなー。なっ、リュウ。リュウも楽しかったよなー?」
「えっと……甘くて、美味しかった」
「な!めっちゃうまかったよなー!ほら、姉ちゃんの方が間違ってんじゃん」
「ちょっと、リュウは別に楽しかったなんて言ってないわ。勘違いしないでよね」
「そんなことないもん。なあ、リュウ。さっきの桃のジュースのプール、楽しかったよな?」
「え、と……」
「そんなのあり得ないわ!すごく大変だったよね?リュウ」
「えっ、と……」
可愛いらしい双子の王族に両側から引っ張られて身体を左右に揺らすリュウ。痛がってる感じはないから、間に入らなくてもたぶん大丈夫だ。それに、おんなじ年代の子と友達になれたのはきっと今回が初めてだろうから、個人的にそっとしておきたい。
「いやー、にしてもさっきの動きはエグかったなぁ。人間にできる芸当とは到底思えなかったぜ。この俺が負けるなんざ、嬉しい誤算だった」
「は?別に私は勝ってはいない。お前が勝手に終わりにしただけだ」
「クールだなぁ。いやストイックというべきか?」
「お前とは大違いだな、エヴァン」
「ハッ!ステラ、その言葉そのままそっくりお前に返すぜ?戦闘馬鹿が」
「ふん、お前にだけは言われたくないね。……セツナだったよな?今度は俺とタイマンしようぜ?なっ」
「無理。今は鍛錬が最優先。実戦はその後」
「えー。なら俺が鍛錬の相手になってやるからさー!」
「肩を組むな。鬱陶しい……」
「なーいいだろー?」
「おいおい、言ったそばから……。これだから戦闘狂は」
グイグイと肩を組んでくるステラさんに、セツナは隠そうとせず嫌悪感を見せる。顔はほぼ無表情なのはいつも通りだ。そして向かいに座るエヴァンさんは、呆れたように首を左右に振っている。
「湊殿。あれは止めなくともよいのか?」
「ああ。まだ放置でいい。二人とも声が大きいわけでもなく、今は重要な話の途中というわけでもない。つまり俺が仲裁に入る必要性が今のところはない」
「なるほど……。私の友たちもよく喧嘩をするのだ。あそこにいるステラ叡団長とエヴァン叡団長なんだが、私やギルハルト叡団長が止めに入ることが多くてな。……何か仲良くなる方法など、湊殿からアドバイスはないだろうか」
「……そういった努力をすること自体は否定しないが、おそらくは水泡に帰すと思う。だが、やらずにもやもやを引きずるよりかは、行動に移す方がよほどいい」
「ふむ。湊殿もそう思うか」
「だだ、俺は彼らのことをよく知らないからな。俺の知り合いを例に取って考えるしかないが、例えば……」
絶賛口喧嘩中の二人の向かいに座る湊は、隣に座るアンドレアスさんに丁寧に助言をしている。アンドレアスさんも、その話を真面目聞き、時々頷いたり質問したりしている。
「本当に強いのね、あなたたち。まさか憎悪でギトギトに汚れ腐った亜人たちの心を、こうもあっさり洗い流してしまうだなんて……」
オレの左隣に座るこの国の王妃様は、灰色の扇子で口元を隠しながら声をかけてくる。獲物を仕留めにかかる狩人のような鋭い目つきのせいか、声音からはたぶん嬉しそうな感じがするのに、ちょっと勘繰ってしまう。オレ、なんか悪いことしちゃったかな?みたいな。
しかもよく聞いたら使ってる言葉もえげつない気がするし。
「シャーロット叡王妃。私たちだけならいざ知らず、ここにはお客人がいるのです。もう少し丁寧な言葉遣いをですね」
「あらライアン。私は常に品行方正、眉目秀麗でお淑やかな女よ。咎められる謂れはないのだけれど」
「うぅん……レオン叡王。本来ならば伴侶であるあなたが指摘すべきことですよ、これは」
「ライアン。このような些細なことを気にしていては、お前……いつか禿げるぞ」
「……っ…………。ふぅ…………」
