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秋名の事情
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『省吾と結婚したら金持ちになれるな』
兄の冗談を聞いて過ごした学生時代。それがいつしか心に根付く。秋名は昔こそ省吾に興味はなかったが、ある時から気にし始めた。
それは三人目の彼氏と別れた後のこと。彼女は結婚するから、と言った彼氏の言葉を信じ、多額の金銭を渡していた。けれど一年もしないうちに連絡が取れなくなってしまう。所謂、結婚詐欺のようなものだった。
借金だけが残った秋名に、兄の言葉がよみがえる。省吾と結婚すれば今ある借金を返済できるだろう。期待に胸が踊り、秋名は早速とアプローチを始めた。
だがそれは、ちょうどコウノトリプロジェクトが始まった時期でもあった。
しかも省吾の相手が凛子だと、発表されたタイミングでもある。凛子に牽制しつつも、動けない状況。そんな中、忘れられない程度に秋名は省吾と連絡を取っていた。
転機は凛子が退職した後だった。噂では妊活の為だと聞いたが、秋名には、さして興味はない。むしろチャンスが巡ってきたことに必死だった。
「気分転換にどこか行きませんか?」
仕事が立て込んでいた省吾に、差し入れがてら提案する。彼も息抜きしたいタイミングだったのだろう。悩みながらも「仕事が落ち着いたら」と承諾した。
その後しばらくして秋名の提案に応える形で、省吾が近場の屋内型遊園施設を提案した。省吾としては、まだ友人の妹という感覚だったのかもしれない。だが彼女にそのつもりはなかった。
うやむやに誤魔化しながら夜を迎え、気づけば二人はホテルで過ごす。それからはトントン拍子で関係が進んでいった。
秋名は頻繁に連絡を取り、省吾もマンネリ化してきた日常へのスパイスを楽しんでいた。そうした関係は秋名の思惑通りだったのだろう──合間に前の交際相手が現れるまでは。
「和樹……」
最寄り駅で見慣れた白いジャケットの男を見る。待ち伏せされて、秋名は不快感を露にした。
「今さら会いに来てどういうつもり? 貸したお金、返してよ」
「あき、そう不機嫌になるなよ。連絡出来なかったことは謝るからさ。お金だって持ってきてあるし。安心して?」
肩を抱かれて漂うホワイトウッドの香りに、胸がドキッとする。いまだに忘れられない体が熱を持ち始めた。そうこうして、自宅に上げてしまった秋名が愛を囁かれると、また気を許してしまう。
しかし、それを後悔するのは、翌日姿を消した相手に気づいてからだった。
「……」
また騙された。そう悔しくなる秋名のスマートフォンが震える。オフィスで終業近かった秋名は、たまたま出していたそれに目を向けた。
そこには岡本省吾の名が、表示されている。パッと反応して手を伸ばした。
「はい」
『秋名、今日会えないか?』
「これから?」
『ああ』
反射的に視線を上げる。オフィスの壁時計は遅い時間を示している。こんな時間から会いたいなんて、相手の望みは一つしかない。だが知らない振りをして「何かあったかしら」と聞く。すると省吾は言葉を濁した。
『いや……無理ならいいんだが』
「無理じゃないわ。私も省吾さんに会いたいもの」
『そうか。なら、いつもの場所で待ってる』
「ええ。わかったわ」
純粋さを装って、何も知らない振りをして、彼が自分だけを見るように言葉を巧みに操る。一度ダメだと思わせて、行けることになれば喜びは増す。秋名は通話を終了させて身支度を始めた。
二人がいつも会うホテルのラウンジに向かうために。
* * *
「大丈夫か?」
体調の優れない秋名を和樹が支える。最近、めまいや吐き気が出てくるようになった。今日も休暇を街中で過ごそうと出掛けたばかりで、ふらつくとは思いもしなかった。
たまたま和樹が連絡してきたタイミングだったために、迎えに来てもらうことができたが、体調不良は増すばかり。住んでいるマンションの部屋の玄関で、崩れるように倒れてしまう。
和樹が慌てて身を屈める。
「部屋まで行けるか? 無理ならオレがやるが」
「無理そう……うっ……」
口元を押さえて、身を屈めたままトイレに駆け込む。便器を掴んで胃の内容物を吐き出した。
息切れしながら落ち着いた頃に、和樹が背をさすった。
「部屋に連れてくよ。肩に腕を回してくれ」
「……」
その声に力なく手を伸ばす。和樹の首に手を回し、引き上げてもらった彼女はなんとか自室まで向かった。
翌朝、前日の体調不良がやわらぎ出社する。秋名はデスクで仕事を処理していると思いがけない言葉が、耳に飛び込んできた。思わず視線を向ける。
「岡本副社長、おめでとうございます」
「聞きましたよ~? パパになるんですよね?」
少し離れた窓際で祝われて、はにかむ省吾が見えた。驚きに秋名は目を瞬かせる。最近ほとんど一緒にいたはずなのに、いつの間に?そんな疑問が浮かぶ。
だが同時にハッとした。
まさか自分も同じなのでは、と。
無意識のうちに視線を落とす。自らの下腹部に目が離せなくなった。
それからほどなくして、結果が分かる。喜ぶ秋名。きっと事実を知れば、今度こそ省吾を奪い取れる。そうすればもう、金にも困ることはない。
そう、内心ほくそ笑む。
