離れて後悔するのは、あなたの方

翠月 瑠々奈

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「本当によろしいのですね?」

 最後の念押しと言わんばかりに問われた言葉。弁護士の藤波の言葉に岡本凛子は悩むように視線を漂わせ、やがて目の前のローテーブルへと落とした。

 その卓上にはたくさんの書類と写真が散らばっている。そのどれもに凛子の夫の省吾と、幼馴染の東郷秋名が写っていた。短い黒髪が似合う男性と、栗色のボブスタイルの女性が寄り添う姿。凛子がこの弁護士事務所に訪れたのは二人の動向を知るためだったが、思った以上の成果が出ていた。その結果を前にして、考えることはただ一つ。

 もう、終わりにしたい──それだけだった。

 強く求められて結婚したわけじゃない。それでも愛されていると思うときはあった。だがそれが全て偽りだと知ってしまえば、もう耐えることなど出来ない。凛子は膝に置く手を強く握りしめた。

 今は岡本財閥の跡取り候補として日々奔走している夫の省吾。忙しくしていると思っていた裏で、彼は不貞を繰り返していた。何度も行っていた出張も、急な仕事と出ていた外出も全て秋名のためだった。

 目の前の証拠の一つ一つに、失望したのを思い出す。だが、凛子の想いとは反対に、夫はこの事実を公表すれば激怒するだろう。全て凛子が悪いとさえ、言いかねない。

 それに、この話を当主である義父の壮士が知れば、彼を次の当主にするとは考え難い。そうなれば、完全に省吾の怒りの矛先は凛子に向かう。それでも彼女は強く頷いた。

「構いません。当日はよろしくお願いします」

 息子の亮が一歳になる誕生日、凛子は省吾と離婚すると決めていた。一族の後継がいるとお披露目も兼ねて、前々から計画されていた誕生日パーティ。当日は本家にて、たくさんの親族を呼んで盛大なパーティをする予定だった。

 そんなタイミングで離婚を切り出すのは、確実に終わらせる、とした決意の表れでもあった。誕生日パーティには当然、当主である義父の壮士も参加する。彼の前で離婚を切り出せば、どんな形であれ応じるだろうと考えていたからだ。

 亮の誕生日は来月まで迫っている。卓上の証拠と事実の公表を弁護士に依頼し、自分は受け取った離婚届を出してすぐ海外に出るつもりだった。不貞をしていた夫にも、結婚式にまで来ておきながら、堂々と相手をしていた秋名の顔も見ていられない。一刻も早く、離れたかった。

 凛子の意思を受けて、弁護士が承諾を返す。

「わかりました。では、その方向で準備しておきます」
「あの、当日の私の居場所は……」
「絶対に言いません。ご安心ください」

 藤波の力強い言葉にホッと息を吐く凛子。一拍置いて、壁に備え付けられている時計を見上げる。息子の迎えの時間が近づいてきていた。今日は実家を頼りにしていたが、それでも長時間預けられるわけじゃない。

 そんな凛子の姿に藤波がさりげなく「そろそろ終わりましょうか」と告げた。

「次は来月の15日、実行の前日に最後の確認させてください」
「ええ。では、15日に」

 凛子は立ち上がり「本日はありがとうございました」と頭を下げる。藤波も「お疲れ様でした」と同じように応えた。それから二人はオフィスを出て、藤波に見送られるまま凛子は弁護士事務所を後にした。
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