ライアンさんは、眉間に皺を寄せて込み上げる怒りを必死に抑えているっぽい。怒りのマークがいくつも顔に浮かんでる気さえする。
「オレは全然気にしてない……ですよ。言葉遣いって点なら、オレも敬語ってどうも性に合わない、ですし」
「まあ、いいです。客人が不快でないなら」
「あはは。というか、ひとつ質問してもいいですか?」
「ええどうぞ」
「レオン叡王の隣にいる子どもって、もしかして……」
オレの向かい付近に座るレオン叡王の隣には、以前見かけた子どもがいた。腰の辺りまで伸びた絹のような白い髪に金の目をした少年……桃兎を探して欲しいと依頼してきた、ハクその人だった。
「ああ。この方が俺たちの国の守り神である……」
「ハクタク様だ!どうだ?驚いただろうっ!!」
えっへん、と言わんばかりに腰に手を当てて鼻を鳴らすハク。子どもみたいに無邪気に、そして自慢げに笑うその姿は、さっきまでのあの神々しさなど全く感じられなかった。同一人物だと言われてもまず信じない。正直、そんなレベルだ。
「まあ、ある意味なー……」
「む?ある意味?」
「あーいや、気にしないでくれよ、ハク……様。そ、それよりさ!やっぱ神様なだけあって、どんなことでもできちゃうんだな!オレ感動したよっ」
「ふふん、そうだろ、そうだろ!ボクはすごい神様なんだぞー。あの時は正体を隠していたからムズムズしたけど、本来のボクを知ったんだから、お前たちには特別にボクを崇め敬う権利をーーー」
「相も変わらず頭に響くな、お前の声は……」
上方へ両手を広げたハクの前に、テーブルをすいすいと泳いでやってきた紫苑が声をかけた。紫苑が自分から動くなんて珍しいなー。
「あ、紫苑。久しぶりだな!何千、いや何万年ぶりだ?!」
「お知り合いですか、ハクタク様」
「うん。彼は紫苑って言って、ボクと同じこの世界に残った神様のうちの一柱だよ」
「「「っ?!」」」
ハクに質問を投げかけたレオン叡王をはじめ、隣のテーブルにいたみんなもこっちに視線を向けた。神仙族のオレたちはふーん、といった感じだったけど、他のみんなはそれぞれ思うところがあったらしい。だいたいは驚いた顔をしてたけど。
「私はお前と違い、生憎と国を守ってやろうなどという豪胆な懐は持ち合わせていないがな。改めて、そこにいるミナトの家を守護する役目を持つ神、紫苑だ。ハクタクの祝福を受けし者たちよ、こいつのワガママぶりにはいつも手を焼かされていることだろう。同情する」
「ちょいちょい、せっかく久々に会ったのになんだよその言い草はー!最後に会ってから今日までのボクを一度も見てないくせに、勝手なことをーーー」
「見ずともわかる。昔からお前のことは苦手だったが、その感覚が今も拭えないのでな」
「うへ、そんな理由かよ!紫苑ってば、相変わらず冷たいんだからー」
「ふ……息災で何よりだ」
「ふふん、お互いにねー」
苦手という割にはちょっと嬉しそうな紫苑。きっと性格的に合わないってだけで、嫌いではないんだろうな。
「失礼致します」
三度のノック音の後、コック帽を被った亜人たちがたくさんの食事を運んできてくれた。そうして楽しい食事会が始まっていったわけだけど、その途中でカズハが「あ、そうだハク様。あの仙桃だけど、最後に来る豪華デザートとして使わせてもらったからねー。ほんっとうにありがとー!」とお礼を言い、ハクはポカンとした顔をした。
まさか自分があげた桃をみんなに振る舞うとは思っても見なかったんだろうな。
そしてハクは自分が仙桃を独り占めしていることと、カズハの粋な計らいとを比べた結果、「ボクの好物なんだから、もっと食べてもらわないとなっ!!」と、大声をあげて料理人に指示を出していた。
