千寿fifteen

大和滝

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村防衛編

音楽やろうぜ‼︎

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 3月4日の正午のこと。浅葱地内千寿村立須東すどう学校校庭にて元気な男の子の声がマイクを通じて聞こえてくる。
「俺と一緒に音楽やってくれませんかーーー!」
 職員室の窓から顔を出して眺めているメガネをかけた女性教諭は「71」と呟く。そこにその男の子が駆け寄っていった。」
真紀まき先生も一緒に勧誘活動手伝ってくださいよー。そうやって窓からのほほーんって見てないで」
「え~、私音楽仲間じゃないもん嫌だよ。それにさ、いい加減諦めたら?教師が生徒の頑張りを諦めさせるのはダメだってわかってるけど、峯田みねた君がこうやって音楽やろーってみんなに誘うのって今回で71回目だよ。しかも全敗。」
 男の子は痛いとこを突かれてグウの音も出ない。
「峯田君が音楽好きなのはよくわかるよ。この村で唯一と言っていいほどの音楽好きだよね。それでみんなと楽器とか弾きたいからこうやって大体1週間に一回のペースで先輩後輩関係なく誘ってるよね。でもそろそろわかるよね。少なくともこの村じゃ誰かと音楽はできない。場所に恵まれてないんだよね」 
「そんなことないよ!みんな音楽の良さを知らないんだ。楽器だって関わったことないだけで、絶対自分で弾いたり吹いたりすれば楽しめるんだ。だから、そんな機会さえあれば…いいんだけど」
 そんな機会はきっとないと解っているのかショボンとする男の子をみて真紀先生はフフっと笑い言い掛けた。
「まあ、君は結局諦めないで勧誘を続けるんだよね。71回目の勧誘活動はこれでもう終わりかな?」
 男の子の顔はパァッと晴れて「まだまだ!」と言って走っていった。その姿を真紀先生は見守っている。そこに2人の男の子と女の子が歩いてきた。
「先生、なんで止めないのさ。場所に恵まれてないとか諦めさせること言ったくせに」
「あら、長田おさださんに四島しじま君。こんにちは。長田さんは可愛い服きてるわね。それどこで買ってきたの?」
「これは絡花恵らくはなえ町の服屋さんで買ってきたんだ。可愛いですよね私も気に入ってる」
 長田さんと呼ばれる女の子は手を横に伸ばして服全体が見えるようにして答えた。それに対して四島君と呼ばれた男の子がすかさず「脱線してるぞ」と指摘。
「あ、そうそう先生、なんで止めなかったの?あれまた他の生徒全員に1人ずつ押しかけて勧誘するよ」
「いいじゃない。面白そう」
 その答えに2人は頭を抱えた。
「先生は知らないから言えるんですよ。陽介の音楽好きはマジのやつなんですよ。」
「そうそう。だから陽介、1人に最低でも30分はしつこく音楽に魅力とか語ってるんだよ。あれ先生が思ってる以上にキツイんだから」
 3人は無言の間を5秒ほどすごした後、口を揃えて言った。
「戦犯だなぁ、先生(私)」

いさむさくら文香ふみか先輩!俺と一緒に音楽をやりませんか⁉︎」
 人参畑の傍に椅子をたてスケッチブックに茶色の色鉛筆で土を描いている宮岡みやおか文香とそれを静かに見守っている山口やまぐち武と桐谷きりたに桜がいるなか、空気を全く無視した陽介は全速力で走ってきて静けさを壊した。
「陽介静かにしろ!文香さんは今集中してこの畑を描いているんだ。少しは配慮しろよ」
「悪いってそれは。じゃあ改めて、文香先輩、武と桜。音楽をやろうぜ!」
「無理」
 そう言って文香はシャッシャッと色鉛筆で絵を描き続ける。武もそれに続いて溜息を吐き答えた。
「そういうことで、俺も無理だ。もうそろそろマジで諦めろよ」
「うぅ、じゃあ桜は?桜っていい声してるからさ、やっぱりボーカルとかむいてるって」
「あの、何度も私を誘ってくれるのはありがたいんですけど…、その、えっと、私人見知りだし、人前無理だから、やっぱりごめんなさい」 
 桜は目をチラチラ泳がせながら答えた。
「桜、そんなオブラートに包まないで、嫌なら嫌っていいんだって」
「あ、はい。陽介さんごめんなさい、嫌です…」
 桜は申し訳なさそうにしながら武の後ろに隠れた。武はそれに対しては一切動じはしない。
「はぁ、桜にキッパリ断られるとさすがにショック。ま、二人のラブラブ現場が見れて満足だわ~」
 そう言い残し陽介はセッセと道を走って戻っていった。遅れて冷やかされたことに気がついた武は「おい!そんな関係じゃねぇよ!訂正しろ!」と遠ざかっていく陽介にむかって叫んだ。
「武、うるさい」
「すみません…」

