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村防衛編
なんとかするから…
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3月10日の朝のこと、村には珍しい高級車が通っていた。今日は浅葱地の地主と重役がやってきて視察をして会館で村の改革会議をしていく。普通は半月に一回なのだが、千寿村だけは3ヶ月に一回のペースで視察にくる。何故かというと浅葱地で一ヶ所だけ発展していない千寿村をなんとかして開拓したいからだ。
「相変わらず侘しい村だな。でっけぇ土地だってのによ」
千寿村の玄関口に停まった黒の外車から降りてきて嫌味を言う黒くギッシリとしたスーツを来た男は、浅葱地役員の幹部「岩倉竜三」だ。新たな地主である唐澤雄大にスカウトされた元体育教師だ。スカウトされた身として岩倉はその体力で尾崎の行動の支援をしている。
「侘しいって言い方はないと思うけどなぁ。自然豊かないい土地じゃんか」
続いて降りてきたのは、岩倉とは対称的なラフなシャツを着た「坂本英二」だ。坂本は浅葱地内の小財閥の若き当主だ。人とのやりくりが上手く、たまに急な思いつきで行動するが度々成功している。そんな柔軟な考えと軽いフットワークを岩倉に評価されてスカウトされた。考えを理解されないことが多かった坂本は自分の考えに興味を持ってスカウトしてくれた唐澤には恩を感じている。ちなみに行動も自由にさせてもらえている。
「青臭いだけじゃないこんなの。虫も飛んでるし、とっとと帰りたいわ」
文句を吐きながら運転席から降りてきた赤いメガネをかけて不機嫌そうな顔の女性「田村一華」は一般企業で働いていたが、言葉一つ一つが辛辣なため同期からもすぐに嫌われてしまい社内では入社2ヶ月で孤立してしまった。そんな中、会議のため訪問した唐澤にその嘘をつけない素直な発言に目をつけられてスカウトされた。なんにでも毒を含んだ発言をしてしまい疎まれていた田村にとって、それを強みとして受け入れてくれた唐澤には心から忠誠を誓っている。
田村は車をおりて早々に反対側へまわり、助手席のドアを開けた。
「唐澤様、千寿村に到着致しました」
「うん、ありがとう田村くん。いや~しかしもう暖かいねここは。よかったよ厚着してこなくて」
言いながら降りてきたのは爽やかな青年だ。彼が浅葱地の地主である「唐澤雄大」だ。その地域の特色をよく理解して、その上それを活かしつつ発展させるという政策を行って浅葱地内15箇所の人口と観光客を増加させることに成功している男だ。また、持ち合わせたカリスマ性と爽やかさで万人から人気のある存在でもある。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
「おはようございます。唐澤さん」
「今日もよろしくお願いいたします」
玄関口で出迎えたのは千寿村村長の大原源と姫香と茂だ。
唐澤はニコッと笑顔を見せて3人に近寄る。
「いえいえ、こちらこそご丁寧なお出迎えありがとうございます。姫花ちゃんと茂くんもありがとう。2人とも勉学は順調かな?」
「はい。わたし苦手な日本史でいい点とれたんです!」
「お~凄いね。自分の苦手分野に真正面から向き合うその精神は誇りに持つといいよ」
「俺は変わらず勉学に励んでいます。雄大さん、是非雄大さんがが持っているたくさんの知識を俺にも教えてください」
「うんいいよ。今日は用事があって、午後の会議が終わったらすぐに帰るけど、また次来た時には絶対教えてあげるよ。そうだな、手始めに経済学なんかどうだい?茂くんの飽くなき知的欲求に相応しいとものだと思うよ」
唐澤と2人は和気藹々と話をし始めた。残りの4人はそこに入れず、仕方なく話を進めた。
「雄大は子供好きだからさぁ、僕らで先に話進めとこうか。村長さん」
「おい坂本、何度も言うが村長さんって呼び方はやっぱり無しだろう。無礼にも程があるぞ」
「竜三はほんと固いなぁ。オーケー貰ってるよちゃんと。ね?村長さん」
チラッと坂本は源の方へ向く。ノリについていけない源は困惑した素振りを見せる。
「馬鹿二人組、静かにしなさい。大原様が困っているでしょう。どこでも構わず口喧嘩してみっともないわ」
「おい田村、コイツと俺で二人組にするな。ていうかお前年下だろうが、俺に対しての礼儀はないのか?それに元教師だ、馬鹿ではない」
「ふん、教師と言えど体育教師じゃない。ただの脳筋ゴリラでしょあなたなんて」
「誰が脳筋ゴリラだって?あ?その猛毒生産口にバーベキュー用の鉄串でもぶっ刺してグリルに突っ込んでやろうか」
「何ですって⁉︎」
「またやってるのか岩倉くんと田村くんは。仲が良いな。まあ、大原村長、先にこちらで本日の予定を話しておきましょう。坂本くん、書記を頼めるかな」
「うん。いいよ~」
口喧嘩を始めた岩倉と田村を尻目に源と唐澤は打ち合わせを始めた。
(大原、緊急事態だぞ。どこに行く?)
(今考えてるから待って。ていうか茂先輩も郷土愛ナンバー1を自称するなら考えてくださいよ)
(ちゃんと考えてるっつの。それと、自称ではない)
村内に入った唐澤とその幹部3人、そして姫香と茂。源はその場にはいなくなっていた。その訳は数分遡り2人の打ち合わせにてこんな話をしていた。
「今回の視察なのだが、一つ大原村長に提案があります」
「提案ですか。どうぞお申し付けください」
「今回の案内は姫花ちゃんと茂くんに任せてあげてみてほしい」
予想外の提案に源ら村の3人は驚き、坂本は興味深そうな顔をした。
「それはどういった理由ででしょうか?」
うんうんと姫香と茂は首を縦に振った。
「いいですか。千寿村は今、少子化の極地にたっています。今のままのこの村の未来には、若者は何人いるのですか?若者が少ないイコール子どもも少ない、ですよ。そして最終的にこの村は絶える。そうならないために今必要なのは若い家族層を移住させることです。それは今の未来ある子どもたち当の本人達に案内させる方がいいでしょう。とういう訳で、彼ら2人に託させてくれませんか?」
意志を淡々と説明する唐澤に皆、なるほどと納得した。
「確かに仰る通りだと思います。私は賛成ですが、2人はどうだ?判断は2人に任せるぞ」
源は2人に委ねるように聞く。迷う2人に坂本が口を挟んだ。
「2人とも、この村が好きならここで頑張ったほうがいいかもしんないなぁ。2人が案内して子どもにとってここは良い場所だってことが雄大に伝われば、大きく変わることなくこの村が盛んになるかもしれないよ。逃していいかな?こんな機会」
これを聞いた2人の郷土愛の塊はメラメラいと燃え上がった。そして勢いよく『やります!』と返事をしたのであった。
そして現在に至っている。
(ほんとに私たち大役よ。どうするの、どこに連れてけばいいの?)
(わからん。子どもの環境がなんたらの話だったから、学校か?)
