離れて後悔するのは、あなたの方

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
1 / 13

「本当によろしいのですね?」

 最後の念押しと言わんばかりに問われた言葉。弁護士の藤波の言葉に岡本凛子は悩むように視線を漂わせ、やがて目の前のローテーブルへと落とした。

 その卓上にはたくさんの書類と写真が散らばっている。そのどれもに凛子の夫の省吾と、幼馴染の東郷秋名が写っていた。短い黒髪が似合う男性と、栗色のボブスタイルの女性が寄り添う姿。凛子がこの弁護士事務所に訪れたのは二人の動向を知るためだったが、思った以上の成果が出ていた。その結果を前にして、考えることはただ一つ。

 もう、終わりにしたい──それだけだった。

 強く求められて結婚したわけじゃない。それでも愛されていると思うときはあった。だがそれが全て偽りだと知ってしまえば、もう耐えることなど出来ない。凛子は膝に置く手を強く握りしめた。

 今は岡本財閥の跡取り候補として日々奔走している夫の省吾。忙しくしていると思っていた裏で、彼は不貞を繰り返していた。何度も行っていた出張も、急な仕事と出ていた外出も全て秋名のためだった。

 目の前の証拠の一つ一つに、失望したのを思い出す。だが、凛子の想いとは反対に、夫はこの事実を公表すれば激怒するだろう。全て凛子が悪いとさえ、言いかねない。

 それに、この話を当主である義父の壮士が知れば、彼を次の当主にするとは考え難い。そうなれば、完全に省吾の怒りの矛先は凛子に向かう。それでも彼女は強く頷いた。

「構いません。当日はよろしくお願いします」

 息子の亮が一歳になる誕生日、凛子は省吾と離婚すると決めていた。一族の後継がいるとお披露目も兼ねて、前々から計画されていた誕生日パーティ。当日は本家にて、たくさんの親族を呼んで盛大なパーティをする予定だった。

 そんなタイミングで離婚を切り出すのは、確実に終わらせる、とした決意の表れでもあった。誕生日パーティには当然、当主である義父の壮士も参加する。彼の前で離婚を切り出せば、どんな形であれ応じるだろうと考えていたからだ。

 亮の誕生日は来月まで迫っている。卓上の証拠と事実の公表を弁護士に依頼し、自分は受け取った離婚届を出してすぐ海外に出るつもりだった。不貞をしていた夫にも、結婚式にまで来ておきながら、堂々と相手をしていた秋名の顔も見ていられない。一刻も早く、離れたかった。

 凛子の意思を受けて、弁護士が承諾を返す。

「わかりました。では、その方向で準備しておきます」
「あの、当日の私の居場所は……」
「絶対に言いません。ご安心ください」

 藤波の力強い言葉にホッと息を吐く凛子。一拍置いて、壁に備え付けられている時計を見上げる。息子の迎えの時間が近づいてきていた。今日は実家を頼りにしていたが、それでも長時間預けられるわけじゃない。

 そんな凛子の姿に藤波がさりげなく「そろそろ終わりましょうか」と告げた。

「次は来月の15日、実行の前日に最後の確認させてください」
「ええ。では、15日に」

 凛子は立ち上がり「本日はありがとうございました」と頭を下げる。藤波も「お疲れ様でした」と同じように応えた。それから二人はオフィスを出て、藤波に見送られるまま凛子は弁護士事務所を後にした。

あなたにおすすめの小説

綺麗な彼女

詩織
恋愛
憧れの人はモデルの彼女がいる。ずっと片思いなのが辛すぎて・・・

「やはり鍛えることは、大切だな」

イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」  その日、一つのお見合いがあった。  ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。  クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。  そして互いに挨拶を交わすその場にて。  ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。  けれども……――。 「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

婚約破棄から始まる、私の愛され人生

阿里
恋愛
婚約者・エドに毎日いじめられていたマリアンヌ。結婚を望まれ、家のために耐える日々。だが、突如としてエドに婚約破棄され、絶望の淵に立たされる――。 そんな彼女の前に現れたのは、ずっと彼女を想い続けていた誠実な青年、クリス。彼はマリアンヌに優しく手を差し伸べ、彼女の心を温かく包み込む。 新しい恋人との幸せな日々が始まる中、マリアンヌは自分を愛してくれる人に出会い、真実の愛を知ることに――。 絶望の先に待っていたのは、心の傷を癒す「本当の幸せ」。

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした

由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は―― 年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。 「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」 人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。 最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに―― 「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」 不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。 これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。