宇宙そら、大坂さんからプリン貰ったんだけど今食べる?」
「おう、食べる」
「じゃありくにも声かけてきてちょうだい。準備しておくから」
「わかったよ」
 宇宙が弟の稑の部屋に向かっていると、「ピンポーン」と家中に音が響いた。
「あら、誰かしら」と愛子は玄関におもむき、ドアを開けてやった。そこに立っていたのは峯田陽介だった。
「おばさん、こんにちは」陽介は行動の割には礼儀正しく挨拶をした。
「陽介君こんにちは。今日も勧誘?元気ね~。宇宙ー!陽介君きたわよー!」
「わかった!家にあげておいてくれ!稑も連れていくから」
 声を張り愛子と宇宙の声が会話をしていた。愛子は言われた通り陽介を家に入れてリビングのソファーに座らせた。
「ゆっくりしていってね。息子たちも君がいると楽しそうだから」紅茶をカップに淹れ言った。そこに階段を、宇宙と少し遅れて稑が降りてきた。
「やあ、一週間ぶりかな?今日も音楽の勧誘だね?いつも通り俺は断らせてもらうよ。ごめんね」
「また来たのかよ。俺は静かにこの後プリン食べてからまたゲームしたかったのに、お前いると無理じゃんか。あ、俺も音楽はナシね 」
「いや、俺来たばっかでなんも言ってないのに…めっちゃ言うじゃん」
 陽介は佐藤兄弟のペースに飲み込まれ思わず苦笑の表情を見せた。
「決断早過ぎね?もうちょっとちゃんとさ、聞いてくれよ。ていうか用件すら俺まだ言ってなかったのに」
「でも勧誘ってのは合ってんだろ?」とすかさず稑が問い、陽介は「はい」としか言えない。
「ならナシだ(だな)」
「なんでだよ‼︎」全くズレない二人に対して、陽介はついつっこんでしまった。
「え、なんでだよ。稑がともかく宇宙は俺がバンドとかオーケストラとかの動画よく見せてるけど、結構気に入ってみてくれてるじゃん。なのに何で」
「確かに陽介がYouTubeで毎回見せてくれる色々な音楽は輝いて見えるが、それを自分でやりたいかって言われてやるかと問われると、俺の答えはNOだ。俺は見る専で十分なんだ」
 芯のしっかりした理由に納得はいくものだから言い返せず、さらに稑も理由を続けて話した。
「音楽は良いものだと思うよ。BGMはゲームをやっていて、そのボスの強さや、ストーリーの雰囲気を際立ててくれる大切な存在だよ。だけど、自らがBGMを演奏するかってのは、兄ちゃんの言葉借りるけど、NO。つまり音楽はやらない」
 二人にキッパリ言われて少しシュンとしたように見えたが陽介はすぐに表情を直して「よし!わかった。今回も失敗か。でも絶対諦めないからな。また来ます!」と、紅茶をグイッと飲みきり、立ち上がって玄関へ向かう。急ぐ陽介に宇宙は一度引き止めて言う。
「陽介の音楽に対しての熱意は素晴らしいものだと俺は思う。だけどやっぱり、だと思う。音楽がやりたいなら、来年は高等部に進学じゃなくて、村を離れてみたらどうだ。浅葱地のほかの14区にはきっと軽音楽部や吹奏楽部がある学校もたくさんあると思うぞ」
 宇宙のとてもまともな提案に陽介は下唇を甘噛みした。後にヘラヘラとした表情で「うん。そうしようかなって思ってるよ。じゃあ、お邪魔しました。また学校でな!」と元気に佐藤家を後にした。
「あら、陽介君もう帰っちゃったの?プリン用意したのに。どっちか2個食べる?」
「俺はいいから稑、食べていいぞ」
「あ、うん。ありがとう兄ちゃん」
 が勢力をなくしていく気を稑は感じた気がしていた。しかしその正体が何なのかはわからず、稑は平然としているしかできない。