(でもうち小中高一貫だけど大丈夫かな)
「何コソコソしてんの?」
「うわ⁉︎」
小さな声でコソコソ焦って計画を練っていた2人の前に出立ち唐澤は問いかける。すると唐澤はまるで子どものような顔で話しかけた。
「酷くない?僕まだ23歳なんだよ。歳近い同士内緒話とか寂しいよ」
15歳と17歳にこの態度をとるため、とられた側の2人はどう対応をすればいいかわからず、少し引きつった。見兼ねた岩倉が口を挟む。
「唐澤さん、子どもと仲良くしたいのはわかりますけど、もう少し地主らしい振る舞いをしてください。この子らも戸惑ってますぜ」
「脳筋ゴリラ…唐澤様が地主らしくないだと…何という侮辱なのですか…」
「テメェは黙ってろ!」
何としてでも唐澤を肯定していたい田村と、唐澤の行動に対して割と意見したり、抑制する岩倉はこのように衝突することは日常茶飯事らしい。
「ごめんごめん、普通にするよ。茂くん、姫香ちゃん、もしかして僕たちをどこに連れて行こうか悩んでる?」
爽やかな対応に戻った唐澤に茂はホッとしてこたえる。
「はい。実を言うとさっきはこの村をこのままで改革できると思って頑張ろうと思って引き受けたのですが、実際やるとなるとどこに連れて行ってアピールをすればいいのかがわからず…」
それを聞いた坂本は「待って」と茂の言葉を止めた。
「茂くん、それは目的を履き違えてると思うなぁ」
うんうんと頷く唐澤と理解できていない残りの4人。姫香が尋ねる。
「それってどういうことですか?つまりは子どもが安心して楽しく、のびのびと過ごせるというところをアピールすればいいってことじゃないんですか?」
他3人はそれに同調して頷く。唐澤は微妙そうな顔をしている。坂本はそれを確認してフフっと笑い答えた。
「それはあの村長さんだけで充分だよ。わざわざ君ら2人に任せることないなぁ。雄大が今知りたいのはきっと君たち、千寿村の子どもたちが普段どこで遊んでいるかだと思うなぁ。そうだよね?」
「うんそうだよ。続けて」
唐澤は坂本に右手でオッケーサインを作ってから、パーの手でにして譲るような素振りを送った。わかったわかったと坂本は説明を続ける。
「子どもと大人では考えていることや見ている世界が同じじゃないでしょ?村長さんにさっき茂くんが言ってた所を案内させたらそりゃ普通に公園とかくらいしかださないよなぁ。そうじゃないんだよね、君たちがよく行く場所なんだよ。どこで、何をして遊ぶのかが重要なんだよ。これは君たちにしか案内できないだろう?」
さっきまで首を傾げていた4人はハッと納得した様子だ。
「なるほどな」
「模範解答ありがとう、坂本くん。という訳だから2人とも、何も考えないで君らが遊ぶ場所、他の子たちがよく遊んでいる場所に僕を連れて行ってほしいんだ。いいかな?」
唐澤の真剣な眼差しに2人は元気よく「はい」と返事をした。
「ついでに僕も一緒に他の子たちとも遊びたいな~」
「これは、ただの私欲だろうねぇ」
戸惑う2人を尻目に坂本は顔をしかめてつぶやいた。
「まずはここ!住宅地の中にドンと広がる野原。端っこにブランコとシーソーだけあるけど、あれはみんな使った覚えないと思います。私もあれで遊んだこと多分ないです」
「じゃあ何なんだよあのブランコとシーソーは、ただのオブジェクトじゃねぇか。ていうか最近の子どもがこんな広い野っ原で遊ぶイメージがないんだが。偏見かこれ?」
「いえ、私たちも村の外の情報くらい知ってます。最近は外で遊ぶよりもやっぱり、SNSとかオンラインゲームで遊ぶ子どもが多いらしいですので、偏見ではないです」
だよな。と岩倉は落ち着き続いて聞く。
「ならここでお前らは何をして遊んでいるんだ?定番の鬼ごっことかか?」
「そうですね。鬼ごっこもここでしますけど、大抵鬼ごっこは畑の方でやることが多いです。ここでは主に男子がサッカーとか野球をして遊んでいることが多いと思います。茂先輩もここで野球やってますし」
この広場について語る姫香に対して4人はしっかり相槌をしながら話を聞いている。
「他に何かやってる子はいないの?」と唐澤が聞く。今度は茂が答える。
「運動しに来なくてもここはみんなの交流場って所になっていて、ここに集まって例えばゲームの話をしているグループがあったり、アイドルの話をしたりしに集まることも多いと思います」
「なるほどね、学校以外に子ども同士の交流を深める場があるのが良いね。ところで僕もゲーム好きなんだけど、そのゲームの話をしているグループ教えてくれないかな。僕も混ざr…」
「よし、次の場所案内してくれ」
唐澤の子どもに対してのコンプレックス発言を遮るように岩倉が言った。
「またオマエは、唐澤様が話している途中だったわ」
「黙ってろテメェは、オマエの親愛なる唐澤様があのまま言わせとけばただの不審者になってたぞ」
「唐澤様を不審者扱いだと?許さないわ」
また始まった衝突にはもう誰も触れずに次の場所へと歩き始める。
「次はこの自然豊かなエリアを紹介します。俺らは大体こっち方面はどこでも遊んでますけど、特に遊ぶといえばこの田圃の近くだと思います」
「田圃の近くで遊ぶなんて…ここだけ時代が止まってるのかしら。泥臭くなりそうだわ。あら?あそこに座っているのは誰かしら」
田村の指の先にいたのは田圃の道脇に木の丸椅子に座り、立てたキャンバススタンドにおいたスケッチブックに鉛筆を走らせている文香だった。
「宮岡じゃないか!偶然だな」
「え、深堀先輩?と姫香さん。あとは…あ、そっか。今日は視察だっけ。てことは地主さん?初めまして、須東学校中等部三年の宮岡文香です」
早く絵を描く作業に戻りたいのか文香は、早々と自己紹介を済ませて体制をもとに戻そうとする。しかしその前に唐澤が返した。
「ご丁寧にありがとう。僕がこの浅葱地の地主の唐澤雄大です。23歳で君たちと歳はそこまで離れていないよね、だからもっとみんなと仲良くなりたいんだ。僕は子どもこそ世界の宝だと思っているからね、子どものことが大好きなんだよ。だからこの村で何か不便に思うことがあったら言ってほしい。大人の僕たちが解決したいからさ」
ぐいぐい話をしてくる唐澤に対してあからさまに文香は嫌そうな顔をしている。それでもお構いなしに聞いてくるため「特にない」と答えた。
「そっか~こんくらいの時期だと住んでいる場所に対しての不満の一つや二つ湧くものだと思ってたんだけどな。千寿村のみんなは地元愛が強すぎるのかな?あれ、中3ってことは今年から高校生か。もしかして絵の勉教するために村から出るのかな?」
早く話をやめてほしいといった顔だった文香だったが、明らかに食いついた。
「違います。でも本当は絵を学ぶ学科のある小鷺市の大学に行きたかった」
「あ~小鷺といえば、京号芸術高校か。あそこスゴいよね。音楽、陶芸、絵画とかの芸術分野でそれぞれ国内トップ5にはいる高校だからね。なんで行かなかったの。浅葱地内だから新幹線ですぐいけるでしょ。それに偏差値も普通くらいだったはずだから誰でも入り易いところだと思うんだけど」
文香の筆を握る手は次第に強くなっていった。そして唇を噛み、声を大きくして言った。
「だから行きたかった。けど…お婆ちゃんが‼︎お婆ちゃんが私が村の外に行くと寂しいねって言うから‼︎それに私もお婆ちゃんいないと寂しいもん。だから、お婆ちゃんとはまだまだ離れたくない。ここに残ることに決めたの」
文香は根っからのお婆ちゃんっ子で、お婆ちゃん大好きを拗らせて、村のみんなからは密かに「マザコン」ならぬ、「グランドマザコン」と認識されている。