だがまさか──この結果が思いもよらない事態になるとは、この時はまだ知るよしもなかった。
兄の冗談を聞いて過ごした学生時代。それがいつしか心に根付く。秋名は昔こそ省吾に興味はなかったが、ある時から気にし始めた。
それは三人目の彼氏と別れた後のこと。彼女は結婚するから、と言った彼氏の言葉を信じ、多額の金銭を渡していた。けれど一年もしないうちに連絡が取れなくなってしまう。所謂、結婚詐欺のようなものだった。
借金だけが残った秋名に、兄の言葉がよみがえる。省吾と結婚すれば今ある借金を返済できるだろう。期待に胸が踊り、秋名は早速とアプローチを始めた。
だがそれは、ちょうどコウノトリプロジェクトが始まった時期でもあった。
しかも省吾の相手が凛子だと、発表されたタイミングでもある。凛子に牽制しつつも、動けない状況。そんな中、忘れられない程度に秋名は省吾と連絡を取っていた。
転機は凛子が退職した後だった。噂では妊活の為だと聞いたが、秋名には、さして興味はない。むしろチャンスが巡ってきたことに必死だった。
「気分転換にどこか行きませんか?」
仕事が立て込んでいた省吾に、差し入れがてら提案する。彼も息抜きしたいタイミングだったのだろう。悩みながらも「仕事が落ち着いたら」と承諾した。
その後しばらくして秋名の提案に応える形で、省吾が近場の屋内型遊園施設を提案した。省吾としては、まだ友人の妹という感覚だったのかもしれない。だが彼女にそのつもりはなかった。
うやむやに誤魔化しながら夜を迎え、気づけば二人はホテルで過ごす。それからはトントン拍子で関係が進んでいった。
秋名は頻繁に連絡を取り、省吾もマンネリ化してきた日常へのスパイスを楽しんでいた。そうした関係は秋名の思惑通りだったのだろう──合間に前の交際相手が現れるまでは。
「和樹……」
最寄り駅で見慣れた白いジャケットの男を見る。待ち伏せされて、秋名は不快感を露にした。
「今さら会いに来てどういうつもり? 貸したお金、返してよ」
「あき、そう不機嫌になるなよ。連絡出来なかったことは謝るからさ。お金だって持ってきてあるし。安心して?」
肩を抱かれて漂うホワイトウッドの香りに、胸がドキッとする。いまだに忘れられない体が熱を持ち始めた。そうこうして、自宅に上げてしまった秋名が愛を囁かれると、また気を許してしまう。
しかし、それを後悔するのは、翌日姿を消した相手に気づいてからだった。
「……」
また騙された。そう悔しくなる秋名のスマートフォンが震える。オフィスで終業近かった秋名は、たまたま出していたそれに目を向けた。
そこには岡本省吾の名が、表示されている。パッと反応して手を伸ばした。
「はい」
『秋名、今日会えないか?』
「これから?」
『ああ』
反射的に視線を上げる。オフィスの壁時計は遅い時間を示している。こんな時間から会いたいなんて、相手の望みは一つしかない。だが知らない振りをして「何かあったかしら」と聞く。すると省吾は言葉を濁した。
『いや……無理ならいいんだが』
「無理じゃないわ。私も省吾さんに会いたいもの」
『そうか。なら、いつもの場所で待ってる』
「ええ。わかったわ」
純粋さを装って、何も知らない振りをして、彼が自分だけを見るように言葉を巧みに操る。一度ダメだと思わせて、行けることになれば喜びは増す。秋名は通話を終了させて身支度を始めた。
二人がいつも会うホテルのラウンジに向かうために。
* * *
「大丈夫か?」
体調の優れない秋名を和樹が支える。最近、めまいや吐き気が出てくるようになった。今日も休暇を街中で過ごそうと出掛けたばかりで、ふらつくとは思いもしなかった。
たまたま和樹が連絡してきたタイミングだったために、迎えに来てもらうことができたが、体調不良は増すばかり。住んでいるマンションの部屋の玄関で、崩れるように倒れてしまう。
和樹が慌てて身を屈める。
「部屋まで行けるか? 無理ならオレがやるが」
「無理そう……うっ……」
口元を押さえて、身を屈めたままトイレに駆け込む。便器を掴んで胃の内容物を吐き出した。
息切れしながら落ち着いた頃に、和樹が背をさすった。
「部屋に連れてくよ。肩に腕を回してくれ」
「……」
その声に力なく手を伸ばす。和樹の首に手を回し、引き上げてもらった彼女はなんとか自室まで向かった。
翌朝、前日の体調不良がやわらぎ出社する。秋名はデスクで仕事を処理していると思いがけない言葉が、耳に飛び込んできた。思わず視線を向ける。
「岡本副社長、おめでとうございます」
「聞きましたよ~? パパになるんですよね?」
少し離れた窓際で祝われて、はにかむ省吾が見えた。驚きに秋名は目を瞬かせる。最近ほとんど一緒にいたはずなのに、いつの間に?そんな疑問が浮かぶ。
だが同時にハッとした。
まさか自分も同じなのでは、と。
無意識のうちに視線を落とす。自らの下腹部に目が離せなくなった。
それからほどなくして、結果が分かる。喜ぶ秋名。きっと事実を知れば、今度こそ省吾を奪い取れる。そうすればもう、金にも困ることはない。
そう、内心ほくそ笑む。
だがまさか──この結果が思いもよらない事態になるとは、この時はまだ知るよしもなかった。
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