なんか本当に神様なのかわからないよな、ハクって。まっ、そこがまた面白いんだけどな。
突然の乱入者によって、オレとレンさんの戦いは決着がつかずに幕引きとなった。その後乱入者vsセツナの戦闘に入ったわけだ。
結果的にセツナが勝ったことになるんだろうけど……にしてもセツナ、すごかったなー!そりゃ亜人たちが声をあげたくもなるよ。
とまあ、オレも亜人たちも気分上々でいたんだけど、しっかりと堪能する間もなく次なる介入者が姿を現した。それも空からだなんて、誰でも注目しちゃうよな。
しかもそれが聖なる生き物っぽい奴だったら、余計にな。
「ハクタク様!!」
「ハクタク様が参られたぞ!」
「いつ見てもお美しいっ!」
「溢れ出る神々しさに目が潰れちまいそうだぜっ!!」
あーだこーだと亜人たちは各々の思いを吐き出していく。この国の人間ではない俺たちからすると、この異様な熱気には興味や好奇心のほかにも、少しだけ居心地の悪さを覚えてしまう。
「あれがハクタクか。この国の守り神……紫苑と同列の存在と言ってもいいわけだ」
「言われてみればそうだよなー。紫苑は九条家の守り神だーって、前に湊が教えてくれたし。てか、紫苑と比べると、ハクタクは身体が大きいなー」
なんか微妙に言い表しにくい見た目なんだよなー。目の数は六つで牛のような体型に真っ白な体毛、そして立派な三本の角……少なくともあんな見た目の生物は、実物はもちもん、図鑑ですら見たことがない。
「っ、驚いた。決まった時期にしか民衆の前に姿を見せないハクタク様がお見えになるなんて……」
暢気に感想を述べるオレとシンの傍で、リオンは漏らした言葉の通り、驚いた顔で空を見上げていた。そして釘付けとなったその視線は、徐々に下へ降りていく。
「ふむ。我が守護するこの地を踏み荒らさんとする愚か者どもがいると、風の噂で耳にしたが……なかなかに面白い」
そうして、純白なるその存在は固い口調で言葉を紡ぎながら、ゆっくりと地面に降り立った。
「「「おお……!」」」
亜人たちが一様に声を上げる。この反応を見るに、亜人たちの全員が本当にハクタクに対し敬意を持っているらしい。
同じ何かを守護する神である紫苑は、九条という、いわゆるその血族のみを守る存在だけど、今目の前で息をするハクタクという神は、国という広大な土地だけでなく、そこに住む全ての亜人たちに、いわば加護を与えている。だからこそ、こうやってみんなから尊敬の眼差しを向けられるんだろうな。
「桃色の髪の女は、清く温かな心根を持っているようだ。白髪の少年は、小さいながらも溢れんばかりの優しい光をその身に宿している」
ハクタクは値踏みするように、オレたちに評価を下していく。声色は淡々としていて冷たい印象を与えるけど、紡がれる言葉に嫌な感じは全くしなかった。
「薄水色の髪の男は、決して折れることとない、揺るがぬ剣を内に突き立てている。赤髪の男は、闇夜を照らす炎のような男だが、その燃えたぎる炎は近づく者を焼き尽くさんとしているようにも感じるな」
しかも意外と的を得てる。概念的というか、抽象的な表現ではあるけど。流石に神様なだけあるな。
「黒髪の女は、強い信念で磨き上げられた鋭き刃をすでに秘めているというのに、第二第三の刃を磨き続けている。橙色の女は、周囲を明るく照らすだけでなく、悲しむ皆に寄り添う陽だまりのような慈悲深さを持ち合わせている」
感心して聞いていれば、ついにその黄金の瞳がオレたちを捉えた。
「そして黒髪のお前たち……見たところ、兄弟だな。お前たちは、なんとも複雑奇怪な星のもとに生まれたようだな」
え?みんなには気持ちのいい褒め言葉を並べてたのに、オレたちにはそういうのはないのか……?