「お婆ちゃん思いのいい子だね。これからも独自で絵の勉教がんばってね。じゃあまたね。2人とも、次の所に行こうか」
「はい」
一行は田圃脇の道をずっと歩いていった。1人田村が少し残り文香に話しかける。文香はやっと描けると思った矢先に別の人に話しかけられたためピリッとし出す。
「文香さん、お婆さまが好きなのはよろしいことだと思いますが、そんなことで本命の進路を諦めるのは得策ではありませんよ?今なら私が頼み込んで、小鷺芸術高校の方に1人入れてもらうこともできます。正直あなたもこんなところで絵を一人で描いているよりも有意義だとわかっているでしょう?それに、ここは臭いと思わないかしら?作業に集中できるとは思わないわ」
「そんなこと?私のお婆ちゃんを馬鹿にしないでください。それと、私にとってはあなたみたいな都会のけばけばしいオバさまの方が臭いと思います。では、私はそろそろ絵を描きたいので、とっととあちらに行ってください。置いてかれてますよ」
逆鱗を触れられた文香は静かに、かつにこやかに猛毒を吐いた。いつも毒を吐いている側の田村は酷くたじろいた。
「お、おばさま…な、なによ。わかったわよ」
動揺を隠せないまま田村はみんなが行った道を追いかけた。
午後1時、皆昼食を摂り休憩をしたのちに千寿会館では長机とパイプ椅子が大人たちと一部の子どもたちによって用意されていた。この後1時半からは視察を行なっていた4人が感想を述べてこの先の千寿村のあり方を決める「改革会議」なるものが開かれる。その準備が着々と進められている中、源と少し歳のいった男が話している。浅葱地幹部の4人目の「大竹風雅」だ。今年で61歳となる。大竹は元浅葱地地主であり、唐澤と代わった際に冷静な判断力を借りたいと誘われて、今では幹部として唐澤をサポートする身となった。
「源、今日の会議で唐澤はきっとここの買収を本気で推してくるぞ。私は残念だけど中立の立場で今日はいくつだ。アイツの意見や条件をよく聞き分けて、先代の意志を継いで千寿村はこのままで行くのか、手っ取り早い繁盛のために村を渡すか。お前が決めることだこれは」
「はい。存じております。ですが、私は先代の巌さんが創ってくれたこの豊かな土地と村を守っていきたいと思っています」
「…そうか」
源の目には迷いがなかった。これはもう何を言っても意思を貫くという目だということを大竹は察していた。
「もうそろそろ時間ですね。席に着いていましょうか」
堂々と胸を張り席に着く源をみて大竹は一人呟いた。
「巌、お前のあのガキは頭が固すぎる。お前の影響かもしれないな。それに伴って、この村はもう終わるやもしれないぞ」
時刻は一時半。視察組が帰ってきて、さらに一般席も満席となり、きた子どもは床にゴザを敷いて座ることになった。
千寿村のこういった会議は中等部以上から自由に参加することができる。聞くだけの者や、意見を大人に対してもズバッと言う者もいる。前者は主に、結斗や十希などで、後者は茂や姫香が主だ。一つどうでもいいことを言うとすればこの千寿会館にはピアノが設置されている。これは巌がよく弾いてそれを皆が真似して弾いていたために置かれていたらしいが、現在では陽介が一人で弾いて、暇な人がそれを見ているということしかない。
「開始時刻を過ぎましたので千寿村改革公会議を始めます。本会で司会を務めさせていただきます、千寿村の会計を担当しています、佐川健斗と申します」
健斗が礼儀よく挨拶をするのを誰もが騒がず真剣な面々で聞いていた。今日の会議が村の未来を決めるということを知っているため緊張した空気が出来上がっている。
「えぇ、ではまず先に本日千寿村を視察にいらっしゃいました、浅葱地、地主であります唐澤雄大様に一言をいただいた後に、最終的な今後の提案をお聞きします。では、お願いします」
健斗は頭を下げながら椅子に戻る。すれ違いに唐澤が前に出てマイクに近づき話し出す。
「千寿村の皆さん、こんにちは。お変わらず元気そうで何よりです。今日の会議でこの村の未来が決まると言っても過言ではないので、皆さんソワソワしてるのですか、緊張しているのかは分かりませんけど、最終的に決まったものはそれでこの村の知名度や人口を増やしていきましょう。」
見透かされたような言われ方と、唐澤の余裕そうな平坦な喋り方に村民たちはさらに緊張が深まる。
「それに伴って今日は参加人数がめちゃくちゃ多いですね。さっき佐川さんが話している時に数えたんですけど、私たち視察団は含めずに村長と佐川さんと、役員の舘内さんを含めて今日は73人いますね。村の役60%の村民がこの会館に集まっているわけですね。まあみんな気になりますよね。自分の村のことだから…。普段一部しか来ない子どもたちがいつもより集まりいいのは僕にとっては非常に嬉しいです。香坂十希さんに、武くんも来てるね。逆に四島くんが来ないのは珍しいね。陽介くん、由梨さん、何かあったのかな彼」
「あ…あの~、純はちょっと体調が悪いらしくて…。ていうか、そろそろ話を進めてもらえると嬉しいのですが…」
館内一斉がその通りだと同感した。唐澤渋々本題に戻った。
「わかったよ。四島くんにお大事にって言っておいてね。じゃあそろそろみんな気になっていると思う僕の千寿村改革案を発表するね。知っている人もいるだろうけど、今日の視察は深堀茂くんと大原姫香ちゃんに案内してもらいました。その理由としては、子どもにとっていい環境といえるのかを知るためです。そのためには当の対象である彼らに頼むのが一番だと思ったためです。そして、結果僕が考える案は…」
唐澤の淡々とした口調と裏腹に、館内の空気は弓のようにピンと張っている。半分この空気に面白がっている唐澤は、わざとらしく大きく息を吸い止め、顔を作ってから声を発した。
「一度僕にこの村の権利を全て僕に売り、僕がこの村を一から立て直していくという案です」
村民たちの緊張は切れ、「全権利を売る」という案にざわつきを見せる。
「え~、僕は去年から4回にわたり視察を行なってきました。その4回で僕は決してただブラーっと散歩をしていた訳ではありません。それぞれ土地柄、村民の人柄、観光スポット、子どもの環境の4つを見てきました。前者二項目は二重丸を与えれます。土地はいい場所にありますし、良い人だらけです。」
村民の一部は首を大きく縦に振ったりして、当たり前だろと素振りを見せた。
「しかし、観光、育児面ではあまり良いとは言えません」
村民にはショックを受ける者と悔しいがその通りだと思う者で別れたように見える。
「まず観光ですが…ハッキリ言ってあまりにも地味です。田圃や畑は時期になれば美しさを発揮するかもしれませんがその他の時期はただの田舎臭発生場です。そもそも田畑を売りにしている町や村は山ほどあります。それらと比べたら差はハッキリです。」
ズバズバと批評を下す唐澤に、特に田畑を管理している者たちには涙を流す者も見える。また、表情に口調を一つも変えずに村の酷評を言う唐澤の残酷さに苛立ちを覚えキッと睨みつける青年たちもいる。そんなことには気もせず、唐澤は話を進める。
「もう一ヶ所、守里神社ですが…浅葱地では最古である神社ですが、国内で見ればただの変哲のない神社です。唯一無二の物があるわけでもなく、ただただ無駄に長い階段をのぼる人なんていませんよ」
またも厳しい評価を下す唐澤についに限界を迎えた村民の大阪絵美が声を荒げた。
