どうかこのまま、連れ去って

翠月 瑠々奈

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「じゃあ、もう行くよ。いろいろ有難うな」

 片手を差し出す勇者様。握り返す神官のリーフは、長い紺の髪を揺らして、凛とした視線を向けた。

「こちらこそ、このご恩は忘れません。我々はまた、新たな世界を創り歩んでいくと誓いましょう」

 その言葉に、強く頷く。リーフの隣に立つ拳闘士のアイダが、寂しげに笑った。

「タイガ、短い間だったが感謝してるよ。アンタと会えなくなるのは……辛いけどね」

 短い赤髪、翡翠色の瞳。逞しくも妖艶な躯を持つ彼女から、最後の抱擁を求められる。

 勇者様……タイガが応えるのを見ていたら、キュッと胸が痛くなった。

 アイダから離れた彼が、私の名を呼ぶ。

「ティア」

 その声に、わずかに逡巡する。私だけに与えられた時間。それが嬉しくて、でも恥ずかしい。そしてなにより、これが最後になると思うと悲しくて、一歩を踏み出せなかった。

 けど、間を置いて、タイガの方が近づいてくる。どうしたら良いか、迷ってるうちに彼に強く手を引かれる。気づけば私は、腕の中に収まっていた。

「タイガ……?」
「ティア、今まで有難う。君の魔法には何度も助けられた。本当に感謝してる」

 優しい声に、何も言えなくなる。身を委ねるように頭を寄せると、タイガがそっと撫でてくれた。

 勇者様─黒い短髪と黒い瞳をした彼は、異世界から来た方。名をオオゾラ タイガだと言った。本人の希望で、タイガと呼んでいる。

 タイガは、私達の世界『レイミア』を救うために現れた。

 私のお師匠様であり、王室付きの魔導士ティラド様が召喚なされたのだ。

 でも私は、初めの頃……彼を信用していなかった。

 異世界など、信じてはいなかったし、ましてや世界が混沌としていた状況だ。自分の理解の及ばないもの全てを、敵だと思っていた。

 けど彼は、そんな疑いすらも吹き飛ばすほど、すごく純粋な人だった。

 召喚された直後は戸惑い、混乱した節もあったのかもしれない。でも、魔王を倒せば帰れると知った彼は、そこから協力してくれた。

 だから、私とタイガ、そしてリーフとアイダの四人でパーティを組み、魔王に挑むことが出来た。

 タイガは知性もあり、なにより魔力が誰よりも多く、他を圧倒するほど。でもそれを、鼻にかけるわけでもなく、みんなを等しく大切にしてくれた。

 その想いが蘇る。

「私もタイガには、たくさん助けていただきました」

 そう言うと、彼は苦笑した。

「最初は心を許してくれなくて、大変だったけどな。初めて食らった水球ウォーターボールは、今でも忘れられないよ」
「あ、あれは……あの、ごめんなさい」

 思い出すと、顔が赤くなってしまう。昔、回避のために抱き寄せられただけなのに、思い切り魔法で攻撃してしまったのだ。

 おずおずと視線を上げると、彼はふっと目元を細めた。

「でも、それも良い思い出だ」
「良い…思い出……」

 その言葉がチクリと胸を刺す。タイガにとって、私達は、すでに過去のものとなっている。そう思い知らされたから。

 それでも最後なら、と口を開く。

「タイガ……あの……私」
「うん?」
「貴方の、ことが……」

 言いかけて、でも、続きを呑み込んだ。最後なのに勇気が出ない。たった一言を、告げられない。けど、それだけじゃないことも、わかっていた。

 私の想いは……彼を、困らせるだけだから。

 抑え込むように、一度瞳を閉じる。再び開いた目で見つめ、新たな言葉を贈った。

「私も、貴方からたくさんの思い出をいただきました。どうか、これからも…いえ、これから先は、穏やかに過ごされますように」
「ありがとう、ティア。君たちも、これからが大変かもしれない。でも、君たちだからこそ出来る。そう信じてるよ」

 添えるように、ふわっと微笑み、タイガが離れていく。

「! …っ」

 その温もりに手を伸ばしかけたけど、グッと我慢した。

 身を翻した彼が、 用意された魔方陣に向かっていく。その背を、沈みゆく夕陽が照らした。

 魔方陣が展開されるのは、国の外れにある古の神殿。見送りは、私たちパーティメンバーだけ。すでにタイガが魔方陣に入れば、元の世界に戻れるようティラド様が手配してくれていた。

 最後くらい水入らずで、と配慮してくださったのだ。

 タイガが、魔方陣に足を踏み入れる。陣を形造る線に光が走っていく。その光が眩しくなる頃、タイガが振り返った。

「みんな! いろいろあったけど、乗り越えられたのは、ここにいる四人だったからだ。大変なこともあった、だが……楽しかったよ」

 リーフ、と呼ばれた彼が前に出る。

「お前の小言は正直うるさかった」
「最後にずいぶんなことを」

 苦笑するリーフ。タイガも笑う。

「けど、何度も気付かされたよ。きっと、これからも俺の道標になる。いや、していくさ」
「そうですね。貴方なら、もっと先に進んで行けるでしょう。その道を、私も応援してますよ」
「ありがとう、リーフ。お前の恋、実るといいな」
「なっ?! なぜ今それを」
「ははっ! 今だからだよ。俺も応援してる」

 耳まで赤くなったリーフに、私とアイダも顔を見合わせ笑ってしまう。直後、タイガがアイダへ笑いかけた。

「アイダ、君にもずいぶん助けられたな」
「当然だよ。アタシはアンタを、命に代えても守ると決めてたんだ。アンタのことが……タイガのことが好きだったから」
「アイダ……」 

 頬を染めて、真っ直ぐタイガを見つめる彼女に、胸が苦しくなる。その答えを聞きたくなくて、でも耳を塞ぐわけにはいかなくて、視線を逸らした。

 けどすぐ、タイガの声が届く。

「ごめん、アイダ。その気持ちに、俺は応えられない」

 一瞬の沈黙ののち、視線を戻すと、アイダが柔らかく微笑んだ。

「分かってたよ。すまないね、最後にこんなことを言って」
「いや、嬉しかったよ。傍にはいられないが、君の幸せを祈ってる」
「ありがとう、タイガ。元気で」
「ああ」

 静かな風が流れて、タイガの呼ぶ声が響く。

「ティア」
「……」

 吸い寄せられるように近づいていく。手を伸ばすと、ギュッと握り締めてくれた。

「タイガ……」
「俺は、君に」

 足元の光が、さらに強くなる。タイガは、言葉を止めて、切なげに瞳を揺らす。そしてすぐ、言葉を紡いだ。

「俺は、君のことを心から大切だと思ってる。だからどうか……誰よりも幸せになってほしい」
「タイガ、私も貴方の幸せを祈ってます。向こうに行っても、たくさんの幸福が訪れると信じています。そしてもし、出来ることなら、私達を」

 ──忘れないで。

 眩い光が、全てを包む。光の中、見えたタイガの笑顔は、今までで一番素敵だった。

 しばらくして、光が落ち着く頃、タイガの姿は消えていた。手に残る感触だけを残して。

 ギュッと手の平を握る。その感覚を忘れないように。

 見上げた空には、煌めく星々が、ちらほらと見え始めていた。

 リーフの声がかかり、アイダも動き始める。その場を離れる間際、再度、神殿へ視線を向けた。

「…………」



 ……私は、タイガが好きでした。

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