「それから遠い記憶の中に置いてきた、懐かしき匂いも感じる」
ハクタクは軽く鼻を鳴らし、目を瞑りながら何か過去に浸っているらしい。
あ、本当にオレたちには何もないのな。
「えーっと、ハクタク……様は、どうしてここに来たんだ?さっきのリオンの反応的に、基本的には顔を出さないもんなんだろ?」
ちょっと残念に思いつつ、オレは思い切ってハクタクに声をかけてみた。
「なんと無礼な!」
「ハクタク様の許可も得ず勝手に話しかけるなどっ!」
「ありえん!!」
なんだか周りからヤジが飛んできてる気がするが、一旦無視を決め込む。
「その通りだ。我はこの国の行く末を見守る存在。過度な干渉はしない。だが、いい加減頃合いだと思ってな」
「頃合い?」
「ああ。何千、何万年と続いたこの不毛な諍いは、今日をもって我が終止符を打とう」
ハクタクは、地面を一度軽く蹴った。それと同時に温かな光が地面を伝って、波紋のように一気に広がった。
「聞け!この国に生きる全ての亜人たちよ。我はあの日、この国の初代叡王と契約を交わしてから今日に至るまで、お前たちの行く末を見続けてきた。そしてお前たちがどんな選択を取ろうと、我は全て肯定してきた。たとえ我からすれば愚かとしか言いようがない道筋だったとしても」
「「「……っ」」」
視界の端で亜人たちの様子を見れば、驚きで口が塞がらない者や、真っ直ぐにハクタクの言葉を聞く者、微動だにせず固唾を飲んでいる者もいた。
「だが、そろそろあの時の約束は時効としてもよいだろう……。我、ハクタクの名の下に、愛しきお前たちにあえて命ずる。表面だけに囚われるな、お前の日常で生きる者の本質を見ろ」
重く厚みのある言葉とともに、真剣な眼差しが亜人たちに向けられる。まるで自分の心の底に沈めたはずの、人には見せられない醜さまでも覗かれているかのような視線に、肩を震わせている者さえいた。
「さすれば、今よりずっと……呼吸がしやすい」
優しげで澄み切った双眸に、凛とした声が上乗せされる。この言動には、この場に居合わせた誰もが神々しさを覚えてもなんら不思議じゃない。なんなら、その声音だけでも卒倒してる亜人がいるかもな。
「はうっ」
おっと、マジか。
軽い気持ちでそんなことを思っていたら、近くに立っていた亜人が感極まったような声を上げて倒れた。その表情は、まさに天にも昇るような……ってやつだな。
「手始めに、このような催しはどうだ?」
その一言とともに、空から白と薄ピンク色が折り重なった花びらが舞い降りてきた。ゆらゆらと優雅に降りてくるそれらは、ここにいる全員が手にするのに十分に有り余るほどだった。
……なんかこの光景前にも見たことあるな。
花びらの色も桃兎探しの時の桃とよく似てるし……。
手のひらの器に乗った一枚の花びら。片手にすっぽりと……というよりも片手で簡単に握り込めてしまう程度の大きさしかない、ごく普通の花びらだが、瞬きした次の瞬間、手に重みが加わった。花びらからは想像もできない重みが。
だけどそれもそのはず。何せ目と鼻の先には、桃色の液体が入ったグラスが出現していたのだから。
「え、すごっ」
思わず感嘆の声が漏れた。世の中にはマジックっていう奇術?があるって本で読んだけど、肌感的にはなんとなくそれに近しい気がする。
まあ相手が神様な時点で何でもアリだとは思ってるけど。
「ハクタク様からの贈り物だ!!」
「これは貴重だぞ!」
「おいおい、一気に飲むのはもったいないって。もっとひと口ひと口味わってだな……」
周囲はこの不思議なサプライズ?に、口々に歓喜の声を上げていた。そしてかくゆうオレもそのひとりだったりする。
「うまそー!桃のジュースかな?」
「ハクタク様は桃が大の好物なんだ。世界中の桃を使った料理を食べるのが生涯の夢らしいよ」
「ほへー。変わってるけどいい夢じゃん」
食べ物巡りって意味だとカズハもそのクチなんだよな。単純にオレたちといるのが楽しいからうちのチームに来てくれたわけだけど、何かと料理の話をしてくるからなー。
何か勝負事で賭けをしたら、絶対に食べ物を要求してくる。それだけグルメなカズハならハクタクとも気が合いそうだ。
「ん。毒は入ってないな」
「っ!シン!」
グラスを口もとから離して軽く回すシン。
毒味をしようなんて発想、もし近くの亜人に聞こえてたらぶん殴られてもおかしくないぞ?!