「ちょっと!それは言い過ぎではありませんか⁉︎言うとしても少しは言い方を考えませんか!言われた職についている方の心中をもっと考えてあげてください!」
「あ~、落ち着いてください。たしかに発言に配慮が無いことに僕は認めます。しかし、これはわざとです。今僕が放った酷評に対して皆さん、誰もが少しは思い当たる節があるのではありませんか?」
皆図星だった。核心を突かれて誰もが沈黙を貫いた。それを見てさらにエグるように掘り下げていく。
「今見たところ、やはり皆さんその節はあるようですね。他の市町村と比べて地味だと自覚があるのは良いことです。しかし自覚して、なぜ誰もそれを新たな実行に移さなかったのですか?そこが皆さんの落ち度です。だから僕は皆さんもに今回はあえて厳しい言い方をしています。ですがこういう態度で挑んだとしても、ここまでほったらかしてきたものを今からその本人たちでどうにかできるとは到底思えません。なので僕がこの村を一時的に買いとり、改革していこうと思います。異論はありますか?」
「…っ!」
絵美は何も言い返せず涙目で会館を去っていってしまった。「おい!絵美!」と守里神社の神主である縁大地が追いかけて行ってしまう。父が離婚して名字の戻っている元母を追いかけているのを見た皐月はやれやれと手を挙げて見せた。それには気にせず唐澤は席に戻っていた。
「では続いて千寿村村長の大原源様。お願いします」
健斗の簡潔な紹介の後に源が前に立った。マイクをトントン手で叩いてから喋り出した。
「皆さんこんにちは。え~先程唐澤様の改正案をお聞きしました。私は長々と話さず簡潔に済ませます。村の方針や建造物などには何も手は加えません。つまり、村を地主殿に売却するということは断固決してありません」
会館内をどよめきが包む。両者の意見が真正面からぶつかったため皆動揺している。唐澤が手を挙げ意見を述べた。
「現在の村の状況でどうして未だに何も変えないと言うのですか?わかるように理由を述べてほしいです」
「千寿村の共通理念は先代の畠山巌さんの『不変』を貫いています。流行に合わせて村をコロコロ変えていくという行為はこの村の理念に反しています。私は巌さんの意志を必ず引き継ぐと決めているのです」
唐澤は引きつりながら鼻で笑った。
「理念を貫くが為に村を破滅へ導くのですか。愚かですよそれは考え直したほうがいい」
「いいえ、絶対に譲りません。この村はこのままで、今のやり方で人も増やしていきます。先代のためにもこれは変えません」
ズバッと言い切るの具体性のない源にとうとう唐澤は噛んでいる唇を滑らせた。
「大原村長、あなたは先代先代と自分の意見を何も持っていない。そのやり方じゃダメだというのを未だに一人だけ自覚をしていない!端的に言います。あなたはただただ頭が固いだけで個を持たない、そのくせこの村のトップで一番権力を持っている。この村のこの現状を作った元凶です!」
言われた元の頭にも血が昇り、源は館内の村民に問いかけた。
「そこまでいうなら彼ら全員に聞きます。皆さんは村を浅葱地に買収されるのに対して賛成しますか⁉︎いや、買収されて土地をめちゃくちゃにされるのを許せますか⁉︎」
「ちょっと!あまりにも言い方が悪くありませんか⁉︎それは酷すぎますわ!」
今まで口を閉じていた田村がとうとう声を張った。それに続き村民たちも各々好き勝手に発言をし始め館内はもはや収集がつかない状況となった。懸命に収めようとする健斗もついには頭を抱えてしまった時、館内には不協和音が鳴り響いた。音音が喧嘩しているような耳を誰もが塞ぐ音だった。
何事だと音の出場所を皆振り向くと、館内のピアノ椅子に座りピアノの鍵盤を両手で力強く押している陽介がいた。「陽介くん…何をしているんだ」皆の言葉なんて聞かずに陽介はあたりを見渡し、静まったのを確認して鍵盤に置いた指を落としていった。先ほどのデタラメな和音とは違く、複数の音がそれぞれ並行に綺麗に聞こえてメロディを奏でている。皆急にピアノを弾きだす陽介に困惑する中、由梨だけは違う想いを秘めていた。
(これって、夏の日…なんで…この曲は私が小さい頃、まだ歌手になりたいって夢見てた頃、楽譜を買った陽介がいっぱい練習して私のために弾けるようになってくれた曲。私は結局歌手を諦めたけど陽介だけは、ピアノを弾くのをやめなかった。)
前奏を終えた陽介は顔を曇らせてメロディラインもピアノで弾きながら演奏を続けた。
(なんで…なんでそんな顔するの。ピアノを弾いているときの陽介はそんな悲しそうな顔しないじゃない。こんなの…陽介じゃない)
ピアノの音量が一段階上がった。
(もうそろそろサビか…なんで陽介、その顔で弾かないでよ。私も苦しくなってきた。サビ…か。サビが私も陽介も好きで、しょっちゅうサビを何度も二人で合わせてたな。やっぱり、陽介は私を待ってるのかな。でも、私はどうすれば…)
徐々に徐々に音が高くなり、音量が上がる。それに伴い焦る由梨。手を速める陽介。階段状に上がっていくピアノはついに一番右端の音を鳴らす。チャン!
夏が終わるその時まで 僕は君の前にいるよ。
暑い日差しを受けようが 体が黒く染まろうが君を見守り続けるんだよ。夏が終わるその時まで
ピアノの演奏が静かに終わった。静まり返った皆の視線は陽介と由梨に向かった。陽介は立ち上がり大きな声で言った。
「俺に時間をください‼︎俺が、音楽でこの村の知名度をあげて見せます‼︎」
館内は再びざわつきを見せた。岩倉が突き離すように言った。
「時間ってどのくらい必要なんだ?そして達成できなかったらどうするんだ?それをしっかり提示するのが筋ってもんだろ。思いつきだけで一丁前に言う発言じゃねぇ」
「でも…俺は」
たじろう陽介を見て唐澤は残酷な救いの述べた。
「三ヶ月、君にあげるよ。この期間内で君の音楽でこの村をどんな形ででもいい。大盛況を見せてくれ。そうしたら僕はこの村を買うのをやめて、今まで通り支援をしよう。でも達成できなかった時は千寿村を浅葱地から解除する」
皆耳を疑った。地から解除されるとは言い方を変えれば捨てられると言うことだ。どこの土地にも所属しない村はいずれ経済力も何もかもが底をつき、解体され他の土地に吸収される。元から力のない千寿村には信じられないことだ。勝手にそんなことを言う唐澤に対して混乱している源が声をドンドンと荒げて言う。
「何勝手に話を進めているんですか⁉︎そんな子どもの言うことをまにうけて、できるわけないでしょう!」
唐澤は源を睨みつけて言った。
「具体的な案を出さずに頑なに村を売らないと駄々をこねる人よりも、何かしらの方法を提示して目標を立てた人の方が大人だと思いますよ」
「なっ」唐澤の槍のような言葉が源を突き刺す。
「と言うことなので僕は、大人の方の案を取らせてもらいます。では頑張ってくださいね陽介くん。帰ろうか」
陽介の頭をクシャッと撫でて、3人を引き連れて唐澤は会館から出て行った。源はもはやもぬけの殻となりふと動き出したと思ったら、村長室に閉じこもってしまった。
皆魂が抜けたような、何も考えれなくなったような顔で会館の片つけをすましてゾロゾロと帰って行った。館内にはポカンとした陽介と、由梨、武、茂、姫香が残った。そして茂が陽介に歩み寄り怒号を飛ばした。
「なんてことをしてくれたんだ!三ヶ月で村を賑わせる!?音楽で⁉︎無理だろ!どうするつもりなんだ、ピアノだけでどうするというんだ!」
「ちょ…茂先輩落ち着いて…」
「落ち着いてられるか‼︎」
