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前編
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「尊! ごめんね? 待った?」
渋谷のハチ公前。艶やかな黒髪を揺らして駆け寄る女性。声に応えて、片手を上げ迎える男性。
良くある男女の待ち合わせに目が止まった。二人が自分の知り合いだったからだ、と思った。
久々に見かけた元カノと、久しく会ってなかった友人。
だけどその直後、遥か遠くに押し込められていた記憶が蘇る。
それは数年前なんて話じゃなかった。夢でもおかしくないような曖昧なほど、遠い遠い過去の記憶。
一つ前の生を終えた後の時間。今の俺になるまでの短い間、俺は薄雲が浮かぶ空に似たどこかにいた。
その微かな記憶から思い出されたのは、白い薄煙りの中で誰かと会話しているところだった。相手の姿をハッキリ覚えていないのに、それが視線の先で笑う友人だと何故か確信している。
ー 負けた方は二度と…… ー
相手が言う。俺は承諾を返した、ような気がした。
「あれ? 須崎と尊じゃん! 久しぶりだよな。声かけるか?」
唐突に現実が戻ってくる。一緒にいた達也に声をかけられた。それに促されて、再度視線を戻す。「そうだな」と返して、足を踏み出そうとした。でも出来なかった。代わりに胸に浮かぶ敗北感。
ああ、そうか。俺は──負けたのか。
「亮一?」
「あー……やっぱいいや。今日はやめとく。二人の邪魔するのも気が引けるし」
「まあ、そうか。そうだよな。んじゃ、新しく出来たビルでも行かね? なんかゲームフロアがあるらしいって」
「ゲームフロア? ゲーセンかよ」
「違うって。ソフトも売ってるって。なんかゲーム会社とコラボったらしい」
「ふーん。コラボ、ね」
視界の端で、二人が歩き出すのが見えた。人込みに紛れながら、こちらへ来るようだ。
達也はそれに気づかないまま、あーだこーだ言っている。行き先から派生して、今では欲しいゲームの話に移っていた。
でも全くと言っていいほど、それが耳に入らない。それよりも、直前に掠めた記憶がより鮮明に思い出されていく。
俺は元カノの友梨に、前世でも惹かれていた。
けれど結ばれることは出来なかった。すでにあの時、彼女は……今と同じように尊の魂を持つ男の妻になっていたから。
それが不満で尊に訴えた。
『出会った順番って、絶対あると思うんだけど』
『今さらそれ言ってもな』
『今だから言ってるんだよ』
『?』
『次の人生、彼女が結ばれるはずの相手の中で一番始めに出逢えるようにしてもらおうかと思ってるんだ』
ほんの少し間が空いて、彼は『へー』と短く言う。
その時、彼が何を考えていたのか、俺は気にも止めなかった。
ただ、次の生への期待に心が躍っていた。そのせいかもしれない。彼からの申し出を受けたのは。
彼は『それなら』と続けた。
『ひとつ、賭けをしないか?』
『賭け?』
『ああ。どちらが彼女を幸せに出来るのかってやつだな』
『どうやって判断する?』
『簡単な話だ。俺も彼女の相手として申し出る。ただ、先に逢うのがお前になるのは異論ない』
『それで?』
『だがその時に、彼女と別れでもしたら当然俺に順番が回ってくるわけだ』
『そしたら結果が出るってことか』
『ああ』
なるほどな、と思いながら問いかける。
『負けた方はどうなる?』
『負けた方は二度と、彼女の前に現れないってのはどうだ?』
『二度と……』
自分が勝者ならば願ってもないことだが、逆なら重すぎる罰だ。文句に似た言葉が口をついて出る。
『二度とってのはやり過ぎじゃないか?』
『なら顔見る機会ぐらいは残しておくよ』
『なんだそりゃ』
『別れなきゃいいだけだろ。納得出来ないなら俺も順番に口出すことになるが、いいのか?』
『それは面倒だな。だが条件を呑んだところで、この記憶はなくなるんだろ? 賭けなんて出来ないじゃないか』
新たな生を受ければ、それまでの記憶はなくなる。当然の摂理だ。しかし彼は笑みを浮かべた。
『制約を交わせばいいさ』
『来世の道筋に組み込むのか?』
『それなら問題ないだろ?』
訊かれて悩む俺に、彼は続ける。
『大したことじゃない。ただ一時縁が断たれるだけだ』
『本当かよ』
『なら止めるか。面倒になるのは避けられないが』
むむむ、と考え込んで、結局俺は了承した。人の縁は複雑に絡み付いている。断たれた縁も、そのうち戻るもの、と思っていた。