 広がる田圃たんぼの間をずっと歩いていくと土地がどんどんと高くなっていく。そこにはこの村の守り神を祀る守里神社がある。五十八段の石段を上ると真っ赤な鳥居が立ち構える。浅葱地内では最古の建造物と云われる。
 今日の神社では、賽銭箱に背をもたれている長い三つ編みの大人ぽい女性「香坂十希こうさかとき」と、獅子の口に腕を置く真面目そうな男性「深堀茂ふかぼりしげ」が話している。
「茂、とうとう私たち高校3年生になるのね~。君はその件についてどう思っているのかね。教えてもらいたいよ」
「おい、十希。まさかお前は、それを聞くためだけに休日に神社に呼んだというのか」
「いや~、これは今ふと思ったことだから、呼んだ理由なんかじゃないよ。ていうかここに呼んだのも、ただのきまぐれだよ」
 茂は声もでずただただ大きな溜息を吐いた。「そうだったな。お前はそういう性格だったよ」
 するとそこに白いスウェットをきた男の子「縁皐月えにしさつき」が授与所の隣にある別宅から出てきた。
「あの~十希先輩、賽銭箱に腰掛けるのはやめてもらっていいでしょうか。茂先輩が来るのは珍しいっすね。でもうちの獅子の口によしかかるのもやめてください」
「す、すまない」茂は急いで口から手を抜いた。一方、十希は…
「さっちゃんこんにちは。今日も元気だね」
「さっちゃんって呼ばないでって何度も言ってるのに…もうとにかく、座るならそこの授与所前のベンチに座ってください」
 はいはいと怠そうに、また皐月をからかうように立ち上がった十希を、さっさと行くぞと、茂が引っ張っていった。
「ところで2人で何を話していたんですか?」
「今、多分進路か心情の話をしていたような気がするのだが、いまいち十希がなんの話題をだしているのかが….」
「あ、なんかきそうじゃない?」
 茂の言葉を遮って十希が言った。その発言に茂は顔をしかめた。十希の突発的な発言は大抵当たるものだと、茂は長年のつきあいで知っていたからだ。
「はぁ、はぁ、いた。深堀先輩、香坂先輩、皐月…」
「あらぁ、もしかして走ってきたの?ここの石段、結構急じゃないかしら」
 息を切らす陽介は息を整えた後に再度口を開く。
「気を取り直して、最年長の御二方、そして皐月。俺と音楽活動をしませんか」
 またか。とでも言いたげな表情を茂と皐月は浮かべている。
「なあ十希、これ何回目だったっけ」
「数えてないわ。さっちゃんわかる?」
「いいや、もう何回も何回もきてるからもう数えれないっす」
 3人は陽介の勧誘をそっちのけで、議論を膨らませ始めた。1人蚊帳の外に置かれた陽介は一人暇そうに眺めていたが、とうとう我慢の限界で声をあげた。
「戻ってきてもらっていいですか⁉︎」
 3人はビクッとして陽介の方を向いた。
「脱線しすぎだと、俺は、思います!」
「す、すまない」
 茂が率先して謝罪をした。
「音楽やらないかって話だったわね。」
「はい!」
 十希は考える素振りをみせるがすぐ言った。
「音楽って趣味はいいものだけど、みんなに合わせるってのは、どうも私には向かないと思うのよね~。だから私には無理ね~。ごめんなさいね」
「うん。マイペースな十希には向かないだろうな。俺は、すまないが音楽よりも、もっと体を動かしていたい派なんだ。だから今回も断らせてもらう。」
 陽介はやっぱりかとでも言いたげな顔をした。でもそれにダメージは受けつつもすぐに表情を直して、パッと皐月を見る。慌てて目線を横にやるも、既に遅く答えを言わざるをえない状況になっていた。
「わかったよ。熱い視線送んないでくださいよ。」
 手で振り払うような仕草をしてから話し始める。
「確かに陽介さんからみせてもらう音楽に動画はすごいと思うけどさ、なんか地味なんすよね。なんていうか、俺はそういうのじゃなくてもっと心とか、なんか色んなとこがゾワゾワってするスッゲェことがしたいんですよ。だから音楽はやらない」
「そっか。わかった。そこまで言うなら今回は退くよ」
「いや、もういいよ」
 これには耳を傾けずに帰ろうとする陽介に茂が一言口にした。
「ところで峯田。もうそろそろ中等部の最頂点に立つと思うが、中2で学んだことの復習はしているか?」
「へ?」突拍子のない問いに対して陽介だけじゃなく、皐月もキョトンとしている。十希はというと、始まったか。というような顔をしている。
「いいか。次の学年や学期に移るときには必ず復習を最低限した方がいい。理想では予習も必要だが、それは大変だからやらなくてもいい。勉強っていうのはすればするほど必ずテストで結果が残るんだ。縁と峯田。お前らはそこまで点数がいいわけではないだろう。だから今年から勉強への向き合いを見直してだな…」
「ねえ茂、」
 クドクドと説教している茂に割り込んで十希が口をだす。
「みねちゃん、もう逃げちゃったわよ」
さっきまで鳥居にもたれていた陽介の姿はもうなくなっていた。
「アイツ…もう少しは音楽の熱意を勉強に注げばいいというのに…。まあいい!縁、そっちにいくな。こっちに来い!」
「ひぃ、勘弁してくださいよ~」
 そんなやりとりをみている十希はベンチから立ち上がり、伸びをした。
「さてと、そろそろ帰ろうかしら。茂はこうなったらめんどくさいからねぇ。」
 歩き出し石段を見下ろすと、そこにはまだ下っている最中の陽介がいた。
「今日はやけにあっけなかったわね。何かあったかしら」