姫香の宥めも効かず涙目で茂は怒鳴っている。
「俺は…この村が良くなるならあのまま雄大さんに買収されてもよかったんだ。なのに、失敗したら土地契約解消?つまりは千寿村壊滅って意味だぞ…どうするんだよ…大原、お前もこの村が好きなら悔しいだろ…もうダメだな」
ついに涙を流して茂は立ち去って行った。
「最低だ」蔑んだ眼を向けて放ってから武も歩いて会館を後にした。
「陽介、わたしは陽介が村をなんとかしたくて行動してくれたんだってことはわかってるよ。だけど…やっぱり、許せないよ。ごめんね。帰るね」
館内には陽介と由梨が残された。話しかけるのを躊躇っていた由梨が口を開いた。
「私、音楽やるよ。陽介一人が重荷を担いで潰れるなんて、絶対に嫌だ。お願い。私と一緒に音楽をやろう?」
「はは…なんで由梨が誘ってるんだよ。うん、一緒に音楽をやりたい。ごめん」
「あーあ、なんで謝るんだか。陽介の無茶を一緒にやるってのは慣れっこだっての。そうと決まったら早く音楽始めよう!だからさ、陽介も早くいつもの顔に戻ってね」
館内には冷たい空気がズーンと残っていた。館内からは人が消え暗くなった。
「相変わらず侘しい村だな。でっけぇ土地だってのによ」
千寿村の玄関口に停まった黒の外車から降りてきて嫌味を言う黒くギッシリとしたスーツを来た男は、浅葱地役員の幹部「岩倉竜三」だ。新たな地主である唐澤雄大にスカウトされた元体育教師だ。スカウトされた身として岩倉はその体力で尾崎の行動の支援をしている。
「侘しいって言い方はないと思うけどなぁ。自然豊かないい土地じゃんか」
続いて降りてきたのは、岩倉とは対称的なラフなシャツを着た「坂本英二」だ。坂本は浅葱地内の小財閥の若き当主だ。人とのやりくりが上手く、たまに急な思いつきで行動するが度々成功している。そんな柔軟な考えと軽いフットワークを岩倉に評価されてスカウトされた。考えを理解されないことが多かった坂本は自分の考えに興味を持ってスカウトしてくれた唐澤には恩を感じている。ちなみに行動も自由にさせてもらえている。
「青臭いだけじゃないこんなの。虫も飛んでるし、とっとと帰りたいわ」
文句を吐きながら運転席から降りてきた赤いメガネをかけて不機嫌そうな顔の女性「田村一華」は一般企業で働いていたが、言葉一つ一つが辛辣なため同期からもすぐに嫌われてしまい社内では入社2ヶ月で孤立してしまった。そんな中、会議のため訪問した唐澤にその嘘をつけない素直な発言に目をつけられてスカウトされた。なんにでも毒を含んだ発言をしてしまい疎まれていた田村にとって、それを強みとして受け入れてくれた唐澤には心から忠誠を誓っている。
田村は車をおりて早々に反対側へまわり、助手席のドアを開けた。
「唐澤様、千寿村に到着致しました」
「うん、ありがとう田村くん。いや~しかしもう暖かいねここは。よかったよ厚着してこなくて」
言いながら降りてきたのは爽やかな青年だ。彼が浅葱地の地主である「唐澤雄大」だ。その地域の特色をよく理解して、その上それを活かしつつ発展させるという政策を行って浅葱地内15箇所の人口と観光客を増加させることに成功している男だ。また、持ち合わせたカリスマ性と爽やかさで万人から人気のある存在でもある。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
「おはようございます。唐澤さん」
「今日もよろしくお願いいたします」
玄関口で出迎えたのは千寿村村長の大原源と姫香と茂だ。
唐澤はニコッと笑顔を見せて3人に近寄る。
「いえいえ、こちらこそご丁寧なお出迎えありがとうございます。姫花ちゃんと茂くんもありがとう。2人とも勉学は順調かな?」
「はい。わたし苦手な日本史でいい点とれたんです!」
「お~凄いね。自分の苦手分野に真正面から向き合うその精神は誇りに持つといいよ」
「俺は変わらず勉学に励んでいます。雄大さん、是非雄大さんがが持っているたくさんの知識を俺にも教えてください」
「うんいいよ。今日は用事があって、午後の会議が終わったらすぐに帰るけど、また次来た時には絶対教えてあげるよ。そうだな、手始めに経済学なんかどうだい?茂くんの飽くなき知的欲求に相応しいとものだと思うよ」
唐澤と2人は和気藹々と話をし始めた。残りの4人はそこに入れず、仕方なく話を進めた。
「雄大は子供好きだからさぁ、僕らで先に話進めとこうか。村長さん」
「おい坂本、何度も言うが村長さんって呼び方はやっぱり無しだろう。無礼にも程があるぞ」
「竜三はほんと固いなぁ。オーケー貰ってるよちゃんと。ね?村長さん」
チラッと坂本は源の方へ向く。ノリについていけない源は困惑した素振りを見せる。
「馬鹿二人組、静かにしなさい。大原様が困っているでしょう。どこでも構わず口喧嘩してみっともないわ」
「おい田村、コイツと俺で二人組にするな。ていうかお前年下だろうが、俺に対しての礼儀はないのか?それに元教師だ、馬鹿ではない」
「ふん、教師と言えど体育教師じゃない。ただの脳筋ゴリラでしょあなたなんて」
「誰が脳筋ゴリラだって?あ?その猛毒生産口にバーベキュー用の鉄串でもぶっ刺してグリルに突っ込んでやろうか」
「何ですって⁉︎」
「またやってるのか岩倉くんと田村くんは。仲が良いな。まあ、大原村長、先にこちらで本日の予定を話しておきましょう。坂本くん、書記を頼めるかな」
「うん。いいよ~」
口喧嘩を始めた岩倉と田村を尻目に源と唐澤は打ち合わせを始めた。
(大原、緊急事態だぞ。どこに行く?)
(今考えてるから待って。ていうか茂先輩も郷土愛ナンバー1を自称するなら考えてくださいよ)
(ちゃんと考えてるっつの。それと、自称ではない)
村内に入った唐澤とその幹部3人、そして姫香と茂。源はその場にはいなくなっていた。その訳は数分遡り2人の打ち合わせにてこんな話をしていた。
「今回の視察なのだが、一つ大原村長に提案があります」
「提案ですか。どうぞお申し付けください」
「今回の案内は姫花ちゃんと茂くんに任せてあげてみてほしい」
予想外の提案に源ら村の3人は驚き、坂本は興味深そうな顔をした。
「それはどういった理由ででしょうか?」
うんうんと姫香と茂は首を縦に振った。
「いいですか。千寿村は今、少子化の極地にたっています。今のままのこの村の未来には、若者は何人いるのですか?若者が少ないイコール子どもも少ない、ですよ。そして最終的にこの村は絶える。そうならないために今必要なのは若い家族層を移住させることです。それは今の未来ある子どもたち当の本人達に案内させる方がいいでしょう。とういう訳で、彼ら2人に託させてくれませんか?」
意志を淡々と説明する唐澤に皆、なるほどと納得した。
「確かに仰る通りだと思います。私は賛成ですが、2人はどうだ?判断は2人に任せるぞ」
源は2人に委ねるように聞く。迷う2人に坂本が口を挟んだ。
「2人とも、この村が好きならここで頑張ったほうがいいかもしんないなぁ。2人が案内して子どもにとってここは良い場所だってことが雄大に伝われば、大きく変わることなくこの村が盛んになるかもしれないよ。逃していいかな?こんな機会」
これを聞いた2人の郷土愛の塊はメラメラいと燃え上がった。そして勢いよく『やります!』と返事をしたのであった。
そして現在に至っている。
(ほんとに私たち大役よ。どうするの、どこに連れてけばいいの?)
(わからん。子どもの環境がなんたらの話だったから、学校か?)
