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届かない導(みち)
しおりを挟む古い古い時代の……今となっては伝記や物語の中で、魔導術は歌に比喩されるほど長い導を示していたことがあったらしい。
今の時代に残ったのは一節ですらない。ほんの欠片の寄り集め。私が扱えるのは、さらにその一つの記号。その一つに力を込めることしかできない。
それなのに、いきなり複数の、それも長く街を護っていた魔導術を破るなんて正直言って無理かもしれない。
それでも動かないわけにはいかなくて、走ってる最中、ルナさんが警備隊の乗ってきた馬を一頭借りてくれた。
「リアナ、乗れるか?」
「な、なんとか」
ルナさんの手を借りて、なんとかよじ登る。そのあと手際よく彼が後ろに乗って、すぐ走り出した。
「バルから聞いてる。とりあえず近づけばいいんだな?」
「はい! 中の記号が見えれば……わっ!」
「しっかり掴まってろ!」
「は、はい!」
手綱のベルトを握り締める。大蛇との戦いが激しくて、傍に行くだけで攻撃に巻き込まれそう。ルナさんが器用に避けて、私は目を凝らした。
黒い体の中心にある魔導術の核となる記号。
それさえ分かれば対抗する式を組める……はず。
自信はないけど、前にΣで導いたように出来るかもしれない。黒い大蛇の周りから、中心の記号を探す。
「ルナさん! もう少し前に行けませんか!」
「簡単に言ってくれる、っな!」
「ぎゃっ!」
いきなり前方で氷の塊が弾けて、周囲に飛び散る。それは風に乗って、わずかに差し込んだ太陽の光に反射する。輝く氷の粒の間を、ルナさんの操る馬が駆けていく。
私はもうルナさんの腕にしがみつきながら、前のめりになる。一瞬、大蛇の体が透けた気がした。必死にそれを食い入るように見る。
すると、ようやくその記号を捉えることが出来た。
「見えました!」
「了解。一旦離れるぞ!」
「はい!」
すぐさま大蛇から距離を取る。その間に記号の解読を進める。ドロースが言っていた祭礼室で、結界を維持するために使われていたのはΨЁфだった。それはどれも護りを意味する。
けど今はそれがΨΣΧと後半二文字が攻撃的なものに変わっている。
これを破壊するために必要なのは……。考えている間にルナさんに声をかけられた。
「時間を稼いでくる。後は頼んだぞ」
「必ず」
途中で降ろしてもらい、ルナさんを見送ったあとその場で目を瞑る。光の粒が多くて、その魔力の流れがまるで金色の川のように見える。流れの方向を掴むのさえ難しい。
だけどゆっくり目を開けたら、思った通り、魔力の流れが見えたままだった。
その中を泳ぐように大蛇が動いて、魔導術を使うたびに金色の流れが巧みに変わっていく。私は流れを変えているその大元に狙いを定めた。
願いを込めて両手を組む。ΨΣΧを破るために必要な記号。それを心に浮かべる。
光の粒は寄り集まり、だけどすぐ霧散する。そしてまた浮かんでは、流れていく。なかなかその魔力を詠むことが出来ない。
「──っ……!」
強大な魔力の流れを前にして、操ることの難しさを思い知る。それでも根気よく、自分の方へ引き寄せる。
すると徐々に力の流れが変わるのを感じた。そこから自然と光の粒が寄り集まっていく。それはやがで記号を作った。
ΓΘΣ。
込められている力は、精神に作用するΓと解放を示すΘ、そしてそれを相手にぶつけるためのΣ。
私はすぐさま、その場に膝をついて麻紙をポーチから取り出しペンで書き出す。
オババの紋章に重ねたΓΘΣ。スチール弾に巻いて、スリングショットを構える。だけど距離が足りない。近づくには戦況が激しすぎた。
「ど、どうしよう……」
つい独り言を言って周囲を見渡す。直後、ルナさんが戻ってきた。私の様子に気付いたようだ。
傍に来ると再び前に乗るように言う。
「このまま向かう。いいな?」
「お願いします!」
「ああ!」
駆け出して目指すのは大蛇の近く。パカラッ、パカラッ、と響く蹄の音。騒ぎ立てる周囲。その間を風のように走っていく。
ルナさんが少しして叫ぶ。
「リアナ、距離を詰める! 準備しろ!」
「はい!」
麻紙の巻いた弾と、スリングショットはすでに持っていた。その後はほとんど夢中で動いていた。
足に力を込めて、スリングショットを構える。一瞬、体が揺れて慌てたけど、ルナさんが私のお腹に手を回して支えた。
それを頼りにスリングショットを向ける。ただただ当てる。それだけを考えていた。
「今だ!」
「!!」
ルナさんの声に反応して、指を離す。反動でスリングショットを手放してしまう。ルナさんは直ぐ様、馬の向きを変えた。
瞬間──カッと強い光が周囲を包んだ。
「っ!」
「くっ」
咄嗟に目を逸らしたものの、その光はすぐに弱まりやがて集束して消える。それはさながら、夕陽の沈みきる間際の一瞬のよう。
「あ……」
黒い大蛇が頭から、パラパラと崩れるように消えていく。それが進むと、囚われていた人たちも、砂の中からこぼれ落ちるように転がってくる。
気付いた人たちがワッと集まり、喜びの声を上げた。
馬を止めることが出来ず、一度離れた私たちも少し走って速度を落とす。
馬の足が止まる頃、ルナさんがポンッと私の頭に手を置いた。
「頑張ったな」
そう言って柔らかく微笑う。そこでようやく終わったのだと実感した。
込み上げてくる感情に胸元へ手を当てた。
私でも……私にもあんなにすごい魔導術を破ることが出来た。みんなを救うことが出来た。そんな想いが胸に広がる。
でも直後、ルナさんがまた口を開く。
「いや待て。なにか……おかしい」
不穏な空気にハッと前を見る。
喜びの声が段々と消えていく。
まさかそこから、さらに状況が悪くなるなんて思いもしなかった。
それも、その原因が──他でもない、私のせいだったなんて。
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