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逃げ場なき臨床検分
「……殿下、これ以上は、その……」
私が絞り出した拒絶は、あまりに弱々しかった。
地下に位置する特別図書室。外界から遮断された静寂の中で、殿下は私の言葉を遮るようにスッと人差し指を立てる。
「……いや、まだ不十分だ。視覚的な情報だけでは、正しい判断は下せない」
殿下の翡翠色の瞳が、じっと私の顔を観察するように見つめる。
やがて満足げに、けれどどこか危うい熱を孕んだ声で、彼は告げた。
「触れるぞ」
「え……っ?」
拒否する間もなかった。
軽く断りを入れられた直後、殿下の長く節くれだった指先が、私の頬に触れる。
「……っ!?」
ひやりとした指先の冷たさに肌が粟立ち、思わず肩をビクッと跳ねさせてしまった。
あまりの温度差に心臓が跳ね、逃げようとした身体が背後の書架にコツンと当たる。
……悔しいけれど、熱を帯びすぎた肌には、その冷たさが毒のように馴染んでいく。
殿下は逃がさないと言わんばかりに、そのまま指を滑らせた。耳の下から、ドクドクと脈打つ首筋へ。
「……やはりな。肌の温度も、この脈動も、尋常ではない。臨床データとしては、書面だけの報告ではあまりに不十分だ」
落ち着いた声とは裏腹に、触れている指先からは、私の狂ったような鼓動がすべて吸い取られていくような錯覚に陥る。
殿下の淡々とした指摘に、私は耐えきれず声を震わせた。
「そ、それは……殿下が、変なことばかりなさるからです……! こんなに近くに寄ったり、触れたりされなければ、私はもっと冷静でいられます!」
「変なこと、か」
殿下が低く、愉しげに喉を鳴らした。
至近距離で重なる視線。逃げようとしても、背中には冷たい書架の木肌があるだけで、退路はどこにもない。
「私と君は、互いにデータを提供し合う『協力者』だろう? ならば、私の言動が君にどのような影響を及ぼすのかを正しく把握しておくのは、当然のことだ。……それとも何か? 君は私に、不確かな報告を上げろと言うのか?」
「それは……いえ、そういうわけでは……」
言葉に詰まる私を見透かしたように、殿下の指先が、首筋から私の顎へとゆっくり滑り、上向かせるように固定した。
「ならば、君が正しく『結果』を出せるようになるまで、今後は週に一度、放課後にここで私が直接検分する」
「な……っ、毎週、ですか!? それではあまりに、殿下のお時間を奪ってしまいます!」
「構わない。むしろ、週に一度で妥協しているのは私の方だ」
「……え?」
さらりと言われた言葉の意味がわからず、私は目を見開いた。
週に一度で、妥協……?
殿下は、至近距離のまま私を逃がさないように書架に手をつき、その翡翠の瞳をわずかに細めた。
「本当なら、毎日でも君の数値を測りにいきたい。だが――今の君にそれを言えば、明日から学園に来なくなりそうだからな」
冗談めかした口調。けれど、その瞳の奥にある熱は、到底冗談とは思えないほどに濃密だった。
想像しただけで頭が真っ白になり、私の心臓は胸を突き破らんばかりに暴れだす。
「というわけで、決定だ。異論は認めない」
殿下はようやく指を離し、一歩後ろに下がった。
「では、来週のこの時間にまた会おう、アルトレイン嬢。……それまでに、その『赤くなる頬』の理由を、自分なりに分析しておけ。……それが次回の宿題だ」
優雅な足取りで図書室を出ていく殿下。
重い扉が閉まり、再び訪れた静寂の中で、私はようやく深く息を吐き出した。
「……無理。……絶対に、無理……」
週に一度。これからずっと、この密室で殿下に「検分」される。
私の静かで平穏な「背景人生」が、完全に、完膚なきまでに崩壊した音がした。
私が絞り出した拒絶は、あまりに弱々しかった。
地下に位置する特別図書室。外界から遮断された静寂の中で、殿下は私の言葉を遮るようにスッと人差し指を立てる。
「……いや、まだ不十分だ。視覚的な情報だけでは、正しい判断は下せない」
殿下の翡翠色の瞳が、じっと私の顔を観察するように見つめる。
やがて満足げに、けれどどこか危うい熱を孕んだ声で、彼は告げた。
「触れるぞ」
「え……っ?」
拒否する間もなかった。
軽く断りを入れられた直後、殿下の長く節くれだった指先が、私の頬に触れる。
「……っ!?」
ひやりとした指先の冷たさに肌が粟立ち、思わず肩をビクッと跳ねさせてしまった。
あまりの温度差に心臓が跳ね、逃げようとした身体が背後の書架にコツンと当たる。
……悔しいけれど、熱を帯びすぎた肌には、その冷たさが毒のように馴染んでいく。
殿下は逃がさないと言わんばかりに、そのまま指を滑らせた。耳の下から、ドクドクと脈打つ首筋へ。
「……やはりな。肌の温度も、この脈動も、尋常ではない。臨床データとしては、書面だけの報告ではあまりに不十分だ」
落ち着いた声とは裏腹に、触れている指先からは、私の狂ったような鼓動がすべて吸い取られていくような錯覚に陥る。
殿下の淡々とした指摘に、私は耐えきれず声を震わせた。
「そ、それは……殿下が、変なことばかりなさるからです……! こんなに近くに寄ったり、触れたりされなければ、私はもっと冷静でいられます!」
「変なこと、か」
殿下が低く、愉しげに喉を鳴らした。
至近距離で重なる視線。逃げようとしても、背中には冷たい書架の木肌があるだけで、退路はどこにもない。
「私と君は、互いにデータを提供し合う『協力者』だろう? ならば、私の言動が君にどのような影響を及ぼすのかを正しく把握しておくのは、当然のことだ。……それとも何か? 君は私に、不確かな報告を上げろと言うのか?」
「それは……いえ、そういうわけでは……」
言葉に詰まる私を見透かしたように、殿下の指先が、首筋から私の顎へとゆっくり滑り、上向かせるように固定した。
「ならば、君が正しく『結果』を出せるようになるまで、今後は週に一度、放課後にここで私が直接検分する」
「な……っ、毎週、ですか!? それではあまりに、殿下のお時間を奪ってしまいます!」
「構わない。むしろ、週に一度で妥協しているのは私の方だ」
「……え?」
さらりと言われた言葉の意味がわからず、私は目を見開いた。
週に一度で、妥協……?
殿下は、至近距離のまま私を逃がさないように書架に手をつき、その翡翠の瞳をわずかに細めた。
「本当なら、毎日でも君の数値を測りにいきたい。だが――今の君にそれを言えば、明日から学園に来なくなりそうだからな」
冗談めかした口調。けれど、その瞳の奥にある熱は、到底冗談とは思えないほどに濃密だった。
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「というわけで、決定だ。異論は認めない」
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「では、来週のこの時間にまた会おう、アルトレイン嬢。……それまでに、その『赤くなる頬』の理由を、自分なりに分析しておけ。……それが次回の宿題だ」
優雅な足取りで図書室を出ていく殿下。
重い扉が閉まり、再び訪れた静寂の中で、私はようやく深く息を吐き出した。
「……無理。……絶対に、無理……」
週に一度。これからずっと、この密室で殿下に「検分」される。
私の静かで平穏な「背景人生」が、完全に、完膚なきまでに崩壊した音がした。
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