婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜

ちぱ

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隣に戻る理由

 殿下の穏やかな言葉が落ち着いた空気をつくっているのに、胸の奥はまだざわついていた。

 「あなたの声を聞きたい」

 そう言われたはずなのに、いざ向かい合うと妙に落ち着かない。

 殿下は僕の対面に立ったまま、ふっと目元を和らげる。

「……まずは座ろう。立ったままだと話しづらいだろう?」

 落ち着いた声音とは裏腹に、僕の心臓だけが妙に騒がしかった。

 「……はい」

 返事が少しだけかすれる。

 殿下はさりげなく横に身を引き、僕が歩きやすいように通路をあけてくれる。

 その仕草だけで胸が熱くなる。

 ソファへ向かう間も、指先が落ち着かず布の端を摘んでしまう。

 腰を下ろした瞬間──

 「昨日は……少し近づきすぎた」

 殿下の静かな声が落ちてきて、肩がびくりと跳ねた。

 「だから今日は、あなたの隣ではなく……」

 ゆっくりと離れていく足音。

 昨日のあの距離が思い出され、胸がじんと熱を帯びる。

 隣に座ると思い込んでいた自分がいた。

 けれど殿下が向かったのは、僕の真正面だった。

 ひとりがけのソファに静かに腰を下ろし、

「ここなら、あなたを困らせずに済むだろう?」

 その優しい声が、なぜか胸の奥に刺さる。

 困ってなんて、いない。
 むしろ……寂しい。

「そんな……殿下に困らされたなんて……」

 否定しようとした言葉は、喉でつかえて途切れた。

 殿下は僕をじっと見つめ、瞳を細くして言う。

「距離を置いたほうが、あなたが落ち着けると思ったんだ」

 ゆっくりと、慎重に選ばれた声で。


「……だが、それは間違っていたようだな」

 胸がきゅっと強く跳ねる。

「そ、それは……」

 言葉がまとまらず、息ばかりが漏れる。
 殿下の視線が触れるたび、呼吸が乱れた。

「あなたの表情を見ればわかる。落ち着いている顔ではない」

 胸が苦しくなる。

「むしろ……距離を取ったことで“寂しさ”を感じているように見えた」

 視線が自然と床へ落ちた。

 そんなこと……言えるわけがない。

 でも胸の奥が熱く、手の甲の印がじん、と脈打つ。

 殿下の声は責めるものではなく、ただ寄り添うようだった。

「……レオン。あなたを遠ざけるつもりなど、最初からなかったんだ」

 その優しさが胸をゆっくり溶かした。

 気づけば、声が零れていた。

「……寂しかった、です」

 殿下の瞳が驚いたように揺れ、すぐに深い微笑みに変わる。

「そう言ってくれて、嬉しいよ」

 殿下は静かに立ち上がり、向かいのソファから離れ、まっすぐこちらへ歩いてくる。

 そして、僕の隣に腰を下ろした。

 触れないけれど、触れそうな距離。

 肩にかすかな影を落としながら、殿下が低く囁く。

「レオン。……もう、離れない」

 印が熱く脈打ち、胸の奥が満たされていった。

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