「ははっ、シンらしいね。大丈夫だよ、ノア。幸い誰にも聞かれてないみたいだから」
「ほっ……」
「シン、味はどうだった?」
「……すっきりとした味わいだな。誰でも飲みやすい」
「そっかそっか。気に入ってくれたなら良かったよ。ハクタク様もきっと喜んでくださる」
「ん?別に気に入ったわけでは……」
「確かに!これ美味いな!!」
リオンたちの会話に大きな声が割って入る。
何を隠そう、それはオレの口から発せられた場違いな大声だ。
「ほう、そんなに気に入ったか、ノア」
「おお、ハクタク……様。これはあんた……あなた様がお作りに?」
「神にできぬことなどない」
「やっぱ神様ってすげーんだな。じゃあさ、例えばこの桃のジュースを滝のように出せたりするのかー?」
オレはただいつものように好奇心に身を委ねた。毎度のことながらオレの学習能力は皆無と言っても過言ではないんじゃなかろうか……。
「……ふん。とくとその目で見るがよい。これが神の御業だ!」
ハクタクの身体が光の粒子で包まれた。純白と黄金が重なり合ったベールに誰もが目を奪われる。だがその数瞬の息を呑む静けさは泡沫に消えることになる。
「「「ッッッ?!?!」」」
突如上空から薄桃色の滝が音を立てて勢いよく流れ落ちてきた。しかも、バカみたいに規模がでかい!
こんなの誰が予想できるって言うんだ。それにこれは滝ってよりも……!
「こんなんもはや津波じゃねぇかっ!!」
オレの嘆きの叫びも虚しく、オレたちはざぶんざぶんと、桃のジュースの荒波に飲まれて流された。服はびしょ濡れ、肌はベタベタになっただけでなく、押し流された勢いのままにあちこちでみんなとぶつかり合う。
こんなの誰だって不快になってもおかしくないんだけど、騒ぐオレたちの口と喉に入り込んだ水は甘くスッキリとした味わいで、不思議とざわつく心が落ち着いてくる。
「ぶはっ……ハクタクマジでスゲ~!」
荒ぶる桃ジュースの波の上で凛と立つハクタクに、オレはキラキラと輝く熱い視線を送った。
良くも悪くも、こんな体験はもう二度とないことだろう。そんで個人的にはみんな巻き込んでしまったを申し訳なさよりも、オモロい体験ができて嬉しい気持ちの方が強かったりする。
……まあ、口には絶対に出さないけどな。
「いやー、全く酷い目にあっちゃったなー。さっきはごめんな、みんなー!」
桃のジュースを全身で被ったオレたちは、樹宮殿の大浴場を借りた後、現在リオンたち王族とともに食事のテーブルを囲んでいた。全員となるととんでもなく大きなテーブルが必要になるから、二つの丸テーブルに別れてそれぞれが自由に席を変えるスタイルで食事を楽しむらしい。
そしてあの場にいた多くの亜人たちも、ベタベタになったことで家に帰らざるを得なくなり、一旦はオレたちとの争いが中断されることとなった。ただ何も収穫がなかったわけじゃなく、最後にとある亜人から声をかけられた。
悪かったな、と。
たった一言だけだったけど、差し出された手をオレはニッコニコで取った。だってオレたちのことを少しでもわかってくれたんだぜ?こんなに嬉しいことはない!
