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第20話
しおりを挟む『蛟君は夕飯何が食べたい?』
拗ねた健司は蛟の部屋にいた。
もうそんな時間なのか、と壁に掛けられた時計を見ると、七時近い。
夢中になって読んでいた本は作者が『立花壮介』となっている。これを見つけた時、初めて壮介が文筆業を営んでいるのだと知った。
通りで――連日部屋に籠りっぱなしな訳だ。
健司のいない日中は壮介と二人きりで息苦しい。
壮介も寡黙だし、蛟も地雷を踏みたくないから余計なことは云わない。
読んでいた本に栞を挟み、ニコニコしている健司に向き直った。
『夕飯なんでもいい。壮介の作るご飯はどれも美味しいから』
この健司の笑顔、蛟はたまらなく好きだ。
何の邪気も無く、二十歳を越えているのに少年のようで男のくせに綺麗な顔。こんな顔をされたら世の女性は放っておかないだろう。が、健司は鈍感というか、本人は全くそっち方面は疎い。
『それ、本人に云ってよ。絶対喜ぶよ』
『――気が向いたら、云ってみる……』
蛟が同居していることを壮介はまだ認めようとしていないし、互いに家にずっと居るだけに煙たがれているのは薄々勘づいている。しかも自分の部屋を素性の知れない人間が使っているのだ。
薄気味悪くてないだろう。
その点、健司はどうしてこうも優しいのか。
『でも、今壮介寝込んでいるからね。後でにしようね』
と、ベットに座った。
『健司、どうした?』
隣に座る。
『んん?』
『風邪治った?』
『壮介に移しちゃった!』
舌をちょびっと出した。
それは本当であろう。
それにしても、だ。
顔が白い。
じっと見ていると、困った顔を見せて距離を取った。
『そんなジロジロ見ないでよ』
『ごめん』
そうだ、と健司は手を打った。
『俺の従弟ちゃんが今来てるんだ! 紹介するよ』
『え?』
おいで、と蛟を部屋から引っ張り出して、上総を呼ぶ。
『上総、紹介するね。こちら、蛟君』
紹介された蛟はオズオズと頭を下げ、どうも、と挨拶した。
上総もペコリ、と頭を下げた。
礼儀正しそうな少年だ、さすが健司の従弟なだけある――根拠も無く蛟は関心した。
『で、こっちは俺の従弟ちゃんの恭仁京上総君。陰陽師をしてるんだよ。まだちっちゃいのに凄いよね!』
『おんみょうじ?』
『従弟ちゃん、ちっちゃい……先生……』
もう十四歳だ。
反論しようとしたが、それよりも目の前の紹介された青年が問題である。
『せ、先生。ち、ちょっと――ちょっといいですか!? ええと、蛟さん? 先生借りますね!』
『んん?』
健司の腕を引っ張り、壮介の書斎に移動する。
『何々? どうしたの?』
『壮介さんも!』
眠っていた壮介を叩き起こした。
『先生、壮介さん、知っているんですか?』
『何が?』
健司のこの反応は大方想像がつく。
『壮介さんは?』
『ああ、まあ……あいつのことだったら』
どうやら知っているようだ。
『健が勝手に連れて来てしまったし体調も良くなかったし――このまま外に放り出すのは憚れたんでね。仕方なく』
仕方ない仕方ない、と一週間経った。
『あ、もしかして蛟君のこと?』
漸く話に付いてきたようだ。
健司も一応は知っているようだが、先程紹介された蛟という青年は人間ではない。幽霊でもなく、妖怪の類であろうが正確な正体は不明だ。
『先生、どうするつもりですか?』
『どうするって、どうもしないよ? 蛟君は自分のことを忘れてしまっているし、そんな彼を見捨てるなんて俺には出来ない。そもそもね、人間とか妖怪とか関係無いよ。蛟君を見付けたのは俺だし、彼が自分を思い出すまで責任持って面倒見るつもりだから』
『健……』
あ――と声を出して寝込んでいる幼馴染みに意地の悪そうな顔をした。
『もし、壮介が本当に嫌で我慢出来ないなら、俺は蛟君とここを出ても良いと思ってるからね』
『!!』
壮介が蛟のことを毛嫌いしているのは鈍感な健司でも知っている。
常日頃から二人の中を取り持とうと試行錯誤しているが、全く離れた距離は縮まらなかった。
『健、それは……』
壮介の完敗だ。
健司にここを出て行ってもらいたくない。
出て行ってほしくないなら蛟と仲良くしろ、と云われたようなものだ。
『上総、蛟君は何の害もない人だから心配することはないよ』
だと良いんですけど、と上総は呟いた。
話が終わったと見た健司はそそくさと廊下で待っている蛟の元へ戻って行ってしまった。壮介の看病はどうしたのか。
『壮介さん』
『なんだい、上総君。随分と私を憐れでいるようだが?』
『――いえ、なんでもありません』
慌てて視線を反らした。
『それよりも、健司の呪いのこと頼んだよ』
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