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あの一声で、空気がようやく入れ替わりましたわ
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教室の窓から差し込む光は、今日も変わらず穏やかでございました。
移動教室へ向かう途中、廊下の先よりやや急な足音が響き、私は自然とそちらへと目を向けました。
クラウディオ殿下が足を止められたのとほぼ同時、ひときわ華美な装いの少女が駆け寄ってきたのです。
「クラウディオ様っ!」
高く響いたその声は、周囲の空気すら振動させたように思えました。着崩した制服からは甘く強い香水の匂いが漂い、身振り手振りの大きさも相まって、静寂を好む者にとっては少々刺激が強すぎる存在……それが、ボニータ様でした。
彼女はクラウディオ殿下の前に立ち、大げさなほどの仕草でスカートの裾を摘み、笑みを浮かべて言いました。
「本当にお美しいわ。一度あなたとお話してみたかったのよ!」
その瞬間、クラウディオ殿下の眉がわずかに動かれました。
「……名の許可も与えていないし、お前が誰かも知らない。ずいぶんと失礼なやつだな」
そのご声音には、あからさまな不快が滲んでおりました。
抑えた調子でありながら、その冷たさは明白で、言葉の一つ一つがまるで氷の刃のよう。
そして、殿下は続けられたのです。
「……虫がうるさい」
一切の感情を乗せることなく、ただ事実を告げるかのように。
そうしてクラウディオ殿下は、彼女に一瞥すら与えぬまま再び前を向き、静かに歩みを進めていかれました。
そのご背中を、ボニータ様は呆然と見送っておられました。けれど、あの御言葉の真意には、どうやら気づいておられないようで――
「……虫? どこに?」
きょろきょろと周囲を見渡し、小首を傾げながら小動物のように動くその姿に、私はつい、深く小さな息をついてしまいました。
……まさか、ご自身のことを指されたとは、思い至らぬとは……
周囲の生徒たちは気まずさからか目を伏せ、或いはそっとその場を離れていきましたが、ボニータ様だけは終始無邪気なまま。あまりに無防備なその振る舞いは、ある意味で堂々とすらありました。
私は何も言わず、そのまま静かに歩を進めました。
次の授業が、いかに落ち着いたものであることか。今はそれだけが、私の慰めでございましたわ。
────
クラウディオ殿下が「虫がうるさい」と告げられたその翌日より、学園の空気はどこか落ち着いたものへと変わっておりました。
最も顕著だったのは、休憩時間中の廊下でございます。
つい昨日まで、授業の合間ともなれば、扉の外には誰とは申しませんが、香水の香りを漂わせながら教室内を窺う視線が絶え間なくございました。
それが、今ではぴたりと止んだのです。
(……まさかとは思いましたが、やはり殿下が動かれたのですね)
噂によれば、クラウディオ殿下はその日のうちに、学園の教務責任者へと直談判なさったとか。
曰く――Sクラスの教育環境が妨げられている、と。
曰く――授業に無関係な者の徘徊は見苦しい、と。
曰く――「虫がうろつくなら、学ぶ価値がない」と。
これらの言葉がどこまで正確に伝わっているのかは定かではございませんが、結果として、Sクラスの廊下周辺には静寂が戻り、授業と休憩の境界すら曖昧になるほど、落ち着いた空間が保たれるようになりました。
私は筆記具を整えながら、ふと窓の外に目をやります。
差し込む光は、今日も穏やか。
そして教室の空気も、ようやくそれに見合った静けさを纏いはじめていたのです。
(……さすがですわ、クラウディオ殿下)
敬意を抱かぬわけにはまいりません。
あの方の一言が、あれほどの影響をもたらすとは。
もっとも、殿下にとってはただの「当然の対処」でしかなかったのかもしれませんが。
私は静かにページをめくり、今日の授業へと意識を向けました。
移動教室へ向かう途中、廊下の先よりやや急な足音が響き、私は自然とそちらへと目を向けました。
クラウディオ殿下が足を止められたのとほぼ同時、ひときわ華美な装いの少女が駆け寄ってきたのです。
「クラウディオ様っ!」
高く響いたその声は、周囲の空気すら振動させたように思えました。着崩した制服からは甘く強い香水の匂いが漂い、身振り手振りの大きさも相まって、静寂を好む者にとっては少々刺激が強すぎる存在……それが、ボニータ様でした。
彼女はクラウディオ殿下の前に立ち、大げさなほどの仕草でスカートの裾を摘み、笑みを浮かべて言いました。
「本当にお美しいわ。一度あなたとお話してみたかったのよ!」
その瞬間、クラウディオ殿下の眉がわずかに動かれました。
「……名の許可も与えていないし、お前が誰かも知らない。ずいぶんと失礼なやつだな」
そのご声音には、あからさまな不快が滲んでおりました。
抑えた調子でありながら、その冷たさは明白で、言葉の一つ一つがまるで氷の刃のよう。
そして、殿下は続けられたのです。
「……虫がうるさい」
一切の感情を乗せることなく、ただ事実を告げるかのように。
そうしてクラウディオ殿下は、彼女に一瞥すら与えぬまま再び前を向き、静かに歩みを進めていかれました。
そのご背中を、ボニータ様は呆然と見送っておられました。けれど、あの御言葉の真意には、どうやら気づいておられないようで――
「……虫? どこに?」
きょろきょろと周囲を見渡し、小首を傾げながら小動物のように動くその姿に、私はつい、深く小さな息をついてしまいました。
……まさか、ご自身のことを指されたとは、思い至らぬとは……
周囲の生徒たちは気まずさからか目を伏せ、或いはそっとその場を離れていきましたが、ボニータ様だけは終始無邪気なまま。あまりに無防備なその振る舞いは、ある意味で堂々とすらありました。
私は何も言わず、そのまま静かに歩を進めました。
次の授業が、いかに落ち着いたものであることか。今はそれだけが、私の慰めでございましたわ。
────
クラウディオ殿下が「虫がうるさい」と告げられたその翌日より、学園の空気はどこか落ち着いたものへと変わっておりました。
最も顕著だったのは、休憩時間中の廊下でございます。
つい昨日まで、授業の合間ともなれば、扉の外には誰とは申しませんが、香水の香りを漂わせながら教室内を窺う視線が絶え間なくございました。
それが、今ではぴたりと止んだのです。
(……まさかとは思いましたが、やはり殿下が動かれたのですね)
噂によれば、クラウディオ殿下はその日のうちに、学園の教務責任者へと直談判なさったとか。
曰く――Sクラスの教育環境が妨げられている、と。
曰く――授業に無関係な者の徘徊は見苦しい、と。
曰く――「虫がうろつくなら、学ぶ価値がない」と。
これらの言葉がどこまで正確に伝わっているのかは定かではございませんが、結果として、Sクラスの廊下周辺には静寂が戻り、授業と休憩の境界すら曖昧になるほど、落ち着いた空間が保たれるようになりました。
私は筆記具を整えながら、ふと窓の外に目をやります。
差し込む光は、今日も穏やか。
そして教室の空気も、ようやくそれに見合った静けさを纏いはじめていたのです。
(……さすがですわ、クラウディオ殿下)
敬意を抱かぬわけにはまいりません。
あの方の一言が、あれほどの影響をもたらすとは。
もっとも、殿下にとってはただの「当然の対処」でしかなかったのかもしれませんが。
私は静かにページをめくり、今日の授業へと意識を向けました。
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