ちなみに、湊と秀、エルとリュウは桃ジュースの波に飲まれていない。なぜなら湊と秀がエルとリュウをはじめとした治療に当たってくれた人たちや怪我人たちをまとめて氣術で守ってくれたのだ。
いやー、優秀な仲間がいるって素晴らしいことだよなー。
「なんだその浮かれた声は。謝る気ねぇだろ、ノア」
やっべ。
「いやあるってある。べ、別にオモロかったなー、なんてぜーんぜん、これっぽっちも思ってないけど?」
「あぁん?ノア、もう一度俺の目を見て言ってみろ」
ギラついた秀の両の眼が宙を彷徨うオレの目を捉える。
ちょっと、秀さん?まるで殺してやると言わんばかりのそれ、やめてくんない?!?!
「うっ……っと、えーっと…………す、すんまーーー」
「黙れ秀。従者風情が、兄さんのやることにいちいち口出しをするな。全ての生物は兄さんのために存在する。兄さんの意思を邪魔立てする道理などありはしない」
いつもの如く、説教モードに入った秀にシンが横槍を入れる。睨み合う二人だが、最近はもう誰も止めようとしなくなった。もはやノアズアークの名物と言ってもいい。止められるのは湊くらいだ。湊が重い腰を持ち上げてくれない限り、永遠にこの罵り合いは続くのである。
にしても弟よ。生き物全部がオレのためにいるってのは、さすがのオレでもおかしいと思うぞ。兄ちゃんは時々、お前のことがわからんくて、ちょっぴり怖いぞ。
「やったー!この国のさいっこーに腕のいいシェフの豪華料理が味わえるーっっ!!」
「そんなに嬉しいのか、カズハ」
「え、逆にギルハルトは嬉しくないわけー?」
「ん、ここに出向いた時には食べさせてもらっているが、嬉しいと思ったことは……ないな。美味しいとは思うが」
「うわ、いいなー、羨ましい!王族お抱え料理人の料理なんて、私ら庶民からしたら天上の食べ物みたいなもんなのにー」
「そ、そうなのか……」
カズハの料理に対する熱い勢いに押されている様子のギルハルトさん。二人の対決はほとんど見られなかったけど、最後はカズハが勝利したことは聞いた。この国の守護者のひとりに勝つなんて、やっぱカズハは頼もしいなー。その戦いっぷりをこの目に収められなかったことが惜しい!
「エルといったな。亜人たちの治療に心血を注いでくれたこと、彼らを代表して礼を述べよう。ありがとう」
「いえそんな!頭をお上げください、レン王太子!私は自分のしたいことをしただけで、感謝されることなど何もっ……」
「気にしないで、エル。これはレン兄さんなりの敬意なんだ。そんなに戸惑わなくても大丈夫だよ」
「あ……え、と……みなさんがご無事なら、私はそれで……」
「あなたはどのようにしてその治癒の技術を身につけたのだ?」
「へ?」
「技術だけではない。あなたは何故他人を救おうとする。何故あの時迷わずに行動に移せた?何故嫌われているとわかっていたはずの亜人たちへ、何の見返りも求めず治療を施した?」
「え、え、え、っと…………?!」
「レン兄さん!そんなに質問攻めにしたら、エルが困ってしまうよ」
ちょうどレンさんとリオンと席が近かったエルは、混乱したように目を回している。会話はうまく聞き取れなかったけど、リオンがレンさんを落ち着かせているようには見えた。あの三人が揃って一体何の会話をするんだろう。
「さっきの桃のジュースのプール、楽しかったなー!しかも間違って飲んじゃっても美味しいなんて、めっちゃサイコーじゃね?ハクタク様、またやってくんないかなー!」
「まったく、シリウスはお子ちゃまね。急にあんなことになったら、普通はあんたみたいにノーテンキに喜ばないわ」
「えー!嘘だー!姉ちゃんはわかってないなー。なっ、リュウ。リュウも楽しかったよなー?」
「えっと……甘くて、美味しかった」
