引きこもり魔導師は、お家に帰りたい!

翠月 瑠々奈

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 レオナードの名を呼んだその口で、思わず魔導術を叫んだ。

Ψサルト!」

 描いた記号は思った以上に早く発動した。ここは言わば思念の世界。魔力の流れは掴み易い。紋章も描かずに魔導術が使えた。

 浮かび上がった記号と共に、見えない盾がキンッと高い音を立てて刃を弾く。ギリギリ間に合ったようだ。

 けど直後、スカートの裾を思い切り踏み抜いて盛大に滑る。

「うわっ」

 身に纏っていた花嫁衣装がツルツルした生地でもあって、尻餅をつく。頭のヴェールがズレたところで、見下ろしてくる男性が睨んできた。

「……術が使えるのか」

 怪訝な声で続ける。

霊憶こんきを継いでいるのは知っていたが、術を扱うという報告はなかった。だが、こうなると話が変わってくる」

 男性がおもむろに片手を上げる。見ている先で、非常な言葉を吐いた。

「先にミリアーナ嬢を確保しろ。生死は問わない」
「!」

 慌てる私とレオナードが、ほとんど同じタイミングで動く。彼に手を引かれ、立ち上がった拍子に向かってくる剣をΨサルトで防ぐ。

 礼拝堂の出入り口は一つしかない。大きな扉の前には屈強な男が二人、陣取っている。

 あれをどかさない限り、私達はここから出られない。

 心の中で一般人に撃ち込むことを謝りながらΣラディウスを発動させる。鍛えてるんだから、これくらいで死なないよね?

「ぐわっ!」
「く、!!」

 風の塊が二人を吹き飛ばす。ついでに、もう一発扉へと発動させる。

 直後、轟音を立てて扉が粉々に弾け飛んだ。

 咳き込むくらいの、細かい埃やら木くずやらの煙。その中で、フレアさんが叫ぶ。

「みんな逃げて!!」

 言うや否や、ドタドタと人が我先にと出ていく気配がする。

 私も、一瞬離れたレオナードを追いかけて一緒に逃げている……と思ってた。でも、煙が晴れた先には見慣れない水色の髪が揺れている。まとめていた髪が崩れたようだ。

 先ほどまで対峙していたスフラギトの男性がいる。迫力ある顔で睨み付けてきた。

「ミリアーナ。お前だけは逃がさない」

 爆風で頬のところがちょっと切れている。でも指摘するような場面でもない。戸惑いで後ずさりする。

「えっと…」

 逃げた方がいいんだろうけど、時が止まったかのように動けない。

「……!」

 周りの喧騒が静かになったと感じた頃、目の前の男性の顔が歪む。表情が歪むとかじゃない、本当に顔がグニャリと曲がっている。

  気づけば、見えている世界そのものが黒ずんで色を失っていく。スフラギト男性の体も徐々に溶け始め、まるで泥人形のようだ。

 直後、ガッと私の腕を掴んだもののそれも溶けて、でも離れることなくまとわりついている。それは次第に黒く変色し、ようやく形が定まったと思ったら、あの思念体の黒と全く同じ形になっていた。

「……」

 どこか人のようで、でも影のような存在。

 瞳のような場所には何も映っていない。

 少し前まで、あんなに怖かった敵なのに、なぜか今は不思議と怖くなかった。掴まれた手に、微かな温もりを感じたからかもしれない。

 気付けば周囲は、真っ白な空間だった。

 そこにふと声が響く。

― あの時… ―

「?」

  耳に掠める、風のような声。それは聞いたことがあるようで、でも誰のものか分からない。声が続ける。

― あの時、私には誰も守れなかった。母も町の人も…レオも ―

 ハッとする。これはミリアーナさん?

 握る手に力が籠められた。心なしか、思念体の色も深く暗く、濃くなっていっているように見えた。

― 何度も、何度も…何度繰り返しても私には誰も救えない。だけど ―

 一瞬顔の辺りで煌く。瞳に光が宿ったみたいだ。

― 貴女がそれを変えてくれた ―

  ふわっと、思念体に重なるようにして女性の姿が映る。フレアさんと同じ栗色の髪を、高い位置で一つに結んで、私が着ていた花嫁衣装に身を包んだミリアーナさんが現れる。

 彼女は、柔らかく微笑んだ。

 口元が動く。声はもう聞こえない。たぶん『ありがとう』と形作ってる気がした。

 光の粒となって、思念体が消えた。

 ああ、もう大丈夫だ……と思ったんだけど。

 鋭い声が穏やかなその瞬間を切り裂いた。
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