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過ちに至るもの
しおりを挟む結界都市スフラギトで、犠牲になっていた魔導師たち。結界を維持するために魂が囚われたままだったはずの彼らが、負の感情を溜めて具現化した黒の存在。
それが今、私の魔導術で消滅した──はずだった。
馬を降りて様子を窺う。
塵のようにパラパラ崩れた黒い体が途中で止まる。内部に囚われていた人を救出した皆も、不思議そうに様子を窺う。
一拍置いて、急に強風が吹き荒れる。
「──!」
目を開けていられない。でも、目を瞑るのはもっと怖い! 薄く視界を見ていたら、崩れかけた黒の存在を中心に風が吸い込まれていくのがわかった。
あまりの風に私まで吸い込まれそう。皆、なんとか踏みとどまってるみたいだけど……そしてそれは時を置かずして、止まった。思わず呟く。
「終わった……?」
今度こそ終わったのかと顔を上げる。だけど誰も喋らない。
一瞬の静寂が訪れる。息をするのも忘れるほどの沈黙。
だけど直後、誰かが叫んだ。
「離れろ!!」
ドンッ!!
吸い込み過ぎて破裂したように、爆発音がして一気に風が吹いてくる。
「うわっ」
爆発自体はさほど激しくなかった。周囲の人たちも、転がされただけのようだ。ただその後の風が強くて、私も勢い余って後ろに尻餅をつくほど。
「いたっ!」
思いっきり地面にお尻を打ち付けて、でも、その場で身を丸くしてなんとかその場で留まる。風が止んでから、顔を上げた。
黒の存在に重なるようにして、紋章と記号が浮かんでいる。良くみれば、それはある二つの記号だった。
反射を示すζと、反動を示すЁ。
護るのとも、攻めるのとも違う。敵の攻撃をそのまま返す。この場合、返されるのは……。
考えていたら、隣から呻き声がした。隣にはルナさんがいたはず。ハッと目を向ける。
「うっ……」
視線を向けると彼は、片膝をついて胸元を片手で握りしめながら、苦し気に息をしていた。
「ルナさん……?」
疑問を持ちつつも、近づいた。するといきなりガッと腕を掴まれた。
「な、なに??」
「に…げろ、リアナ…」
真っすぐ見てくる金色の瞳。いつものその金色に薄紫が浸食している。それはルナさんの体からも出ていた。同じ薄紫の煙が揺らめいている。
これはいったい……? どういうことかと戸惑ってしまう。
「逃げろって……でも」
ルナさん置いて逃げられないし、それにちょっとルナさんも言ってることとやってることが違ったりする。
腕、離してくれないし。
「い、いててててっ! なんか掴む力、強くなってません!?」
このままじゃ折れちゃう!って思った瞬間、誰かがルナさんの手を振り払ってくれた。
「バ、バルさんっ!!」
「リアナ……無事ならもう逃げた方がいい」
バルさんもどこか、辛そうにふらついている。額を押さえて、フッと苦しそうにしながらも笑みを作った。
「まさかこの私が精神攻撃に当てられようとはね……くっ……抑え……きれ」
「バルさん!!」
地面に手をついた彼の瞳も、薄紫になっていく。そうして呻き声をあげるのは二人だけじゃなかった。
その場にいた誰もが、同じように苦しんでいる。
「これは……」
この現象は精神に作用するΓが、暴走したものだ。さっきのζとЁ。二つをあわせたζЁは、私の術を反射し反動でさらに効果を強めた。
術者である私と、乗っ取りをした黒の存在だけが、効果を受けない。
それは逆に私以外は無事でないということ。
「……!」
ふと背後で気配がして、バッと振り返る。黒い塊が半壊した人の姿を形作って、長い片腕を引き摺りながら近づいてくるところだった。
……真っ直ぐ私の元へ。傍に来る頃、グリンと垂れた顔で見上げてくる。
「っ! な、何をする……つもりなの?」
「……」
返事はない。ただ、空洞だけの目が虚しさを感じさせる。
チラリと周囲に目を向ける。
皆を苦しめるΓにΣを組み合わせたのは私だ。だけど今、その術の主導権を握っているのはζЁを発動させた黒の存在の方。
このままじゃ、皆の精神が壊される。せめて主導権だけでも取り戻さなければ。
──今はルナさんもバルさんも、誰も動けないのだから。
「……っ」
私は咄嗟にポーチから取り出した紙に紋章を書く。けど、その途中で影に気づいた。ハッとして顔を上げる
「──ぎゃうっ!」
黒の存在が手を翳さして、現れたΣに吹き飛ばされて、再び地面に転がる。
至近距離で受けた攻撃はまだ制御出来てなかったのか、私のすぐ真横に当たって弾けた風で地面に打ち付けられる。
ぶつかった背中と体の片面がすごく痛い。
でもそんなこと言ってられない。ペンも紙も吹き飛んだ。かくなる上はΣを相手と同じように発動させる。
魔力の流れは見られるようになった。大丈夫、出来るはず。
そう、改めて目を閉じてすぐに開ける。
金色の流れはさらに激しく細かくなっている。その中でなんとか、Σを発動させる。
「!!」
けど必死に発動したものの、それは黒の手が翳して出した防護の魔導術Ψで防がれる。
「な……このっ!」
Σでダメなら、もう一度Γを組み合わせて、今度こそ、と挑むけど相手に届く前にまた同じ術で防がれた。
なら次は……と、考えたタイミングでまた黒の存在がΣを発動させた。
慌てて避けたつもりだったけど、思ってた以上に体が疲弊していて見事に当たってしまう。
「っ! ……ぅ……」
今のは、もろに入った…。背中から脇腹に痛みが移ったけど、やっぱり全部痛い。
今日何回転がったんだろう、なんてことまで考える。それでも立ち上がらないと、と自分を奮い立たせた。
私が死んだら、すでに発動している精神攻撃の主導権が完全に向こうへ持っていかれてしまう。
かろうじて留まっている皆の心が、完全に壊れてしまう。そうしたら、どうなるのかは想像も出来ない。
手をついて、体を無理やり持ち上げる。
顔を上げた瞬間見えたのは、更に近距離でのΣ。
「──っ!」
もう避ける体力もなくて、為す術なく吹き飛ばされた。
「……」
体が動かない。痛みすらも鈍くて、視界が歪む。その先の黒い物体がゆっくりと近づいてくる。
その黒は深い深い闇のようで、すべてを飲み込むような深淵が広がっている。
その胸の辺りに紋章とΓが浮かんでいる。
私が組んだ、願いを込めた記号──Γ。だけど今は、そのせいで状況は一変している。
もしあれを……Γを使わなければ、起こらなかったことかもしれない。
そんな思いとともに、瞳を閉じる。
だけど次の瞬間──私の下に光の線が走り、包み込むように紋章が描かれた。
わずかに顔を上げる。覚えのあるデザインだ。あの祭礼室に続く扉と同じ三日月と星、そしてカルディアの花。疑問に思う間もなく、その光はさらに強くなって全てを包み込んだ。
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