(でもうち小中高一貫だけど大丈夫かな)
「何コソコソしてんの?」
「うわ⁉︎」
小さな声でコソコソ焦って計画を練っていた2人の前に出立ち唐澤は問いかける。すると唐澤はまるで子どものような顔で話しかけた。
「酷くない?僕まだ23歳なんだよ。歳近い同士内緒話とか寂しいよ」
15歳と17歳にこの態度をとるため、とられた側の2人はどう対応をすればいいかわからず、少し引きつった。見兼ねた岩倉が口を挟む。
「唐澤さん、子どもと仲良くしたいのはわかりますけど、もう少し地主らしい振る舞いをしてください。この子らも戸惑ってますぜ」
「脳筋ゴリラ…唐澤様が地主らしくないだと…何という侮辱なのですか…」
「テメェは黙ってろ!」
何としてでも唐澤を肯定していたい田村と、唐澤の行動に対して割と意見したり、抑制する岩倉はこのように衝突することは日常茶飯事らしい。
「ごめんごめん、普通にするよ。茂くん、姫香ちゃん、もしかして僕たちをどこに連れて行こうか悩んでる?」
爽やかな対応に戻った唐澤に茂はホッとしてこたえる。
「はい。実を言うとさっきはこの村をこのままで改革できると思って頑張ろうと思って引き受けたのですが、実際やるとなるとどこに連れて行ってアピールをすればいいのかがわからず…」
それを聞いた坂本は「待って」と茂の言葉を止めた。
「茂くん、それは目的を履き違えてると思うなぁ」
うんうんと頷く唐澤と理解できていない残りの4人。姫香が尋ねる。
「それってどういうことですか?つまりは子どもが安心して楽しく、のびのびと過ごせるというところをアピールすればいいってことじゃないんですか?」
他3人はそれに同調して頷く。唐澤は微妙そうな顔をしている。坂本はそれを確認してフフっと笑い答えた。
「それはあの村長さんだけで充分だよ。わざわざ君ら2人に任せることないなぁ。雄大が今知りたいのはきっと君たち、千寿村の子どもたちが普段どこで遊んでいるかだと思うなぁ。そうだよね?」
「うんそうだよ。続けて」
唐澤は坂本に右手でオッケーサインを作ってから、パーの手でにして譲るような素振りを送った。わかったわかったと坂本は説明を続ける。
「子どもと大人では考えていることや見ている世界が同じじゃないでしょ?村長さんにさっき茂くんが言ってた所を案内させたらそりゃ普通に公園とかくらいしかださないよなぁ。そうじゃないんだよね、君たちがよく行く場所なんだよ。どこで、何をして遊ぶのかが重要なんだよ。これは君たちにしか案内できないだろう?」
さっきまで首を傾げていた4人はハッと納得した様子だ。
「なるほどな」
「模範解答ありがとう、坂本くん。という訳だから2人とも、何も考えないで君らが遊ぶ場所、他の子たちがよく遊んでいる場所に僕を連れて行ってほしいんだ。いいかな?」
唐澤の真剣な眼差しに2人は元気よく「はい」と返事をした。
「ついでに僕も一緒に他の子たちとも遊びたいな~」
「これは、ただの私欲だろうねぇ」
戸惑う2人を尻目に坂本は顔をしかめてつぶやいた。
「まずはここ!住宅地の中にドンと広がる野原。端っこにブランコとシーソーだけあるけど、あれはみんな使った覚えないと思います。私もあれで遊んだこと多分ないです」
「じゃあ何なんだよあのブランコとシーソーは、ただのオブジェクトじゃねぇか。ていうか最近の子どもがこんな広い野っ原で遊ぶイメージがないんだが。偏見かこれ?」
「いえ、私たちも村の外の情報くらい知ってます。最近は外で遊ぶよりもやっぱり、SNSとかオンラインゲームで遊ぶ子どもが多いらしいですので、偏見ではないです」
だよな。と岩倉は落ち着き続いて聞く。
「ならここでお前らは何をして遊んでいるんだ?定番の鬼ごっことかか?」
「そうですね。鬼ごっこもここでしますけど、大抵鬼ごっこは畑の方でやることが多いです。ここでは主に男子がサッカーとか野球をして遊んでいることが多いと思います。茂先輩もここで野球やってますし」
この広場について語る姫香に対して4人はしっかり相槌をしながら話を聞いている。
「他に何かやってる子はいないの?」と唐澤が聞く。今度は茂が答える。
「運動しに来なくてもここはみんなの交流場って所になっていて、ここに集まって例えばゲームの話をしているグループがあったり、アイドルの話をしたりしに集まることも多いと思います」
「なるほどね、学校以外に子ども同士の交流を深める場があるのが良いね。ところで僕もゲーム好きなんだけど、そのゲームの話をしているグループ教えてくれないかな。僕も混ざr…」
「よし、次の場所案内してくれ」
唐澤の子どもに対してのコンプレックス発言を遮るように岩倉が言った。
「またオマエは、唐澤様が話している途中だったわ」
「黙ってろテメェは、オマエの親愛なる唐澤様があのまま言わせとけばただの不審者になってたぞ」
「唐澤様を不審者扱いだと?許さないわ」
また始まった衝突にはもう誰も触れずに次の場所へと歩き始める。
「次はこの自然豊かなエリアを紹介します。俺らは大体こっち方面はどこでも遊んでますけど、特に遊ぶといえばこの田圃の近くだと思います」
「田圃の近くで遊ぶなんて…ここだけ時代が止まってるのかしら。泥臭くなりそうだわ。あら?あそこに座っているのは誰かしら」
田村の指の先にいたのは田圃の道脇に木の丸椅子に座り、立てたキャンバススタンドにおいたスケッチブックに鉛筆を走らせている文香だった。
「宮岡じゃないか!偶然だな」
「え、深堀先輩?と姫香さん。あとは…あ、そっか。今日は視察だっけ。てことは地主さん?初めまして、須東学校中等部三年の宮岡文香です」
早く絵を描く作業に戻りたいのか文香は、早々と自己紹介を済ませて体制をもとに戻そうとする。しかしその前に唐澤が返した。
「ご丁寧にありがとう。僕がこの浅葱地の地主の唐澤雄大です。23歳で君たちと歳はそこまで離れていないよね、だからもっとみんなと仲良くなりたいんだ。僕は子どもこそ世界の宝だと思っているからね、子どものことが大好きなんだよ。だからこの村で何か不便に思うことがあったら言ってほしい。大人の僕たちが解決したいからさ」
ぐいぐい話をしてくる唐澤に対してあからさまに文香は嫌そうな顔をしている。それでもお構いなしに聞いてくるため「特にない」と答えた。
「そっか~こんくらいの時期だと住んでいる場所に対しての不満の一つや二つ湧くものだと思ってたんだけどな。千寿村のみんなは地元愛が強すぎるのかな?あれ、中3ってことは今年から高校生か。もしかして絵の勉教するために村から出るのかな?」
早く話をやめてほしいといった顔だった文香だったが、明らかに食いついた。
「違います。でも本当は絵を学ぶ学科のある小鷺市の大学に行きたかった」
「あ~小鷺といえば、京号芸術高校か。あそこスゴいよね。音楽、陶芸、絵画とかの芸術分野でそれぞれ国内トップ5にはいる高校だからね。なんで行かなかったの。浅葱地内だから新幹線ですぐいけるでしょ。それに偏差値も普通くらいだったはずだから誰でも入り易いところだと思うんだけど」
文香の筆を握る手は次第に強くなっていった。そして唇を噛み、声を大きくして言った。
「だから行きたかった。けど…お婆ちゃんが‼︎お婆ちゃんが私が村の外に行くと寂しいねって言うから‼︎それに私もお婆ちゃんいないと寂しいもん。だから、お婆ちゃんとはまだまだ離れたくない。ここに残ることに決めたの」
文香は根っからのお婆ちゃんっ子で、お婆ちゃん大好きを拗らせて、村のみんなからは密かに「マザコン」ならぬ、「グランドマザコン」と認識されている。
「お婆ちゃん思いのいい子だね。これからも独自で絵の勉教がんばってね。じゃあまたね。2人とも、次の所に行こうか」
「はい」
一行は田圃脇の道をずっと歩いていった。1人田村が少し残り文香に話しかける。文香はやっと描けると思った矢先に別の人に話しかけられたためピリッとし出す。
