どうかこのまま、連れ去って

翠月 瑠々奈

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【愛】

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 目の前のカウンターに、札が立っている。そこには、【異世界課】と書かれていた。

 タイガの世界に降り立った私の周囲は、驚きに満ちていた。見たことがないほど高い建物。空を飛ぶ乗物。魔物はいないけど、武器はあると彼は言った。

 言葉や文字は、タイガが用意してくれた腕輪を着けたら分かるようになった。チップ、というものが埋め込まれているのだそうだ。

 そして今日は、この世界で住民登録をすると連れてこられた。聞けば、彼の世界では異世界との繋がりが珍しくないらしい。

 カウンターの向こうにいる眼鏡の男性が、宙に浮かぶ文字列に、一通り目を通す。そして、柔和な笑みを浮かべた。

「問題ありません。受理致します」
「有難うございます。では」

 席を立つタイガに続いて、私も慌てて追いかける。

 建物を出ると、ふわっとした柔らかい風が頬を撫でた。

 正面には、大きな道が交差している。そこをタイガから聞いたバスという乗り物が地面から浮いて滑るように横切っていく。

 それを横目に、緑の続く道へとタイガが曲がる。一拍置いて、並んだ私は顔を覗き込んだ。

「ね、私もうこの世界の住人なのかしら?」

 やけにあっさりしすぎて、実感が涌かない。訊けば彼は、優しげに目を細めた。

 そっと私の手を取って、少しだけ歩く速度を上げる。

「タイガ?」

 呼んでみても返事はなくて、ただひたすらに、どこかを目指す。

 綺麗に舗装された白い道を歩き、左右は木々が揺れている。レイミアでも自然は多かったけど、この世界は創られた美しさを感じた。

 しばらくして、来たときにも乗ったヴォレという乗り物が傍に止まる。常に勝手に動いていて、タイガがパネルというのを操作して呼ぶらしい。馬車とは違い、誰も引かずに動いてる。私にもそのうち使えるのかしら。

 導かれるように奥の席に座り、外を見る。いろいろな乗り物は多いけど、人の姿はあまりない。

 不意にタイガが口を開く。

「……見せたいものがあるんだ」
「……」

 窓際に肘をついて寄りかかる彼が、そう言って外に視線を戻す。私も同じように、窓へと顔を向けた。

 相変わらず、整えられた風景が続く。街、というには、あまりにも殺風景で家屋やその類いは見当たらない。

 タイガの住んでいる場所もそうだけど、建物は主要なもの以外、全てステルス効果がつけられているのだという。景観を損なわないように。

 外からは透明。だからといって中が見えるわけじゃない。生活の全ては室内で出来るし、人口も少ない。歩くときは埋め込まれたチップで地図が出るし、所々に表示される看板もあるから、ぶつかることはない。

 だから、こうして見ているとすごく寂しく感じてしまう。

「ティア」
「なに?」

 振り返ると、じっと見つめてくるタイガと目が合った。彼は、一度悲しげに瞳を伏せて、でもすぐに笑みを作った。

「彼が……リイさんが、君を取り戻すためにティラドさんの召喚術を習おうとしているようだよ」
「リイが? ティラド様から聞いたの?」

 こちら側に来てすぐ、ティラド様から連絡が来た。たとえ世界を越えていても、一度繋がったが故に会話だけはすることが出来た。

 頻繁ではないものの、初めての経験に心細かった私には救いにも思えたものだ。

 私の疑問にタイガが頷く。

「ああ。でも、あの術はティラドさんだけにしか使えない術。他の誰かに扱うことは出来ないから大丈夫だと言っていたよ」
「……」

 他の誰かに扱えない、それはつまり、ティラド様のを対価にしている。掠めた考えをかき消すように、タイガに呼ばれる。

「ティア」

 顔を上げると、真剣な眼差しを返された。

「これは、俺の憶測に過ぎないけど…きっと彼には命に代えても守りたい人が……幸せになってほしい人がいたんじゃないかな」
「……」
「だから二度も、その術を使った。俺はそう思うんだ」
「でも、それは……」
「ティア」

 再び呼ばれた名。顔を上げると、もうすぐ着くよ。と短く言われた。少しして、ヴォレが止まる。外は陽が落ちかけて、橙と藍色が混ざりはじめていた。

 誘われるように、差し出された手を取って歩き始める。そこは、ずいぶんと舗装が間に合っていないようで、地面も欠けた石畳の合間から砂が溢れ出ていた。

 でも、なんとなく懐かしい。向こうはこういう道しかなかったのだから。こんな道をティラド様とも歩いた。そんな記憶が蘇る。

 抑え込むように瞳を閉じた。改めて開いた視界を鬱蒼とした木々が遮る。先程行った建物の周辺とは真逆だ。

 歩き続けて、どれくらい経ったのだろう。それほど長くはなかったはずだけど、周りは薄暗くなり始めていた。

 ふと視界が開けていく。そこには、まだ強い光を湛えた夕陽が輝いている。この色だけは、どこにいようとも変わらない。

 でも、その手前に見えた景色に息を呑む。

「……」

 まだ手が加えられていない、草花が揺れる大地。豪華な花が咲いてるわけでも、整った建物があるわけでもない。

 ただ、夕焼けを受けて金色に輝く大地が広がっているだけ。でもそれが、何よりも心を打つ。

 まるで……。

 まるでそれは、タイガを見送ったあの日と同じように見えたから。

 あの時、あの場所ではたくさんの想いが交錯していた。

 リーフの想い、アイダの想い、タイガと私の想い。そして……私たちを想うティラド様の心。

 私は彼に恩返しの一つも出来なかった。胸が苦しくなる中、後ろからぎゅっと包まれるように抱き締められる。

「っ!」

 すぐに柔らかい声が耳をくすぐった。

「同じじゃないかもしれない。でも、少しでも思い出せる場所になれたらって思ったんだ」
「私の為に……?」

 少しだけ身を離した彼が、交わる視線の中で瞳を揺らす。

「ごめん、ティア。君を無理矢理、こちら側に連れて来てしまった。君にも大切なものがあるのに」
「タイガは、後悔してるの?」

 訊くと彼は、首を横に振った。

「ティアには悪いけど、これは俺が望んだことだから」

 言いながら、私の手を取って指先を絡める。応えるように、その手に力を込めた。

 燻る想いはあれど、悔やんではいない。道は一つじゃない。他の方法も必ずある。そんな想いを含んで、言葉を紡ぐ。

「私も……同じよ。後悔してないわ。それに」

 目を向けたのは、淡い紅が広がる大地。こんな景色があるのだから。寂しさもない。そんな感情と共にタイガを見上げる。

「貴方が私を想ってくれるなら、これ以上の幸せはないと思うの」

 肩口に頭を寄せると、さらに強く抱き締められた。その温もりが心を満たしていく。

「言っただろ? 君を手放すことなんて考えられない。だからずっと、一緒にいて欲しい」

 絡めていた手を離されて、代わりに空色の石の指輪がつけられた。

「これは? 何かの装備品かしら?」

 首を傾げると、タイガが苦笑した。

「ごめん、効果は特にないんだ。だけど、一つだけ誓いが込められてるかな」
「誓い?」
「そう。ティアを愛し続ける、そんな誓い」
「タイガ……」

 ありがとう、と続けようとした言葉は重ねられる口づけに消えていった。

 ふわりと流れる柔らかい風。周囲を彩る輝きが、静かに落ち着いていった。



 ──世界を超えても変わらないもの。それはきっと……思ってる以上に、単純な想いなのかもしれない。
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