引きこもり魔導師は、お家に帰りたい!

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
47 / 64

届かない導(みち)

しおりを挟む

 古い古い時代の……今となっては伝記や物語の中で、魔導術は歌に比喩されるほど長いみちを示していたことがあったらしい。

 今の時代に残ったのは一節ですらない。ほんの欠片の寄り集め。私が扱えるのは、さらにその一つの記号。その一つに力を込めることしかできない。

 それなのに、いきなり複数の、それも長く街を護っていた魔導術を破るなんて正直言って無理かもしれない。

 それでも動かないわけにはいかなくて、走ってる最中、ルナさんが警備隊の乗ってきた馬を一頭借りてくれた。

「リアナ、乗れるか?」
「な、なんとか」

 ルナさんの手を借りて、なんとかよじ登る。そのあと手際よく彼が後ろに乗って、すぐ走り出した。

「バルから聞いてる。とりあえず近づけばいいんだな?」
「はい! 中の記号が見えれば……わっ!」
「しっかり掴まってろ!」
「は、はい!」

 手綱のベルトを握り締める。大蛇との戦いが激しくて、傍に行くだけで攻撃に巻き込まれそう。ルナさんが器用に避けて、私は目を凝らした。

 黒い体の中心にある魔導術の核となる記号。

 それさえ分かれば対抗する式を組める……はず。

 自信はないけど、前にΣラディウスで導いたように出来るかもしれない。黒い大蛇の周りから、中心の記号を探す。

「ルナさん! もう少し前に行けませんか!」
「簡単に言ってくれる、っな!」
「ぎゃっ!」

 いきなり前方で氷の塊が弾けて、周囲に飛び散る。それは風に乗って、わずかに差し込んだ太陽の光に反射する。輝く氷の粒の間を、ルナさんの操る馬が駆けていく。

 私はもうルナさんの腕にしがみつきながら、前のめりになる。一瞬、大蛇の体が透けた気がした。必死にそれを食い入るように見る。

 すると、ようやくその記号を捉えることが出来た。

「見えました!」
「了解。一旦離れるぞ!」
「はい!」

 すぐさま大蛇から距離を取る。その間に記号の解読を進める。ドロースが言っていた祭礼室で、結界を維持するために使われていたのはΨЁфフェアディングだった。それはどれも護りを意味する。

 けど今はそれがΨΣΧフェアラディンスと後半二文字が攻撃的なものに変わっている。

 これを破壊するために必要なのは……。考えている間にルナさんに声をかけられた。

「時間を稼いでくる。後は頼んだぞ」
「必ず」

 途中で降ろしてもらい、ルナさんを見送ったあとその場で目を瞑る。光の粒が多くて、その魔力の流れがまるで金色の川のように見える。流れの方向を掴むのさえ難しい。

 だけどゆっくり目を開けたら、思った通り、魔力の流れが見えたままだった。

 その中を泳ぐように大蛇が動いて、魔導術を使うたびに金色の流れが巧みに変わっていく。私は流れを変えているその大元に狙いを定めた。

 願いを込めて両手を組む。ΨΣΧフェアラディンスを破るために必要な記号。それを心に浮かべる。

 光の粒は寄り集まり、だけどすぐ霧散する。そしてまた浮かんでは、流れていく。なかなかその魔力を詠むことが出来ない。

「──っ……!」

 強大な魔力の流れを前にして、操ることの難しさを思い知る。それでも根気よく、自分の方へ引き寄せる。

 すると徐々に力の流れが変わるのを感じた。そこから自然と光の粒が寄り集まっていく。それはやがで記号を作った。

 ΓΘΣトゥペレウス

 込められている力は、精神に作用するΓトゥレラと解放を示すΘアペレス、そしてそれを相手にぶつけるためのΣラディウス

 私はすぐさま、その場に膝をついて麻紙をポーチから取り出しペンで書き出す。

 オババの紋章に重ねたΓΘΣトゥペレウス。スチール弾に巻いて、スリングショットを構える。だけど距離が足りない。近づくには戦況が激しすぎた。

「ど、どうしよう……」

 つい独り言を言って周囲を見渡す。直後、ルナさんが戻ってきた。私の様子に気付いたようだ。

 傍に来ると再び前に乗るように言う。

「このまま向かう。いいな?」
「お願いします!」
「ああ!」

 駆け出して目指すのは大蛇の近く。パカラッ、パカラッ、と響く蹄の音。騒ぎ立てる周囲。その間を風のように走っていく。

 ルナさんが少しして叫ぶ。

「リアナ、距離を詰める! 準備しろ!」
「はい!」

 麻紙の巻いた弾と、スリングショットはすでに持っていた。その後はほとんど夢中で動いていた。

 足に力を込めて、スリングショットを構える。一瞬、体が揺れて慌てたけど、ルナさんが私のお腹に手を回して支えた。

 それを頼りにスリングショットを向ける。ただただ当てる。それだけを考えていた。

「今だ!」
「!!」

 ルナさんの声に反応して、指を離す。反動でスリングショットを手放してしまう。ルナさんは直ぐ様、馬の向きを変えた。

 瞬間──カッと強い光が周囲を包んだ。

「っ!」
「くっ」

 咄嗟に目を逸らしたものの、その光はすぐに弱まりやがて集束して消える。それはさながら、夕陽の沈みきる間際の一瞬のよう。

「あ……」

 黒い大蛇が頭から、パラパラと崩れるように消えていく。それが進むと、囚われていた人たちも、砂の中からこぼれ落ちるように転がってくる。

 気付いた人たちがワッと集まり、喜びの声を上げた。

 馬を止めることが出来ず、一度離れた私たちも少し走って速度を落とす。

 馬の足が止まる頃、ルナさんがポンッと私の頭に手を置いた。

「頑張ったな」

 そう言って柔らかく微笑う。そこでようやく終わったのだと実感した。

 込み上げてくる感情に胸元へ手を当てた。

 私でも……私にもあんなにすごい魔導術を破ることが出来た。みんなを救うことが出来た。そんな想いが胸に広がる。

 でも直後、ルナさんがまた口を開く。

「いや待て。なにか……おかしい」

 不穏な空気にハッと前を見る。

 喜びの声が段々と消えていく。

 まさかそこから、さらに状況が悪くなるなんて思いもしなかった。

 それも、その原因が──他でもない、私のせいだったなんて。
     
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

処理中です...