「文香さん、お婆さまが好きなのはよろしいことだと思いますが、そんなことで本命の進路を諦めるのは得策ではありませんよ?今なら私が頼み込んで、小鷺芸術高校の方に1人入れてもらうこともできます。正直あなたもこんなところで絵を一人で描いているよりも有意義だとわかっているでしょう?それに、ここは臭いと思わないかしら?作業に集中できるとは思わないわ」
「そんなこと?私のお婆ちゃんを馬鹿にしないでください。それと、私にとってはあなたみたいな都会のけばけばしいオバさまの方が臭いと思います。では、私はそろそろ絵を描きたいので、とっととあちらに行ってください。置いてかれてますよ」
逆鱗を触れられた文香は静かに、かつにこやかに猛毒を吐いた。いつも毒を吐いている側の田村は酷くたじろいた。
「お、おばさま…な、なによ。わかったわよ」
動揺を隠せないまま田村はみんなが行った道を追いかけた。
午後1時、皆昼食を摂り休憩をしたのちに千寿会館では長机とパイプ椅子が大人たちと一部の子どもたちによって用意されていた。この後1時半からは視察を行なっていた4人が感想を述べてこの先の千寿村のあり方を決める「改革会議」なるものが開かれる。その準備が着々と進められている中、源と少し歳のいった男が話している。浅葱地幹部の4人目の「大竹風雅」だ。今年で61歳となる。大竹は元浅葱地地主であり、唐澤と代わった際に冷静な判断力を借りたいと誘われて、今では幹部として唐澤をサポートする身となった。
「源、今日の会議で唐澤はきっとここの買収を本気で推してくるぞ。私は残念だけど中立の立場で今日はいくつだ。アイツの意見や条件をよく聞き分けて、先代の意志を継いで千寿村はこのままで行くのか、手っ取り早い繁盛のために村を渡すか。お前が決めることだこれは」
「はい。存じております。ですが、私は先代の巌さんが創ってくれたこの豊かな土地と村を守っていきたいと思っています」
「…そうか」
源の目には迷いがなかった。これはもう何を言っても意思を貫くという目だということを大竹は察していた。
「もうそろそろ時間ですね。席に着いていましょうか」
堂々と胸を張り席に着く源をみて大竹は一人呟いた。
「巌、お前のあのガキは頭が固すぎる。お前の影響かもしれないな。それに伴って、この村はもう終わるやもしれないぞ」
時刻は一時半。視察組が帰ってきて、さらに一般席も満席となり、きた子どもは床にゴザを敷いて座ることになった。
千寿村のこういった会議は中等部以上から自由に参加することができる。聞くだけの者や、意見を大人に対してもズバッと言う者もいる。前者は主に、結斗や十希などで、後者は茂や姫香が主だ。一つどうでもいいことを言うとすればこの千寿会館にはピアノが設置されている。これは巌がよく弾いてそれを皆が真似して弾いていたために置かれていたらしいが、現在では陽介が一人で弾いて、暇な人がそれを見ているということしかない。
「開始時刻を過ぎましたので千寿村改革公会議を始めます。本会で司会を務めさせていただきます、千寿村の会計を担当しています、佐川健斗と申します」
健斗が礼儀よく挨拶をするのを誰もが騒がず真剣な面々で聞いていた。今日の会議が村の未来を決めるということを知っているため緊張した空気が出来上がっている。
「えぇ、ではまず先に本日千寿村を視察にいらっしゃいました、浅葱地、地主であります唐澤雄大様に一言をいただいた後に、最終的な今後の提案をお聞きします。では、お願いします」
健斗は頭を下げながら椅子に戻る。すれ違いに唐澤が前に出てマイクに近づき話し出す。
「千寿村の皆さん、こんにちは。お変わらず元気そうで何よりです。今日の会議でこの村の未来が決まると言っても過言ではないので、皆さんソワソワしてるのですか、緊張しているのかは分かりませんけど、最終的に決まったものはそれでこの村の知名度や人口を増やしていきましょう。」
見透かされたような言われ方と、唐澤の余裕そうな平坦な喋り方に村民たちはさらに緊張が深まる。
「それに伴って今日は参加人数がめちゃくちゃ多いですね。さっき佐川さんが話している時に数えたんですけど、私たち視察団は含めずに村長と佐川さんと、役員の舘内さんを含めて今日は73人いますね。村の役60%の村民がこの会館に集まっているわけですね。まあみんな気になりますよね。自分の村のことだから…。普段一部しか来ない子どもたちがいつもより集まりいいのは僕にとっては非常に嬉しいです。香坂十希さんに、武くんも来てるね。逆に四島くんが来ないのは珍しいね。陽介くん、由梨さん、何かあったのかな彼」
「あ…あの~、純はちょっと体調が悪いらしくて…。ていうか、そろそろ話を進めてもらえると嬉しいのですが…」
館内一斉がその通りだと同感した。唐澤渋々本題に戻った。
「わかったよ。四島くんにお大事にって言っておいてね。じゃあそろそろみんな気になっていると思う僕の千寿村改革案を発表するね。知っている人もいるだろうけど、今日の視察は深堀茂くんと大原姫香ちゃんに案内してもらいました。その理由としては、子どもにとっていい環境といえるのかを知るためです。そのためには当の対象である彼らに頼むのが一番だと思ったためです。そして、結果僕が考える案は…」
唐澤の淡々とした口調と裏腹に、館内の空気は弓のようにピンと張っている。半分この空気に面白がっている唐澤は、わざとらしく大きく息を吸い止め、顔を作ってから声を発した。
「一度僕にこの村の権利を全て僕に売り、僕がこの村を一から立て直していくという案です」
村民たちの緊張は切れ、「全権利を売る」という案にざわつきを見せる。
「え~、僕は去年から4回にわたり視察を行なってきました。その4回で僕は決してただブラーっと散歩をしていた訳ではありません。それぞれ土地柄、村民の人柄、観光スポット、子どもの環境の4つを見てきました。前者二項目は二重丸を与えれます。土地はいい場所にありますし、良い人だらけです。」
村民の一部は首を大きく縦に振ったりして、当たり前だろと素振りを見せた。
「しかし、観光、育児面ではあまり良いとは言えません」
村民にはショックを受ける者と悔しいがその通りだと思う者で別れたように見える。
「まず観光ですが…ハッキリ言ってあまりにも地味です。田圃や畑は時期になれば美しさを発揮するかもしれませんがその他の時期はただの田舎臭発生場です。そもそも田畑を売りにしている町や村は山ほどあります。それらと比べたら差はハッキリです。」
ズバズバと批評を下す唐澤に、特に田畑を管理している者たちには涙を流す者も見える。また、表情に口調を一つも変えずに村の酷評を言う唐澤の残酷さに苛立ちを覚えキッと睨みつける青年たちもいる。そんなことには気もせず、唐澤は話を進める。
「もう一ヶ所、守里神社ですが…浅葱地では最古である神社ですが、国内で見ればただの変哲のない神社です。唯一無二の物があるわけでもなく、ただただ無駄に長い階段をのぼる人なんていませんよ」
またも厳しい評価を下す唐澤についに限界を迎えた村民の大阪絵美が声を荒げた。
「ちょっと!それは言い過ぎではありませんか⁉︎言うとしても少しは言い方を考えませんか!言われた職についている方の心中をもっと考えてあげてください!」
「あ~、落ち着いてください。たしかに発言に配慮が無いことに僕は認めます。しかし、これはわざとです。今僕が放った酷評に対して皆さん、誰もが少しは思い当たる節があるのではありませんか?」
皆図星だった。核心を突かれて誰もが沈黙を貫いた。それを見てさらにエグるように掘り下げていく。
「今見たところ、やはり皆さんその節はあるようですね。他の市町村と比べて地味だと自覚があるのは良いことです。しかし自覚して、なぜ誰もそれを新たな実行に移さなかったのですか?そこが皆さんの落ち度です。だから僕は皆さんもに今回はあえて厳しい言い方をしています。ですがこういう態度で挑んだとしても、ここまでほったらかしてきたものを今からその本人たちでどうにかできるとは到底思えません。なので僕がこの村を一時的に買いとり、改革していこうと思います。異論はありますか?」
