引きこもり魔導師は、お家に帰りたい!

翠月るるな

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解放

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「ルナさん!」
「どうした」

 そばにいたルナさんの方に駆け寄る。思念体を倒す方法は見つかった。だけどどうしても、決められないことがある。

 聞いてください、とお願いして事情を話す。

 あれを倒す手段を得たこと、そしてそれを使えばもう──。

 ルナさんは「構わない」と力強く言った。

「ここはもう、かつての荒廃した土地じゃない。スフラギトのあるヤド王国も手放しはしないさ。今回のことは褒められたことではないが、ギラロッシュも力を貸すように口添えする」
「……そう、ですよね。昔とは違う」

 その言葉で覚悟を決めた。

 きっともうこの土地は、魔導師がいなくてもやっていける。

 私はルナさんに「終わらせます」と告げた。

「術を描くまでの時間、力を貸してください」
「任せろ」

 いまだ暴れている思念体。そこから守るようにルナさんが、私の前に立ちはだかる。

 私はゆっくりと目を閉じた。

「……」

 思念の世界にいたせいか、魔力の流れは比較的掴みやすくなっている。

 私は大切に仕舞っておいた杖をポーチから取り出して前に出す。いつか、ペンがなくても使えるようになったときに、と取っておいたミゼンで買った杖。

 魔力を集めやすいとうたわれていただけあって、暗闇の中で浮遊している粒のような金色の光が、いつもより素早く集まってきた。

 ゆっくりと目を開ける。瞳が熱い。でもそんなこと気にしてる余裕なんてない。

 光の粒を杖に纏わせて紋章を描いていく。知らずに辿っていたのは、ミルベルと同じ紋章だった。あれはスフラギトの過去でありながら、私の魂の記憶でもあった。懐かしいと感じた三日月と星とカルディアの花。

 その最後の線を描いたとき、ふと手を止める。

『いつか、本当の紋章を得ることが出来るといいね』

 バルさんの声が聞こえた気がした。

 同時に、ふわりと風が私の手を動かす。どこか親しみのある気配がして、誘われるように指先が滑っていく。

 金色の線を引いて、新たに描いていくのは空に向かって伸びていく植物の姿。巨大な木々の間を縫って育っていくリアナを想いながら、紋章へ書き加えていく。

 最後に魔力を導くための記号を重ねて、描いた。

 ミルベルが届けたかった願い。

 精神に……心へ届けるためのΓトゥレラ
 
 解放を示すΘアペレス

 そして夢を司るピガル

 ありったけの私の願いも込めた。 

 スッと息を吸って詠うように、誘うように声をかける。

「みんな……在るべき場所へ──帰ろう」

 両手を思い切り広げた瞬間、輝きが増して発動したΓΘ∋トゥペレウス。紋章とともに宙に浮かぶ。その円はゆっくりと回転して、やがて頭上でガラスのように弾けた。

 呼応するように地面から大きな泡が、ぽわんっと現れる。

 覗き込んだら、私の歪んだ顔の奥で何かが動いていた。

「……これが」

 映っていたのは私の家だった。片付けもままならない、山のように積み上げられた魔導書。その間で眠るワタシが見えた。

 何気ない日常の一端。その場面が切り替わり、あの日を映し出す。

 魔王討伐に志願しに出て行った日。

 ルナさんと出会ったところまでは記憶の通り、けどその先で私は彼と別れ家路についていた。

「これが、私の望みであり願い」

 この術は、過去の記憶を望む結果として見せてくれる一時いっときの夢。たとえ偽りだったとしても、彼らを繋ぐ鎖を打ち払うには、こうする他ない。それが、ミルベルの──そして私の想いを乗せた答え。

「あ……」

 私の夢がパチンっと消えるのと同時に、地面から大きな泡が溢れ出す。たくさんの記憶をその薄い膜の中に宿して、飛んでいく。

 ある泡は、愛する人と離された人が互いに手を取り合う夢を。

 母から引き離された子供たちは、母の胸に抱かれる夢を。

 父を殺されそうになった青年は、父を守り誇らしく胸を張る夢を。

 大きな泡の一つ一つが、明るく輝くのと同時に弾けて消える。それに共鳴するかのような微かな空気の震えが、周囲に響いていくのが分かる。

 そこにいた人々も同じものを見ていたのだろう。

 皆、不思議な顔をして、でも気づいた瞬間、その目を細めた。中には涙する人もいた。

 泡はいくつも……いくつも浮かび上がっては弾けて消えていく。

 その度に、空を覆う結界そのものも薄くなっていく。

 泡が消える頃、空の雲も晴れていく。いつの間にか夜が明けていたらしい。白み始めた空が見えていた。

 そして、もう霧のように薄くなってしまった思念体はまるでセレスに似ている。その黒い人影が最後の泡に手を伸ばす。泡はミルベルのように姿を変えた。

 一瞬、手を取り合うことが出来た気がした。でもすぐに、建物の隙間から差し込む朝日の輝きへ溶けるように消えてしまった。
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