「な!めっちゃうまかったよなー!ほら、姉ちゃんの方が間違ってんじゃん」
「ちょっと、リュウは別に楽しかったなんて言ってないわ。勘違いしないでよね」
「そんなことないもん。なあ、リュウ。さっきの桃のジュースのプール、楽しかったよな?」
「え、と……」
「そんなのあり得ないわ!すごく大変だったよね?リュウ」
「えっ、と……」
可愛いらしい双子の王族に両側から引っ張られて身体を左右に揺らすリュウ。痛がってる感じはないから、間に入らなくてもたぶん大丈夫だ。それに、おんなじ年代の子と友達になれたのはきっと今回が初めてだろうから、個人的にそっとしておきたい。
「いやー、にしてもさっきの動きはエグかったなぁ。人間にできる芸当とは到底思えなかったぜ。この俺が負けるなんざ、嬉しい誤算だった」
「は?別に私は勝ってはいない。お前が勝手に終わりにしただけだ」
「クールだなぁ。いやストイックというべきか?」
「お前とは大違いだな、エヴァン」
「ハッ!ステラ、その言葉そのままそっくりお前に返すぜ?戦闘馬鹿が」
「ふん、お前にだけは言われたくないね。……セツナだったよな?今度は俺とタイマンしようぜ?なっ」
「無理。今は鍛錬が最優先。実戦はその後」
「えー。なら俺が鍛錬の相手になってやるからさー!」
「肩を組むな。鬱陶しい……」
「なーいいだろー?」
「おいおい、言ったそばから……。これだから戦闘狂は」
グイグイと肩を組んでくるステラさんに、セツナは隠そうとせず嫌悪感を見せる。顔はほぼ無表情なのはいつも通りだ。そして向かいに座るエヴァンさんは、呆れたように首を左右に振っている。
「湊殿。あれは止めなくともよいのか?」
「ああ。まだ放置でいい。二人とも声が大きいわけでもなく、今は重要な話の途中というわけでもない。つまり俺が仲裁に入る必要性が今のところはない」
「なるほど……。私の友たちもよく喧嘩をするのだ。あそこにいるステラ叡団長とエヴァン叡団長なんだが、私やギルハルト叡団長が止めに入ることが多くてな。……何か仲良くなる方法など、湊殿からアドバイスはないだろうか」
「……そういった努力をすること自体は否定しないが、おそらくは水泡に帰すと思う。だが、やらずにもやもやを引きずるよりかは、行動に移す方がよほどいい」
「ふむ。湊殿もそう思うか」
「だだ、俺は彼らのことをよく知らないからな。俺の知り合いを例に取って考えるしかないが、例えば……」
絶賛口喧嘩中の二人の向かいに座る湊は、隣に座るアンドレアスさんに丁寧に助言をしている。アンドレアスさんも、その話を真面目聞き、時々頷いたり質問したりしている。
「本当に強いのね、あなたたち。まさか憎悪でギトギトに汚れ腐った亜人たちの心を、こうもあっさり洗い流してしまうだなんて……」
オレの左隣に座るこの国の王妃様は、灰色の扇子で口元を隠しながら声をかけてくる。獲物を仕留めにかかる狩人のような鋭い目つきのせいか、声音からはたぶん嬉しそうな感じがするのに、ちょっと勘繰ってしまう。オレ、なんか悪いことしちゃったかな?みたいな。
しかもよく聞いたら使ってる言葉もえげつない気がするし。
「シャーロット叡王妃。私たちだけならいざ知らず、ここにはお客人がいるのです。もう少し丁寧な言葉遣いをですね」
「あらライアン。私は常に品行方正、眉目秀麗でお淑やかな女よ。咎められる謂れはないのだけれど」
「うぅん……レオン叡王。本来ならば伴侶であるあなたが指摘すべきことですよ、これは」
「ライアン。このような些細なことを気にしていては、お前……いつか禿げるぞ」
「……っ…………。ふぅ…………」
ライアンさんは、眉間に皺を寄せて込み上げる怒りを必死に抑えているっぽい。怒りのマークがいくつも顔に浮かんでる気さえする。