 千寿村住宅地にある、ブランコとシーソーだけがあり、あとはただの芝生が広がる広場。夏になると毎朝ラジオ体操をする村民たちが集まる場だ。
 今日は村のこどものうち、4人が集まっていた。村の最年少の小学6年生「望月佳奈もちづきかな
 村の大人からは親切だと評判のいい「佐川結斗さがわゆいと
 足が速く、村のみんなから配達屋として頼りにされている「黒島景くろしまけい」 
 千寿村の村長の家の次女で、元気ハツラツな「大原姫香おおはらひめか
 その4人が団欒だんらんをしているところにたった今追加された1人が、村の中でただ1人、音楽をこよなく愛し、音楽活動を立ち上げようと奔走する「峯田陽介」だ。
「4人固まってくれてて助かったよ。けど、これなんのグループなの?望月、結斗さん、景先輩はオタクグループだけど、なんで姫香さん?」
「オタクって言い方やめてくれよ。今日は先に俺と望月で昨日から始まったイベントの話してたっけ、2人が途中から来たんだよ」
「やっぱりゲームの話じゃん」と思った陽介だったが言葉にするのはやめて、うんうんと頷く。姫香が補足した。
「ちなみにわたしと景は、一緒にさっきまでランニングしてたんだ。最近暖かくなってきてるからそろそろ走りどきかもねって前から話してたから、今日久しぶりに走ってきたよ」
 この2人は村民の中で抜群に足が速く、景はその足の速さと気さくさで、村の人々から村内での配達を頼まれたりもしている。
「陽介は…まあ想像つくよ。音楽をやらないかって誘ってるんだよね?みんなを」
「おうよ。景先輩、そろそろ俺と音楽やりましょうよ」
「そろそろって、僕そんな狙いやすいかな…。何度もいうけどさ、僕と陽介だけで音楽は多分無理だよ。だからさ、何人か集まってからにしたいんだよ」
 普段ニコニコしている景の顔はひきつっている。 
「じゃあ、後の3人も一応…お願いします…」なんとなく察しがついている陽介は自信なさげな口調で聞いた。それに先に答えたのは結斗だった。
「誤解してほしくないんだけど、俺音楽が嫌いなわけじゃないんだよ。だけど俺最近思ったんだけど、この村に楽器といえば、村民集会所のピアノだけじゃないかな。他の楽器はどうやって用意するの?」
「あ、確かに。しってる?楽器ってメチャクチャ高いんだよ。どこの誰が大金を払えるの?まさか人が集まれば村で出されるとか思ってないでしょうね」
「う…」図星だ。そして更に追い討ちをかけるように佳奈も口を挟んだ。
「姫香ちゃんの前で言うのは本当にゴメンなんだけど、この村にそんな経済力とかあるわけないじゃないですか。陽介さんってもうすぐで中3になるんですよね?ならもっと考えて行動した方がいいですよ」
「うぅ…お前、生意気すぎだろ…」
「正論を言っただけだもん」
 フイっとその澄まし顔を斜め上に向ける。それに陽介はムッとするが、すぐに「でもさ」と切り出す。
「お前さ、音楽興味あるよな。俺が動画見せてる時、お前気づいてないかもしれないけど、誰よりも楽しそうに観てるぞ」
「はぁ⁉︎違うし!どこをどうみたらそう思うわけ」
 さっきまでツンとしていたが、あからさまにムキになった。
「お前、動画見てるときさ、メチャクチャリズムに合わせて揺れてるし、ギターとかの弾き真似してたりするぞ」
「え、嘘だ。いやいや絶対嘘だ」
 佳奈は動揺を隠せず周りの3人に違うよね?と聞く。それに結斗は答える。
「確かに俺と望月は一緒に勧誘受けて、一緒にMoves観ること多いけど、結構やってるな」
「え、ちょい結斗」顔を真っ赤にした佳奈は陽介を睨みつけた。
「とにかく、この村にいて音楽なんか無理です‼︎佳奈、先帰る」
 拗ねた佳奈は走って去った。
 残された4人は追いかけるべきなのかも分からず呆気に取られていた。そして姫香の響き渡る柏手の後に解散となった。