けれど……。
渋谷のハチ公前。艶やかな黒髪を揺らして駆け寄る女性。声に応えて、片手を上げ迎える男性。
良くある男女の待ち合わせに目が止まった。二人が自分の知り合いだったからだ、と思った。
久々に見かけた元カノと、久しく会ってなかった友人。
だけどその直後、遥か遠くに押し込められていた記憶が蘇る。
それは数年前なんて話じゃなかった。夢でもおかしくないような曖昧なほど、遠い遠い過去の記憶。
一つ前の生を終えた後の時間。今の俺になるまでの短い間、俺は薄雲が浮かぶ空に似たどこかにいた。
その微かな記憶から思い出されたのは、白い薄煙りの中で誰かと会話しているところだった。相手の姿をハッキリ覚えていないのに、それが視線の先で笑う友人だと何故か確信している。
ー 負けた方は二度と…… ー
相手が言う。俺は承諾を返した、ような気がした。
「あれ? 須崎と尊じゃん! 久しぶりだよな。声かけるか?」
唐突に現実が戻ってくる。一緒にいた達也に声をかけられた。それに促されて、再度視線を戻す。「そうだな」と返して、足を踏み出そうとした。でも出来なかった。代わりに胸に浮かぶ敗北感。
ああ、そうか。俺は──負けたのか。
「亮一?」
「あー……やっぱいいや。今日はやめとく。二人の邪魔するのも気が引けるし」
「まあ、そうか。そうだよな。んじゃ、新しく出来たビルでも行かね? なんかゲームフロアがあるらしいって」
「ゲームフロア? ゲーセンかよ」
「違うって。ソフトも売ってるって。なんかゲーム会社とコラボったらしい」
「ふーん。コラボ、ね」
視界の端で、二人が歩き出すのが見えた。人込みに紛れながら、こちらへ来るようだ。
達也はそれに気づかないまま、あーだこーだ言っている。行き先から派生して、今では欲しいゲームの話に移っていた。
でも全くと言っていいほど、それが耳に入らない。それよりも、直前に掠めた記憶がより鮮明に思い出されていく。
俺は元カノの友梨に、前世でも惹かれていた。
けれど結ばれることは出来なかった。すでにあの時、彼女は……今と同じように尊の魂を持つ男の妻になっていたから。
それが不満で尊に訴えた。
『出会った順番って、絶対あると思うんだけど』
『今さらそれ言ってもな』
『今だから言ってるんだよ』
『?』
『次の人生、彼女が結ばれるはずの相手の中で一番始めに出逢えるようにしてもらおうかと思ってるんだ』
ほんの少し間が空いて、彼は『へー』と短く言う。
その時、彼が何を考えていたのか、俺は気にも止めなかった。
ただ、次の生への期待に心が躍っていた。そのせいかもしれない。彼からの申し出を受けたのは。
彼は『それなら』と続けた。
『ひとつ、賭けをしないか?』
『賭け?』
『ああ。どちらが彼女を幸せに出来るのかってやつだな』
『どうやって判断する?』
『簡単な話だ。俺も彼女の相手として申し出る。ただ、先に逢うのがお前になるのは異論ない』
『それで?』
『だがその時に、彼女と別れでもしたら当然俺に順番が回ってくるわけだ』
『そしたら結果が出るってことか』
『ああ』
なるほどな、と思いながら問いかける。
『負けた方はどうなる?』
『負けた方は二度と、彼女の前に現れないってのはどうだ?』
『二度と……』
自分が勝者ならば願ってもないことだが、逆なら重すぎる罰だ。文句に似た言葉が口をついて出る。
『二度とってのはやり過ぎじゃないか?』
『なら顔見る機会ぐらいは残しておくよ』
『なんだそりゃ』
『別れなきゃいいだけだろ。納得出来ないなら俺も順番に口出すことになるが、いいのか?』
『それは面倒だな。だが条件を呑んだところで、この記憶はなくなるんだろ? 賭けなんて出来ないじゃないか』
新たな生を受ければ、それまでの記憶はなくなる。当然の摂理だ。しかし彼は笑みを浮かべた。
『制約を交わせばいいさ』
『来世の道筋に組み込むのか?』
『それなら問題ないだろ?』
訊かれて悩む俺に、彼は続ける。
『大したことじゃない。ただ一時縁が断たれるだけだ』
『本当かよ』
『なら止めるか。面倒になるのは避けられないが』
むむむ、と考え込んで、結局俺は了承した。人の縁は複雑に絡み付いている。断たれた縁も、そのうち戻るもの、と思っていた。
けれど……。
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