「オレは全然気にしてない……ですよ。言葉遣いって点なら、オレも敬語ってどうも性に合わない、ですし」
「まあ、いいです。客人が不快でないなら」
「あはは。というか、ひとつ質問してもいいですか?」
「ええどうぞ」
「レオン叡王の隣にいる子どもって、もしかして……」
オレの向かい付近に座るレオン叡王の隣には、以前見かけた子どもがいた。腰の辺りまで伸びた絹のような白い髪に金の目をした少年……桃兎を探して欲しいと依頼してきた、ハクその人だった。
「ああ。この方が俺たちの国の守り神である……」
「ハクタク様だ!どうだ?驚いただろうっ!!」
えっへん、と言わんばかりに腰に手を当てて鼻を鳴らすハク。子どもみたいに無邪気に、そして自慢げに笑うその姿は、さっきまでのあの神々しさなど全く感じられなかった。同一人物だと言われてもまず信じない。正直、そんなレベルだ。
「まあ、ある意味なー……」
「む?ある意味?」
「あーいや、気にしないでくれよ、ハク……様。そ、それよりさ!やっぱ神様なだけあって、どんなことでもできちゃうんだな!オレ感動したよっ」
「ふふん、そうだろ、そうだろ!ボクはすごい神様なんだぞー。あの時は正体を隠していたからムズムズしたけど、本来のボクを知ったんだから、お前たちには特別にボクを崇め敬う権利をーーー」
「相も変わらず頭に響くな、お前の声は……」
上方へ両手を広げたハクの前に、テーブルをすいすいと泳いでやってきた紫苑が声をかけた。紫苑が自分から動くなんて珍しいなー。
「あ、紫苑。久しぶりだな!何千、いや何万年ぶりだ?!」
「お知り合いですか、ハクタク様」
「うん。彼は紫苑って言って、ボクと同じこの世界に残った神様のうちの一柱だよ」
「「「っ?!」」」
ハクに質問を投げかけたレオン叡王をはじめ、隣のテーブルにいたみんなもこっちに視線を向けた。神仙族のオレたちはふーん、といった感じだったけど、他のみんなはそれぞれ思うところがあったらしい。だいたいは驚いた顔をしてたけど。
「私はお前と違い、生憎と国を守ってやろうなどという豪胆な懐は持ち合わせていないがな。改めて、そこにいるミナトの家を守護する役目を持つ神、紫苑だ。ハクタクの祝福を受けし者たちよ、こいつのワガママぶりにはいつも手を焼かされていることだろう。同情する」
「ちょいちょい、せっかく久々に会ったのになんだよその言い草はー!最後に会ってから今日までのボクを一度も見てないくせに、勝手なことをーーー」
「見ずともわかる。昔からお前のことは苦手だったが、その感覚が今も拭えないのでな」
「うへ、そんな理由かよ!紫苑ってば、相変わらず冷たいんだからー」
「ふ……息災で何よりだ」
「ふふん、お互いにねー」
苦手という割にはちょっと嬉しそうな紫苑。きっと性格的に合わないってだけで、嫌いではないんだろうな。
「失礼致します」
三度のノック音の後、コック帽を被った亜人たちがたくさんの食事を運んできてくれた。そうして楽しい食事会が始まっていったわけだけど、その途中でカズハが「あ、そうだハク様。あの仙桃だけど、最後に来る豪華デザートとして使わせてもらったからねー。ほんっとうにありがとー!」とお礼を言い、ハクはポカンとした顔をした。
まさか自分があげた桃をみんなに振る舞うとは思っても見なかったんだろうな。
そしてハクは自分が仙桃を独り占めしていることと、カズハの粋な計らいとを比べた結果、「ボクの好物なんだから、もっと食べてもらわないとなっ!!」と、大声をあげて料理人に指示を出していた。
なんか本当に神様なのかわからないよな、ハクって。まっ、そこがまた面白いんだけどな。
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