 あっという間に陽介が村内を奔走し始めてから6時間が経った。空が薄暗くなってきた。千寿村の何でも屋の花沢商店の前の駐車場に陽介はトボトボと歩いて行くと、前方から陽介を呼び、駆けつけてくる2人がいる。幼馴染の長田由梨おさだゆり四島純しじまじゅんだ。
「この様子だとまたダメだったんだね」
「まあ、いつも通りだな」
「へへ、全員断られた。もちろんお前らもだよな」
 もちろんと2人は頷く。それに陽介は苦笑いする。いつもと様子が違うことに気づいた由梨は明るく切り出した。
「なになに、断られて萎えてるの?いっつものことじゃん、72回目はいつにする気?」
 陽介はこれにツーテンポくらい遅れて答えた。
「俺、もうみんなを音楽に誘いに周るのやめるよ」
「え」純は思いもよらない言葉に声が漏れ由梨は絶句した。ずっと音楽に熱意を注ぎ、皆を巻き込もうとしていた陽介がそれを諦めるなんて一切思っていなかったからだ。
「陽介、お前熱でもあるのか?」
「そ、そうだよね。陽介が音楽をみんなとやるのを諦める?ないないないない」
「何でないと思うの?」
 元気のない静かな声で放たれた言葉は2人を締めつけた。
「もう、71回だよ。俺さすがにわかるよ。みんな音楽はやりたくないんだって。いや、違うかも、やれないって思ってるんだ。みんなみんな、断る口実考えてる。理由を聞けば大半はこの村のせいなんだ。この村を言い訳に音楽をやりたがらない。」
 由梨の表情も曇っていくのがわかる。
「ほら、佳奈だって昔は歌手になるんだって言ってたのにさ、今は歌手の夢を捨ててるじゃん。理由なんて言ったか覚えてる?」
「この村から歌手デビューなんてできないし、私みたいな田舎者の歌は通用しない…」
 陽介は目線を下ろしてより虚ろな雰囲気をかもした。
「ほら、村を言い訳にしてるじゃん。」
 由梨は何も言い返せず黙り込んだ。見兼ねた純は陽介に言う。
「追い詰めてやるなよ。誰もがお前みたいに夢をずっと追いかけてるわけじゃないんだ。現にお前も音楽を諦めるんだろ。だったら同じだろ」
 純のフォローも効かずまた言い出した。
「俺がやめるのは勧誘だけ。音楽はやる。来年は高1で音楽部に入る。これは村のせいにしてはいない。村のせいにするみんなのせいだよ」
 純も陽介も気づいている。とても自己中な言葉だってことは。しかし2人とも止めることが出来ないし、すれ違いを直すことも出来なかったため、純は去った。
 残った由梨はその場にしゃがむ。陽介もその隣にしゃがんだ。そんな無の時間が続き、由梨は立ち上がり、「よし、帰ろうか」と歩き出す。陽介もそれに賛成して2人で家まで歩いて行った。
「後悔しないでね。私が言うべきじゃないけどさ」
 由梨の感慨深い発言は陽介の野心を燃やしたかもしれない。空はもう暗くなってしまった。2人でみる景色にどちらも寂しさを覚えたのはいうまでもなかった。
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