「…っ!」
絵美は何も言い返せず涙目で会館を去っていってしまった。「おい!絵美!」と守里神社の神主である縁大地が追いかけて行ってしまう。父が離婚して名字の戻っている元母を追いかけているのを見た皐月はやれやれと手を挙げて見せた。それには気にせず唐澤は席に戻っていた。
「では続いて千寿村村長の大原源様。お願いします」
健斗の簡潔な紹介の後に源が前に立った。マイクをトントン手で叩いてから喋り出した。
「皆さんこんにちは。え~先程唐澤様の改正案をお聞きしました。私は長々と話さず簡潔に済ませます。村の方針や建造物などには何も手は加えません。つまり、村を地主殿に売却するということは断固決してありません」
会館内をどよめきが包む。両者の意見が真正面からぶつかったため皆動揺している。唐澤が手を挙げ意見を述べた。
「現在の村の状況でどうして未だに何も変えないと言うのですか?わかるように理由を述べてほしいです」
「千寿村の共通理念は先代の畠山巌さんの『不変』を貫いています。流行に合わせて村をコロコロ変えていくという行為はこの村の理念に反しています。私は巌さんの意志を必ず引き継ぐと決めているのです」
唐澤は引きつりながら鼻で笑った。
「理念を貫くが為に村を破滅へ導くのですか。愚かですよそれは考え直したほうがいい」
「いいえ、絶対に譲りません。この村はこのままで、今のやり方で人も増やしていきます。先代のためにもこれは変えません」
ズバッと言い切るの具体性のない源にとうとう唐澤は噛んでいる唇を滑らせた。
「大原村長、あなたは先代先代と自分の意見を何も持っていない。そのやり方じゃダメだというのを未だに一人だけ自覚をしていない!端的に言います。あなたはただただ頭が固いだけで個を持たない、そのくせこの村のトップで一番権力を持っている。この村のこの現状を作った元凶です!」
言われた元の頭にも血が昇り、源は館内の村民に問いかけた。
「そこまでいうなら彼ら全員に聞きます。皆さんは村を浅葱地に買収されるのに対して賛成しますか⁉︎いや、買収されて土地をめちゃくちゃにされるのを許せますか⁉︎」
「ちょっと!あまりにも言い方が悪くありませんか⁉︎それは酷すぎますわ!」
今まで口を閉じていた田村がとうとう声を張った。それに続き村民たちも各々好き勝手に発言をし始め館内はもはや収集がつかない状況となった。懸命に収めようとする健斗もついには頭を抱えてしまった時、館内には不協和音が鳴り響いた。音音が喧嘩しているような耳を誰もが塞ぐ音だった。
何事だと音の出場所を皆振り向くと、館内のピアノ椅子に座りピアノの鍵盤を両手で力強く押している陽介がいた。「陽介くん…何をしているんだ」皆の言葉なんて聞かずに陽介はあたりを見渡し、静まったのを確認して鍵盤に置いた指を落としていった。先ほどのデタラメな和音とは違く、複数の音がそれぞれ並行に綺麗に聞こえてメロディを奏でている。皆急にピアノを弾きだす陽介に困惑する中、由梨だけは違う想いを秘めていた。
(これって、夏の日…なんで…この曲は私が小さい頃、まだ歌手になりたいって夢見てた頃、楽譜を買った陽介がいっぱい練習して私のために弾けるようになってくれた曲。私は結局歌手を諦めたけど陽介だけは、ピアノを弾くのをやめなかった。)
前奏を終えた陽介は顔を曇らせてメロディラインもピアノで弾きながら演奏を続けた。
(なんで…なんでそんな顔するの。ピアノを弾いているときの陽介はそんな悲しそうな顔しないじゃない。こんなの…陽介じゃない)
ピアノの音量が一段階上がった。
(もうそろそろサビか…なんで陽介、その顔で弾かないでよ。私も苦しくなってきた。サビ…か。サビが私も陽介も好きで、しょっちゅうサビを何度も二人で合わせてたな。やっぱり、陽介は私を待ってるのかな。でも、私はどうすれば…)
徐々に徐々に音が高くなり、音量が上がる。それに伴い焦る由梨。手を速める陽介。階段状に上がっていくピアノはついに一番右端の音を鳴らす。チャン!
夏が終わるその時まで 僕は君の前にいるよ。
暑い日差しを受けようが 体が黒く染まろうが君を見守り続けるんだよ。夏が終わるその時まで
ピアノの演奏が静かに終わった。静まり返った皆の視線は陽介と由梨に向かった。陽介は立ち上がり大きな声で言った。
「俺に時間をください‼︎俺が、音楽でこの村の知名度をあげて見せます‼︎」
館内は再びざわつきを見せた。岩倉が突き離すように言った。
「時間ってどのくらい必要なんだ?そして達成できなかったらどうするんだ?それをしっかり提示するのが筋ってもんだろ。思いつきだけで一丁前に言う発言じゃねぇ」
「でも…俺は」
たじろう陽介を見て唐澤は残酷な救いの述べた。
「三ヶ月、君にあげるよ。この期間内で君の音楽でこの村をどんな形ででもいい。大盛況を見せてくれ。そうしたら僕はこの村を買うのをやめて、今まで通り支援をしよう。でも達成できなかった時は千寿村を浅葱地から解除する」
皆耳を疑った。地から解除されるとは言い方を変えれば捨てられると言うことだ。どこの土地にも所属しない村はいずれ経済力も何もかもが底をつき、解体され他の土地に吸収される。元から力のない千寿村には信じられないことだ。勝手にそんなことを言う唐澤に対して混乱している源が声をドンドンと荒げて言う。
「何勝手に話を進めているんですか⁉︎そんな子どもの言うことをまにうけて、できるわけないでしょう!」
唐澤は源を睨みつけて言った。
「具体的な案を出さずに頑なに村を売らないと駄々をこねる人よりも、何かしらの方法を提示して目標を立てた人の方が大人だと思いますよ」
「なっ」唐澤の槍のような言葉が源を突き刺す。
「と言うことなので僕は、大人の方の案を取らせてもらいます。では頑張ってくださいね陽介くん。帰ろうか」
陽介の頭をクシャッと撫でて、3人を引き連れて唐澤は会館から出て行った。源はもはやもぬけの殻となりふと動き出したと思ったら、村長室に閉じこもってしまった。
皆魂が抜けたような、何も考えれなくなったような顔で会館の片つけをすましてゾロゾロと帰って行った。館内にはポカンとした陽介と、由梨、武、茂、姫香が残った。そして茂が陽介に歩み寄り怒号を飛ばした。
「なんてことをしてくれたんだ!三ヶ月で村を賑わせる!?音楽で⁉︎無理だろ!どうするつもりなんだ、ピアノだけでどうするというんだ!」
「ちょ…茂先輩落ち着いて…」
「落ち着いてられるか‼︎」
姫香の宥めも効かず涙目で茂は怒鳴っている。
「俺は…この村が良くなるならあのまま雄大さんに買収されてもよかったんだ。なのに、失敗したら土地契約解消?つまりは千寿村壊滅って意味だぞ…どうするんだよ…大原、お前もこの村が好きなら悔しいだろ…もうダメだな」
ついに涙を流して茂は立ち去って行った。
「最低だ」蔑んだ眼を向けて放ってから武も歩いて会館を後にした。
「陽介、わたしは陽介が村をなんとかしたくて行動してくれたんだってことはわかってるよ。だけど…やっぱり、許せないよ。ごめんね。帰るね」
館内には陽介と由梨が残された。話しかけるのを躊躇っていた由梨が口を開いた。
「私、音楽やるよ。陽介一人が重荷を担いで潰れるなんて、絶対に嫌だ。お願い。私と一緒に音楽をやろう?」
「はは…なんで由梨が誘ってるんだよ。うん、一緒に音楽をやりたい。ごめん」
「あーあ、なんで謝るんだか。陽介の無茶を一緒にやるってのは慣れっこだっての。そうと決まったら早く音楽始めよう!だからさ、陽介も早くいつもの顔に戻ってね」
館内には冷たい空気がズーンと残っていた。館内からは人が消え暗くなった。
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